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「その子、名前なんて言うの?」
それは平先輩が開口一番に聞いたことだ。
「えーと、何がですか?」
「昨日聞いたやつ。君のクラスで可愛らしい男の子はいないかって質問」
「ええ、えーと……」
ぼくは店内をあてどなく見回して答えを延ばした。
そう、ぼくと平先輩は学校の帰り道にある喫茶店にいる。店名は『ラマール』。小洒落ていて、ターゲットはおそらく女性。そんな店だからぼくは自己の存在のありどころに困っていた。
こんな場所にいる理由は、今日も文化祭の準備が終わったあと、例の信号待ちで平先輩とふたたび会ったことにある。
「ちょっといいかな、黒木くん」
鋭い目で射抜かれたぼくは、素直に同伴し、この喫茶店にやって来た。先輩の目線に“怪人”たる由縁を垣間見た。
自分たちのいる反対側に窓があり、下校する生徒たちが見えた。
「黒木くん?」
ぼくがなかなか答えないため、先輩は小首を傾げた。
「あ、えーと……」
可愛らしい男の子? 昨日はいなくもないと言ったけど、実は反射的に言ってしまったことだからな……。クラスで可愛らしい男の子……いるのかな?
「……すいません。よくよく考えると、可愛らしい人がいるかどうかわかりません」
それを聞いた平先輩はあからさまに呆れてみせた。背もたれに身を任せ、呆けた顔でぼくを見る。射る。どっちなんだその表情……。
「まあ、そんなこともあるとは思ってたわ。まあ、いいわ」
先輩は残念そうに呟いた。今度はテーブルに両肘をつき、握った両手に額を押しつけて押し黙ってしまった。
ふと、なんで先輩がそんな質問をするのか気になった。
「……あのう、先輩」
「何?」
俯いたまま先輩は応じる。
「なんで、そんな質問したんです?」
「べつに年下の可愛い男の子が好きなわけじゃないわよ」
そんな肯定紛いの否定がすぐに返ってきた。