第1話 勇者一行と4代目
凄まじく剣呑とした表情を浮かべるシグレに対し、悪びれるそぶりも見せないリーダー格の女性。応接間の状態は店員が密かにスーパーお説教タイムと呼ばれるそれの真っ最中であった。
「ひどいやひどいや!シグレン!私にはちゃんとフィーリアっていう名前があるのに!」
「うるせぇクソアマ三人衆!!」
三人の女性は現在応接間のソファーに座ることは許されず、床に正座させられている。フィーリアはぷんすかと擬音が吹き出し付きで出てきそうな表情を浮かべるが、その表情がシグレの神経を余計逆なでした。
「フィーが悪いのは認める……だけど何で私たちまで……。」
独特な間で喋る眠たげな少女。薄藍色の短い髪の毛に紺に近しい瞳の目。彼女は釈然としない表情だ。シグレの怒気メータがメリメリと増える。
「レーシスさん!!ここはちゃんと謝りましょう!!形だけでもいいんで!シグレさんを納得させてあげましょうよ!」
金髪ポニーテールの活発系少女は思ったことをそのまま口に出すようで、これまたシグレの怒気メータ―をメリメリと増やす。
「いつもシグレン言ってるでしょ!お客様は創造神ですって。ほらほら~私たちお客様だよ~」
ドヤ顔を浮かべるフィーリアにシグレは本日2度目の怒髪天を迎える。
「俺がいつも言ってるのはお客様は神様だっ!そして、金を出し渋る客は客じゃねぇ!!最後にシェスタ!常識人ぶってるてめぇーが一番立ちがわりぃ!!」
ひぐっ!っとクリティカルヒットを食らったモンスターのような短い悲鳴を上げるシェスタ。堪えていた涙が目じりからぽつぽつとあふれ出てくる。
「あぁーあシグレン、シェスタ泣かせたぁー」
「最低、男の屑」
じと目でシグレを見るフィーリアとレーシス。彼女たちの視線を受け今度はシグレが尻込みする。号泣しているシェスタをそっと覗きこむようにシグレは屈みこんだ。
「そ、その悪かったよ……確かに言いすぎ……。」
シグレの言葉は継がれる事はなかった。まさしく絶句というにふさわしい。しかし、それは驚きや恐怖からではなかった。
シェスタは涙を一縷も流しておらず、悪戯染みた表情を浮かべていたからであった。
「こんのクソアマドもぉぉぉ!!!」
本日三度目の怒髪天であった。
「んで、何でこんな壊れ方してんだ。言い訳ぐらい聞いてやる。」
シグレの怒りが収まったのはそれから15分後ぐらいのことだった。
若干の怒気を孕みながらもシグレは事情を問うことにしたのだ。
「第4ダンジョン“死戒宮”のオーバーフローだった。即席レイドと1個師団が秒で溶けたから今回私達が派遣されたの。」
「ひどかった……。」
「もうしばらくはアンデット系モンスターは見たくありません。」
オーバーフロー。その単語にシグレは僅かばかりの反応を示した。通常、魔力だまりにできたダンジョンからモンスターが溢れることはない。ダンジョン内の高密度の魔素が外界の環境よりもモンスターにとって快適だからだ。しかし、第1~第9の一ケタ代の名前持ちのダンジョンではその定説は意味を持たない。ダンジョン内の生態系が通常の下位ダンジョンとは比較にならないほど複雑で、直ぐにより強力なモンスターがダンジョン内で生まれるからだ。つまり生態系の頂点が挿げ変わると、新たなボスとなったモンスターはより高密な魔素を求めて急激な捕食を始めるのだ。あとはダンジョン内のモンスターが玉突き方式で外にわき出して来る。
一ケタダンジョンは内在するモンスターの数が凄まじいため、一度オーバーフローを起こすととんでもない数のモンスターが溢れて来る。一匹一匹の戦闘能力は新しいボスにおいだされるぐらいなので、大したことはないといえ、一万から場合によってはその数十倍の数が溢れるのだ。
「そうか道理でな……でも、今回の壊れ方はそんな生半可なもんじゃねぇよな……なぁ?」
「ひゅ~ふ~ふ~ひゅ~」
突然、フィーリアが視線を反らし下手な口笛を吹き始める。それに合わせレーシスとシェスタもそそくさと視線を反らし始めた。
「フィーリア……オーバークロックは緊急中の緊急で最悪の非常用手段って言ってなかったか?」
「なっ!シグレン!見損なわないでよ!私、オーバークロックなんて使ってない!!」
心外なと憤慨するフィーリアの迫力に思わずシグレは押される。
「そ、そうなのか?いや、すまねぇそんぐらいしねぇーとここまで派手に壊れるなんて思いもつかねぇからよ。フィーリアの長剣は刀匠ミズチ直打ちの一級品で魔装化は俺が施した。レーシスの魔術杖は第2ダンジョン産の最高級品でこいつも魔装化は俺だ。シェスタの弓は古エルフ族の遺産で魔装化はやっぱり俺だし……ちょっとまて。もしかして、俺がヘマしたのか……前線で戦ってるこいつらの力量を見間違って……リミットの設定範囲をしくじったのか……くそっ!!」
悔恨の表情に歪むシグレの肩をフィーリアが指先でつつく。
