プロローグ
久しぶりに書きます。
誰よりも好きで。
誰よりも大切な人。
そんな人がいるのは幸せだ。きっと誰もが共通点のはず。
桜ヶ丘高等学院。二年B組も二学期の終わり。だからと言って同じ風景、同じ時間帯を変わる訳でもない。一時間目も終わり、十分間の休憩タイムを彼ら彼女らの自由にそれぞれの自分の時間を満喫していた。
「なに書いてんだ?」
小学校からの腐れ縁の木村孝。刈り上げのスポーツマンスタイル。無神過ぎて苛立つ事が多い。だから、日本で最も見られたくなかった。最悪だ。
「伊藤か?」
「な、なんで、俺が伊藤さんを書くんだよ!?」
「そりゃあ。佐藤学は伊藤まなみの事が好きだからじゃねぇの? いや、……ごめん。伊藤はなかったな。アイツ暗いし」
俺らは伊藤さんの方に目線を移す。黒髪のショートヘア。普段通り小説を読んでいた。でも、今は木村の言葉で頭の中が熱くなり、木村を殴らないように抑えるのがやっとだ。暗いってなんだよ。陰キャって言いたいのかよ。ヤバいスッゲエ爆発しそう。
「そういえば高一の時も俺らと同じクラス一緒だったよな? そんときは伊藤、ボッチではなかった気がするけど?」
「宮田さんがいたからだろ!?」
去年、同じクラスだった委員長、宮田みずほ。 パーマが掛かった茶髪。性格は明るく、頼り甲斐のあるカリスマ性。ただ、今年になって宮田さんとはクラスが別々になった。だけど、彼女らの関係は続いてのだろう。二年B組《教室》で一緒に昼飯を食べているのをよく見かける。
「あ、ああ、そうだったな」
納得したのか、目を丸くしていた木村。早くコイツから逃れたい。そんなにボッチに見えるのかよ。お前はアイツの顔をちゃんと見てるのかよ。突如――――光が頭に襲い掛かる。高一の頃を思い出す。俺がレポートを忘れたとき、たまたま後ろの席だった伊藤さんに話しかけた。
「今日の現国のレポート見せてくれない?」
「あ、はい!」
最初は変な子だなぁと思った。もう三学期にもなっているのに恥じらい、緊張していた。
「ありがとう。マジで助かった」
――――ただ、彼女は嬉しそうに微笑んでいた。彼女が気になり始めたのはあの頃からだ。なんであんなに嬉しそうにするのだろうか。ずっと考えて俺なりの答えが出た。これが正解か間違いか分からない。だけど、見ていて思う。伊藤まなみは誰よりも人を大切にしてる。だから、相手が喜べば、何倍も彼女は喜ぶ。相手が悲しめば、まるで自分のように悲しみ、悩み、考えるのが彼女だ。俺には出来ない。確かに相手が喜んでくれれば俺も嬉しい。だけど、あんな風に微笑むことはできないだろう。
(本当に不思議な子だなぁ)
チャイム音と共に彼ら彼女らは席に戻る。木村も同様、「あぁ、早く終わらねぇかなぁ」と小言をこぼした。二、三時間目を終え、後もう少しで昼休みが始まる。この時間帯で偶に思う事がある。時間って不思議だなぁと。なにもしなくてもどんどん過ぎていくのに、辛い時間は遅く感じて、楽しい時間が早く感じる。そう、例えば授業の五十分は死ぬほど終わりが遅いのに、昼休みが早く終わる。気持ち次第で時間の速さが変わるのだろうな。そんな風に考えていたら終わりを知らせる音、チャイムが響き、緊張感に包まれた重い空気は明るい雰囲気と変わった。
「終わったぁ! 飯だぁ!」
木村は歓喜の声をあげた。皆も同じ気持ちらしい。授業にはない顔、授業にはない声が明るくて遠くまで響く。さて、伊藤さんもそんな顔しているのだろうか。俺は斜め後ろを振り向く。
「ゴホゴホ」
「風邪でも引いた?」
「そうなのかなぁ?」
「保健室に行った方が良いと思うけど?」
いつの間にか声をかけている自分に気づいたら、胸の奥が燃えて顔は熱い。更に俯く彼女をみて自分の胸や頭にもやもやしたものが包んでいるのがわかる。もう少し行かせやすいように仕向ければ良かった。逆に意地に行かなくなるかも、
「やっほ! まなみん!」
「みずほ!? 今日やすまなかったの!? 休まないとダメだよ!」
「一人でいてもつまんないから、さっき来ちゃった。ゴホゴホ、てかまなみん!? 声ヒドくない!? 汗もひどいじゃん! 今から保健室行くよ!」
「え? 大丈夫だよ?」
「私のせいで風邪を移した可能性高いんだから! 良いから私のためだと思って付いて来て!」
