婚約破棄?寝取られ?でしたら怨は仇でお返しなければ!
どうも、最近まわりが騒がしい。
きな臭いことこの上ない。
人ごとならば、
「あら、なんてことでしょう。困ったものですわね」
なんて、話しを合わせて相槌をうっていればいい。
だが、どうやら遠巻きに聞こえてくるあれこれに、自分の名前が含まれている。そこが問題だ。
「はぁ...、困ったことになりましたわ」
ロカリス公爵令嬢アノマは、頭を抱えていた。
王立アルテナート学園。
初代国王アルテナート王が創立したといわれている、由緒ある学園である。
時代の王族や貴族の令息令嬢が通い、アノマと婚約者であるヴィジュシュ第二王子も在籍中だ
いくら由緒正しく歴史があっても、そこへ通っているのは所詮は人間。
むしろ、古い体質だからこそのしがらみも多いのかも知れない。
王族であろうが貴族であろうが、青い血と名乗ろうとも、一皮剥けば自分が一番可愛いものである。
「またあの男爵令嬢ですの...?」
「ヴィジュシュ様にはアノマ様という婚約者がいらっしゃいますのに」
「なんでももう、ヴィジュシュ様のお手がついているとか」
「まあ、なんてことでしょう!」
情報通の皆様曰く、わたくしの婚約者、ヴィジュシュ・コヴィア第二王子は男爵令嬢と恋仲である。
曰く、すでに深い中であり、将来の愛人候補どころか正妃の座を狙っているとか。
曰く、貴族らしからぬ発言で周囲を驚かし、場を混乱させる天才だとか。
どこまでが本当なのか噂を精査中だが、学園に入学して以来、つまり件の男爵令嬢と出会って以来、元々少なかったヴィジュシュ様と会う機会が極端に減ったのは確かだ。
無関係ではないのだろう。
わたくしも貴族の娘。
物心つく前に王家と我が家で取り決められた婚約、もちろん政略結婚、意味は理解していますわ。
恋人ね、構いませんのよ。
学園を卒業し、わたくしとの婚姻が済み、子を成してからでしたら側室にするのでも。
側室にするにはお血筋で劣る方でしたら、恋人という名の愛人として囲うぐらいは目を瞑るつもりでおりましたのよ?
しかしながら、程度というものがございますわ。
あくまで、婚約者は婚約者。
恋人は恋人でなければ。
愛とか恋とか、わたくしだって経験できるならしたかった。
でも環境が許してくれませんでしょう?
ヴィジュシュ様とそうなれたら一番良かったのでしょうし、努力しようとしましたわ。
けれどお会いするにも王家の許可がいりますのよ。
警備やご公務の都合もおありでしょうし、致し方がないと思っておりました。
だからこそ、学園でなら、同じ場所に通い学ぶ時期であれば、距離が近くなれるのではないかと密かに期待していましたのに。
「あ!貴女がヴィジュシュ様の婚約者ね?
明日のパーティー、ヴィジュシュ様はわたしをエスコートしてくださる事になりましたの。
ではお伝えしましたわよ!あとから聞いていないなどとおっしゃらないでね!」
王宮で行われるパーティー前日、噂だけはかねがね聞こえてきた例の男爵令嬢が突撃してきたのである。
言うだけ言って、駆け足で去っていった。
この間、アノマは一言も言葉を発していない。
呆気に取られている間に、うしろ姿も見えなくなった。
「淑女が走り去るなんて...」
自分でも思う。
問題点は、そこではない。
「婚約者をエスコートせずに、恋人、つまりは愛人をエスコートする。...どう理解すれば宜しいのかしら?」
講義を終えたばかりの講堂にいたのはアノマだけではない。
学友である令息令嬢はもちろん、各家々付き人や護衛も。
人の目や耳がこれでもかとある場で、あの行動である。
アノマの友人である伯爵令嬢など、顔を真っ赤にしてふるえている。
「なんですの!なんですの!理解もなにもありませんわ!
