③椛の宮
昔、椛の宮とぞ聞こえたまひし女御ありけり。
帝の御叔母君にして、帝の、みずら結ひたまひぬほどより恋ひしのばせたまふ人なり。
先に入りたまひし弘徽殿の女御、いとど嫉みたまひて、けしき修法のあまたさせたまひけるとや。
浅ましきしるしかな。弘徽殿の女御の産みまいらす皇子、春宮に立ちたまふ。
みづからは中宮の位を賜りたまふほどに、椛の宮にかく言ひ遣りたまひけり。
花とぞや名にし負へど椛とは咲かずしじまに散りゆきけり
宮は、春宮にえ立ちたまはざる皇子かきいだきて、さしぐみたまふ様なり。
帝、いとほしがらせたまふ。
弘徽殿の女御が父の、太政大臣なるをはばからせたまひぬも、御心にはこの椛の宮、椛の皇子をとぞ。
されど、いかになりゆく世にか、誰の悟らむ。
御位に立たたせたまひし弘徽殿の春宮は、世をしろしめすことわずかにして、譲位させたまひけるなり。
椛の皇子の受禅したまふほどに、椛の宮、弘徽殿に先つ頃の返りごとをなむしたまふ。
散りゆきける椛が末を知らざらむ花の咲かむや土なきにして
後の世に、椛の帝の御代は聖代とぞ、椛の宮の御身はあらまほしき女人とぞ、それぞれ聞こえけるなり。
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《現代語訳》
昔、椛の宮と呼ばれなさっていた女御がいた。
帝の叔母上で、帝が幼いころからひそかに恋しく思っていた人なのだ。
先に後宮に入っていた弘徽殿の女御は、帝に愛される椛の宮にたいそう嫉妬して、怪しげなまじないをたくさんおさせになったそうな。
驚くばかりの効果である。弘徽殿の女御のお産みになった皇子は、皇太子におなりになった。
また、弘徽殿の女御自身は女御から中宮へと位があがって、その時に椛の宮にこのように言ってやったのだ。
「『花』という字が入っているけれど、椛というのは咲かないまま、ただひっそり散っていったわね」
椛の宮は、皇太子になれなかった自分の子を抱きしめて、自然と涙があふれる様子だった。
帝はそれを不憫にお思いになった。
弘徽殿の女御の父が太政大臣であるのをはばかって、帝は弘徽殿の女御の子供を皇太子にした。けれど本当は、この椛の宮を中宮に、椛の宮の息子を皇太子に、という思いがあったのだった。
けれど、どのようになる世の中だか、誰がわかるというのだろう。
帝になった弘徽殿の女御の子は、世の中を統治すること僅かで、帝をおやめになってしまった。
その後継ぎとして椛の宮の子が帝になったときに、椛の宮は、弘徽殿の中宮に以前の歌のお返事をなさった。
「散ったあとの椛がどうなるか、あなたはご存じではないようですね。椛は肥やしとなって土を豊かにするのです。どうして花が咲く(栄華が続く)わけがありましょうか、土(立派な母)もいないのに」
後世に、椛の帝の治世は聖代と、椛の宮は理想的な女性だと、それぞれ有名になったのだよ。