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第四話「突入」

 どこにあるかも分からない、薄暗い神殿のような建物の内部。

 仄かな照明に照らされた長い廊下を銀色の長髪をした人物が歩いている。

 その後姿に、艶やかな女性の声が掛けられた。


「あら……人間界見学はもう済んだのかしら?」


 暗がりから現れたのは、ブロンドのロングヘア―に大胆なスリットの入った漆黒のロングドレスを着た女性。豊かな胸元は大きく開いておりかなり扇情的な印象を与える。腕を組むとその立派な胸がさらに強調される。


「……なんだ君か。僕の帰りをわざわざ出迎えに来てくれたのかい」

「ふふっ。ええ、そうよ? 同じ幹部のお仲間ですもの。嬉しいでしょう?」

 コツ、コツと靴音を鳴らして近づく。すぐ間近に迫った女性は、にやりと笑って長身の銀髪を見上げていた。

「……で、何かおもしろいことあった? このレイヴンお姉さんに話してごらんなさいな、ブーちゃん?」

「そんなくだらない呼び方をしてくる君に教えることなど何もないね」

「あっ、ねぇちょっと! だーもう悪かったわよブラッド! これでいいんでしょ!」

 踵を返し背を向けて歩き出す銀髪を、女性は慌てて呼び止める。

「まったくノリの悪い人ねぇ……」

「君のその妙な感覚に付き合うつもりはないよ」

 足を止め、頭をぐしゃぐしゃと掻く女性の方に向き直す。


「あっそ……まぁいいわ、それで実際どうだったのよ? 機兵ちゃん達を返り討ちにしまくってるっていう例のお邪魔虫に会ってきたんでしょ?」

「情報通りたった二人の原住民の少女だったよ。まだ十年そこそこしか生きていないようだ」

 それを聞いてレイヴンは驚いたように口に手を当てた。

「信じられない……すごいわね、そのコたち」

「魔法界から送り込まれた使者に魔力を授けられたらしい。剣士と魔導士のコンビだよ」

「ふぅん。魔法界が何かやってるらしいっていうのは聞いてたけど、そういうことだったのねぇ……もちろん遊んであげたんでしょう?」

「ああ、まだまだ荒削りで拙い部分だらけだが、おもしろい子たちだったよ。すぐに壊してしまうのが惜しくなるくらいにね」

 先の戦いを思い出したのか、ブラッドの口元が無意識に歪んでいるのをレイヴンは見逃さなかった。

「ふふ、楽しそうねブラッド。ああん、アタシもイジメに行きたくなってきちゃった。そのコたち、一体どんな声出すのかしら?」

 レイヴンがまだ見ぬ少女たちに思いを馳せた直後、廊下の奥から声が聞こえた。


「ブラッド姉様っ!」

「あァン?」

 その声に何か嫌な予感がしたのか、レイヴンがめんどくさそうに声のした方を振り返る。


 声の主はそのまま駆けてくると、げんなりした顔のレイヴンには目もくれず一直線にブラッドの胸へと飛び込んでいった。

「お帰りなさいっ! 姉様ぁぁぁっ!」


 鮮やかな銀髪を二つ結びにし、レースのスカートにチェーンをあしらったゴシックパンキッシュな格好の幼い少女がブラッドに抱き着いていた。潤んだ瞳でブラッドを見上げれば、首元の十字架のチョーカーが明かりを反射している。


「ただいま、リコリス。いい子で留守番してたかい?」

「もっちろん! リコは姉様の言いつけはちゃんと守るもんっ」

「うん。いい子だね」

 抱き着いたままブラッドに髪を撫でられ、幸せそうに目を細めるリコリスと呼ばれた少女。その首根っこを捕まえ、至福のひとときを邪魔する者がいた。

「はいはい、いい子は大人のお話の邪魔しちゃだめよ~ん?」

 ブラッドから少女を引き剥がし自分の顔の辺りまで持ち上げたレイヴンの顔は笑ってはいるものの、声にはかなりの怒気が含まれていた。リコリスは心底嫌そうな顔をした。

「げっ……いたの、おばさん」

「おばさんじゃないの、『お姉さん』。言葉遣いには気をつけなさいねボクちゃん(・・・・・)?」

「見た目で若作りしててもおばさんはおばさんでしょ?」

 ぶちっ、と笑顔の裏でレイヴンの何かが切れた音がした。


「男のクセに女のコの格好してるアンタにどうこう言われたくないわっ! 大体アンタらキョーダイはなんで二人そろって見た目と中身の性別が逆なのよ! ややこしいったらないのよ!」

