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怖くない怪談話 短編集  作者: 祭月風鈴
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第16話 おともだち

 保育園の園長だった三木(当時35歳)は、ある出来事が原因で退職へ追い込まれた挙句、強制的に精神病院へ入院させられた。

20年の歳月が経った現在。 彼女は治るどころか心療内科医の間でブラックリストに載り、恋愛も結婚もしないまま心療内科を転々としている。

三木の人生を狂わせた出来事とは何なのか? 

今回は、若い心療内科医が見た、彼女の身の上に起きている不思議な現象のお話し。


***


 「初めまして、三木さん。 僕が今日から貴女の担当医になります進藤です。 よろしくお願いします」


 三木を受け持つ事になった心療内科医の進藤は、他の患者同様に彼女へ接してみた。

それは三日間かけて彼女のカルテをじっくり読み、どう対応するのかを考えた末での対応だ。

 彼はまだ心療内科医になりたての25歳。 小さな個人病院で手伝いとして働いている。

受け持つ患者数は極わずかで時間にも気持ちにもゆとりがある為、三木を担当するよう指示されていた。


「私の担当医になる先生は皆、最初はこんな風に接してくれるの。

今だけの優しさ……どうせ、すぐに本音を顔に出すのよ」


 三木は目だけをギョロリと動かし、進藤を見つめた。

目の下に真っ黒な ”くま” が出来るほど心を痛めた彼女を、進藤は正面から受け止める。


「三木さん、僕はどんな時も本気で貴女とお話ししますよ。 だからどうか僕に沢山お話ししてくださいね」


 すると三木は鼻先で笑い、甲高い声で叫んだ。


「次の患者さん、どーぞー!」

「三木さん、次の患者さんなんていませんよ。 僕は新米だから、僕の ”今日の患者さん” は三木さんだけです」

「……あら、それなら」


 三木は突然大人しくなり、背中を丸めて俯いた。

が、突然叫んだ。


「私の ・ 話を ・ 信じて ・ くれるのかしらああああああ!!!」


 これには進藤も驚いた。

カルテに書いてある通りだが、随分厄介な患者だなと正直に思った。

しかし先ずは、冷静に。 患者のペースに巻き込まれてはならない。


(今の状況は、僕が本気で話しをすると宣言したから彼女がありのままを言おうとしているんだ)


 進藤は下を向いて心を落ち着かせたあと、肩の力を抜いて三木を見た。

彼女は進藤の一部始終を瞬きもせず見つめていた。


「……進藤先生、アナタって正直なのね」

「はい?」

「私、わかるのよ。 だって保育園の園長先生だったもの」

「そうですね、三木さんは園長先生でしたね」

「アナタって子供達と同じ目をするわ。 とっても正直なの……純粋で」

「そ、そうですか? ありがとうございます」

「フフフ。 アナタって、子供達がそのまま白衣を着たような感じねぇ」


 三木が楽しそうに笑う姿を見て、進藤は心臓を撫で降ろした。

患者と医師とのコミュニケーションがとれたからだ。


「僕は子供っぽいとも言われるんですよ」


 進藤は親し気に話しかけた。

三木が心を壊した原因を探る為に、きっかけとなる話しを引き出したかった。

すると三木が、昔を懐かしむような柔らかな笑顔で語り始めた。


「アナタって、本当に正直者で真面目なのね。 アナタなら信じてもらえそうね」

「……なんだか、先生に見透かされている悪ガキの気持ちになってきました」

「あらあら、アハハハ! ……でも、進藤先生」


 三木が再び自分の殻に閉じこもろうとした。


「待ってください、三木さん! そのまま僕に話をして。 どうか……お願いします」


 沼に沈む女の手を掴むように、進藤は三木に手を差し伸べた。


「……どうか、僕に全てを話してください」

「……いいの? 大変な事になるわよ、先生」

「大丈夫です」

「でも、私…」

「僕は心療内科医です。 新米ですが、三木さんを救う自信があります」

「……アナタって、本当に子供達のように目がキラキラしているのね」


 進藤がカルテを見る限り、三木がこんなにも素直に心を開くとは想像していなかった。

よほど何かの ”縁” があったのだろう。


(さて、ここからが本番だ)


