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31・聖女の定義と不穏の影

 …そこからの数分は、私にとっては己の中の、なんだか判らないがかなり大事な何かをごりごり削られる時間だった。

 王様と王妃様の前に連れてこられ自己紹介させられ、その後、並ぶ騎士達の前に立たされて、


『どうぞ我らに聖女様の御加護を』

 と次々に手を取られ、気付けばなんか知らないがアイドルの握手会のような状況に立たされたのだ。

 てゆーか、聖女ってなに!?

 ただの神殿の中間管理職の私の手に武運の御利益はないから!!

 幸いというか、その間もバアル様がずっと傍にいてくれて、ある程度の頃合いで、


『そろそろ、パートナーを私に返してくれぬか』

 と騎士達に声をかけてくれたので助かったが、そうでなければ握られすぎた手を、少なくとも明日1日は腫らすことになったんじゃないかと思う。

 すかさず近くに寄ってきた給仕がワインらしきグラスを差し出してきたのをバアル様が何故か断り、少し遠くにいた顔見知りらしい給仕に声をかけて、手渡されたのは白ぶどうの発泡水だった。

 …どうやら飲酒する事に対して、相当な危機感を持たれているらしい。

 けど、自分で思っていた以上に緊張していたらしく、微炭酸のスキッとした喉ごしが心地良く喉を潤してくれた。

 なんだか落ち着いて、ほうっと息をつく。

 瞬間、見下ろしてくるバアル様と目があい、まるで子供にするように微笑まれた。


 …乙女ゲームとしては割と黎明期の作品だったイエ国は、多分制作スタッフがほぼ男性だったのだろうと思う。

 根拠は乙女ゲームのキャラ需要を、若干履き違えてるところがあるから。

 そこはメインヒーローである筈のファルコが、プレイヤーから『ウザい』と言われていた事だけでも明らかだが、中でも『バアル』はオジサマ需要履き違えの最たるキャラだと言われており、実のところあまり人気のあるキャラではなかった。

 けど…こんなひと、現実に居たらモテない訳ないよな。

 貴族の生まれではないが『英雄』と呼ばれ、肉体や剣技の強さだけでなく知識も深い、事実上全ての騎士の尊敬を集める男。

 このスペックの男がこの年齢まで独身とか、前世の常識で考えたら、そんな奇跡あるもんじゃない。

 いい女は意外と誰のものでもない場合もあるが、いい男は絶対どこかの女のものと相場が決まっているのだ。

 そう、いい男は余らない。

 余ってる女が言うんだから間違いない、ってやかましいわ。


「御両親があちらにいらっしゃるようです。

 御挨拶に伺いましょうか。」

 空いたグラスを私の手から取りながら、バアル様が示す方向には、確かにうちの父と母がいて、母がニコニコしながらこっちに手を振っており、バアル様に連れられてそちらに行くと、母が女学生みたいなノリで私に抱きついて来た。

 いや、数時間前まで自宅で一緒に居ましたよね?


「王様、やるわねー。

 まさかうちの娘のエスコート役に、英雄バアルを宛てがってくるなんて、なぁんて大盤振る舞い♪

 うん、騎士様の奥さんてのも悪くないわね〜。

 貴族様に出すよりむしろ家格的に釣り合う感じだし〜?」

「母さん、酔ってるでしょう……!」

 母は私同様、あまりお酒は強くない。

 ただ父に言わせると、母は酔うと普段の3割増で可愛くなる(同じ状態でも、私やメルクールの目には割とウザく見える)ので、殊更に飲酒を禁止されていないあたりはなんかズルイと思っている。

 うちの両親ってお互いべた惚れに見えるし、それがなんでゲームの歴史では仮面夫婦になってたんだろう。

 どう考えても何かの間違いとしか思えないんだが。

 それはさておきバアル様と挨拶を交わした後に母を回収に来た父が、私と母にだけ聞こえるボリュームで話に加わる。


「バアル殿は、売り込み先の候補のひとつに入ってたけどね。

 貴族に嫁入りさせるつもりだったのと、彼だと年齢が離れすぎてるからそこはどうかなと思ってただけで。

 ヴァーナがいいなら、そっちの方向で商談進めるけど?」

「商談!?

 いや私あなた方の娘!商品じゃないから!!」

 父の言い方もおかしい件。

 両親にしてみれば、売り時を間違えて若干価値が下がったものに再び価値がついた事で、今のうちに嫁に出してやろうと必死なのかも知れないけど。

 ……まあ正直、悪くはないと思ってる。

 ヒロインが現れない事が既に確定しただろう今、攻略対象者と恋愛しても、ヒロインに全部持っていかれる危惧はなくなった筈だから、実の弟である『ゴロー』とマリエルの夫となる『アドラー』以外であれば、障害となりうる事柄はないだろうし。

 ……けど、だからといって、許されるのだろうか。

 この世界に何故か割り込んだモブが、ヒーローの一人と恋をするなんて事が。


「バアル様はダンスはお得意?

