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12・休日と薔薇のチョコレート

 久しぶりの実家のダイニングで、我が家自慢のシェフが腕によりをかけた、ふっくらジューシーに焼き上げられたハンバーグが、ナイフを入れたそばから透明な肉汁を溢れさせる。

 それにやはりシェフオリジナルの、炒め玉ねぎとすり下ろした白ラデッシュのソースを絡めて、崩れそうになるのを落とさないよう、慎重にフォークで口に運ぶ。

 一口食べてその美味しさに、周囲にパアァと花が咲く幻が見えた気がした。

 神殿ではそもそも肉料理の頻度が高くない上、このひと月ほどは兵糧攻めのような状態だったのもあり、こんなに美味しいごはんを食べたのは久しぶりだった。

 あ、感動で思わず涙が……。

 ついでに言えば、この世界にはそもそも、ハンバーグなんて料理はない。

 子供の頃、ある日突然思いついてむしょうに食べたくなり、私の拙い説明をもとにメルクールがレシピを作ってシェフに相談し、更にそれをシェフが研究に研究を重ねて完成させた、現時点では我が家オリジナルの定番メニューだ。

 思い返してみれば、前世の記憶がなかった頃から、私はこの世界では当たり前じゃないものを、たびたび欲していた気がする。

 そして、メルクールはそんな私の我がままを、結構な確率で叶えてくれていた。

 ハンバーグもだがこれにかかっているソースのベースになっているのは、ちょうど私が生まれた頃に戦争で滅びた東の国で生まれた大豆のソース、前世では醤油と呼ばれていた調味料だ。

 メルクールがその製法を調べてくれて、父に進言して工場を作らせたのは、彼がまだ9歳の頃の話だ。

 シュヴァリエ商会が売り出したそれは、爆発的なヒットはしなかったものの、今では世間に浸透して、この世界の料理に味のバリエーションを広げている。

 ただ、この世界には前世でいう冷蔵庫のようなものは存在しておらず、日常使いする生鮮食品を保存できるシステムがない為、炊いたライスに生卵を割って大豆ソースをかけて食べたいと言った時は全力で止められたけど。


「おいしいね、お姉ちゃん!」

 と、感動にうち顫える私の隣で、8歳の妹ディーナの無邪気な笑顔が、これもまた日々の生活に疲れた私を癒してくれる。

 かわいいは正義だ。

 そしてうちの妹は世界で一番かわいい。

 更に、数回しか会ったことない歳の離れた姉の顔を忘れずにいてくれる、とっても賢い妹でもある。

 かわいい上に賢い。かわいい上に賢い。

 大事なことなので二回言いました。


「ええ、とっても。

 やっぱりうちのごはんが一番美味しいわ。」

 そう言って笑いかけてやると、妹だけでなく向かい側に座った弟や、給仕してくれた使用人たちまでが、嬉しそうに笑い返してくれた。


「ディーナも、ちゃんと玉ねぎ食べられて偉いね。」

「玉ねぎ入ってないもん!」

「入ってますよ、たくさん。」

「辛くなかったもん!入ってなかったよ!!」

 …知らなかったが、どうやら妹は玉ねぎが嫌いだったらしい。

 私も、生の玉ねぎは今も割と苦手だ。

 けど火を通して甘くなった玉ねぎは大好きだ。

 たぶん彼女の食の好みは私と似ているのだろう。

 歳は離れていてもやっぱり姉妹ということだ。


 ちなみに両親は今、この場には居ない。

 なんでも、国王夫妻が帰国したらすぐに王宮で祝勝会を開く事になり、その準備の為の話し合いに行っているらしい。

 …この後、バルゴ王国と改めて同盟関係を結び、相互協力のもと帝国を迎え撃つ事になり、つまりはこれから間違いなく戦争になるという時期に、宴なんて開いている場合じゃないと思うんだが、お偉いさんたちの考えは違うようだ。

 敢えてこの時に勝利を祝う事で士気を上げ、国を守る決意を新たにする為なのだそうで。

 うん、まあうちの商会にお金落としてくれるのは構わないけど。


 なんてことを考えながら、甘めのドレッシングを絡めたベビーリーフのサラダを食べ終えて一息ついていたら、メルクールが、ふふっと笑ってこちらを見つめているのに気がついた。