 小さな身体を目の前にぶら下げたまま怒鳴る。リコリスは指で耳栓をして舌を出している。

「レイヴン、その辺にしてあげてくれないか。リコリスも反省しているようだし」

「姉様……!」

「今のどこに反省の要素が見えたのよ! このバカ! 兄みたいな顔して姉バカ!!」

 捕まえる手から脱出し再びブラッドに抱き着くリコリス。もうレイヴンのことなど眼中にないのだ。


「ねぇブラッド姉様ぁ。人間界の奴らなんて早いとこズタボロにしまくって、帝國のえらい人たちにいっぱいゴホウビもらいましょうよぉ」

「それもいいが、僕個人としてあの世界にとても興味が湧いてね。僕やレイヴンは上から人間界侵攻担当として権限を与えられているわけだし、好きにやらせてもらうつもりさ」

「ふーん。むずかしーことはよく分からないけど、リコは姉様がいてくれればそれでオッケー!」

「はは、一生やってなさいな……子供は気楽でいいわね」

 レイヴンは頭を抑えて呆れている。

「あーあ、それにしてもタイクツ。リコもウワサのお邪魔虫っていうの見てこようかな~。ただのガキなんでしょ? そいつら」

「そうだね……魔導士の子の背丈はリコリスとそう変わらない程度だったけれどね」

「へー! まぁ、リコの中身はもう立派な大人だし?」

 どこが……とレイヴンは心の中で思った。


「それじゃ姉様、リコはちょっとお出かけしてきまーすっ」

「ちょ、ちょっと! 幹部でも何でもないアンタが勝手なことしないで! こら待ちなさいっ!」

 スカートをなびかせ厚底のブーツを鳴らして駆け出すリコリス。その後をレイヴンが追う。二人の背中を見送りながらブラッドは笑みを浮かべた。


「さて……彼女たちはあの二人相手に無事でいられるかな?」







 小山由香里は自分の部屋のベッドに倒れ込み、呆然と天井を見ていた。帰宅して制服からラフな私服に着替えるのもほとんど無意識のうちに済ませた彼女の頭の中は、ついさっき喋る小動物に聞かされた話でいっぱいだった。


 異世界の存在。この世界を脅かす侵略組織に、変身して組織と戦うクラスメイトとケーキ屋の娘。どれも信じ難い話だったが、悪い冗談と切り捨てることは由香里にはどうしても出来なかった。

 極めつけは、自分にも紘子と同じように戦うための素質が備わっているということ。


「……そんなの急に言われても困る」

 誰に聞かせるでも無く、由香里はつぶやいた。


 世界のために戦う。それ自体は素晴らしいことだと思うし、自分がその力になれるなんて想像すらしていなかった。

 しかし、これはただの美談ではない。戦いには当然危険だって伴う。それはつい先程のクラスメイトの姿を見ても明らかだった。


 少し考えさせてほしい。彼女は小動物にそう答えて今日は別れた。



「嫌な子だな、私……」


 枕に顔を押し付ける。友人が傷だらけになりながらも戦っているのに、その支えになれるかもしれないのに。今まで経験したことのない事態に、ただ立ちすくんでいるだけの自分がいる。


