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怖くない怪談話 短編集  作者: 祭月風鈴
12/27

第12話 電車のトイレ

世界中のどの国にも、特有な慣習があります。 

日本も同じく、地方によっては随分と変わった慣習があります。

さて今回は、そんな地方の某区間を通過する電車に乗車した人達に課せられる、一風変わった慣習のお話し。


***


 とある地方の山沿いに敷かれた路線の某区間には、特有の慣習ルールがある。

それは、『この区間で「電車のトイレ」を使用する場合は乗客はトイレのドアをノックし

”お伺い” の言葉を述べて許可を得なければならない』 という慣習。

もしも、通常の電車のように使用した場合は恐ろしい結末が待ち受けていると言い伝えられている。

実際に、この妙な慣習が伝わり始めたのは約20年前。

電車通学していた女子高生が慣習元らしいが、当初は学生達の遊びだと思われていた。

しかし現在では社会人の乗客にまで浸透している。

なぜなら、ただの遊びでは済まない事情が起きていた。


「あのぉ……お尋ねします。 トイレを『使いたい』ですか?」


 今年3月に、地元の女子高を卒業した浅野は、電車のトイレの前で ”お伺い” の言葉を述べた。

彼女は、学生の頃はもちろん社会人になっても、毎朝その某区間を通過する電車を利用していた。 

スーツ姿に身を包んでも、閉まってるトイレのドアに向かって恐る恐る小声で尋ねる仕草は、どう見ても学生の続きだ。

ところで電車のトイレは誰も使用していない。全くの「空」だ。

では、彼女は一体、誰に対して『使いたいのか』と尋ねているのだろうか?

慣習を知っている近くの乗客らも緊張した面持ちで、彼女の様子を見守っている。


「あのぉ……お尋ねします。トイレを『使いたい』ですか?」


 浅野は再び、閉まってるトイレのドアに向かって、恐る恐る小声で尋ねた。

先ほどよりも少し焦っている様子で、額には汗が滲んでいる。

実は彼女は、某区間に突入してからずっとトイレに行きたかった。

もぞもぞと太ももをすり合わせながら返答を待つ。


「あのぉ……!」


 もう我慢の限界だ。 浅野の悲痛な ”お伺い” に周囲の乗客らは目頭を熱くする。

今回はこの女性が犠牲者か……誰もがそう思って、心の中で彼女へ祈りを捧げた。

すると、


「おい!」


 突然、男性客が浅野の肩を後ろから乱暴に捕んだ。

年齢は50~60代に思われる。

185cmはあるだろう筋肉質のその男性客は、苛立ちながら浅野を睨みつけた。


「アンタさ、便所に入るの? 入らないの? 誰も入っていないのに何を聞いてるんだ!?

ボサボサしてねぇで直ぐ決めろ! 俺はさっきからアンタが済ませるのを待ってんだよ!!」


 彼も浅野と同じく、この某区間でもトイレに行きたくなった。性質の悪い事に彼は下痢らしい。

水なしで飲める下痢止め薬の空箱を固く握りつぶしていた。


 「学生の続きしてんじゃねぇぞ! 入る気がねぇなら、どきやがれ! 人に迷惑かけんな、ゴラァッ!」



 男性客は浅野を力強く突き飛ばした。 トイレを我慢する為に脚をよじっていた浅野は体制を崩し尻もちをつく。

周囲の乗客らは、男性が恐ろしくて浅野を助けようとしなかったが、代わりにコソコソと乗客同士で耳打ちした。 

「あの人は慣習ルールを知らないのかしら」との声も聞こえる。 

 浅野は突き飛ばされた衝撃で尿を少し漏らしていた。 

普通なら恥ずかしさに泣くところだが、今の彼女は恥ずかしさよりも自分を突き飛ばした男性客を助けたい気持ちで一杯だった。


「待ってください! この区間を通過している間にトイレを使用するには ”お伺い” しなければ大変な事になります!」

「ああぁっ!?」


 トイレのノブに手をかけていた男性客が疎まし気に浅野を睨みつける。


「うるせぇ女だな。 どうせ漏らしてんだから、そこの角でしゃがん出しちまえよ」


 浅野のストッキングは足首まで濡れていた。

酷い言葉で彼女を侮辱する男性客だが、それでも浅野は止めるのに必死だ。



「お願いですから、慣習ルールを守ってください! 大変な事が起きるんですよ!」



 ところが男性客は、握り拳を浅野の顔面に見せつけた。

どうやら、慣習ルールを知らないか信じていないらしい。


「お前は馬鹿か? ぶん殴られたいか?」


 浅野も、周囲の乗客らもさすがに黙ってその場から離れた。


「フン、馬鹿野郎が」


 男性客は鼻を鳴らしてトイレに入った。

しかしその後、いくら待っても出てくる様子がないので、浅野は駅に到着してすぐに車掌へ知らせた。

車掌は「関わりたくないんだよね」と独り言をつぶやくと、駅長と一緒にトイレを開け、男の姿が無い事を確認した。

 この日、某区間の線路上には無数のカラスが群がって、まるで黒い帯のようになっていた。

なぜなら、この区間上に骨や肉の断片が散在していたからだ。

近隣住民から連絡を受けた警察が現場に到着した頃には、全て食い尽くされて綺麗な線路に戻っていた。

では、男性客はどこへ消えてしまったのだろうか?

身内から捜索願が出されたが、今も手掛かりは見つからない。



 さて、今日もまたトイレに入りたい乗客は ”お伺い” をする。


「あの……お尋ねします。 トイレを『使いたい』ですか?」



<終>


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