28・いざ、花とドレスの戦場へ3
自分でも気付かないうちに攻略対象の姉に転生してしまった自分の……『ヴァーナ・シュヴァリエ』の人生を振り返って、思い至る。
まだ判断材料が足りないから、あくまでも仮説でしかない。
その上で、物語を検証してみる。
思えば、最初からおかしかったのだ。
ヒロインである『マリエル』の不在。
『ダイダリオン』のキャラ劣化……は、母親のいる前では忘れることにしても。
王城戦での『仮面の男』未登場。
代わりに登場した『ゴロー』と、その家族構成の変化。
『バアル』の王宮での立場の変更。
『トーヤ』の、王都追放によるストーリー離脱。
『アローン』と『ファルコ』の邂逅と、関係性の変化。
『マリエル』と『アドラー』の、婚姻によるストーリー離脱。
そもそも大神官様や私の立場とてそうだ。
神殿の人事からして、ゲームの設定とはまるで違う。
現在未登場の神剣持ちの傭兵『リョウ』も、こうなると現れるかどうかすら判らない。
…私は今までそれは、ヒロインの不在による変化だと思ってきた。
だが今、『マリエル』の所在が判明し、彼女が今後のストーリーから完全に離脱した事が、今まで考えもしなかった可能性を、突然に浮上させてきていた。
そもそものゲームとの違いは、『ヒロインがいない事』ではなく…『私がいる事』なのではないかという可能性が。
え、でもつまり……これってどういう事?
……その後、考えがまとまらないまま、お茶会はお開きとなった。
ケーキは美味しかったが、個人的には不満が残った。
…うん、これは私だけの感覚かもしれないし決して嫌いではないのだが、ケーキ食べようと言われて出て来るのがパウンドケーキやカップケーキだったら、普通にちょっとがっかりする。
あれもケーキと名はついているが焼き菓子の範疇だと思うのだ。
しかもその場では言わずに後からこっそり耳打ちしてきたディーナ曰く『ベルナルドが作る方がおいしい』との事。
あととりあえず、早急にチョコレートケーキの開発をするようメルクールには伝えようと思う。
この世界、チョコレート自体が新しいお菓子だから、先は長いと思うけど。
…うん、ゴメン。ちょっと現実逃避した。
そうだ、私も祝勝会に出るのであれば、メルクールの店の宣伝を、どこかでしなければならないんだった。
というか、そーいやメルクールは、私が当然出席する前提で話をしていた気がする。
ううむ、やはりメルクール、恐ろしい子…!
・・・
次の日はディーナの家庭教師に頼んで、一緒に勉強をさせてもらった。
神殿に戻ってから、改めてファルコへの授業のやり方を考えなければならないと思ったからだ。
私はこれまでは、どこかでこの役割は、いずれは現れるマリエルに渡す事になると考えていた。
だが、その芽が完全に無くなったとみていい今、私なりのもっと効率の良い教え方を考えなくてはいけないと思う。
ヒロインが登場しない今、私が勇者を、この手でつくらねばならないのだ。
☆☆☆
「お嬢様。王宮から、迎えの方がお見えになりました。」
そして。
充分に睡眠をとって、日中を支度に費やして夕方、完全装備で待機していたら、バティストが部屋に呼びに来て、エントランスへ向かった。
「……王の命によりお迎えに参上仕りました、ヴァーナ殿。」
そう声をかけて礼をとり、私に手を差し伸べたのは、筋骨逞しい長身の、焦げ茶色の髪と瞳、褐色の肌をした、壮年の騎士様だった。
「……バアル様が、私のエスコートをしてくださるのですか?」
「女神様の従者に、私のような中年騎士風情では、到底釣り合わぬ事とは思いますが、精一杯務めさせていただきましょう。」
…この世界では『アルマ』は女性を褒めるときの常套句だ。
こんなのは紳士なら息を吐くように言ってみせる事だろうから、真に受けてはいけない。
社交辞令はサラッと流し、笑顔で対応する。
「ありがとうございます。
なにぶん、夜会など不慣れで、心細く思っておりましたの。
バアル様がご一緒してくださるのであれば、とても心強いですわ。」
「私も、一部隊長の身には免れていた事ですので、慣れているとは言えませぬが……」
思いの外本音で対応してしまった自分に驚いたが、それに対して答えたバアル様は、言葉を途中で止めて、固まってしまった。
「……………………。」
「……バアル様?」
強い瞳が真っ直ぐ私を捉えている事に、戸惑いつつ呼びかける。
瞬間、それまで忘れていたように大きく呼吸をしたバアル様は、何かを小さく呟いた。
「…なるほど………これは確かに、私でなくば護りきれぬな。」
「え?」
「…………いや、申し訳ござらぬ。
失礼ながら、今宵の貴女があまりにも魅力的で、覚えず見惚れてしまっていた。
では参りましょうか。我らの、華やかなる戦場へ。」
最後に付け加えた、いかにも騎士様らしい言葉に思わず笑いが漏れ、なんだか緊張が解れた私は、騎士服の上からでも逞しいバアル様の腕に、安心して己の手を委ねた。