 幼少期から一通り仕込んでますので、殿方に恥をかかせない程度にはこなせますわよ、この子。

 良ければうちの娘と踊ってやってくださいません?」

 私が考え込んでいる隙に、母がバアル様に声をかけており、家族の会話に割り込まぬようにほんの少しだけ離れて立っていたバアル様は、少しだけ驚いたように目を丸くした。


「母さん!御迷惑で……」

「いつお誘いしようかと思っていたところです。

 お母上の許可がいただけ、幸い。

 一曲お相手いただけますかな、ヴァーナ殿。」

 だが母に恥をかかせぬようになのか、バアル様は私に手を差し伸べると、恭しく礼をして、ダンスに誘ってくれた。

 紳士すぎる。


「…は、はい………。」

 ここで断るという選択肢があるはずもなく、私はその大きな手に自身の手を重ねた。


 ☆☆☆


 …母はああ言ったが、私はダンスは『なんとか踊れる』程度のレベルであり、とても自慢できた腕前じゃない。

『商家の娘の嗜みだ』と騙されて習わされた中のひとつで、小さいうちは割と軽々とステップを踏めていたのに、身体が大きくなってからは曲によってはついていけず脚が絡まるようになってきて、相手の足を踏まぬよう形だけは保てるように、なんとか神殿入りする頃には調整したものの、それでも私のそれは優雅さとは程遠かった。

 なのに。


「……お上手ですな。」

「バアル様のリードが良いのですわ。

 こんなに踊れたのは12歳の頃以来ですもの。」

 ちなみに例の、御令嬢に馬鹿にされた時のガーデンパーティーだ。

 あの時、多分だが明らかに空気の悪くなったその状況を見かねて、ひとりの騎士様が私に『ちいさなレディ、よろしければ一曲お相手願いたい』とダンスを申し込んでくれて、体格差があるにもかかわらずその方のリードがとてもお上手だったおかげで実力以上にうまく踊れて、席に戻った時にはすっかり場の空気が変わっていたのは、今思い出しても見事だったと思う。

 バアル様はあの時の騎士様と同じくらいリードが巧みで、支える手にも危なげがない。

 あの方は多分バアル様より年上だと思うので、今は騎士職は引退しているだろうけど、ひょっとして聞いたら知っているだろうか。

 何せ一曲踊り終えて席まで送り届けられたら、同世代の御令嬢たちに一斉に話しかけられてしまい、改めて後でお礼を言おうと探したけど見つからなかったのだ。

 …だが、それを訊ねようとする前に、浮かべたままの笑みに妙にそぐわない硬い声が、私にだけ聞こえる音量で耳に届いた。


「……貴女は、あちらの黒髪の、背の高い給仕に見覚えは?」

「は?」

 一瞬何を言われたか判らず間抜けな声で問い返すと、バアル様が曲に合わせてターンを促して、私はそれに従う形で、さりげなく示された方向を見て、再び向き合って首を横に振る。


「………いえ、存じ上げません。

 そもそも王宮勤めの方に知り合いはおりませんわ。

 どなたですの?」

「私も見覚えがない。それが不自然だ。

 この状況下で新しい使用人が入ってくるとも思えぬし、万が一そうだとしても王と王妃のいる会場に、最近入れたばかりの者を配置する筈もない。

 だから先程、あの者からのグラスは取らずに、知っている給仕から飲み物を受け取った。」

 …あ、飲酒禁止なわけじゃなかったんだ。

 確かに『飲みすぎるな』とは言われたけど『飲むな』とは言われてなかった。

 アルコールじゃないものにしたのは、ワインを断った言い訳だったのだろう。

 というか、さっきワイン持ってきた給仕のかただったのね。


「それに先ほどからあの男、ずっと貴女ばかりを見ている。

 …いや、この場にいる男が貴女を見ている事自体は不自然ではなかろうが………どうも、気になる。」

 バアル様は、そう言って口から笑みを一瞬消した。

 だがすぐに表情を戻すと、私をホールドする腕に軽く力を込め、密着するように引き寄せる。

 不意に近くなった距離から、耳元に、吐息のような声がかかった。


「……………必ず守る。俺から離れるな。」

「がはっ………!!」

「……ヴァーナ殿?」

「な、なんでもありませんわ…!」

 唐突に放たれたその耳責めヴォイスに、思わず血を吐きかけた私は、その言葉の意味を理解するのに数瞬の時間を要した。


 え………ひょっとして、今、危険だって事?

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