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202号室の怪

 一週間後。

 均は新田さんと共に、駅近くにある寺へ祖父の墓参りに訪れていた。

 二人して黙々と墓を清掃、花と線香を供え冥福の祈りを捧げ終えると、新田さんはどこかふっきれた様子で深々と頭を下げた。


「今日はわざわざ案内してくれてどうもありがとう」

「いえ、お礼を言うのはこちらの方です」


 応じて均も頭を下げる。


「ところで、はいこれ。約束の物よ」


 そう言って、新田さんは紙袋を均に手渡した。


「ああ、ありがとうございます」


 中に入っていたのは、管理日誌と手書きされた何冊かのノートである。

 一週間前に、隣室で何があったのかを教えて欲しいと願い出たところ、個人的に付けていたという管理日誌を貸してもらえることになったのだ。受け渡しのついでに祖父の墓の場所を教えて欲しいとのことだったので、駅で待ち合わせ共に墓参りをしたというわけだ。

 さっそく日誌をめくってみると、そこには達筆な字で裏野ハイツで新田さんが経験した様々な出来事がこと細かに記されていた。


「なんだか恥ずかしいわねえ」


 と新田さんが言うのも無理もない。実のところ、これはほとんど新田さんの日記のようなものだ。時折、乱雑な字でコメントというか返信らしきものが書き込まれているが、こちらは祖父がチェック時に書き込んだもののようだ。


「まるで管理日誌というより交換日記みたいですね」


 冗談めかして言うと、新田さんは嬉しそうにうんうんと頷いた。


「そうなのよ。私も与平さんとのやり取りが楽しくってねえ」

「本当に祖父とは親しくしていただいていたんですね」

「ええ……。でも、そのきっかけになった出来事は本当に厄介事だったのよ」


 そう言って、彼女は重々しい口調で語り始めた。


 新田さんは裏野ハイツにかれこれ二十年も住んでいるが、大家である祖父とは特に親しかったわけではないという。

 ところが今から六年前のこと。隣室に迷惑な住人がやって来たのだ。


麸谷ふたにって男でね。元々、神経質なところのある人で、誰にでもしょっちゅう文句を言っていたんだけれど、ある時から度を越すようになって、夜中も大声でわめいたり暴れたりするようになったの」


 たまりかねて大家に連絡した結果、祖父は麸谷のもとへ注意ないし退去勧告をしに行ったのだ。


「そうしたらあの男。すごい剣幕で怒って『殺すぞ』って与平さんを脅して。あんまり怖くなったので、私、こっそり警察を呼んだくらいよ」


 とはいえ、警察はあくまでその場を納めるだけで、マナーの改善や退去に手を貸してくれるなんてことも無かった。

 結局、麸谷は素行を改めず、立ち退きも断固として拒否し続けた。

 責任を感じた祖父は、アパートの住人達へ引っ越しを希望するなら費用を持つと言い出して、やがて一人減り二人減り、残ったのは新田さんだけになったのだという。


「私も与平さんには引っ越しを勧められたんだけど、この部屋には色々と思い出があるから出て行きたくなかったのよね」


 以来、祖父はしばしば新田さんの様子を伺いに来るようになったという。何度も会って話をするうちに気安く話せる仲となり、隣室が夜中までうるさい時などには祖父の家に泊めてもらったりしたこともあったそうだ。

 そんな過酷な日々も、終わりは突然訪れた。

 冬の日の早朝、麸谷が路上で死んでいるのが見付かったのだ。酔いつぶれた末での凍死とのことだったが、真相は分かったものではないという。

 後味の悪い結果に終わったものの、とにかく問題は片付いた。祖父は心機一転し、いなくなった住人を取り戻すべく張り切りだしたそうだ。


「それで私も力になりたくて、アパートの維持管理に気を使うようになったのよね」


 やがてガラガラとなっていたアパートも住人が増え、新田さんも正式に管理人となったというわけだ。


「けれど、その後も202号室では何かがあったんですよね?」

「……それは」 

「短期間に入居者が何人も入れ替わった末、遂には募集を取りやめてしまっています。おまけに部屋の中は妖しげなお札や像で一杯です。よほどおかしなことが起きていたんじゃありませんか?」


