第15話 深夜の追跡者
草木も眠る丑三つ時。
この世とあの世の境目が無くなる時間帯にも関わらず生者は昼間の如く活動する。
そして今夜も、地域の安全を守るために一台のパトカーが深夜の街中を巡回していた。
今回は、このパトカーに乗っていた警察官が体験した不思議なお話し。
***
深夜2時を過ぎたバイパス。
昼夜問わず流れが激しいこの通りは、交通事故の多発地帯だ。
いつものように俺達は、これ見よがしにパトカーを停車させ
交通ルールを無視するドライバーに注意を促していた。
「吉永さん、すみません……ちょっと俺、トイレ行きたいんですが」
体調を崩した相方の平松が、幽霊のような青白い顔で腹を押さえながら訴えた。
「おいおい、どれだけ我慢していたんだよ」 と肩をポンポンと叩き 「早く行ってこいや」 と許可を出す。
平松は、自分が警察の制服を着ている事を忘れて近くのコンビニへ駆け込み
店員や客に心配され見守られながらトイレへ消えていった。
「馬鹿め。 テメェのケツを押さえてヨロヨロする警察官なんて、どこの世にいるんだよ」
俺は車内で一人、ため息をついた。
青ざめた平松の顔色は、かなり酷く下している事をあからさまに表現していた。
暫くトイレの住人になるなと思った俺は、奴の代わりに運転席に座り、周囲の様子を見張っていた。
ところが意外にも早く平松が戻ってきた。
コンコンと運転席側の窓を叩くので、俺はすぐに助手席へ移動した。
「大丈夫か?」と尋ねると、平松は黙って頷いた。
平松は、俺と目を合わせずに俯いているので、奴が自分の粗相に恥ずかしがっていると思い
それ以上は尋ねず何事もなかったように、再びいつものポジションで任務を遂行した。
「静かだなぁ」
要するに、事件も何もなく平和だなぁの意味。
このままマジで何事もなく任務が終われば良いなぁと思っていたら、平松がいきなり叫んだ。
「見つけた!」
「な……なんだ?」
俺は状況を理解できず聞き返す。
だが、平松は返事を返さないままサイレンを鳴らし急発進した。
目の前の赤いスポーツカータイプの車を尾行する。
「あの赤い車か?」
「そうだ!」
平松の返答を聞くや、俺はマイクを握った。
「そこの赤い車!左側に寄って停まりなさい」
だが、赤い車は停まるどころか俺達を振り切って逃げる。
尋常でない様子に何かを隠していると俺は察した。
長年の勘だ。 すぐさま仲間に応援を要請する。
赤い車は高速に乗り、近県をまたぐ。
猛スピードで走るから、周囲の車がその場に止まって動かないように見える。
「クソッ! あの赤い車、やばいぞ。 事故って周囲を巻き込む前に押さえたい!」
俺はそう言って平松を見た。
なぜなら、いつもの相槌が返ってこなかったからだ。
だか、仕方ない事だろう。
スピードメーターの針は振り切れていた。
ちょっとしたハンドルミスが即死につながるってヤツだ。
背筋が冷っとした俺は、俺達が事故らないようにと神に祈った。
間もなく赤い車は高速を降り街中を走ってすぐに住宅地へ入り込んだ。
俺は赤い車を見失なわないよう目を光らせる。
赤い車は住宅地を走り抜け、街灯の無い真っ暗な山中へ入った。
狭い坂道を猛スピードで駆け上がり、平松も負けじと食い下がる。
パトカーがバラバラになるんじゃないかと思わせるようなスピードで追っていた。
俺は、シートベルトの装着を確認し頭上にある手すりに捕まる。
マイクも握っていたが、逃げる赤い車を呼び止める言葉を出せない。
なぜなら、俺は車酔いして吐く寸前だ。
俺達は赤い車を山奥のさらに深くへと追いかけ、とうとう真後ろにピタリと貼付いた。
「捕まえた!」
平松は叫ぶと、赤い車の横へ並ぶ。
「おいぃぃぃ平松! 何を考えて……っぁぁぁあああ!」
俺は生きた心地がしない。
平松はパトカーを赤い車へ激しく体当たりさせ山の斜面へ押し当てる。
ガガガ!と岩盤を砕きながら2台は進む。
「ひっ……ひゃぁああああ」
どれだけ細い道なんだ!
俺が座っている助手席から見える景色は真っ暗な切り立った断崖。
なぜガードレールを設置しないのかと、今の俺なら市長や知事に食ってかかれる。
ドッゴォォオオン!!
