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19・男たちと、蚊帳の外

「君にとって姉さんが大切であるのと同じくらい、俺たち家族にとっても、姉さんは大切な人なんだ。

 そして姉さんはとても疲れていて、休む事が今、一番必要な事だ。

 その姉さんに、心配をかける事はして欲しくなかったな。」

「……ごめんなさい。」

 俺の説教を聞き終えて、すっかりしゅんとしてしまった『勇者くん』が、無理矢理座らせたソファーの上で、大きな身体を縮めるようにして項垂れる。


「…もういいだろう。というか勘弁してくれ。

 おれの方が精神的にくる。」

 その横のひとり掛けソファーから、苦虫を噛み潰したような表情でこちらを睨んでくる『主』に思わず吹き出しそうになるのを、意志の力で押し留めながら、俺はその隣の金色のつむじを見下ろしながら、出来るだけ穏やかに声をかけた。


「…わかってくれればいい。

 もう二度とこんな事はしないね?

 いい子にして待っていられるよね?」

「はい!」

 素直にいいお返事をする彼に、思わず笑みがこぼれる。

 その隣で対象的に、まだ苦虫が口の中に残ってるらしい『主』が、顔とは裏腹な揶揄うような声をかけた。


「子供扱いは、嫌なんじゃなかったのか?」

 恐らくは、ここに彼を送ってくるまでの道中、そんな話をしていたのだろう。

 それに対して『勇者くん』は、どこか吹っ切れたような表情で、首を横に振る。


「…実際、僕のとった行動は子供だったから。」

「認めんの早すぎだろ。」

 つっこむ声に、驚きが混じる。

 俺に言わせれば彼の方こそ、馴染むのが早すぎだと思うのだが。

 ……顔を合わせないうちは、恐怖すら感じていた筈なのに。


「…今の僕はまっしろで、まだまだ足りないものが多すぎる。

 ヴァーナは、教えたことを僕がちゃんとできたら、『いい子』って褒めてくれるんだ。

 今までは、それが少し悔しかったけれど、僕が子供なのは間違いないから、まずは『いい子』から始めようと思う。」

「…逆に、大人並の悟り方をした気がするのはおれの気のせいか、ゴロー?」

「あなたが言ったんだ。大人になれと。」

 そう言い合う姿は、同じ色の緑の瞳もあり、まるで兄と弟のようだ。


「……さあね。ええと、ファルコ。

 今日はもう遅いから、姉さんには会わせてあげられないけど、今夜はうちに泊まって、明日の朝食を一緒にとろう。

 その時に姉さんに、心配をかけた事を謝ってあげて欲しい。」

「はい。その後はちゃんと神殿に帰って、『いい子』にして帰りを待ちます!」

 元気なその声に、俺とアローンは同時に吹き出した。


 …その後、ファルコの為の客間の用意が整ったとメイドが呼びにきて、もう休むように言って彼を部屋へ案内させた。


「…どうやら、絆されたみたいだね。」

 2人きりになったところで、アローンに向けてそう言うと、


「…(もと)になったおれよりも、ルイに似てる。

 絆されるなって方が、無理だ。」

 と、何か開き直ったような答えが返ってきた。

 ちなみにルイというのは、彼の姉であるルイサ王女の愛称だ。


 …それまでずっと、病弱で表に出せない従弟と存在だけ知らされていたのが、実は9歳で火災に巻き込まれて亡くなったとされるこの国の王子なのだと父に聞かされたのは、王立学院を卒業して半月後の事だった。

 伯父に付けられたというアローンという名を名乗ったふたつ下で赤毛の、そして王家によく出る緑の瞳をもつ少年(当時彼は17歳になる少し前だった)を俺は、“赤い月のような子だ”と感じた。

 聞いていたような虚弱さは感じないものの、どこか危ういものを抱えている印象を受けた。

 父に倣って跪く俺に、


「従兄弟同士という設定なのだろう?

 そう扱ってくれて構わない。」

 と言って立ち上がらせ、自分で見ることの叶わない市井を見る『目』となって欲しいと告げた彼は、実はあまり目が良くない。

 火災から命からがら救われた際、顔に傷こそ残らなかったものの、僅かに目に炎が入ったのが原因との事で、普通に生活するには全く支障はないのだが、近づいて焦点をしっかりと合わせないと、ものの形を正確に捉えられないという。

 なので、本人にそのつもりはないのに、目つきが普通に悪い。

 綺麗な顔をしているのに勿体ない事だ。

 眼鏡も合わず頭痛がするというので、矯正は諦めている。

 また、これは生まれつきだという事だが、俺たちが見るようには色をはっきり認識できないらしい。

 ゆえに、明るい昼間よりも夜の方が安心できるそうだ。

 夜ならば自分も他人(ひと)と、見えるものが同じだからと。

 なるほど。闇はシルブレードの領域だ。

 そして夜空に浮かぶ月はシルブレードの片翼といわれ、月が時々赤くなるのは、時折その切り口から流れる血に染まるせいだと言われている。

 彼から感じる危うさの正体はこれかと、そう聞いた時に納得した。

 シルブレードはアルマの存在がなければ神とはなれなかったのだから。

 守ってやらねばならないと思った。

 せめていつか、彼が自分のアルマと出会う時までは。

 俺と『アローン』の、一見そうは見えない主従関係が、この時始まった。

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