嵐は去っていた。宮田さんは喋る弾丸のようだなとふっと思った。もしかしたら、良いコンビかもしれない。そんな風に彼女らを見ていたら誰かにぽんと肩を叩かれる感触と音が聞こえ、振り向くと木村がいた。
「チャンスはまだあるさ」
笑いを堪えている彼の姿が超絶にウザい。
すべての授業が終え、いつも通り五十嵐守《担任》の一言で終わりを迎えようとした。
「これからも気をつけて、生活を送れよ」
放課後。部活に行くもの、帰宅するもの。友人とカラオケやボーリングなどに行くものもいるだろう。
もし、俺が自由に部活動していたら、どんなに楽しかっただろうか。もし、友人とカラオケに行けたら、どんなに青春だっただろうか。
「豊かな家庭か」
父親が生きているのかも死んでいるのかもわからない。まぁまともな男ではないだろう。父親の顔を知らない俺だからこそ言えるのかもしれない。だけど、俺ら家族を残し、母は必死で働き月給十五万の生活。 それだけで碌でもない父親の認識は間違っているのだろうか。まぁ人のことは言えないか。金銭的にキツイ中、小中と修学旅行に行きたいと言ったのは間違いなく俺だ。
……いま考えれば俺は母さんにどれだけわがままを言ったのだろう。……どれだけ母さんは無理していたのだろうか。考えるだけで、今は謝ることも、礼を言うこともできない。母さんは死んだから。一年前、交通事故に接触。元々、栄養も取っていないため、貧血でも起こしたのだろう。赤信号を無視して、歩いていたら車に轢かれたらしい。
俺が病院に着いた頃にはもう母さんは他界していた。事故以来、ショックを受け……ずっと、ずっと寝込んでいた。 初めて不登校になった。もう高校に通うのは止めようとも思った。精神的にも金銭的にもきつい。だけど、木村は俺を殴った
「バカだろ? なんのためにお前、その制服来てんだよ」
最初はなにを言っているのかわからなかった。だけど、今なら高校だけは意地でも卒業してやると思える。多分これが最初で最後の親孝行になると思うからバカに教わることもあるのだな。
いや、俺はどの面で、木村の悪口を言ってだよ。アイツに救われたのはあの時だけじゃない。腐れ縁で本当に良い友に出会えた。借りは変えさねぇとな。急に肩を叩かれた。思わず心臓が飛び出すかのように、驚き、主の顔を見る。木村だった。
「佐藤! カラオケ行こうぜ!」
超~殴りてぇ。金がない事は知ってるだろうが?
木村で無邪気な《く》笑顔が明るく光り出していた。だから俺も笑顔で、
「お前さぁ」
「わかってる! わかっている! お前に金という物はない! だから、タダで歌えるところを確保しといた!」
喧嘩売ってのかコイツ?
「まぁ付いて来いって! ほらチャリで行くぞ!」
まぁいい。付いて行くだけ付いて行く。まぁ落ちはわかっている。どうせ、勘違いでタダだと思ったのだろうな。前科はそうだった。
「ここだ!」
「誰の屋敷だよ!」
日本三大名園である、兼六園、後楽園、偕楽園を勝る風格。そして、ここの家庭は穏やかなのだろうと思わせる、敷居の低さ、雰囲気を感じさせている。木村は親指で表札に向ける。要は読めという事だろう。えぇと、伊藤って書いてあるなぁ。
「……はぁ?」
「すみません。木村と佐藤です」
問いただす前にインターホンを鳴らす木村。緊張が走り、鼓動は普段のリズムを狂わせた。
「あ、今開けます!」
彼女の声だ。
「てかもう、玄関まで行っても良いのか?」
「あ、はい! どうぞ!」
木村も同じクラスメートだとわかると口調がタメ口になった。本当に伊藤まなみ、彼女の家なのか。改めて嘆息する。五分ぐらいで庭園を抜け、一般家庭と同じような玄関まで辿り着き、同時ぐらいに伊藤さんの姿が現れた。その後ろに手を振っているのは宮田さんだな。
「ヤバいぐらい広いな!」
「あ、ありがとう」
確かに木村の言う通り広い。だけど、俺はどちらかと言うと落ち着くし絶対に無理だけど、自分でも届きそうと思わせるものがある。金持ちって威圧的のイメージがあったが全然違う。
「佐藤はどう?」
「す、すごい」
「「っぷ」」
「流石、佐藤だわ!」
「いや! 決してバカにしてるわけではないだけど、なんだろう? 真顔で言うから!」
「二人とも失礼だよ!」
男女二人は腹を抱え、壁に何回も叩きつけた。全く笑いを堪える気がないらしい。まぁ木村は貧乏だって知ってるからまだ笑う理由がわかる。だけど、宮田さんはなぜ笑う? 伊藤さんの言う通りマジで失礼だよ!
