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1-2 悪魔


 放課後の生徒会室。ガラガラと扉が開けられる。


「失礼します。買い出し、行ってきました」

 そう言って彼方はビニール袋を大袋の上に置いた。折り紙、花紙、輪ゴムにマジック各種。いずれも文化祭のために買ってきたものだ。


「お帰り。全員揃ったら打ち合わせを始めるから、きみも飾り作りを頼めるかな」


 副会長の言葉にはい、と返事をして、彼方は自分の定位置ーー入口からいちばん遠い席に座った。左斜め前に座っている書記の二年生が花紙を折っている。長机を二つくっつけているので、三人の席は少し傾いた三角形といった状態だ。


「どうぞセンパイ、新しいノルマです」

 そう言って彼方が買ってきたばかりの花紙と輪ゴムの箱を差し出すと、「言い方冷たい!」という声が帰ってくる。それを無視して、彼方は輪飾りでも作ろうかとハサミに手を伸ばした。


「副会長さん、それであとのお二人は?」


 副会長はふむ、と少し考えた後、

「会計は備品の貸し出しに各団体へ、会長は文化祭のゲストについて先生と話しに行きました」

「昔話!?」


 副会長と書記のコントじみた会話を聞きながら、だから副会長が留守を任されているのかと彼方は考える。そして、手が空いたメンバーで先に飾りを作っておくということだろう。しかし、ゲストとはーー


富一(とみかず)先輩、九曜が名前覚えないからって、甘やかすのは良くないっスよ」

 書記が作業の手を止めて副会長に意見する。対して彼方も思考を切り替えて彼に反論した。


「覚えないんじゃなくて、役職名のほうが齟齬(そご)が起きなさそうってだけです。あ、でも、書記さんのお名前ってなんでしたっけ」

「マジでヒドイ!」


 書記はつかつかとホワイトボードの前まで行くと、大きく「二階堂優鷹」と書き殴る。

二階堂(にかいどう)優鷹(ゆたか)だ! 生徒会に入ってもう一ヶ月になるんだから、メンバーの名前くらいはそろそろ覚えろ!」

「ごめんなさい、名前がキラキラしてて読みにくいです」

「ムキー!」


「そこまで」

 二人の会話を静観していた副会長は、そこでやっと制止の意志を見せた。


「優鷹君、年上の余裕を。九曜君も、紹介もそこそこに即戦力扱いした手前強くは言わないけど、みんなと仲良くしてほしいな。

ほら、初野(はつの)とぼくが卒業したら草加(くさか)君を含めた君達が生徒会を引っ張っていくんだから」


「だって九曜が生意気なんですよ。こいつと仲良くするくらいなら、オレは草加と二人でいいっス」

 会計が口をとがらせて文句を言う。



 その時、再び生徒会室の扉が開かれた。現れたのはそう、生徒会長だ。


「まったく……社会に出たらそうも言ってられないんだから、今のうちに経験を積むべきだと私は思うがね」


「初野先輩!? それに、三奈子も!」


「ああ。帰る途中でばったりと会ってな。こうして一緒に戻ったというわけだ」

 会長の言葉に続いて会計も生徒会室に入ってくる。


「二階堂くん、外まで聞こえてたよ」

「わ、悪かったよ。でも九曜が……」


 呆れたような会計の言葉に、さすがの書記も態度を和らげる。だが、それでも完全には引き下がらないあたり、よほど彼方とそりが合わないのだろう。


「まあまあ。それより、これで全員集まったから打ち合わせを始めよう。初野もそれでいいよね?」

「当然だ。ふふん、わたしよりも仕切るのが上手いじゃないか」

「冗談、あくまでぼくはきみの代理だよ」

「つまらんな」

 そう言って会長は一番奥の自分の席に着く。会計も彼方の右斜め前、かつ書記の正面に座る。こちらもいつも通りの席順だ。


「では、先ほど打ち合わせてきたばかりだが、文化祭におけるゲストへの対応について話し合おうと思う。何か質問はあるか?」


 会長の言葉に、まず彼方が挙手した。

「ゲストって、何の話ですか?」


 左から深いため息が聞こえたが、聞いた覚えだけはある生徒会メンバーの名前とは違ってゲストのことは彼方の記憶にない。


「創学記念日に演出家を招いて演劇部とコラボするんだよ」

 こっそりと会計に教えられ、彼方はああ、と思い出す。

「もしかして、音響機器のセッティングをしたのはそのためですか?」


「そう。優鷹君、そのあたりちゃんと話してなかったんだね」

 彼方が会計の方をみれば、視線を逸らして口笛を吹いている。先ほどのため息は自らの過ちを自覚してのものだったらしい。とはいえ、彼方にとっては会計の心中に関心は無いわけだが。