「由香里さんが気に病むことはないから……」


 別れ際、同じ制服姿の紘子はそう言ってくれた。ケーキ屋『向日葵』の看板娘・カナも大きく頷いていた。


「……ユウ。お姉ちゃん、どうしたらいいのかな」


 夕日が差し込む窓辺の机に置いてあるフォトフレームには、由香里と車椅子に乗った少年。二人の笑顔が並んで映っていた。





「……どうした? ボーッとしちまってよ。紘子のことなら心配すんな、あのくらいなら寝てる間に魔力を回復にまわしておきゃ、一晩でだいぶ楽になるはずだ」

 風呂上がりにベッドの上で枕を抱えながら、ぼんやりと物思いにふけるカナ。

「ねぇポチちゃん……由香里ちゃん、やっぱり悩んでるのかな?」

 パジャマ姿のカナに問われ、ポチは答える。

「んー? 何も知らない学生が『お前今から世界のために戦ってくれ』なんて言われて、悩まない方がおかしいだろうよ」

「だよね……なんか、巻き込んじゃったね。うちの大事なお客さんなのに……」

 枕を強く抱きしめ顔を伏せる。自分たちのせいで今頃思い悩んでいるであろう由香里に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「事情を教えてくれっつったのはあのお嬢からだったわけだし、お前らが気にするこたねーさ。……しかしまぁ、そう考えるとお前もあのおっぱいも大したタマだなぁ」

 ポチの意図するところがわからず、カナはきょとんとした顔をする。


「二人とも、状況が状況だったとはいえほぼ即決で決めやがってよぅ。かと言って勢い任せって訳でもなく、こーして今まできっちり戦い抜いて来てる。こんな言い方は適当じゃねーかもしれねーが、俺は選ばれたのがお前らで良かったと思ってるぜ」

「……もうっ、何言ってんの!」

「ぶひぃん!?」

 照れ隠しなのか、カナが顔を真っ赤にして投げつけた枕は小動物を直撃した。




「ただいま……」

 無愛想な顔をした男性が一人、帰宅した。暗いリビングの明かりを点灯させると、テーブルの上に一枚の手紙が乗っているのに気づく。

『おかえりなさい キッチンに味噌汁とおかずが作ってあるので温めて食べてください いつもお仕事ご苦労さま 紘子』

 手紙を書いた、たった一人の家族の様子を見に部屋に行ってみる。そっとドアを開けて見ると、既にベッドに入って寝息を立てる妹がいた。

「……いつも悪いな。おやすみ」

 起こさないようにゆっくりとドアを閉めると、妹の手料理を食べに戻っていった。




 後で改めて話がしたいと、紘子が由香里に声をかけられたのは翌朝のホームルーム前のことだった。

 紘子は由香里が思い悩んでいるのではないかと心配していたが、いつも通りに久下田亜矢や樋口尚美と登校しとりとめのない話をする彼女の表情は普段と変わらずに見えた。その様子がまるで「心配しないで」と言われているかのようで、紘子はわかったと返事をすることしか出来なかった。

 担任の教師が時間通りに教室に現れ、多くの者にとっては何の変哲もない一日が始まった。






 三人の少女と一匹の動物が再び顔を合わせたのは、その日の授業がすべて終わった放課後のことだった。場所は駅前の賑やかな通りからは離れた比較的静かな住宅地、その中心にある小さな公園である。古くなった遊具がいくつかと自動販売機、木製のベンチが備え付けられているだけのシンプルな遊び場には今は誰もおらず、静かな時が流れていた。


「こんにちは、カナちゃん」

「由香里ちゃんこんにちは! また会えてうれしいな」

「私もだよ。『向日葵』でもちょくちょく会ってはいたけどね」

 赤いランドセルを背負い、由香里とハイタッチのように両掌を合わせて笑顔を見せるカナを見て、こうして見ると本当にただの小学生の女の子だな……と紘子は思った。制服を着て学生鞄を持った自分も、言うなればただの女子高生なのだが。

「いやお前はただの女子高生にしては見た目が尖り過ぎ」

「何も言ってないんだけど」

 すかさず無遠慮な茶々をいれてくる小動物に対して、そもそもアンタのその見た目は一体何なんだよと思わずにはいられない。


「じゃあ、話に入ろっか。って言ってもそんなに長い話でもないんだけどね」


 そう言って公園の片隅にあるベンチに由香里は座る。その隣にカナが座り、ポチと紘子はそばに立って由香里の言葉を待った。


「……結論から言わせてもらうね。私は二人といっしょに戦うことは出来ない。ごめん」


 本当に申し訳なさそうに頭をさげる由香里の表情からは、それが悩みぬいてやっと出した答えであることが分かった。紘子もカナも、何も言えずにその謝罪を見ていた。

「何謝ってんだ。元々こっちが巻き込んで無茶な頼みを押し付けてんだぜ。お前さんが気にしたり引け目に感じたりする必要がどこにあるよ」

 ポチが率先して返答する。

「……ううん、この決断は私のわがままだから。友達が傷つきながら必死に戦ってるのを見て、事情まで全部聞かせてもらって。そこまで首突っ込んでるのに、結局自分のための選択をした。全部、私のエゴだから……」