わたくしには理解できない方だとしか、理解できませんでしたわ!」
確かに、彼女を理解するのは無理そうだ。
アノマ様がお可哀想、ヴィジュシュ様は変わった趣味をなっている等など。
不敬にならない程度に言葉を選びつつも、口さがない言葉があちらこちらで囁かれる。
「本当に、困りましたわ...」
アノマ嬢の悩みはつきない。
今からでも明日のパーティーのエスコートをお父様に頼めるかしら..、と考える。
もはや猶予はないのかもしれない。
いつでも仕掛けられるようにしなければ。
事を急がねばならない。
「アノマ嬢!この私、ヴィジュシュ・コヴィアはそなたとの婚約を破棄する!」
昨日の今日で、やらかして下さるとは。
昨夜急ぎ対応のパターンを話し合ったが、どうやら想定した中で一番悪いのパターンになりそうだ。
誰も得をしない、最悪の場合は、と言われるパターンである。
ヴィジュシュ様は、本当にあの男爵令嬢をエスコートして会場へ入っていった。
本人からその件に関して、当然のように一言もなかった。
昨日、男爵令嬢から言われたままにお父様に伝えたところ、怒髪天つく勢いで怒っていた。
エスコートはお父様がして下さったので、一人で所在なくいるのは避けられた。が、やらかし王子のせいで所在なくどころか一気にスポットライトを浴びている状態だ。
あの男爵令嬢といい王子といい、何故人目につく場所で、自分の不貞を恥ずかしげもなく晒すのか。
「ヴィジュシュ様...、婚約破棄の理由を、教えていただけますか?」
「すまない、わたしは真実の愛と出会ってしまったんだ。愛する彼女と、その彼女との間に授かった新しい命を守って行きたい。
どうか受け入れてくれ。そして祝福して欲しい」
理解できないことが理解できた。
さらっと、子どもが出来たと言ってる。
王子の横にいる男爵令嬢の腰に手を回し、見つめあっている二人。
いやいやいや、婚約者がいる身で他の令嬢に手を出して、挙句に孕ませる、しかもパーティー会場なんて場所で堂々と何故言えるのか。
「わかってくれるな?」
わかるわけがない。
しかし、この王子、思ってた以上にポンコツだった。
前向きにこの人と恋をしよう、と思っていた温かい気持ちが、欠片ほどもなくなった瞬間だった。
「わたくしアノマ・ロカリスは、謹んで婚約破棄を承ります」
「感謝する、アノマ嬢」
王子に抱きつくようにしていた男爵令嬢が、わたくしを見てニヤと笑う。なにもかもが理不尽だ。
頭がうまく回らない。
とにかく、この場をおさめなければ。
「つきましては、場所を変えて婚約破棄の手続きと賠償のお話をさせていただきたく」
「えー、ヴィジュシュ様の気持ちをとどめておけなかったのはご自身の魅力が足りなかっただけでしょう?
どうして賠償が必要なの?そんなにお金が欲しいの?公爵家ならお金持ちなのかと思ってましたけど、たいしたことないんですねー」
「そんな事にお金を使うなら、わたしの赤ちゃんに使ったほうがいいに決まってる、賠償金を払えだなんて酷い人達ね!
場所を変えてだなんて、人に聞かれたら困る話しでもするつもりなのかしら?」
またしても呆気に取られて、開いた口が塞がりませんでした。
家同士の婚約をすると言うことの意味、そしてそれを一方的に破棄すると言うことの意味。
婚約と同時になされた数々の契約と呼べる取り決めごと、それに伴う物資、人材、金銭の流れ。
賠償とは、金銭だけの話しではない。
何故わたくしが婚約者として選ばれたのか。
破棄します、はい、だけはすまないのだ。
王子の様々な噂がでてから対応をお父様と話し合っていたのですが、昨夜大まかな部分をきちんと決めておいて本当に良かった。
本来、わたくしに決定権はありませんからね。
いいのですか?