「ゲストの名前は陰山(かげやま)明宏(あきひろ)氏。フリーの舞台監督で、音響、美術、照明などにも造詣が深いことからその筋では『歩く舞台装置』『独演装置』などと呼ばれているんだ」

 ゲストについて熱っぽく語る会長。それを聞いて彼方も『独演装置』の名を頭に入れた。



 ◇◆◇



 所変わって屋上では、吉野とミスティが向かい合っていた。


「迎えに来てくれて助かったわ」


「待ち合わせ場所を指定していなかったからな」

 そう。6時間目の授業中、どこで彼ら(・・)と話すかと吉野は悩んでいたのだ。ーーそのせいで授業中ずっと上の空だったのは別の話。


「けれど、屋上は立ち入り禁止よ。そりゃあ、他の人に話を聞かれたくはないけれど」


「……クレヨン以外のことだとマトモだな」

 呆れたようにため息をつくミスティ。

 そう? と首を傾げる吉野に「クレヨンが関わると非常識だな」と続けかけて、やめる。彼は吉野に対して、それ以上に聞かなければならないことがあったからだ。


 ミスティは、外していた眼鏡をかけ直す。

「えーと、今はダブルアイズね」

 様子をうかがうように確認を取る吉野。ダブルアイズはこくりと頷くと、吉野にある問いを投げかけた。


「あなたの前に悪魔が現れました」


「はい?」

 見るからに動揺している吉野に構わず、ダブルアイズは話を続ける。


「悪魔は魂と引き換えに願いを一つだけ叶えてくれます。あなたは何を願いますか?」


 ダブルアイズの耳には両側から(ステレオで)「どういうことだ」といった旨の言葉が入ってくる。一方(吉野)からは何のアンケートかという疑問。もう一方(ミスティ)からはド直球すぎるだろうという文句だ。


「私なら……『一生クレヨンに困らないようにしてほしい』かしら」

 考えた末にーーというよりは迷うのを諦めたーー吉野の出した答えは富や永遠の命といったセオリーを無視したもので。典型的な偏愛魔法使い(パーシャリスト)の考え方であるといえた。


「そう」

 ダブルアイズが「彼女らしい答えだ」と内心納得しかけたその時ーー


「というか、それで叶えてもらってるし。願い事」


 吉野は確かにそう言った。


「今なんて」

 問い正そうとするダブルアイズをよそに吉野はいつの間にかクレヨンとスケッチブックを手にしており、そのまま何かを描き始めた。

 思わず覗き込んだダブルアイズは目を見開く。何せそれは魔法陣、それも悪魔召喚のためのものだったのだから。



 敵対行動か、とダブルアイズが身構えた時には遅かった。


召喚(コール)


 吉野がそう唱えた瞬間、魔法陣が眩く光を放つ。それと同時に、魔法陣の中から黒い腕が伸びてきた。腕は魔法陣の外周を掴んだかと思うと、勢いよく飛び上がり全身を露わにした。

 その姿は影絵のように真っ黒で頭には二本のツノ。三つ叉のフォークみたいな尻尾を揺らしながら錘のような足で立っている。



 ◇◆◇



〈解析。高純度の魔素を感知。分類:悪魔:魔力特化型。欲深き魔性ーー〉


 ダブルアイズの左目(かため)がチカチカと瞬きながら、悪魔の情報を掻き集める。ラクガキじみた外見と、それに見合わぬ一級品の魔力。彼が知る限り、コレに該当する悪魔はいない。その上、『真実の眼』をもってしても真名(しょうたい)が読めないのは予想外だった。


「おい、アレは一体……」

 眼鏡を押し上げ、交替したミスティが吉野に問う。

 だが彼女に意識を移したのを隙と捉えたか、悪魔が動きを見せた。

 跳ねるように二人との距離を詰め。ふわりと飛び上がる。間に合わない、とミスティが目を逸らすこともできない中。悪魔が叫びながら蹴りを放つ。



「歯ァ喰いしばれェエ!」



「きゃんっ」


 蹴りを食らい、ゆっくりと吉野の体が(・・・・・)吹き飛ばされる。

 タキサイキア現象。生命の危機に瀕したとき周りのものがスローモーションに見えるというが、ミスティの目にもそれと似たようなことが起きていたようだ。


 ーーあるいは、契約者を蹴飛ばす悪魔(しんじられないもの)を見て脳の処理が追いつかないか、だが。


(狙いはそっち、だと?)