 ごめんなさいともう一度深々と謝罪をするクラスメイトの姿は、紘子の胸をしめつけた。

「そんなに自分を悪者みたいに言わないで。わたしも紘子ちゃんも、由香里ちゃんのことわがままだなんて思わないよ」

 膝の上でスカートを握り締めている由香里の手にカナが触れた。紘子も「うん」と頷く。

「『自分のため』ってのは、お嬢にはお嬢なりのそうしなきゃいけない事情ってのがあんだろ? ならそれでいいじゃねえか」

 ポチの言葉に由香里は顔をあげる。大切なクラスメイトと、大好きなお店の一人娘。ふたりの顔を見ていると、由香里は全てを打ち明けたい気持ちになる。


「……事情っていうのかな。ここからは私の言い訳になっちゃうんだけど。……私ね、弟がいるの」

 由香里は言葉に詰まりながらも話し出す。二人と一匹は促すように由香里の顔を見る。

雄哉(ゆうや)って名前で、年は四つ下。学年で言ったら中学一年。……と言っても、学校にはほとんど行けてないんだけどね、あの子」


 ベンチから立ち上がると、公園の中央にあるすべり台のそばまで歩く。その目は懐かしむように遊具を見ていた。

「小さい頃はよくいっしょに遊んでた。だけどいつからかそれが出来なくなっちゃったんだ。難しい病気にかかって、そのせいであの子の日常はベッドの上。もう何年も、ね」


 背を向けたまま語る由香里がどんな顔でいるのか、紘子とカナには分からない。


「治るかどうかもわからない。出来ることと言えば安静にして、少しでも進行をゆるやかにしながら発作を抑える……ただそれだけ。友達と笑い合って遊ぶことも、学校に行って勉強に苦労することも……そういう普通のことが何一つできない。あの子にとっては病院の中だけが世界の全てなの」


「……その弟の存在が、お嬢の選択の理由か」

 ポチにそう言われて振り返った由香里の顔は、とても悲しそうに見えた。

「うち、両親が共働きでさ。だから昔からずっと私が弟のそばにいたの。昨日もあの子のところに行った帰りだったんだよ」

「由香里ちゃん、雄哉くんのことが大好きなんだね」

 やさしく声を掛けるカナの言葉に由香里は少しだけ照れたような顔をする。

「私が会いに行くといつも嬉しそうな顔してさ。私が出来ることって言ったら、あの子のそばにいることだけだから……」

「自分が戦うことで弟のそばにいられなくなるのが不安。そして万が一知られた時に余計な心配をかけるのが怖い。だから戦えないってことか」

 ポチが言葉の先を口にすると、由香里はまた申し訳なさそうな顔で謝罪する。

「本当にごめん……鬼頭さんとカナちゃんの力になれなくて」

「そんなのいい。由香里さんは何も間違ってない」

 クラスメイトの度重なる謝罪に、紘子はきっぱりとそう返す。

 カナもポチも頷くと、由香里はようやく楽になれた気がした。


「……紘子か?」


 突然名前を呼ばれ、声のしたほうを向く。

 公園の入口付近にある自動販売機、そのそばで男性が二人こちらを見ていた。

 一人は青い制服を着た警察官。もう一人はスーツの上から地味な色のくたびれたコートを羽織った目付きの鋭い男だった。






「ふーん……これが人間界? なーんか地味だしゴミゴミしてるし変なトコね」

 小高い丘の頂上に立つ大きな木。その高いところに生えた枝に座った銀髪の少女が小馬鹿にしたような口調で吐き捨てる。黒尽くめのゴシックな服装は穏やかに流れる街の日常には不釣合いに見えた。