「あら、賑やかですね」
「お母さん?」
「あ、初めまして、娘さんと同じクラスメートの佐藤学です」
「き、木村孝っす!」
「アンタ、なに緊張してんのよ?」
「みずほだって最初は緊張してたじゃない?」
黒髪の《レ》長髪。伊藤さんによく似た顔つき。伊藤笑美、心の奥まで見透かすような眼力であり、上の天辺から指先まで優しそうな母親。それに、そこまで緊張するものか。いや、俺の感覚がおかしいだけだろう。普通は緊張するものなのかも知れない。
「伊藤笑美です。娘がお世話になってるわ。学くんに孝くんね。これからも娘をよろしくね。……特に学くんはね。 ではゆっくりしていてね」
母親の後ろ姿を伊藤さんはじっと睨んでいた。俺が伊藤さんを見ていると気がつくと、ふいに視線を外した。それに特に俺はよろしくってなんだ?
「カラオケしようぜ?」
当初の目的を果たすためカラオケ部屋に伊藤さんが案内してくれた。カラオケボックスまで完全装備と聞く。改めて金持ちはスゲェなと感心したよ。
宮田さんの鶴の一声で男から始まった。だけど、俺らの歌声は陳腐だとわかるほど伊藤さんの声が心まで響く。しかも宮田さんまでスゲェ上手い。木村の歌声を爆笑する宮田さん。俺にコツを教えてくれる伊藤さん。楽しい時間は本当に早いと思う。既に十九時頃まで過ぎていた。
「んじゃまたな!」
「木村、明日も学校来なさいよ?」
「じゃあ伊藤さん、明日学校で、」
「う、うん、」
それぞれ挨拶を終え帰宅する。道中宮田さんも一緒なのか木村を揶揄う。木村は木村で「誰か引きこもりだよ!」とか弁解しながらも顔が笑っていた。あぁ青春だなぁ。って老けてるな俺。途中から宮田さんと別れ、木村ともそろそろ別れようとしていた。
「んじゃ、おやすみな。きっと明日も楽しくなる!」
「お前帰り際にそれ言わなきゃダメなのか?」
「良いだろう。……別に」
本来、木村は煩くも元気が有り余ってる訳でもない。いまの木村の姿は学校だけの姿だ。別れを告げるときはいつも寂しそうで発揮がない姿に戻る。原因は父親だ。リストラで朝から晩まで呑み、木村をストレス発散の道具として殴っている。この時期なら長袖でも目立たないが夏は目立ってしかない。でも、痣や傷を隠すためにはしかたないのだろう。
「なぁ木村、泊まる?」
「……いや、今日はいいや。また、明日な」
寂しそうな後ろ姿をみて、なにもできない自分が悔しい。俺は自分の家に帰って寝た。
「もう朝か」
目覚めればいつも通りの風景。布団に痛んだ畳み。ワンKの我が家。適当に飯を作って朝食を済ませ、桜ヶ丘高に行くため支度する。そう言えば木村は大丈夫だっただろうか。今日は泊まらせよう。流石に不安だからな。って、誰か入ってきた。あれ? 鍵閉めなかったかな?