激しい衝突感。
と、同時に巻き上げられた砂埃がヘッドライトを反射して一面白く覆う。
平松は、とうとう赤い車を停車させた。
辺りはシンと静まり返る。
風に吹かれ、草の擦れる音と虫の声だけが聞こえてきた。
「おい!大丈夫……か?」
俺は、頭を抱えて安全体制をとったまま平松へ声をかけたが返事がこない。
慌てて運転席を見たら平松がいなかった。
「……おい、返事しろよ!」
周囲を見回す。
すると暗闇の向こうに、赤い車がランプをつけたまま停まっているのが見えた。
突然、外から悲鳴が聞こえた。
尋常でない様子に急いで赤い車に駆けよると、二人組の男が誰もいない暗闇に懺悔していた。
彼らは誰に対して懺悔を……いや、彼らの前に一体誰がいるのだろうかと目を凝らしてみたが分からない。
平松が何処へ行ったのか気掛かりだったが、取り合えず俺は彼らへ声をかけた。
「君達、詳しい話しは署で聞こう。 まずは免許証を見せなさい」
彼らはハッとしたように振り返った。
腰が抜けているのか、俺の足元まで這いずって来る。
ガッチリと俺の裾にしがみ付くと、号泣しながら驚く言葉を言い放った。
「すんません、殺す気は無かったんです!」
「なんだって!?」
こいつらは殺人を犯したから、俺達から必死に逃げていたのか!
「すんません、すんません……許してください!」
「おい、まずは落ち着け。 ゆっくり話を聞こうじゃないか」
「すんません、すんません」
「だから、落ち着こう! な、落ち着くんだ」
「すんません、すんません! アイツに呪われる! 殺される!」
「すんません、すんません! まだ死にたくねえよぉ!」
「……落ち着きなさい、二人とも」
彼らは号泣きで謝るばかりで話にならない。
これ以上逃げる様子も無かったので、ひとまずパトカーへ乗せ、山を下りる事にした。
「よし、大人しくしていろよ」
俺は泣き止まない彼らに手錠をかけた。
平松はどこに行ったんだと思いつつ、彼らを立たせようとしていたら
遠くからサイレンを鳴らしながら、1台のパトカーがやってきた。
見慣れた顔が後部席から降りてきた。
「平松!?」
おいおい、いつの間に山を下りてんだよ!
呆気に取られている俺に平松は駆け寄り、車のライトでもわかるほど赤い顔で怒って言った。
「吉永さん! 一体どうして一人で走り出したんですか、誰にも、どこにも連絡しないで!
俺がトイレから出た後に、どれだけ探したと思ってるんですか!」
「……え?」
「”え?” じゃないですよ!! 民間からも通報が入ったんですよ!?
パトカーが異常に速いスピードで高速道路をで走っているって!
GPSで追跡したけど何なんですか、マジ異常ですよ、あのスピードは!
事故が起こらなかっただけ良かったです! まして何考えてこんな山奥に!」
一気に話す平松の隙をついて、今度は俺が一気に言い返した。
「俺は、平松と……お前と、赤い車を追いかけていたんだよ。
お前が運転して、俺が助手席に乗っていたんだろよ!
お前が、スピードメーターの針が振り切れるほど、異常な速さで走ったんだろうがよ!
山道を駆け上がったのもお前だ!
パトカーはバギーじゃねぇんだよ! ボッコボコにしやがって!
赤い車を止めるにも、他にやり方はあるだろ!
どんだけ俺が怖いのを我慢して乗っていたと思ってんだよ!
ここへ着いたら着いたで、お前はいなくなるしよ!
それに……はぁ、はぁ……テメェのせいで息切れだ、くそっ。
それに、何だか知らねぇが、あの二人は号泣きで暗闇に謝ってるし!」
ここまで言い返したところで、平松と一緒に来た仲間の警察官が叫んだ。
「吉永さん、平松さん! あれは何ですか!!」
彼が指す方向へ振り返ると、そこには土埃を被ったパトカーと大破した赤い車があった。
俺達は急いで駆け寄った。
「マジかよ……」
二台の車には明らかな差があった。
パトカーは、ボロボロであっても真新しい。
しかし、大破した赤い車はガラスが割れて車内まで埃が入って白っぽくなっているだけでなく
そこらかしこに蜘蛛の巣が張り、塗装も至る所で剥げて錆びていた。
「吉永さん、あれ!」
平松が指さす方向に目を凝らす。
車から数メートル離れた所に人が倒れているようだ。
俺達は急いで駆け寄ると、思わず立ちすくんだ。
そこには、三体の腐乱死体があった。
かなり日数が経っている様子で一部が白骨化している。
「あっ!」
「あっ!」
俺と平松は同時に小さく叫んだ。
なぜなら、三体の腐乱死体のうち、二体には真新しい手錠がかけられている。
そして残り一体は、行方不明になっていた平松の双子の弟だ。
「……本部へ連絡しましょう」
仲間の警察官が囁いた。
シンと静まる暗闇に響く、草の擦れる音と虫の声。
<終>