 均の問いかけに、新田さんはややためらいがちに答えた。


「その……出るらしいのよ」


 やはりか、と均は暗澹たる気分になる。

 始まりは階下の102号室から苦情がきたことだという。


「上の部屋がうるさいのでどうにかしてくれって。それで、与平さんが注意しに行ったのね。けれど、お隣さん怒っちゃって」


 202号室の住人によれば、その時間は外出していたから音など出るわけない。他の部屋が騒いでるのを勘違いしているんじゃないか、とのことだった。


「けれど、それは明らかに言い訳なのよ。隣に住んでいる私が確認しているんだから間違いないわ」


 それでも、202号室の住人は最後まで過失を認めることはなく、最終的には全住民へ生活音に気を付けるよう注意を促す形で、ひとまずけりをつけたのだという。


「そうしたら今度は、お隣が変なことを言い出したのよ。留守中、家に誰かが無断で侵入しているってね」


 とはいえ、何かを盗られたといった被害があったわけではないらしい。

 ただ、物の配置が勝手に変わっていたとか、閉めておいたはずの窓が開いていた、あるいは消しておいたはずのスイッチが入っていた、などといったことがあったというのだ。


「それって、単に勘違いしてたんじゃないですか?」


 素朴な疑問を口にすると、新田さんも「かもね」と首肯した。


「でなければ、与平さんへの嫌がらせのつもりかしら。ほら、大家さんは合鍵を持っているでしょう? 注意された腹いせに、悪評を立ててやろうと思ったのかもしれないわ」


 結局、202号室の住人は出て行ってしまったが、色々と気を揉んだ末のことだったので、祖父はむしろほっとしていたそうだ。

 入れ替わるように新たな住人もやってきて、全ては解決したかに思われたのだが――


「また、苦情があったのよね」


 と、新田さんは伏し目がちに呟いた。

 内容は以前と同様で、階下の住人が騒音の苦情を訴えるも202号室の住人は身に覚えがないと主張し、誰かが室内に不法侵入しているのではないかと逆に訴えてきたのだ。

 立て続けに起こった不可解な出来事を、祖父はひどく気にするようになったらしい。


「与平さんって、割と迷信深いほうなのよ。それで、これはひょっとすると麸谷の霊が居座っているんじゃないかって思ったらしいの。それで神職や霊媒師に除霊を依頼したこともあったのよ。私も立ち会って儀式を経験したけれど、特に効果はなかったみたいね」


 何度住人が入れ替わっても、202号室を巡る苦情が無くなることはなかった。それでとうとう祖父も根を上げ、入居者の募集を取りやめてしまったのだ。


「それ以来、問題は起こらなくなったんですか?」

「少なくとも、202号室の住人からはね。たまに階下の住人から騒音の訴えはあったけれど、そちらも滅多に無くなったわ。やっぱり、あれが効いたのかしらね」

「あれって何です?」


 すると、新田さんはにこやかに微笑んだ。 

 なんでも、とある山寺の坊さんが手ずから作った霊験あらたかな魔除けの像があるとかで、それを設置して以降は苦情もすっかり収まったのだという。といっても、有効期限でもあるのか半年程経つと再び騒音が起こるらしく、その都度新しい物を手に入れねばならないのだが。

 ちなみに、像そのものはリーズナブルな価格で手に入るのだが、通販などはしておらずあくまで祈祷を受けた証として頂けるという物らしい。


「つまり、入手に手間がかかるんですね」

「でも、そんなに大変でもないのよ。日帰りで行ける場所だし、近くには温泉もあったりするから小旅行気分で行けばいいの」


 だから、当初は苦情が来る度に受け取りに行っていたのが、やがては定期的に貰いに行くようになったのだという。


「なるほど、それであの部屋には大量の像が置いてあったわけですか」

「ええ。早目早目に補充しておけば騒音なんて一切無くせるもの。与平さんにもそう言っていたんだけれど、たまに余裕をみすぎて苦情が出ることはあったわね」


 これで一通りの事情は把握できたようだ。

 オカルト的な現象が確定してしまったのは厄介だが、一応は確立された対策もある。根本的に202号室をどうすべきかは今後の課題として、ひとまずは先送りしてしまっていいだろう。

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