 裏切りか、はたまた召喚事故か。いずれにせよ、あの悪魔は吉野の支配下にないと言える。つまり幾つかの対処法ーー召喚者に止めさせるだとか、契約の乗っ取りだとかーーは封じられたも同然だ。

 残る方法といえば。


(送還、か)

 幸いにも、吉野が用いた魔法陣はまだゲートとして機能している。従って、喚び出した時とは逆にあの悪魔を魔法陣野中に誘い込み、不足している「結界」の魔法円を書き加えれば、少なくともこの場はやり過ごすことができるだろう。

 そろりと、吉野が落としたスケッチブックに手を伸ばすミスティ。悪魔はそんな彼には目もくれず、地団駄を踏んで怒鳴り散らした。


「呼び出しておいて寝るたぁ良いご身分じゃねえ力!」


「気絶させたのはお前だよな!」

 思わずミスティがツッコミを入れると、悪魔がゆっくりと振り返る。

 真っ黒なのっぺらぼうといった顔面は正直な所どちらが前なのかも判別し難いが、刺すような視線を受けて、注意を向けられているのを嫌というほど体感する。


「なんダ。おまえらこの女のオトモダチってやつ力?」


「オレ、たちは……」

 どう答えるのが正解なのかとミスティは思案する。

 この悪魔と敵対しないための、吉野との関係は? そもそも、親しくも知らなくもない間柄は何と呼べばいい? おまえら、という悪魔の言い草から真実の眼(ダブルアイズ)のことも見破られているだろうしーー


 そうこうしているうちに悪魔はいつの間にかミスティのすぐ目の前まで移動しており、ポンと彼の肩を叩いた。

「こんな奴に絡まれて大変だナ」


「……は?」

 思わず間の抜けた声を出すミスティ。

「悪魔……なんだよな? それはどういう意味だ?」


 窺うように問えば、帰ってきたのは小気味いい笑い声。

「そんなにケーカイしなくっっていいゼ。この体は使い魔みたいなモンだからナ」


「使い魔……そうか、それで」

ミスティは合点がいった。「悪魔」という全体像、その力の一部だけを顕現させているならば、なるほど『真実の眼』でも正体が分からないわけだ。


「破れた絵からは全体像が見えないようなものか」


「クハハ! 破れた絵ときた力! 随分とシャレた喩えダ!」

 悪魔はそれがさも可笑しいことであるかのように笑う。

「そうダ。破れた絵に大したことは出来ないゼ。……だから物騒なことはしないでくれヨ」


 その言葉にミスティは小さく舌打ちして、発動()しかけていた魔道具を止める(かくす)

 悪魔(あいて)は戦闘を望んでいない。むしろ話し合いのできる存在だと判断したミスティはそっと眼鏡を下ろした。


「あなたの目的は何」

 交替したダブルアイズが問うと、悪魔はやれやれと肩をすくめてみせた。


「ケーカイしなくっっていい、って言ったロ。俺様は契約者(ケーヤクシャ)の願いを叶える為に動いているんダ。あの女が望まないなら、『真実の眼(メダマ)』も『魔道具(ドーグ)』も要らねえヨ。俺様自体そんなモン不要だしナ」


「その話を信じろと?」


「疑うのは結構。攻撃して(あそんで)くれてもいいゼ。ま、それが愚かな選択だってのは『真実の眼(いいめ)』を持ったオマエなら分かるだロ」


「……必要がなければ、僕たちに敵対する理由もないよ」

 ダブルアイズの出した答えを聞くと、悪魔は満足したように「話の分かる奴ダ」と言った。

「吉野にも見習ってもらいたいものだゼ」


「……なんだか悪口を言われた気がするわ」

「おウ。起きた力」


 むくりと起きあがるなり抗議する吉野に、悪魔は素っ気なく返す。

「別ニ。オマエもこの男くらい聞き分けが良ければと思っただけサ」


「それは、私との契約を破棄して彼に憑くってこと?」

 吉野の口ぶりは、何気なく聞いた、といった所だろう。


 ダブルアイズは思わず勘弁してくれ、と言いかける。悪徳に長けた悪魔との知恵比べなんて分が悪すぎるからだ。そこを何とかするために悪魔学なんて学問もあるが、年間でどれだけの被害が出ているかを考えれば関わり合いにならないのが無難だ。

 そう。言いかけたが、言葉は続かなかった。


「ーー契約内容を忘れた力?」

 瞬間、悪魔の雰囲気がガラリと変わる。尻尾のフォークを吉野の首に突きつけて、紡ぐ言葉は爆ぜた(たきぎ)

