第19話 見て見ぬふり
困っている人を目にしても、見て見ぬ振り。
やたらと関わって巻き添えになったら嫌だから。
それも一理ある。
でもちょっと待って……。
***
僕の目の前で、信じ難い光景が広がっていた。
「お願い、助けてください!」
「た、助けてくれぇ!!」
あちらこちらで聞こえる叫び声。
だが、誰もが『見て見ぬふり』を決め込んでいた。
実はコレ、ある大学生が開発した『10年後の世界』をシュミレートして実体験できる無料アプリ。クチコミで広まり、僕は興味本位でダウンロードして試していた。
『困っている人に関わりたくない考えが蔓延した日常がこのままエスカレートしたらどうなるのか?』という設定。
それはとても醜い世界だった……誰かが被害を受けている間は自分は助かる世界。
イヤホンで音楽を聴きながら、または携帯機器をいじりながら、または文庫本を読みながら、視線だけは被害者に注がれる。
やがて被害者は力尽き地面へ崩れ落ちる。
だが周囲は何事も無かったように去って行った。
僕が呆然と立ち尽くしていると
事情を知らない小さな男の子が被害者に近づいてきた。
「ねー、どうしたの」
純粋に被害者にたずねる。
だが次の瞬間、母親がすかさず男の子を抱え上げその場を立ち去った。
母親は被害者からだいぶ離れた場所で男の子に言った。
「知らない人に話しかけてはいけません」
人の『絆』は完全に何処かへ消えていた。
僕はスマホの電源を切った。
趣味の悪い鈍い音と同時に日常へ戻った。
ポケットに両手を突っ込みながら歩道を歩いていると
バス停で何やら困っている高齢のおばあさんがいた。
どうやら時刻表が見えにくい様子だ。
通り掛かった小学生達に、そのおばあさんが話しかけた。
「ちょっとお兄ちゃん達、この時刻表、何時って書いてあるか教えてくれるかい?」
すると少年の一人が言った。
「いいよ、おばあちゃん。どこ行きの時間を知りたいの?」
ところが仲間達が声をかけた。
「おい、知らない人と話しちゃいけないんだぞ」
このバス停には、背広を着た会社員やスマホに夢中になっている大人達
買い物帰りのおばさん達が、バスの到着を待っていた。
だが、彼らはずっと見て見ぬふりをしていた。
「ぎゃっ!」
僕の目の前で小さな女の子が顔からコケた。
「あちゃぁ……」
僕は女の子に駆け寄り、起こしてやったが
この子の顔面にどうしようかと思った。
凸凹になったアスファルトで擦った肌は
筋状に傷つき血が滲み、鼻血も出ていた。
「大丈夫か?」
僕がハンカチ(汗で汚れてるけど)を取り出し声をかける。
すると、後ろから女の人の怒鳴り声が聞こえた。
「ちょっと! うちの子に手を出さないでくれるっ!?」
女の子の母親だ。
僕は気迫に押され、その場を急いで立ち退いた。
母親はすれ違い様に僕をにらみつけ、フン!と鼻を鳴らした後
わが子に近づき初めて状況を知った。
「きゃっ、こんなに怪我して! やだ……どうしよう!」
慌てた母親は、バス停で待っている人達に目線で助けを求めたが
相変わらず、誰もが見て見ぬふりをしていた。
僕はシミュレートされた10年後の世界の
根本的な要因を垣間見た気がした。
実は、登場人物の『僕』は私です。
アプリこそありませんが、現実に戻った『僕』が遭遇した見た見ぬふりは、実際に私が遭遇した場面です。特に、派手に転んだ女の子の時には、母親の勢いに後ずさりしてしまいました。よほど私が何か悪さでもするように見えたのでしょうか? 変な世の中になったなぁと当時感じました。地域差はあるでしょうけどね。
ともかく、現実世界が怪談(奇妙な世界)になりませんように。