「あ・の・ね……アンタが勝手に来たんでしょうが。気に入らないなら帰ってもいいのよ」

 木の横で少女を見上げる金髪の女性も妖艶なドレス姿であり、一際目を引きそうな美貌も相まってこの二人を見た者は異様な印象を受けただろう。

「来たばっかなのに帰るわけないじゃーん、おばさんってばせっかちなんだから」

「だからおばさん言うな! げんこつするから降りてきなさい!」

「んー、それにしても例のガキんちょ共はどこにいるのかしら? わざわざ探すのめんどくさいしー」

 すぐ下でギャーギャー喚いている女性を無視してぐるりと辺りを見回すが、それらしい人物はパッと見では見つけられるはずもなかった。

「ねーおばさん、何かいいアイディアないの?」

「アタシに頼るなっ! あんたの大好きな姉様の真似でもすればいいでしょーが!」

「姉様の?」

 そうは言っても気まぐれに出てきたせいで機兵の一体も連れて来ていない。何か使えるものはないかと再び周りに目を向けてみると、ある建物が目に入った。大きくて白いその建物が病院であることに気づくまで時間はかからなかった。


「……くふふっ、ちょうどいいもん見つけちゃった♪」

 にやりと歪んだ口元から小さなキバが覗いていた。







「……兄さん?」


 コートを羽織った男性に紘子がつぶやく。

「紘子ちゃんのお兄さん?」

「鬼頭さん、お兄さんがいたんだ……」

 驚くカナと由香里の横で、目付きの悪さや背の高さに雰囲気など言われてみれば確かに遺伝子レベルで似てるなとポチは思ったが、咄嗟にぬいぐるみのフリを始めた彼に余計なことは言えなかった。

「……あっ、あなた確かあの時の! 先輩の妹さんだったんですか!?」

 制服姿の警官が何かに気づいたように驚く。そう言われて紘子も思い出す。いつぞやのロボット騒動の際、一人の迷子を助けた。その時に出会った警察官が確か彼だったということ。

「あ……どうも、お久しぶりです」

「お元気そうで! あの子はあの後ちゃんとお母さんと会えましたよ!」

「そうですか。良かった……」

 助けた女の子の無事を聞き、紘子は心から安堵していた。

「寺内。お前が言ってた勇敢な学生っていうのは……」

「ええ、こちらの妹さんです! 正義感の強さは先輩譲りですね!」

「……何を言ってるんだお前は」


 寺内と呼ばれた警官に低い声でツッコミを入れつつ、鬼頭兄は公園に入ってくる。 


「珍しいな、仕事中に会うなんて。学校帰りか」

「うん。ちょっと、友達と寄り道」

「そっか。ただ何度も言うが最近物騒だからな、あまり遅くまで出歩くなよ」

「うん。気をつける」


 飾り気のないシンプルな言葉同士の応酬。やべえ、おもしれえ、ツッコみてえ。ポチはその衝動を堪えるのに必死だった。


「……申し遅れた。鬼頭修司(しゅうじ)、警察に勤めている。役職は刑事係巡査」

「あ、寺内俊輔(てらうちしゅんすけ)っていいます! 見たまんまお巡りさんやってます!」

 無愛想な刑事とテンションの高い警官の自己紹介を受け、カナと由香里も挨拶をする。

「最近妹が以前より明るくなったような気がしていたが、どうやら君達のような良い友人に恵まれたおかげらしい。これからも妹をよろしく頼む」

「すっごーい……出会った頃の紘子ちゃんとそっくり……」

 真顔で淡々と話す修司の雰囲気に圧倒され、カナは感嘆の声を漏らす。

「そ、そうかな……」

「兄妹だからね?」

 恥ずかしそうに顔を赤くする紘子が微笑ましくて、由香里はつい笑ってしまった。


「先輩、そろそろ次の場所への時間が……」

「ああそうだな。君達もニュースなんかでよく見るだろう、最近この街にも例の犯罪集団らしき連中が姿を見せ始めている。それとは別に、その連中に対抗している未確認の勢力も存在しているらしい。そっちのほうは集団というより少人数……一部では二人組という説が有力らしいが」

