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平先輩は、何か変かしら? とでも言いたげにぼくを睨んだ。
「……まあ、そうですね。確かに、ぼくだって他学年の階へ行ったりはしました。じゃあ、話をかえますけど、どうして犯人は財布ごと盗むのではなく、お札だけを盗んだんだと思いますか?」
「だって、まず考えてみて。お札だけ盗むっていう方法からして奇妙じゃない? だってそんなの財布ごと盗んだ方が早いんだから。それに財布に指紋を残してしまう。まあ、高校生の盗難程度でそこまで考える人がいるとも思えないけどね。だからまあそれはいいとして、デメリットの方が多いの。じゃあ、なぜお札だけを抜き取ったのかしら? それはきっと、お札じゃないと盗んだことに気付かれてしまうからだわ。だって、自分のじゃない財布を持ってるところ知り合いに見られたりしたら、言い訳出来ないじゃない」
先輩は財布から千円札三枚と小銭を十数枚取り出した。それから小銭を掴めるだけ掴み、テーブルの上へ落とした。じゃらんじゃらんと場違いな騒音が店内に響いた。他のお客、といってもほとんどが女子高校生の視線を集めた。ぼくはただはらはらしたが、平先輩はそんなことに頓着せず、もう一度小銭を掴み、ばらばらさせようとする。だが、ぼくはそれを止めた。先輩の手首を掴み、で、困った。
「何かしら?」
「それはぼくのセリフです」
「きみは『〜かしら?』キャラじゃないでしょ?」
「ニュアンスだけです。で、迷惑になりますよ」
ぼくは掴んだ手首を放した。本音を言うと、怒られると思っていた。だが、平先輩はぼくを少々ちゃかすだけだった。
「言いたいことはね、小銭は面倒ってこと」
「はい?」
「だから、財布ではなく中身を盗むのなら、小銭は盗むのが面倒っていうことよ。それに小銭は一回で掴める量が決まってる。まあ、アルバイトでレジ打ちでもしてるならまたかわってくるだろうけど」
先輩は次いで千円札を三枚握った。むしろ握りつぶした。
「お札なんて結局は紙。だから、掴もうと思えばかなりの金額を握り取れる。誰だって。それに、お札ならなくなっていてもすぐに気付かないことがある」
先輩は手を開き、お札をテーブルに零した。
お札は先輩の指の関節に合わせて、二箇所に折れ目がついていた。
ぼくは先輩の言いたいことがわかった。