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1-3 科学使い

吉野の母親はこんな人です。本人は今後も出なさそうですが。

更新日は母の日に間に合わせたかったなー。


 何故。魔力の気配は感じなかったのに。

 そこまで考えて、ダブルアイズは思い至る。

 ーー科学使い。技術と数値で奇跡を体現する人々。



「幸か不幸か、魔動機構には縁があってだね。君からは同じ感覚がするのだよ」


 男は朗々と語りながら近付いてくる。しかし、ダブルアイズは指先ひとつ動かせない。



「君があの子の人生を狂わせたのではないことは分かる。だがな、科学使いとしての私は、魔法使い(おまえたち)があの子のような存在を増やすのを放任できない」


 つまり私怨だよ、と男は言う。

 しかし、ダブルアイズには、男の言葉に理解を示すことも、何かを聞き返すこともできない。


 頭の中が真っ白になる。

 その時、男の後ろから声がした。



「おはようございます。彼に何かご用ですか?」


 大人びた女性の声に、男が振り返る。それに伴って、ダブルアイズが感じていた重圧もいくらか緩和された。

 体の自由を取り戻したダブルアイズは、窮地を救った声の主を男越しに見る。


 そこに居たのは。



「分からないことがありましたらお伺いしますわ。それとも、先生を呼んで参りましょうか」


 スケッチブックを小脇に抱えた女生徒ーー篠原 吉野だ。

 だが余りにも昨日の様子と違うせいで「お前誰だよ」とミスティの突っ込みが脳内に響く。



「いや、場所は教えてもらっている。世間話のつもりだったが……」

 男がちらりとダブルアイズに視線を向ける。

「そうだな。引き止めてすまない」


 男がゆっくりとライトを下ろす。

 重圧から完全に解放されたダブルアイズは、男が仕掛けてこないことに疑問を抱きーーすぐにその真意に気付く。



彼女(よしの)が居るからか〟


 男はダブルアイズと吉野の間にーーダブルアイズから吉野をかばうように立っている。

 恐らくは吉野が魔法使いだと知らないせいだろう。

 大方、第三者を巻き込まないための一時停戦といったところだろうか。


「じゃあ、行きましょうか」


 吉野が、スケッチブックを持っているのとは逆の手でダブルアイズの腕を取る。

 ダブルアイズとしても、この場から立ち去る口実を逃さない手はなかった。足元の鞄を持ち、そのまま吉野に連れられた直後。




「君は絵を描くのか?」


 男が吉野に問いかけた。

 先程の、ダブルアイズに対する詰問とは違う。単純な物珍しさからくる問いかけのようだった。


「ぜひ見てみたいのだが」


 続く男の言葉に、成る程、とダブルアイズは理解する。

 絵に関心があるのは本当だが、吉野をダブルアイズから保護する(ひきはなす)という目的も多分に含まれているのだろう。


 吉野に魔法使いとして危機感が無いのは考えものだが、その歳まで正体を秘匿してきた天然の魔法使い(ウィズ)でもある。

 ヘタに吉野を連れて行くよりはーー



「見せてあげたら?」

 彼女なら円満に済ませるだろう、という期待に賭けた。

 


「……」


 ぎゅう、とダブルアイズの手が絞まる。

 何事かと困惑するダブルアイズをよそに、歩を止めた吉野は、すぐ横の窓をカラカラと開き窓枠に腰掛けた。


「ごめんなさい」


 吉野が微笑む。

 それはダブルアイズから見ても綺麗な笑顔で。

 僅かなりとも心奪わ(みと)れてしまっていた。



 ◇◆◇



 腕を引かれる。


 その感覚で我に返ったダブルアイズは、吉野が後ろ向きのまま落ちようとしているのが目に映った。


 それは吉野自身の意思だ。

 その証拠に、彼女の所作には迷いが無い。


 身を乗り出す。

 ゆっくりと。

 ……ダブルアイズの手を握ったまま。



「ま、待って!?」


 慌てて吉野を引き揚げようとするも、既にバランスを崩したダブルアイズには高校生一人分の重さを支えきれるはずもなく。


 チカリ、と吉野の瞳が光る。

 と同時に二人は地面へと落ちていった。



「信じて」


「どこを!?」


 落ちながらも涼しい顔の吉野だが、当然ダブルアイズにそこまでの余裕は無い。

「自力で何とかするしかない」と確信するも、利き手(みぎて)を掴まれた状態では魔力インクペンを活用できないし鞄から他の魔道具を出すことも叶わない。そもそも、この状況を打開できる魔道具の使い方が思い浮かばなかった。




立体(ポップアップ)