これを言ってしまえば、もう後戻りは出来ませんよ。
...まあ、お子が出来ているのでしたら、すでに後戻りなどさせるつもりもありませんが。
「でしたらこの場で。
婚約破棄に伴い、我がロカリス家はヴィジュシュ第二王子殿下の後援の一切を今後無効とし、婚約成立時より今まで我が家から送金されておりましたヴィジュシュ様の教育費の全額返金を求めます。
わたくしとの婚姻が無効となりましたので、ヴィジュシュ様の王位継承権もそれに伴い、消滅する事になるかと存じます」
「...なに?」
途中までヴィジュシュ様も頷いておられましたが、王位継承権消滅と聞いてポカンとしたお顔をなさっています。
本当は、もっと色々ございますからね。
ご希望通り、賠償金のお話しからさせていただいておりますが。
「バッカじゃないの?何故貴女と婚約破棄して継承権がなくなるのよ!」
「なくなるのだよ...」
低く威厳のある声が響き、パーティー会場の人波が割れました。
国王陛下がお父様を伴いいらっしゃいました。
どうやら、お父様が騒ぎを陛下にお伝えしたようです。
「何故ですか!私の継承権に、何故アノマ嬢との婚約が関わってくるのですか!」
わたくしもお父様と対応を協議するまで知らなかった話なので、ヴィジュシュ様ご本人がご存知なくても無理はありません。
知っていれば、このような騒ぎは決して起こさなかったでしょう。
取り乱したヴィジュシュ様は国王陛下に詰め寄りますが、本来婚約破棄も、賠償の話しも、そして継承権消滅も、これ程の人目がある場所でする話しではないのですが、この場で続けていいのでしょうか。
「別室を用意させよう。続きはそちらで話す」
そうなりますよね。
陛下の言葉に、息をつめていたパーティー会場の皆様にざわつきが戻ります。
わたくしとお父様も陛下について移動をしようとしたところで、あの男爵令嬢が叫ぶように言い放ちました。
「またそれ!?場所を変えて、とか、別室で、ってコソコソしないと話しも出来ないんですか?」
あきらかに、国王陛下の発言に対しての言葉である。
不敬だ!と誰がが声をあげると、
「わたしも王族になるのよ!そっちこそ不敬だわ!」
と叫ぶ。
会場はさらにざわつきを増している。
「父上、彼女の言う通りです。聞かせて下さい。
わたしには後ろめたいことはなにもありません。
どうぞ真実を」
「よかろう。
ヴィジュシュ、心して聞くがいい」
国王陛下は重いため息をついてから、真っ直ぐにヴィジュシュ様を見ておっしゃいました。
「そなたは、私の血を分けた子ではない。
よって、ロカリス公爵家アノマ嬢との婚姻なくして王位継承権も発生しない。
そちらの男爵令嬢に子が出来たなら、婚約破棄はもはや避けられまい。
こうして公にした以上、今後王族と名乗る事は許されぬ。
覚悟が必要になるぞ。...愚か者め」
話はこうです。
ヴィジュシュ様は、国王陛下が見初めた伯爵家のご令嬢を側妃とされてお産まれになりました。
すでに王妃様がお産みになられた第一王子、王太子殿下がおられましたが、王位継承権を持つ王子の誕生は国を挙げて喜ばれました。
しかし、ヴィジュシュ様が産まれすぐに妃殿下は産後の肥立ちが悪く亡くなられてしまいます。
ヴィジュシュ様の栗色の髪と緑の瞳を見た妃殿下は顔色を真っ青にされていたといいます。どなたかを思い出していたのでしょうか。
国王陛下は見事な金髪で、ヴィジュシュ様とは髪色も瞳の色も違いましたが、色合いが違うことなどよくある話しです。
産まれてすぐ、母を亡くした我が子を不憫に思った国王陛下はヴィジュシュ様をそれは可愛がったそうです。
ですが、ヴィジュシュ様がお育ちになり、一つ、二つと歳を重ねていくと、どうやらヴィジュシュ様の面差しを見て思うところがある方々が噂をはじめ、その噂が国王陛下まで届いてしまいました。
亡くなられた側妃殿下の、結婚前にいた恋人とヴィジュシュ様が瓜二つである、と。
秘密裏に調査を命じ、確信を得た国王陛下は元恋人である青年を呼び出し真実を聞き出します。
青年とヴィジュシュ様は顔立ちから髪や瞳の色までそっくりで、確かな血の繋がりを感じさせたといいます。