 三木のカルテには奇妙な事が記載してあった。

長々と書かれた三木が語った内容の最後に、”子供達がやってくる”との走り書き。

医師が書いたものは他の者は決して修正しない規則になっている。

従って、通常は意味不明な事は記載しない。


(要するに、”通常ではない” から記載しているんだよな)


 進藤は指先で、その文字をピンッとはじいた。

三木には見せないようにカルテを机の横へ伏せて置き、深く椅子へ腰かけ直すと、リラックスした体勢で言葉をかけた。


「では、三木さん。 どうぞ、お話しください」


 すると三木は、何かを戸惑うようにソワソワした後、大きくため息をついて俯いた。


「ねぇ、先生。 私にとってアナタが最後の先生なの。 意味わかる?」

「僕は、何があっても三木さんの担当医でいると決めてますが、ご心配でもありますか?」

「……来るのよ、”子供達” が。 私がこんな風に当時を語り始めると」

「”子供達” ですか?」

「そう、子供達……いえ、”おともだち” と呼んだ方が正解かも知れないわね」


 カルテに記載した通りの話が始まったと進藤は思った。

三木はどの病院のどの心療内科医にも同じことを訴えていた。

彼女の問題点は、ここだ。

この ”子供達おともだち” の所で誰もが診察を中断させられている。

明らかに、彼女が心療内科へ通院する事になった要因と考えられるのに

どの医者もそれ以上は踏み込んでいなかった。


「では、僕に詳しく教えて下さいませんか?」

「”おともだち” が来るとね……どの先生も、私を診察してくれなくなるの」

「ええ、そのようですね。 でも一体なぜ?」

「それはね……”おともだち” を見た先生自身が、心療内科へ通うようになるからなの」

「……え!?」


 進藤は突然、誰もが診察を中断させられている理由を知らされた。

それは、そのまま彼女がブラックリストに載る最大の理由でもあった。

想定外の展開に慌てて診察中断しようとしたが、時すでに遅し。

進藤が ”おともだち” について想像を巡らし、同業者の医師達が何を見たのかを予測した時には

三木が当時の事を話し出していた。


「あの日も、私は保育園の砂場で遊んでいる園児達を見守っていたの。

特に、おままごとは面白いのよ。 だって、こんな会話をするのよ。

  『はい、ゆみちゃん! ご飯を食べてくださいねぇ』

  『もぐもぐ……おいしい♪』

  『ただいまー』

  『あら、パパ♪お帰りなさい。 いいお仕事、見つかった?』

……ですって! 

