4・攻略対象者と、早くもライバルイベント2
既存の話を分割しました。
ぶった斬ったあたりのほつれを修復するべく少しばかり書き加えましたが、内容そのものは変化してません。
「ダイダリオン様。
神官長を怖がらせるのはやめてください。」
気がつけば、私を庇うように立ち塞がったファルコが、ダリオを真っ直ぐに見返しながら、穏やかに言葉をかけているのが目に入ってきた。
「私は、怖がらせてなど…!」
滅多に自身より上から見下ろされる事などないダリオが、キッとファルコを見上げる。
本人気がついてないだろうけど、元々冷たそうな顔をしている彼は、こういう時確かに怖く見えるんだけど。
その視線に怯む事なく、ファルコが変わらずダリオの目を真っ直ぐに見つめ続け、言葉を紡ぐ。
「僕は確かに、みんなが知っているいろいろな事が、多分、わからない。
でも、『公共の場』で男の人が、女の人に向かって大声を出すのが、よくない事だという事は、僕にだってわかります。
僕にわかる事が、大人のあなたに、わからないわけはないでしょう?」
「………!!」
どう見ても年下の子供に正論で言い負かされ、ダリオはそれ以上何も言えずに押し黙った。
その視線が、助けを求めるように私に向かうが、今の私はそれどころじゃなかった。
……なんか、ファルコがかっこいい。
ていうか男の人に守られるのって、新鮮…。
「……神官長?」
と、ファルコが心配げに私の顔を覗き込んできて、ハッと我に返る。
しまった、あまりの衝撃の事実と、思ったよりかっこいいファルコを目の当たりに、つい呆然としてしまっていた。
「ごめんなさい、ファルコ。私は大丈夫。
…ダリオも、ごめんなさい。心配してくれたのに。
常にはないことが起こりすぎて、色々動揺してしまっていただけなの。
今はもう落ち着いているから、本当に心配ないのよ。」
嘘は言っていない。
だが、子供の頃から私を知っているダリオの目には、多分私がまだ、常と違うように映っており、それをファルコがいるせいだと思っているだろう。
…けど、前世を思い出した今、多分ファルコと離れたところで、これまでの『ヴァーナ・シュヴァリエ』に戻る事は、二度とない。
それでも怪訝そうに私を見るダリオの、視線から逃げるように、手を伸ばしてファルコの金色の髪を撫でた。
…柔らかな、いつまでも触っていたくなる感触だ。
と、いかんいかん。これはなんの罠だ。
「…私が言ったことを、ちゃんと一度で覚えて偉いわね。」
「え?」
「名前。
そう、『公共の場』で、目上の女性の名前を、気安く呼ぶのは良くないの。
…目上じゃなくても、立派な紳士なら、せめて女性の名前の上に『レディ』くらいはつけるものよ。
こういう事は、普段から気をつけるべき。」
私の言葉に、ファルコは何故か、ダリオの方を見つめ…ダリオが、少し気まずそうな表情を浮かべる。
「…私と彼女は幼馴染だ。」
無駄な抵抗を続ける大人げない男に、私は穏やかに語りかけた。
「私は彼の教育にあたり、まずは『公』と『私』の概念を早くに理解することこそ、後の社会生活を円満に営む為に、必要な事だと思っています。
大人として、いいお手本になってはいただけませんか、ダイダリオン様?」
そうか、これまで『ダリオ』がゲームに登場する『ダイダリオン様』だと気がつかなかったのは、マリエル視点での彼が、完璧に大人の男性だったからだ。
こんな、25にもなって拗ねたり、公共の場でのマナーを忘れたり、自分より若い青年と張り合って大人げない表情を見せるのは、ここにいるのが同い年の、昔から知っている女だからなんだ。
「……了解した。
これからはそのように。『レディ』ヴァーナ。」
言葉の響きにまだ拗ねたようなものを感じるが、ダリオは騎士の礼を取り、その場を辞した。
遠巻きに見つめていた神官見習いたちが、ようやくぎこちなくだが動き始める。
…これでいい。
ダリオが攻略対象者ならば、ヒロインの前で、あんな残念な姿を晒させるわけにはいかない。
騎士ダイダリオンは、頼りになる上司でなければならないのだから。
…少なくとも上っ面だけは取り繕ってもらわねば。
☆☆☆
「あの…神官長。ごめんなさい。」
「…はい?」
安堵してほうっと息をついた、その瞬間に何故か、ファルコに謝られた。
見上げた緑の瞳が、揺れる。
「本当は…僕が、イヤなだけだったんだ。
あの人が、きみになら多少の失礼でも、許してもらえるつもりでいるのが。
僕が、駄目だと言われた名前を、あの人が呼んでいるのが。
…絶対に、人前では呼ばないって、約束する。
だから…他の人が来ない場所で、二人きりでなら、名前を呼んじゃダメかな?
僕の名前をつけてくれた、きみの名前を…僕は、呼びたい。」
…驚いた。
今会ったばかりのダリオの事を、この子はもう見抜いていた。
そう、ダリオの態度は明らかに、私に対する甘えだったから。
それをファルコが嫌だと思うのもまた、彼の私への独占欲と、甘えなんだろうけど。
しかし、うーん…名前を呼ばれるのはやぶさかではないが、一応年齢も離れているし、他人の目を考えれば、役職呼びが一番無難だと思うんだけどな。
それにあまり親しくなりすぎると、本物のヒロインが現れた時に、離れるのが辛くなりそうだから、できれば一線を引きたいところなのだ。
いわば、可愛い盛りの仔犬を、飼い主が現れるまで一時預かりしている状態な訳だから。
けど…。
「…いいわ。絶対に、2人きりの時だけね?」
これをバッサリ切り捨てられない程度には、私は絆されていると思う。