「大丈夫。安心して。シグレの仕事は完ぺきだったよ!」
朗らかなフィーリア笑顔はシグレのほの暗い感情を全て吹き飛ばした。確かにこうしてみれば、彼女が勇者で人々の導き手であると言うのにも納得がいく。
「じゃ、じゃぁなんで壊れたんだ?品は一級品。俺がヘマしたんじゃない。オーバークロックは使ってない。モンスターの1万や2万はっ倒したところで、壊れるようなもんじゃないぜ?」
「それはね、私達がリミット無視で直流魔力全つっぱしたからだよ!」
先ほどと変わらぬ朗らかな笑みを浮かべるフィーリアにシグレは呆然とする。
そして、瞬間湯沸かし機の如く一気に沸騰した怒りを、右アッパーに乗せてフィーリアに叩き込む。
「それをオーバークロックって言うんだよっっ!!」
上方向に凄まじい勢いで飛んだフィーリアは天井に突き刺さるとぷらぷらと体だけが宙釣りになる。拳を握りしめパキポキと指を鳴らし、残った二人に近づくシグレ。ゆっくりと近づいてくるシグレにブルブルと互いを抱き寄せ会い震えるレーシスとシェスタ。
天上の穴が三つに増えた頃応接間ではようやくスーパー説教タイムがひと段落付いた。シグレは対面に座る3人組にようやくビジネスの話を振ることができた。
「んで、新しい品は?魔装化前の品がないなら、急には無理だぞ。ただでさえ前回のも選定にえらい時間がかかったんだ。今回はリミットの上限値を上げないとだから、少なくとも1ケタ迷宮産出の特級品以上じゃないと話にならんぞ。」
魔装化は武具防具に魔力回路を刻み、魔力を流すことで強くすることが目的だ。もちろん、そこら辺の量産品でもそれなりの能力を付加することはできるが、シグレの目の前にいる3人組は全員ぶっ飛んでいる魔力総量の持ち主である。彼女らが要求するスペックに到達するには魔装化前の武具防具もそれなりのランクでなくてはならない。
「そういうと思って今回は、持ちこんできたんだ。死戒宮の旧ボス“永劫死の冥龍”の素材で作られた各種装備。どう?前回の武具防具より2~3ランク上だよ?」
「超……強かった……。」
「ほんとこりごりです。」
旧ボスと言う事は追い出されたモンスターでこのレベル。新たに発生したボスはどれ程のものか想像を絶するだろう。そこまで考えて、シグレは考えを放棄した。前線に出なくなって久しい自分が考えることではないと思考を追い出してしまう。
「上等だ。いいか次壊したらてめぇーらも同じ末路をたどると思え。」
ブルりと身震いさせる3人にシグレは言い聞かせるように語る。
「そもそも、オーバークロックは武具防具が壊れても仕方ない量の魔力を流し込むんだ。戦場でそりゃ命取りじゃねーか。」
「そうなんだけど、そうしなくちゃ勝てなかったし。何より、私達にはこれもあるし。」
フィーリア達は腰に携えた、副武装を指す。主武装が使えなくなったときのために、常備している武器だ。それを魔装化したのはシグレではない。彼の師匠である先代の筆頭魔装化魔術師だ。
「そりゃまぁそいつがあれば、安心だがな。ていうかそっちのがよっぽど強いんだ。そっちを主武装にしろよ。」
少し、拗ねたような口調になるシグレ。彼にとって師匠はいまだに越えることができない壁であるが故だろう。いや、越えることができなかった壁と言うべきか。
「メンテナンスを常にできない武器のが不安だからね、これは本当に最後の最後、矢尽き刀折れたときのための物だよ。」
亡き師を偲びしんみりとした空気を漂わせるシグレは、ふと思い出したかのようにつぶやく。
「いや、お前らの魔具碌に整備する前に壊して帰ってくるじゃねーかっっ!!」
「あ、ばれた!!」
「不都合な真実……。」
「当然の帰結ですよね~。」
再び燃え上がる怒りをシグレはそっと心の奥底に仕舞い込み、3人組に言い聞かせるように語る。
「巷じゃ勇者だなんだっておだてられてもよ。おめーらも女なんだ。あんまり男に心配かけさすなよ。死戒宮のオーバーフローだったか?今回も散々ぼろぼろになって、少し頑張り過ぎなんじゃないか?武器や防具は傷ついても直して、壊れても買い替えてってできるけどよお前らはそうはいかねーんだ。まぁ何が言いたいかって言うとだな……。」
キョトンとした表情で次の言葉を待つ3人にシグレは照れそっぽを向きながらも精一杯の言葉を継ぐ。
「壊してもいい。無事に帰ってきてくれさえすればそれでいいんだ。もう、師匠の時みたいなのは御免だぜ。」
僅かな間をおいて3人はにっこりとした表情を浮かべながら頷いた。
「さ、壊してもいいってお墨付き貰えたし!さっさと魔装化しちゃってよシグレン!」
「今回のスーパーお説教タイムはホント長かったです。次回以降スキップ機能追加してください。」
「私達がいないとホントだめですねシグレさん。この甘えんぼさんめ~」
「あぁぁうるせぇうるせぇ。魔装化始めるからてめぇーら黙ってろ!!」
3話4代目と魔装化 は次週以降の投稿となります。