「オマエの願い通り、一生かけて叶え続けてやル。ーー死ぬまで逃がさないゼ」


 ぞくりと背筋が凍る。ダブルアイズには、それが脅しではないと理解できてしまった。

 吉野と悪魔の関係は導火線だ。火を点けた(けいやくした)が最後、どうあがいても切れない破滅へのカウントダウン。


 ーーだというのに。



「そうだよね」


 吉野は笑う。嬉しそうに。幸せそうに。一面の花畑みたいな笑顔を浮かべて。


「……ふン。そういう、約束を守る所だけは評価してやるヨ」

 悪魔が尻尾を下ろす。まとわりつくような重圧が霧散する。


「それデ? 今回は何が要るんダ? まさかその男に俺様を見せるためだけじゃないだろウ?」

「え……?」

「やっぱり見せるだけだった力!」


 怒りのままに尻尾を振りかぶる悪魔。だが今度は吉野のスケッチブックに阻まれる。


「チッ」

 どこから音を出しているやら、舌打ちする悪魔へ申し訳なさそうに吉野が話しかける。

「じゃあ悪魔さん、茶色と黒が短くなったから補充してもらえるかしら?」

「へいへい分かったゼ。持ってくるからその男に魔道具でも見せてもらいながら待ってロ」


「なっ」

 去り際にものすごく適当なことを言って悪魔は魔法陣の中へと潜っていく。



「魔道具って?」

 吉野は至極当然な疑問を口にした。

 ダブルアイズははぐらかしても良かったがーー


「魔力で使う魔法の道具だよ」

 彼は教えることを選んだ。もし彼女が魔法の世界(こちらがわ)に踏み込んでくるならば、きっとこの知識も必要になるだろう。


「逃走用にいくつか貸してもらったんだけど、例えばこれ」


 そう言いながらダブルアイズはポケットから軸が透明な万年筆を取り出す。ペン回しの要領でくるくると回すと、空っぽだったペン軸にインクが補充された。


「魔力インクペン。普通のインクを入れても書けるけど、自前の魔力(オド)を込めればこの通り」

 ダブルアイズが空中に書き出した線がそのまま残る。

「オドっていうのが、個人ごとにもっている魔力。逆に、世界に漂っている魔力がマナ。大掛かりな魔法にはマナを使うことが多いんだけど、現代ではこのマナの量は昔に比べ格段に少ない。……化石燃料(ガソリン)みたいなものだね」

 線が次々に引かれていく。軌跡はやがて魔法陣となり、小さな植物を生み出した。

「オドも、上手く引き出してやることで大掛かりな魔法に用いることができる。魔法使いの(ステッキ)とか、魔道具がこれに当たるね」

 魔法陣はまるで役目を終えたかのように風化する。残ったのは、根っこのない謎の植物だけだ。


魔力インクペン(これ)の良いところは、オドを使えば書いたものが残らない上に、魔法陣に魔力保持のための文言を入れなくて済むから簡略化できることかな。さて、ここまでで何か質問はあるかな」