「…良かった。少し、元気になったみたいで。」

「え?」

「王宮の葬儀で倒れたって聞いてたから、心配してたんだよ。

 なんだかんだ、姉さんは国の中枢に近いところにいるんだしね。

 気苦労も多いんだろうなって。

 せめてうちに帰ってきてる時くらいは、好きなものを食べて、ゆったり過ごせばいいさ。

 姉さんの家は、ここなんだからね。」

 弟の優しい言葉に、ここしばらく張り詰めていた気持ちがフッと緩むのを感じた。


「ありがとう、メルクール。

 本当はもっと頻繁に帰ってきたいのだけれど、後継がなかなか育たないから、仕事が減らないのよね。」

「……たく。近くにいるくせに、肝心な時に役に立たないな、あのヘタレの大きな虫は。」

 …なんかいきなり毒吐きだしたけど、聞かなかった事にしていいだろうか。

 いや、ダメだな。

 とりあえず隣の妹の耳を塞ぎながら、メルクールを軽く睨んでみせる。


「…ディーナの前で、悪い言葉を使うのはやめてもらっていいかしら。」

「…フフッ、ごめんごめん。

 それより姉さん、そろそろデザートにしようか。

 今日は姉さんの為に、とっておきのお菓子を用意してるから。」

 メルクールが指示するとすぐに食後のコーヒーと、ディーナの前にはホットミルクが置かれる。

 更に、綺麗にトレーに並べられた、指先で摘める大きさの、黒っぽいものが運ばれてきた。


「チョコレートだ!」

 嬉しそうに妹が言うのを聞き、改めてそれを確認する。

 ……それは、綺麗な薔薇の形のチョコレートだった。

 前世では珍しいものではなかったが、実は今世では初めて見る。


「食後だから、ディーナは一個だけだよ。

 残りは明日、おやつに出してあげるからね。」

「わかってるもん。」

 そう言って躊躇いなく、給仕に指示して取らせているところを見ると、彼女には馴染みのお菓子であるようだが。


「…驚いた?

 これも姉さんのアイディアだったよね。

 ショコラトルを固形にして食べたいと最初に言われた時は、正直なにを言ってるんだと思ったけど、研究・開発の結果、思ったより短い期間で形にすることができたんだ。」

 …そういえばそんな事言ったような気がする。

 多分、4年前に一度帰った時だと思うけど。

 ちなみにショコラトルというのは前世でいうところのココアにあたる飲み物である。


「職人も育成して、先々月の初めに中央広場に、専門店を出してたんだよね。

 ディーナにも協力してもらったから宣伝もうまくいって、社交界の御婦人がたの話題にも少しずつ登り始めたところだった。

 …開店した途端に帝国が攻めてきたせいで、しばらく休まざるを得なかったけど。」

 …そういえば、ゴローのイベントに確か、彼の経営する店のチョコレートをもらうという内容のものがあった。

 ある程度の愛情度がないと見られない上に、メインシナリオのストーリーが後半まで進んでしまうと発生しなくなるので、ゴローのルートに入れるだけの愛情度に達しているかどうかの目安ともなるイベントなのだ。

 そしてその時表示されるスチルに描かれてるのは、確かに薔薇の形のチョコレートだった。

 しかもそれを『あーん』で食べさせられるという、甘々極まりない展開だった筈。


「だから、今度の祝勝会は、俺にとっても再勝負の舞台になるってわけ。

 商会の名前が出せないから直接売り込みには行けないけど、姉さんも宣伝してね?

 …という事で、これ賄賂。

 あ、店の名前は『ショコラ・ホラン』だから。」

 メルクールはそう言って指先で薔薇のチョコレートをひとつ摘むと、私の口元に差し出した。


「え?」

 思わず問いかけて半開きになった口に、小さなチョコレートが押し込まれた。


 ……やはり、『ゴロー・ホラン』は、うちの弟で間違いなかったようだ。

 てゆーか…これイベント起きてない?

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