10・いつのまにか終わっていた初陣
「…7年前というと、大神官の交代があった年だな。
確か、側近の不正があったと聞いた気がするが、私は詳細を知らぬ。」
「あの件は被害者の尊厳に関わる案件ゆえ、あまり大ごとにはできなかったのです。
神殿としても2度目の不祥事でしたし。」
彼の言う不祥事の1度目は、間違いなく王子殿下の件だったろう。
当時は王女殿下を帝国の皇子妃にという申し入れを断るのに、充分な理由となる輿入れ先を探して見つけられずにいた時期で、王子殿下の暗殺は、その現状を憂いていた神殿上層部の過激派が実行した事と言われており、その際にも上層部のかなりの人数が入れ替わったと聞く。
…が、まあ今はその話ではない。
「彼女は商家の出身で、数字とかそういうものが得意だろうと勝手に思われて、見習いの頃に帳簿や経理の仕事の手伝いに回されていたのです。
実のところ本人は割と大雑把な性格で、得意でもなんでもないとぼやいていましたが。
…その仕事の最中に、偶然見つけた帳簿のズレを自分のミスだと思い込んで、どうしても判らないからと、当時王立学院の経済学部で学んでいた弟に相談したのがきっかけで、当時大神官補佐官だったアーレス様が人身売買と売春の斡旋に関わっている事が明るみになったのです。
合わなかった数字は、諸々の費用が神殿から出ていた事によるものでした。
…先刻、あちらに向かった方々は、その時に被害を受けかけた方々の身内だったようですね。
実際に被害を被った後助けられた方々の身内であれば、その事実は隠そうとする筈ですから。
そう考えると、彼女の信奉者はここだけでなく、まだあちこちに隠れていそうだ。」
…何故だか呆れたように淡々と、物凄い事実を語るダイダリオン殿の話を聞く限り、その件は一歩間違えたら、彼女には生命の危険があったのではないかと思う。
20代半ばしかも女性で神官長という地位を得ているのは、間違いなくその判断力と、不正を正そうとする意志の強さを買われた結果なのだろう。
☆☆☆
「ロリコンとはアレだろう!
小さな少女に性的欲求を覚える嗜好のことだろうが!
俺は違う!幼女に興味はない!
平面の美しさを貴んでいるだけだ!!」
いつしか私に対抗するみたいに一緒に飲み始めていたアンダリアス将軍は、どうやら相当酔っ払っているらしく、なんかしょうもないことを力説している。
ちなみに私は平気だ。
さっきからグラグラしてポワポワしてるけど多分平気だ。
「いや、世間はそれをロリコンって言うんですよ!」
「断じて違う!!」
だからきちんと、こんな程度の低い会話にも真面目に答えるのだ。
私はできる女なのだ。ふふん。
「ですけど、女の子でほんとに平面なのって、思春期迎える前だけじゃないですか。
男性の身体とは違いま……はっ!」
…答えている途中で私は気がついてしまった。
ゲームでは彼の行動のみが語られて、その心情については全く触れられていなかったから、ここでのバッドエンドで発育途上のマリエルを連れ帰って妻にしたという彼に、皆がロリコンの称号を贈ったものだったが、真相は違ったのだ!
「………そう、だったのですね。
アンダリアス様、私と文通いたしましょう!!」
「……へ?」
マリエルを妻にしたのは恐らくはカムフラージュで、本来の性癖を隠す為だったに違いない。
彼にはきっと本国に、可愛い愛人がいるのだろう。
彼の嫌いな胸のたわわのない、美少年…いや、ひょっとしたら男の娘かもしれない!
マリエルをとりあえず娶って、彼の為にドレスを仕立てても、妻の為だと言えば格好はつくし!
きっとそうだ!!
「…確かに、一般的な需要はないかもしれません。
けど、私なら必ずや、アンダリアス様の性へ…もとい高尚過ぎる恋愛を、一節の美しい物語に仕上げてみせますわ!!
どうかあなたの情熱全てを、この私に預けてくださいまし!
アンダリアス様は新しい世界の先駆者に…そしていずれは伝説になるのです!!