ままごとは昔から各家庭の様子を表すものだけど、本当にシビアなセリフが園児達の口から飛び出すのよ。

子供達の遊びはまるで ”笑ってはいけない苦行” を強いられてるみたいだったわ。

そうして楽しい時間はあっと言う間に過ぎて、お片付けのチャイムが鳴ったの。

もっと続きを見ていたかったけど仕方ない。私は園児達に呼びかける為に、黄色のメガホンを持ったの。

そうしたらね、ままごとの会話に変化が起きたのよ」


 ここまで話すと、三木は腕を交差させて自分の両肩をギュッと掴み、歯でガチガチ音を立てた。

顔色は薄暗く青ざめ、目は眼球が出そうなほど大きく開いていた。


「園児達が、おままごとの ”役” のまま、こう言うのよ。

  『わんわん、知らない子たちがウロウロしてるワン』

  『あらあらワンちゃん、うるさいわよ』

  『本当だワン。遊ぼうよワン』

  『えーっ。でも知らない子たちだよ。やめようよ』

  『でも、皆で仲良くしないといけないんだよ!』

 急に、それぞれの役柄から保育園児に戻る園児達に私は驚いたわ。

それにね、園児たちが遠くに向かって手で招きながら話すのよ。

『おともだちー! 一緒に遊ぼうよ』

って。 どうしたのかしらと思った私は園児達が手を招く方向を見たの。

同時に私は慌てて園児達へ駆け寄って言ったわ。

  『駄目です、早く部屋へ入りなさい! 先生方! 園庭にいる ”私達の保育園の園児達” を部屋へ!』

 私は相当、恐い顔で怒鳴ったのね。園児達が悲鳴に似た声で泣き叫んだわ。

でも私は身体を張って園児達を背中に隠して、黄色のメガホンで叫んだの。

  『ここは、あなた達が来る場所ではない! さっさと去りなさい! 二度と姿を見せるな!』

 私は後日、他の先生方や保護者の方々から強く迫られて辞職したの。 頭が変だと散々責められて!」


 三木は、遠くを見るような目で進藤へ語り掛けた。


「ねぇ、先生……園児達にも私にも、確かに見えたんですよ。

でもね、他の先生方や来園していた保護者の方々には誰一人も見えてないんですって。

ねぇ、先生……私、頭がおかしいのでしょうかね?

焼けただれた子供達が、何人もゾロゾロやって来るのを 『恐ろしい!』って思う事を!!

あれは確かに、園児達を守るべき状況だったんですよ」


 進藤はずっと、心臓をバクバクさせて三木の背後を見ていた。

三木の後ろは半透明の大きな窓ガラスになっており、外の光を優しく取り込むようになっている。

ここは2階でベランダが無く、街路樹も無いので、何かが光を遮ることはあり得ないのだが

どうみても、彼女の後ろに何人もの子供達の影が立っているように思えるのだ。


「その、園児ではない子供達おともだちは、どうなったのですか?」


 進藤はワザと尋ねてみた。 

当時、三木が見たモノから園児達を守った行動は間違いでは無いと確信したからだ。

もう、どこにも疑う余地はない。

世の中には ”あり得ない事なんて、あり得ない” と心底感じた。

三木の言う、焼けただれた子供達が蜃気楼のように揺らめきながら彼女の背後から近づいてくる。

そして、彼らの視線は明らかに、進藤の姿を捕らえていた。

ああ、昼間でも見える時は見えるのだなと、どこか冷静な自分を感じつつ、進藤は次の言葉を考えていた。

なぜなら、もしも自分が目の前で見ているモノを言ったら、確実に彼女は恐怖で壊れるだろう推測したからだ。

三木の進藤を見抜く力は鋭く、目玉をギョロリと動かして言った。


「……ずっと、ず~っと私について来ていますよ。 やはり……見えますか? 見えますよね、先生」

「三木さん、僕はこれから ”もしも” で話しをします。 宜しいですか?」

「……はい」


 進藤は心の中で、偶然の幸運に喜んだ。

他の心療内科医は、この段階で降参しているのに対し、自分は一歩先へ進んだのだ。


「三木さん、もしも園児でない子供達が貴女に助けを求めていたらどうしますか?」

「そ、それは……もちろん助けます」

「三木さん、もしも園児でない子供達がまさに今、貴女に助けを求めていたらどうしますか?」

「そ、それは……もちろん直ぐに助けます」

「そうですか。 三木さんは、さすが園長先生ですね。 とてもお優しい」

「そんな……私は何も……」


 進藤はすぐさま、お寺の住職になった友人へ電話をかけた。


「ああ、僕、進藤だけど……うん、すぐに頼みがあるんだ。 

これから僕の患者さんをタクシーでそっちへ送るから、面倒を見てあげてほしい。

……ああ、女性なんだけどね、会えば理由がわかるよ。 じゃぁ宜しく」


 進藤は、何かを承知したような三木の目をジッと見つめた後、こう言った。


「三木園長先生は、とても心が優しい先生です。 子供達は皆、優しい先生が大好きですよね?

三木園長先生が、困っている ”おともだち” を助けてくれますよ。

では、三木先生。 もしも僕がタクシーを呼んで貴女にお寺に行ってもらったら

……貴女はご住職に全てを話してくれますよね」


 三木は黙ってうなずき、目を輝かせた。

それはもう、心を病んで塞ぎ込んでいる彼女ではない。

子供達が大好きで、困っている子供達を精一杯守り抜く ”園長先生” の凛々しい表情だ。



<終>


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