恋人ではあったが、清い関係であった。
婚約こそしていなかったが、いずれ婚姻をと二人で話していたところに、王家から婚姻の話がきた。
妃殿下の家族は二人の関係を知らぬまま、大喜びですぐに承諾の返事を出してしまう。
あとはもう語らずとも関係者の苦悩がわかるだろう。
もう二度と会えない恋人同士が最後に一度だけ、と関係を持ってしまった。
妃殿下の不貞と呼んで断罪するには、あまりに悲しい。
意図せず恋人達を引き裂き、ましてや妃殿下はもうこの世の人ではない。
元恋人の青年も、家同士の結婚をし、近く子が産まれると。
愛しいと妃に望んだ女性の産んだ、我が子だと思っていた王子。
血の繋がりがなくとも、国王陛下は我が子として育てる事にしたのです。
愛しさと悲しみ、罪悪感。様々な感情が入り交じっていた事でしょう。
何より、すでにヴィジュシュ様は王子として世間に公表されています。
出回っている噂も、堂々とし、放っておけばそのうち下火になるだろうとの判断です。
しかし、このままではヴィジュシュ様の行く末が心配されます。
実母はすでに亡く、実父には別に守るべき家と家族がいる。
ヴィジュシュ様には国王陛下しか後ろ盾がないのですが、それも言うなれば張りぼて。国王陛下がお元気であるうちは大丈夫でしょうが、問題はその後という事になります。
そこでわたくしの、と申しますか、ロカリス家の出番です。
ヴィジュシュ様に王家の血が入っていないなら、入っている娘をあてがえばいい、という理論。
公爵家に降嫁したものの、わたくしのお祖母様は先の国王陛下の王妹であった方です。
王家とロカリス家で話し合いが持たれ、将来はヴィジュシュ様が公爵家へ婿入りし継ぎます。
王家から離れ公爵となってしまえば、もう誰がヴィジュシュ様の産まれに疑問を抱いても、その立場が揺らぐ事はなかったでしょう。
第二王子という立場を考え、王太子殿下の有事の際には、暫定的にヴィジュシュ様王位を継承し、すみやかにヴィジュシュ様とわたくしの子に王座を渡すとの取り決めもなされました。
しかし王太子殿下にはすでに姫君がいらっしゃいますし、これから男児が産まれる可能性も十分あると言えるでしょう。
よってこれらのお話しは、あくまで万が一の、仮定のお話しでした。
全て、国王陛下の父としての愛情があってこそのお話しです。
本来わたくしと婚姻を結んだところで、ヴィジュシュ様に王位継承権は一切発生しないのです。
公になってしまえば、ヴィジュシュ様が王子のままでいる事など不可能です。
我が家の後継者となる方なので、ヴィジュシュ様の教育、育成にかかる諸々の費用の一切はロカリス家から支払われていました。
このあたりも、ヴィジュシュ様のお立場に何が起きても我が家がお守りできるようにとの両家の判断です。
つまり、わたくしとの婚姻なしでは、ヴィジュシュ様の立ち位置は全て崩れてしまうのです。
「こんな事になるのであれば、婚姻が済んでからなどと言わず、早く話してしまうのであったな...。もう後戻りも出来ぬが」
そなたを、本当の我が子のように愛しく思っていたよ。
その言葉を聞いて、ヴィジュシュ様が膝をついて倒れました。
しかし誰も駆け寄りません。
あれほどざわついていた会場は、また水をうったように静まりかえっています。
「嘘よ、そんなの嘘...。なんの為に王子をおとしたと思ってるのよ...。全部台無しじゃない...」
男爵令嬢の呟きは、それほど大きな声でなくとも静かな会場に響きました。
「もう!いいわよ仕方ないから返してあげるわよ!貴女と結婚して、わたしが側妃ならヴィジュシュ様も王族でしょ!?譲ってあげるわよ!」
それを聞いたヴィジュシュ様が、驚いた顔をしています。
やっとこの男爵令嬢の言い分を聞いて、疑問に思って下さいましたでしょうか。
「そうか...、それなら...。
アロマ嬢、婚約破棄をなかった事にしては貰えないだろうか。
それで元通りになるだろう?
側妃を持つことは申し訳ないと思うが、どうか許して欲しい。彼女と離れられない。わたしの子がいるのだ」
...ヴィジュシュ様はこんな方だったでしょうか?
