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「黒木くん、昨日『ラマール』で誰かと一緒にいたよね? 友達?」
朝の教室。ぼくともう一人、つまり崇城さんしかまだいない。だから、そう問い掛けたのは崇城さん。僕の前の席に腰掛け、半身と顔をこちらに向けている。
「なんで、知ってるんですか?」
「見掛けたからに決まってるじゃん」
「はあ、まあ、そうか。昨日は先輩と偶然会って、それで呼ばれたんですよ」
「へー! そっか。いいなあ。今度、万永先輩と一緒に行こうかな?」
夢見心地に崇城さんは天井を見上げる。喫茶店で万永さんと屈託のない会話をする場面を夢想しているのだろう。万永さんとは崇城さんの所属するソフトボール部の先輩で、崇城さんと同じセカンドをポジションとしている。それでちょっとトラブルがあったけど、それは今や関係のない話。今さら掘り返すほどのことではない。
もう、なかったに等しいのだから。
そう。掘り返す必要は、ない。
「でさ、どんなこと話したの? 黒木くんって、あんまり女性と話してるところとかって想像出来ないんだけど?」
崇城さんは自分の性別を忘れてそんなことを聞く。
「崇城さんだって女の子でしょう?」
「そりゃあまあ、そうだけど。なんていうのかな?」
彼女は首をかしげた。ポニーテールが揺れる。
「で、何話したの? やっぱり小説の話とか? それとも世界情勢?」
なぜ世界情勢? なんにせよ、ぼくの質問返しは無視される形となった。
「えーと、盗難の話」
「盗難って、一昨日二年生であったっていうやつ?」
「犯人を知ってたりしないかって」
「知ってるの?」
「まさか。そんなわけないですよ」
崇城さんはなぜか「うーん」と唸る。
「どうしたんですか?」
「じゃあ、なんで、先輩さんは黒木くんにそんなことを聞いたのかな?」
「知りませんよ。関係ありませんし。それに、知らなくてもいいことって言われましたし」