私と伝説になりましょう、アンダリアス様!!」
全てを悟った私は、熱くなる身体をその情熱のまま、アンダリアスの分厚い胸に委ね、その手をしっかと握った。
「意味がわからん!!というかその手を離…」
「ええ!ええ!話してくださいませ!!
真実の愛に禁忌などないのですもの!
ああ、そんなに泣くほど辛かったのですわね。
そうでしょう、本当の自分を隠して生きるなんて、お辛いに決まっていますわ。
けれど大丈夫です、これからは私がおります。
これまで歩いてきた暗い裏道に背を向けて、これからは私と2人、明るい陽の光の下を、共に歩いていきましょうね!」
「いやあぁ誰か助けてえぇぇぇえ───っ!!!!」
感動のあまり叫んだ彼は、何故か突き飛ばすように私から離れた。
「……はい。そこまでだよ、姉さん。」
「んあ?」
次の瞬間、仰向けに倒れそうになった私の背中を、何かが支えていた。
聞き覚えのある声が、頭の上からかけられる。
「………メルクール!」
見上げた顔は私の実の弟、メルクール・シュヴァリエだった。
ふたつ下の彼は王立学院を卒業後、父の跡を継ぐべく修行中だ。
というか父の方針で『30になるまでに、何かひとつの分野を開拓して一定以上の成果を出す事』という課題を出されており、ある程度の費用は商会から出されるものの、失敗してもそれ以上の援助はしないという縛りのもと、開業に向けて奔走している…筈だ。
その結果次第では商会を他人に譲る事もありうるとくれば、彼も必死にならざるを得ないだろう。
「久しぶり、姉さん。
俺の卒業祝いに帰ってきた時以来だから、顔合わせるのはそろそろ4年ぶり?」
だけど……そのメルクールが、何故ここに?
この場面は、シナリオ通りにいけばファルコが現れてアンダリアスと一騎討ちとなり、それに一度敗北して仮面の男が登場する場面のはずだけど?
そう思って周囲を見渡すと、確か仮面の男が入ってきた隠し扉のある玉座の後ろの壁が大きく開かれており、軽装の私兵たちが何人かそこから入ってきていた。
…王城の警備ザル過ぎませんか?
「…あーもう。2人で子樽ふたつ空けるとか、いくらなんでも飲み過ぎだろ。
姉さんはあまり強い方じゃないんだから。
まあ、今回はそれが良かったみたいだけど。
……帝国将軍、アンダリアス殿。
我が姉が大変失礼した。
失礼ついでに、この場で大人しく縛についていただけるならば、姉を引き下がらせると約束するが、いかが?」
「えー。今から彼には、真実の愛について語っていただこうと思ってたんですけど〜。」
「…姉さんは黙ってようか。」
とても素敵なお話を聞かせてもらえるところだったのを邪魔され、私が少し文句を言うと、メルクールは背中から私を抱きしめて拘束した。くそう、動けぬ。
「わかった!わかりました!!
捕縛でもなんでもするがいい!
だからこれ以上、その女を俺に近寄せるなあぁ──っ!!!!」
そしてアンダリアス将軍はそう叫ぶと、床に直接腰をおろして胡座をかいた。
「縛り上げ、王宮の騎士に身柄を引き渡せ。
くれぐれも私刑などがないよう、丁重にと。」
「はっ!!」
何故かメルクールがそう命ずると、私兵たちが動いて、何故かえぐえぐむせび泣いているアンダリアス将軍を捕縛して、連行していった。
「……さてと。じゃ、姉さん。俺はこれで。
この件が片付いたら一週間くらい休みを取って、一度実家に帰ってきなよ。」
そこまであってようやく私の身体を離したメルクールは、自然な調子で片手を軽く振って、隠し扉をくぐって去っていった。
閉じた扉は元通りの壁になり、私はぽつんと1人、謁見の間に残された。
☆☆☆
「ヴァーナが…あの猛将アンダリアスを、1人で打ち負かしたと…?」
「まさか!あの女人の細腕で!?」
「……凄いなあ、神官長は。
次は守れるように、僕も頑張らなくちゃ。」