少なくない回数お会いしていましたが、まさかここにきてこんな事を言い出すような方だったとは。
「ヴィジュシュ様!我が娘アノマをなんだと思っておられるのか!」
腹に据えかねたのでしょう、お父様が声を荒らげます。
国王陛下もため息が止まりません。
「なんと愚かな...。
ヴィジュシュよ、もはやそなたは王子ではない。
その男爵令嬢と婚姻し、男爵家に入るがよい。
これは王命である。
もう城へ戻ることは許されないと心えよ」
「そんな!」
「ふざけないでよ!王子様じゃないヴィジュシュ様なんてお断りよ!」
先程から男爵令嬢の発言がボロボロなのですが、誰も何も言いません。
しかし彼女が発言するたびに、会場の皆様の眉間に深いしわが刻まれているように思います。
「ヴィジュシュ様。義父になっていたかも知れないわたしからの忠告です。そちらの男爵令嬢のお子が、もし、ご自身と全く似ていなくても。
お子に、本当の子ではないのではないか、などと疑わせる事がない程に愛情持ってお育て下さい。国王陛下のように。
数々の噂を耳にし、失礼ながらそちらの男爵令嬢の事を調べさせていただきました。残念ですが、お子の父親候補はたくさんいたようですよ」
腹に据えかねているのか、お父様が小さくはない爆弾をヴィジュシュ様に投げました。
ヴィジュシュ様は何を言われたのか理解しきれていないようですが、当事者の男爵令嬢は身に覚えでもあるのでしょうか、怒り狂っています。
「はぁ!?調べたって何よ!サイッテーね!
これだから貴族は!
妊娠なんてしてないわよ!
子どもなんていないわ。
結婚できると思ってちょっと言ってみただけよ!
もうヴィジュシュ様と結婚なんてしないわ!」
不敬罪どころではありませんでした。
もはや、めちゃくちゃです。
これだから貴族は、とは。貴女は貴族ではないのでしょうか。
男爵令嬢の頭の中はどうなっているのでしょう。
綺麗なお花がたくさん咲いているに違いありません。
国王陛下が立ち上がりました。
「その話、詳しく聞かせてもらわねばなるまいな。
連れて行け」
男爵令嬢が騎士達に囲まれます。
両脇を抱えられ、今度こそ別室へ強制送還です。
別室どころか、地下牢へ一直線でしょうか。
「なにすんのよ!どこへ連れて行く気よ!離しなさい!不敬罪よ!」
喚き散らしていますが、何故王族に嘘をついて無事でいられると思ったのでしょうか。
地下牢経由、処刑台行きでしょうかね。
わたくしの一存ではなんともならないかも知れませんが、出来る事なら、無事釈放されてヴィジュシュ様と結婚していただきたいです。
真実の愛でしたか、是非貫いて下さい。
...だって、彼女が処刑されてしまったら、誰がヴィジュシュ様を引き取るんですか?
流石にヴィジュシュ様は場を混乱させましたけど、処刑される程ではないでしょう。
先程王命で男爵令嬢との婚姻を命じられていましたから、責任持って引き取っていただかねばなりません。
もう金輪際、我が家はヴィジュシュ様に関わりたくありません。
グダグダにされて再度婚約を、なんて事になりかねませんよ。
恐ろしい!
「どうして...、こんな事に...」
昨日まではわたくしが頭を抱えておりましたが、今はヴィジュシュ様が頭を抱えてしゃがみこんでいます。
もはやかける言葉もありません。
何もかもを、一気に無くした自覚はあるのでしょうか?