 吉野が高らかに唱える。

 見れば、右手のスケッチブックを地面に向かって構えておりーー紙から緑が飛び出した。


 緑色。葉っぱ。木の枝。

 それらがクッションとなって、少しずつ勢いを削いでいく。



 ◇◆◇



「いてて……」

 頭を振って、ミスティは(・・・・・)人格が交代していることに気付いた。メガネは頭の上にある。

 だが二階から落ちたにしては目立った外傷も無く、鞄も無事だった。



「ね、大丈夫だったでしょ?」


 声はミスティの下から聞こえてきた。恐る恐る下を見れば、そこには吉野の顔。

 下敷きにしている。

 また、端から見れば吉野が押し倒されているようにも見えるだろう。



「お前は落下するノルマでも有るのか」


 昨日の階段での出来事を思い起こして問うミスティ。

 対して吉野は「まさか。たまたまよ」と答える。


「たまたま、ね」

 溜め息をついて、ミスティは吉野の上から退いた。



「で、ヨシノが出したこのバカでかい木はどうするよ。羊にでも食わせるか?」


 二階まで届くほどの木を見上げてミスティが尋ねる。

 ……件の男は一瞬だけ中庭を見た後すぐに身を翻した。さすがに彼も飛び降りるほど非常識ではなかったようで、追いかけてくるにせよ多少の猶予はあるはずだった。



〝ならそれまでに、この魔法で出てきた(ふしぜんな)木を始末しておくか〟


 羊箱を取り出し、魔眼鏡に手を伸ばす。魔道具を使うため、再びダブルアイズに交代しようとするとーー



「その必要は無いわ。……うまく描けていたんだけど」


 吉野がスケッチブックのページを開く。



格納(クローズ)


 ページを木に向け。そう唱えた。

 するとどうだろう。

 まるで本物のようだった大木は一気に現実感を失い、崩れるようにスケッチブックへと吸い込まれていった。残されたのは、クレヨンで描かれた木の絵だけだ。


「じゃあ、あの人が来る前に出ましょうか」



 ◇◆◇



 その後二人は、中庭を突っ切って男を撒くことにした。

 渡り廊下に着いた時、吉野がポケットからウェットティッシュを取り出す。


「上履き拭く?」

「……どうも」


 意外と女子力あるんだな、と続けようとして、ミスティの目に飛び込んできたのはスケッチブック。


〝ああ、手が汚れるからか〟


 冷めた視線を送っていると、吉野が困ったように「どうしたの」と聞いた。



「あれがヨシノの魔法か」


 思ったままを言うのはさすがに気が進まず、取り繕うように口を開くミスティ。

 その言葉と視線の先で何を思ったのか。吉野はスケッチブックから先程の絵を剥がし、「よかったら要る?」とミスティに差し出してきた。


「使わないのか?」

 思わず受け取るミスティ。咄嗟に疑問を口にすると、返ってきたのは「使えないの」という言葉だった。


「一回出したらもうお終い。魔力を込められるのが描いているときだけだからかもしれないわね」

 だからこれはただの絵だと、吉野は言った。


 改めて絵を見る。

 パステルの力強い筆致。堂々とした色使い。

 絵に関心の無いミスティでも、この絵には惹かれるものがあった。


「ふーん。……勿体ないな、巧いのに」


「それ、本当?」


 吉野がパチパチと目を瞬かせる。

 まるで、今のミスティの言葉が予想外であるかのような調子だ。



「何だよ間抜けな顔しやがって。オレだって人を褒めるくらいするぞ」


 それともこの女には自分が、人も褒められない礼儀知らずだと思われているのかと不機嫌になるミスティ。

 すると吉野は困ったように彼の言葉を訂正する。


「そうじゃないの。……絵を、褒められたから」


 はにかんだ顔で、彼女は「巧いかあ」と呟いた。

 いつもの大人ぶった態度はどこへやら、今だけは年相応の少女に見える。

 ……それだけに、彼女の異常性が際立つのだ。



「褒められないのは単純に、ヨシノが絵を見せないからだろ。それにあの逃げ方じゃあダブルアイズ(あいつ)のことをどうこう言えねえぞ」


 ミスティの指摘に吉野は後ろ暗さを感じたらしい。


「ごめんなさい。……でも、いきなり逃げ出したダブルアイズよりはマシなはずよ」

「そういうのを五十歩百歩って言うんだぜ」


 そもそも、あの流れなら適当に誤魔化しても問題はなかったはずだぞ、と客観的に思ったことを伝える。


「でも、嘘はつきたくないの」


 目を伏せてそう語る吉野。

 この期に及んで何を。そう言い掛けてミスティは悪魔の存在を思い出した。

 『悪魔憑き』の中には契約の代償を負うものも居る。

 声や体の一部を奪われる者に、行動を支配される者。ーーならば吉野も?