「うわぁ。これ私ンチと同じぐらい酷いわぁ」
「みずほよりマシだよ? 部屋片付いてるし」
「なんだよ。宮田、お前も貧乏だったのか? 全然見えねぇ」
「まぁね~。まぁ日本語的には貧乏なのだよ。過去形ではなく現在進行形ね。でもそんなに私金持ちに見えるかな? ……まぁ、私も佐藤が貧乏だって知った時はマジでビビった。って! まゆみん! 私だって片付けぐらいてきるよ!」
朝一番、俺の部屋を物色する三人。おそろらく木村が連れてきたんだろう。そしてなぜ、俺が貧乏だってバレているのか。隠してつもりはないが誰にも言った覚えはない。木村に問いかける。その答えは「ん? ありのままを言っただけだが?」だった。どんな事を言ったのかは聞きたくない。どうせ碌な事ではないだろうし、木村の事だから大袈裟に言ってるだろうしな。まぁいい。それより支度は済むんだ。桜ヶ丘高に向かおう。皆と玄関まで戻り、伊藤さんが扉を開けた。しかし、死角になって頭を打ったのか凄い音がした。伊藤さんは頭を下けたけど、もう背中姿しか見えない。あれ? 桜ヶ丘高の制服だ。
「あの子、五十嵐美穂さんじゃない?」
「五十嵐って、担任の子供か?」
「そうそう」
五十嵐美穂なら俺も聞いたことがある。あまりいい噂を聞かない。だけど悪い噂ではなく、かなり運が悪いらしい。
「確か、この前はあの子襲われたらしいわよ。まぁ早く捕まればいいけど。犯人が木村じゃない事を祈るわ」
「本当にね」
「おい」
「流石の木村くんでもそんな事しないよね?」
伊藤さん。君だけはめっちゃ疑ってませんか? 流石の木村でも、いや木村だからこそ根性ないと思うけど? 襲うぐらいなら舌噛んで死ぬような奴だし。それより彼女を作る方に専念する男だ。
「伊藤。泣いても良いか?」
「冗談です」
いまは伊藤さんの演技力より木村が小声で口遊むように「いたか?」の一言がどうしても引っかかる。俺も五十嵐さんが同じアパートに住んでいたとは知らなかったし、今まで一度も見た事がない。
「引っ越してきたんだよ? きっと」
「それぐらいしか、考えられないわ」
そうなのか? 木村も同様なのか俺の眼を見て問いかける。「どう思う?」と。いまの段階は首を振るしかなかった。ただ、引っ越しに時期は関係ないだろう。俺は経験ないが、例えば虐待を受けていたのなら逃げるように引っ越ししても疑問には思わない。木村の母親が生きているまでは頻繁に引っ越しをしてた。現に俺も木村と再会したのは高校の入学式だし。……まさか、先生が虐待を? いや、それはないか。人に危害を及ぶ行為に関しては一番嫌てっいるのが五十嵐守《俺らの担任》だ。まぁ単純に襲われたから避難したのだろう。でも、それだったら親自身が心配になるからありえないか。
「お前ら遅刻するぞ」
「せんせい? おはようございます」
「おは!」
「おはようございます」
「だったら乗せっててくださいよぉ」
「バカを言うな。あ、俺らが引っ越ししてきた事を誰にも言うなよ。あ、あと木村もちゃんと挨拶はしろよ」
先生は駐車場に向かい、助手席には五十嵐美穂の姿があった。……避難で間違いなようだ。まぁいつまでもここに住むわけがないから一時的だろうけど。
「そういえば二十四日、宮田と伊藤は予定とかあるのか?」
「っえ? わたしはとくにはないけど?」
「まゆみんがないなら私もないし、なにかあるの?」
まだ十二月入ったばかりだ。二人が疑問に思うのも無理はない。二十四日はクリスマスイブ、木村は遊ぶのがだろう。流石空気を読まない男だ。まぁ木村の凄いところはこの空気《場面》でもコミュ力で土曜の一時、駅に待ち合わせまで決めた。俺には絶対に無理だな。誘っても断られたら恥ずいし、何より伊藤さんに拒否られたら死活問題だ。木村ナイス!
((いろいろ準備しないと!))
「木村が遅れたら奢ってよ?」
「万が一でも遅れたら奢ってやるよ」
楽しい日々がずっと続く。そんな儚い期待を抱いてた。俺らはどこで間違い、どこで歯車を狂わせたのだろうか。
最後まで読んでいただきありがとうございました。次回も読んで頂ければ感動ものです。