「これのクレヨン版はある?」

 黙って説明を聞いていた吉野は、真っ先にそう問うた。


「さあ?」

 ダブルアイズの投げやりな返答に、吉野はきらきらさせていた表情を一瞬で曇らせる。


「いや、そもそも、そのクレヨンがそうじゃないの? 悪魔からもらってるんでしょ?」


「これは、無限の財力を持った悪魔さんに買ってきてもらっているだけの、ただのクレヨンよ。その、オド? で魔法は使っていると思うけれど、普通に無くなるわよ」


「どんな契約をしたのさ」

 吉野の話を聞いて怪訝な目で見るダブルアイズ。


「だから、『一生クレヨンに困らないようにしてほしい』って。それで、こうやって新しいクレヨンを持ってきてくれるのよ」

「アフターサービスが行き届きすぎじゃない!? そもそも、それ本当に悪魔?」

「ええ。契約完遂の暁には魂をあげることになっているわ」

「ううん、まあ、その条件なら……いやいや」

 吉野の話を聞くごとに、彼女が何と契約したのか分からなくなるダブルアイズ。

 そんな彼をよそに、吉野は出てきた植物に視線を向ける。


「これは残るのね」

「うん。次の魔道具は……」


 続いてダブルアイズが取り出したのは小さく畳まれた紙だ。

 広げていくと、四角い箱の絵が出てくる。そのまましばらく待つと、絵であるはずの箱から小さな羊が出てきた。

 無論、実体を伴って、だ。

 現れた羊は、もしゃもしゃと植物を食べ始める。


「テグジュペリの羊箱。きみの魔法に似ているんじゃないかな」

「呼び方は、きみ以外がいいわ。……触って良い?」

「いいよ」


 吉野は羊の背中を撫でてみる。ふわりと彼女の手が羊毛に沈み込み、羊がメェと一鳴きする。

「私が出すのと違ってちゃんとふわふわしてるのね。カナちゃんが見たら喜びそう」


「カナちゃん? もしかして、き……吉野ちゃんの友達?」

 きみ、と言いかけるも、二人称呼びを嫌っていたことをふまえて名前で呼び直すダブルアイズ。

 ーーだが当の吉野は両手で顔を覆ったまま俯いてしまった。


「ど、どうしたの? 具合悪い?」


 訳も分からずにいると、魔法陣の中から悪魔が顔を出した。

「戻ったゼ。……なんダ、禁句でも言いやがった力?」


「禁句? 僕はただ名前で呼んだだけ……まさか」


 ダブルアイズは眼鏡を外す。

 交替したミスティが恐る恐る「吉野ちゃん」と呼べば、彼女はそのまましゃがみこんでしまった。


「なんだよメンドクセーな! っておい、なに泣いてんだよ!?」


「子供扱い、しないでっ。わた、私、……私っ」


「あーあ泣かしたナー」

 それを見て茶化すような態度を取る悪魔。表情が変わるならばニヤニヤと笑っていたであろうことはミスティにも容易に想像がついた。


「……自分はちゃん付けで呼んでたろ」



 ◇◆◇



 結局、その後は魔法の講義どころではなく、話し合いは持ち越しとなった。

 そして翌日。


「それにしても、話の分かる相手で良かったね」


 登校後、ダブルアイズは購買前の自販機で紙パックのジュースを買うと、そのまま廊下の壁に背をもたれかける。飲み物を買ってそのまま中庭を一望できるこの場所は、彼にとって時間を潰せるお気に入りの場所でもあった。

 魔道具『所属欲求』の効果で学校生活に溶け込んでいるとはいえ、正式に編入していない彼は時がくるまで身を隠す必要があった。もちろん、道具一式を入れた通学鞄も足下にある。


 油断するなよ、とミスティの声が脳内に響く。

「ちゃんと警戒しているよ。……そういえば、少し妙な所があったんだよね」


 ダブルアイズは昨日の邂逅を思い返す。あのラクガキじみた悪魔は、魔性を帯びていたとはいえ物質的な要素を併せ持っていた。もちろん自称の通りの使い魔であるならば何らかの物品を依代にすることでこの問題はクリアできる。

 だが、この学校でかつて感じた(みた)気配はもっと(・・・)別の(・・)種類(・・)だった(・・・)

 違和感は有るものの、その正体が掴めずにいる。


 そして。思案に暮れていたせいで、彼は声を掛けられるまでその男の存在に気が付けなかった。


「失礼。職員室はこのまま進めばいいのかね?」


 思わず声のした方へ顔を向ける。

 白髪交じりの髪をツーブロックにした男が笑みを浮かべて立っていた。笑い皺のある顔は教師よりもニュースキャスターを思わせる。また質問内容からして、部外者であることはほぼ確実だろう。

 そしてーー魔力の流れは感じない。少なくとも、彼自身は魔法使いや魔術師ではないだろう。


(逃げるか? でも……)

 ダブルアイズは昨日の出来事を思い返す。あの時は何とかなったがそれが今回も続くとは限らない。そして、逃げ出すよりも手早く会話を終わらせることを選んだ彼は、そっと廊下の先を指さした。


「そうか。ありがとう」


 男はそう言うと、ゆっくりとダブルアイズが示した方向へ進む。

 吉野(かのじょ)の忠告が役に立ったな、と安堵するダブルアイズ。とその時、くるりと男が振り返った。


「ところで」

 男が手元のナニカを動かす。

 突如発せられた光に、思わず目がくらむ。くらりと視界が揺れて、紙パックジュースが手元から落ちた。


「君は、魔法について知っているな?」


 淡々と問う男を前にして、ダブルアイズは思わず叫びそうになる。

 ーーやっぱり逃げるべきだったじゃないか、と。

 登場人物紹介。


初野(はつの)歩夢(あゆむ)……生徒会会長。三年生。


富一(とみかず)(つかさ)……生徒会副会長。三年生。


二階堂(にかいどう)優鷹(ゆたか)……生徒会書記。二年生。


草加(くさか)三奈子(みなこ)……生徒会会計。二年生。



 彼方の所属している生徒会の役員。いわゆる、名前付きモブです。

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