「悪魔と契約したからか?」

 半ば確信を持って問うミスティに、吉野は「そうね」と静かに頷いた。彼女はどこか遠くを見つめながら、


「あれは、悪魔さんからもらったクレヨンが親に見つかった時の事よ」


 ーーミスティも予想だにしなかった過去を語り始めた。



 ◇◆◇


「吉野ちゃん。お話があります」


 母親に呼び出され、目の前で正座する吉野。二人の間には、大量のクレヨンがあった。

 色もメーカーも様々な、一般家庭の子供が持っているには過ぎた量のクレヨン。まさにクレヨンの山と呼ぶに相応しい有り様だった。


「お母さんはこんなにクレヨンを買っていませんね。お父さんも、何も知らないと言います」


「……はい」

 問い詰める母親に、吉野は萎縮しながら頷いた。


「それで。このクレヨンはどうしたのですか」

 表情一つ変えず、母親は問う。

 嘘をつく必要は無いと考えた吉野はありのままに話した。


「あ、悪魔さんからもらった」


「そう。亜久間さんというのは、誰ですか」


「知らない人、です」


 こわごわと吉野が顔色を窺うと、母親は冷たい視線を送った。


「あの、クレヨンが欲しいって言ったらくれたんです」


 慌てて補足するも、母親の表情は和らがない。

 むしろ険しさは増すばかりだった。


「ではその、見ず知らずの亜久間さんが親切心でクレヨンをくれたと言うのですね」


 その通りだ、と吉野は頷く。

 瞬間、吉野の頬に平手打ちが飛んだ。


「そんな嘘を信じると思っているの!?」

 母親は決壊したダムのように怒鳴り散らす。 

 急変した母親の姿に吉野は目を白黒させるばかりだ。


「わ、私ウソなんて……」


 だがその続きは再び飛んできた平手打ちに遮られる。



「言いなさい。どこのお店からとってきたの?」


 そこで吉野は、母親から万引きをしたと疑われていることに気付いた。


「私、()ってなんかーー」


 三度。吉野が反論しようとすると、すぐさま平手打ちが飛んでくる。


「言い訳をするんじゃありません!」


 そして母親は静かな声で「お母さんも一緒に謝りに行ってあげますから」と続ける。

 無論、吉野の無実を微塵も信じていないのは明白だ。ーーその事実が吉野の心に深く突き刺さる。


「……クレヨンは、もらいました」 

 目に涙を浮かべながらクレヨンを手に取る吉野。

 悪魔を召還すれば母親も分かってくれる、と考えての行動だったが、


「また嘘をつくのね」


 冷たい声に手が止まる。そして繰り返される平手打ちの音。


「たかがクレヨンでお母さんの言うことを聞けなくなるの!?」

「お母さん、やめて」


 泣きながら懇願する吉野。彼女の言葉は母親に届かない。

 無実を訴える声は次第に「ごめんなさい」と「許して」に変わっていった。


「吉野ちゃん、次からはお母さんの言うことを守れますね?」


 母親の問いに吉野はこくりと頷いた。ーー頷かざるを得なかった。

 

「よろしい。次に嘘をついたら、舌を引っこ抜いてしまいますからね」



 ◇◆◇



 そこまで話すと、青ざめた顔の吉野がミスティの顔色を窺う。


「変な話をしてごめんなさい。そんな顔になるほど耐えられないなら、もう止めるわ」


「そんな顔、ってどんな顔だよ」


 思わず問いただすと、吉野は真面目な面持ちで、

「病み上がりのまま出勤して夜勤明けで帰ってきたお父さんみたいな顔かしら」


「その言葉そっくりそのまま返すぞ」

 どうやらミスティも目の前の彼女と似たような様子だったらしい。



「まあいい。つまり、嘘をつきたくないのは母親の言いつけを守っているからだと?」


 そう尋ねれば、吉野は虚ろな目で中空を見つめる。


「……母は、苛烈な女性(ひと)でした」

「いや、それは分かる」


 吉野にツッコミを入れつつ、ミスティは話の続きを促す。

 それと共に、彼女のルーツ……こんな人間になった原因に思いを巡らせた。クレヨン狂い(ジャンキー)は元からだろうが、それを隠そうとするのは母親との関係が影響しているに違いない。



「続きね。クレヨンの出所についてはカナちゃんーー幼なじみがお父様の知り合いから譲られたことにしてくれて、万引き疑惑だけは晴れたわ。……まあクレヨンは全部返させられた、というか持って行かれたけれど」


「そこまで悪魔の目論見通りだったってわけか」


 一人納得するミスティだが、吉野は「たぶん違うと思うわよ」と告げる。


「だって怒られた日の夜に呼び直したんだけど、少し相談したら契約を結び直してくれたわ」


「そうなのか? 意外(いが)……」


「確か、『一生クレヨンに困らないように、って言ったのにすごく困った』とか『悪魔も万能じゃないのね』とか言った覚えがあるわね」


 意外と話が分かる悪魔なんだな、とミスティが言いかけた時、吉野も当時を思い返してそう語った。

 「それは相談じゃない、挑発だ」と言いたいのを飲み込んでいると、吉野がさらに話を続けた。


「まあそういうわけだから、クレヨンが欲しいときは悪魔さんを呼べば持ってきてくれるようになったの。最近何故か呼び出す度に不機嫌だけど」


「そりゃあなー。一生パシられるとか機嫌も悪くなるわな」


 早くも我慢の限界がきたミスティは一人ぼやく。

 吉野は「そんなつもりは無いわよ」と口をとがらせるが、端から見れば立派なパシリ扱いだろう。


「オレ、悪魔相手に初めて同情した気がする」

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