人を愛する事は尊い事であり、本来罪ではありません。
ですが、人々の信頼を裏切る行為に繋がってしまえば、すぐに自分へ返ってくるのですね。
真実の愛だと言うのであれば、その愛を守る為に、突き通さねばならない筋もあるのでしょう。
それがたとえ、嘘であっても。
恩を仇で返すと、怨を返される。
恐ろしい事ですが、大変勉強になりました。
わたくしも、婚約破棄された令嬢という事で無傷では済ません。
むしろ、だいぶ致命的な傷が出来てしまいました。
国王陛下の命令とはいえ、我がロカリス家はヴィジュシュ様の出生の秘密を隠匿していた事になります。
悲しい事情があったとしても、ヴィジュシュ様を王族と偽っていたと言われてしまえばその通りです。
王家とともに、ロカリス家の信頼も下がった事でしょう。
今から婿入りして下さる方を探すのも大変そうです。
ひと様の心配をしている場合ではありません。心配してもおりませんが。
「ロカリス公爵、アノマ嬢、今日は本当に申し訳なかった。
二人も下がるがよい。謝罪と賠償等保証の話しは後日改めて」
「はっ」
「失礼致します」
国王陛下に促されて、やっと帰路につけます。
ああ...。長い一日でした...。
早くドレスを脱いでベッドへ潜りこみたいですわ。
その後、男爵令嬢とヴィジュシュ様は無事にご婚姻されたそうです。
ちなみに、妊娠は本当に嘘だったようです。
男爵令嬢は無罪というわけにはいかず、男爵家は爵位返還を求められ、今は平民として暮らしているそうです。
しかし、二人は別々に暮らしているとの事。
王命での婚姻ですから、解消するわけにはいかないでしょうが、夫婦となるには致命的な溝が出来ているようです。
流石にあんな事があって、仲良く暮らしてたら驚きますしね。
なんだかんだとヴィジュシュ様を可愛がっておられる国王陛下。
うまいこと手を回していらっしゃるとも聞きますので、ヴィジュシュ様は大丈夫そうです。
男爵令嬢?あれはどうにもなりませんでしょう。
今は役者あがりの恋人がいらっしゃるようですよ。
また一悶着ありそうですね。
婚約破棄という瑕疵のついたわたくしでしたが、あの会場で大勢の方々が聞いていた為、ヴィジュシュ様の不貞はあきらか。
悲劇の令嬢として同情どころか、応援されるようになりました。
場所を変えなかったのは正解だったのかもしれませんね。唯一その部分だけ元男爵令嬢に感謝してもいいです。
皆様、応援はお気持ちだけで結構ですので...、どなたかお婿へいらして下さいませ...。
なんて思っておりましたが、その辺りもお父様が根回し済みでした。
流石お父様。長く高位貴族やっていませんね。
お父様の仕事を手伝ってくれている、親戚筋の方とお会いさせていただきました。
お見合いと呼ばれるものです。
2つ程年上の、お優しい方です。
ヴィジュシュ様のように華やかな雰囲気というわけではありませんが、性格がお顔立ちに出ているような、柔和な方でらっしゃいました。
なんといいましょうか。
馬が合ったといいますか。
初めてお会いした時から、楽しかったのです。
すぐに緊張も解れ自然な会話が出来たのです。
お話しさせていただきますと、嬉しくて。
次はいつお会いできるかと思うとさみしくて。
予想以上に順調に話しは進み、すぐに婚約、わたくしが学園を卒業すると同時に婚姻を結びました。
わたくしね、あの騒ぎの時はとにかく必死で。
最初は、なんとか場をおさめなければ、ヴィジュシュ様をお止めして我が家がお守りしなければ、と考えていたのですよ。
ずっと、そう育てられてきたのですわ。
わたくし、悲しかったのですわ。
悔しかったのですわ。
本当にどうしようもないぐらい。
ヴィジュシュ様の王位継承権になど、触れなくても良かったのはずですもの。
どうしても、やり返してしまいたくなりましたの。
他に、どうすればいいのかわかりませんでしたのよ。
泣き方なんて、誰も教えてくれませんでしたもの。
わたくしの望みであった、緩やかで温かい恋心を、旦那様と共に育てることができていると思っています。
旦那様と共に過ごす間に、泣き方を知りましたわ。
さみしくて出る涙もありますけれど、嬉しくてこぼれる涙もあるのですね。
幼い頃から、恋をしたい、婚姻する方を愛しく思いたい、と思っていましたが、恋に落ちるとは本当ですね。
するものではなく落ちるものだったのです。
愛情は溢れ出てくるものだったのですね。
今なら、わたくしに婚約破棄を言い渡した時のヴィジュシュ様の気持ちが少しわかる気がします。
ほんの、ほんの少しだけ。
あの頃に、旦那様と出会い、わたくしも落ちてはならない恋に焦がれていたら。
あ、いやでもやっぱりわかりませんわね。
ヴィジュシュ様は恋に溺れて、そのまま陸でも溺れてしまわれましたもの。
わたくしでしたら、流石にあれよりはもう少しうまくやってましたわね。
婚約破棄されましたが、むしろあの時破棄されて本当に良かった。
今、とても幸せなのです。
あら、ごめんなさいね、わたくしの可愛い息子が泣き出してしまいましたわ。目を覚ましたようですので、失礼致しますわね。
ふふ、人生、何がどうなるかわかりませんわね。
婚約破棄も、そう悪いものではございませんでしたわよ。
幸せって、なんでしょうね。