 いやそれ今目の前にいるアンタの妹だよ、などとは口が裂けても言えないポチである。

「とにかくそういった危険な連中がいつどこで何をやらかすのか分かったものではない。今その注意喚起を呼びかけているところなんだが、君達も充分に用心してほしい」

 いや用心どころかアンタの妹さん剣振り回して戦いまくってますよ。

「何か少しでも変わったことがあればすぐ警察に言ってくださいね! 我々は市民の皆さんの安全を守るのが仕事ですんで!」

 その警察さえも女子二人に守られてるなんて知ったらこのあんちゃんどう思うんだろう、とポチは寺内を気の毒に思った。



 その時、寺内の無線に通信が入った。その場に緊張が走る。

 今までどこか頼りない雰囲気だった寺内だったが、やり取りをするにつれ真剣な顔つきになっていく。

 通信を終えた寺内に、修司が端的に情報を求める。

「……どうした」

「近くの総合病院が何者かに襲われているとのことです」

「犯人は」

「妙な格好をした女と子供の二人組らしいですが、不可解な事柄が多すぎると……」

「現場に行けば分かる。急ぐぞ」

「はい!」

 紘子とカナはすぐにこれがただの事件ではないこと――自分たちが戦うべき相手の仕業だと理解した。


「……我々はこれから現場に向かう。さっきも言ったが何があるかわからない。君達は速やかに帰宅しろ」

 警察二人はそう言い残して走っていく。静かな街がにわかに騒がしくなっていくようだった。


「……あの人たち、現場は近くの総合病院って……そう言ったよね?」

 震える声でそう言ったのは、青い顔をした由香里だった。

「その病院、弟が……雄哉がいるの! あの子に何かあったら、私……!」

 最悪の事態を想像してしまったのか、今にも崩れ落ちてしまいそうな由香里がそこにいた。苦しげに胸を抑える手は震えていた。

 その肩を抱き、手を握る者がいた。

「だいじょーぶだよ、由香里ちゃん」

「私とカナちゃんが絶対にそんなことさせないから」


 二人の全身が光に包まれ、黄色と赤の衣装を着た戦士へと姿を変える。

 

「鬼頭さん……カナちゃん……」

 変身した二人がたたえる優しい微笑みに、由香里はただ涙を流して抱き着く。

「お願い……雄哉を助けて……」


 安心させるように由香里の体にそっと触れた後、表情を引き締めて頷き合った。

「紘子ちゃん」

「うん。行こう、カナちゃん」

 カナが杖を掲げると、二人の背中に光の翼が生える。その羽を羽ばたかせ、二人は現場の病院へ向けて高速で飛び立っていった。


 喋るタイミング見失ったなあ……とぬいぐるみのフリをしたままのポチは思った。






 普段は静かな病院が、今は騒然としている。巨大な黒い蜘蛛のような形をした怪物の群れが敷地内や建物内部の至る所に現れ、患者や医師・看護師たちを襲い始めた。ほぼ同時に現れた女性と子供の容姿をした二人組が病院全体の占領を宣言したが、その目的や要求は未だ一切が不明であるという。

 多くの警察官が駆けつけ病院内部への突入を試みたものの、病院の外周を覆う黒い霧に触れた者は次々と意識を失って倒れていき、誰も内部に入り込めたものはいなかった。


「……先輩、俺たち何か悪い夢でも見てるんですかね?」

「夢ならどんなにいいか知らないが、これは今現実に起きている事態で助けを求めている被害者も実在している」

「ですよね……応援、増える一方ですね。こんなに集まってるのに誰一人中から助け出せてないなんて、俺悔しいですよ」

「俺もだ」


 駆けつけた修司と寺内に命じられたのは、対策が作られるまでの待機。ただそれだけだった。




「くふふっ、ほーんとこの世界の連中ってばバッカばっか! 弱っちいくせに群れるだけ群れて、結局なーんにも出来ないでやんの」

「アンタねぇ……考えもなしに事を大きくするのはもうこの際いいとして、アタシの可愛い闇蜘蛛(やみぐも)ちゃん達まで貸してやってるんだから少しは感謝しなさいよね?」

 病院本館の屋上から銀髪の少女と金髪の女性が警察たちを見下ろしている。リコリスとレイヴンの二人だった。


「うっさいなー。それにしてもあーんな悪趣味なペットよく後生大事に飼い慣らしてるわよねえ。趣味悪いからモテないんじゃないの、おばさん」

「あの可愛さが理解できないようじゃあ、リコリスお嬢様もまだまだお子ちゃまってとこねぇ。主人の言うことはちゃんと聞くし、好物は生物の持つエネルギー全般……たとえば人間の生命力とか魔導士の魔力とかね。雑食だから便利なのよ」

「ふーん。じゃあここってば絶好のエサ場なんじゃない? 食い放題じゃん」

「まぁ、ただ嗜好品的な好物ってだけで絶対に必要ってわけじゃないのよねえ……もっと言えば別に何も食べなくても勝手に育つし、あのコたち」


 投げやりなレイヴンの回答にリコリスは面食らった。

「何よそれ……じゃあわざわざ何か食わせてやっても、あいつらにとっては無意味ってことじゃない」

「分かってないわねえ……生き物が生きるために最も重要なのは水や栄養ではなくて嗜好品、つまり無意味な快楽なのよん。快楽を知れば知るほど、生物は生に悦びを見出しより生きようとするの。その姿が愛しくて、アタシはあのコたちを可愛がってるのよ。お分かり?」

「……やっぱ趣味悪いよ、おばさん」

「いい加減にその呼び方やめないとひどいわよ。……あら?」

 何かが近づいてくる気配を感じ、レイヴンはそちらへ顔を向けた。

「……何か強い力が二つ、こっちへ向かって来てる。どうやらお目当てがヒットしたようね」

「もう待ちくたびれたってのよぅ!」


 病院前を囲むように集まった警官たちの前に、紘子とカナは降り立った。突如どこからともなく現れた、大剣を携えた長身の女性剣士と杖を持った少女の二人組に警官たちはどよめく。


 霧で塞がれた正面入口の前で紘子は渾身の力で剣を振るった。凄まじい剣圧が周囲の空気を切り裂き、濃く立ち込めていた霧が吹き飛ばされ消えていく。


「……行こう。みんなを助けに」

「うん!」


 二人で頷き合うと、揃って病院の内部へと入っていく。

 呆気にとられたように見ていた警察だったが、次第に我に返ったように動き始める。二人組を追うように内部に入っていく者、無線で連絡を取るもの。その中には修司と寺内もいた。

「先輩……やっぱこれって夢なんじゃないですかね……」

「さぁな。あれが話に聞く犯罪者集団と戦ってる二人組だろう」

「妙な格好はしてましたけど、女の子だったんですねえ……どうします?」

「どうもこうも無いだろう。俺たちの仕事は何だ」

 修司の問いかけに寺内は答える。

「市民の皆さんの安全を守ることです!」




 一部始終を屋上から見下ろしていたリコリスは嬉しそうに目を輝かせた。


「くふふふふっ……来た来た! 他人のことばっか気にしてわざわざ痛い目見に来る正義の味方ちゃんたちが!」

「あの赤い剣士のコ……アタシの霧を剣圧一振りで散らしちゃうなんて。ブラッドが変に評価してるのも分かる気がするわねぇ」

 レイヴンも品定めをするように、頬に手を当ててほくそ笑む。

「あいつらがここまで飛んできたの、あの黄色いガキんちょの飛翔魔法でしょ? リコ達がここにいるのも分かってるはずだし、まっすぐ飛んで来ちゃえばいいのに」

「あのコたちにとってはアタシたちを倒すより、中にいる人間たちを助ける方が先ってことでしょ」

 それを聞いてリコリスは退屈そうにその場で寝転がる。

「めんどくさー……逆にクモ共のエサになっちゃうんじゃないの?」

「さてどうかしら。お手並み拝見といきましょ」



 腕を組み、余裕の微笑みを絶やさないレイヴン。まるであの二人がすぐにここに来ることが分かりきっていながら楽しんでいるような、その表情をリコリスは不思議そうに見ていた。

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