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怖くない怪談話 短編集  作者: 祭月風鈴
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第11話 因果応報

 因果応報……善き行いをすれば良い報いが、悪き行いをすれば悪しき報いが起こるという諺。 今回は、悪き行いをした者がまさにすぐ悪い報いを受けるというお話し。


***


 離れて暮らす家族に迫る死期を前に、どうする事も覚悟する事さえも出来ず、ただただ深い哀しみに打ち萎れる中、昼過ぎの職場に一本の電話が入った。彼女はすぐに察した。


『もしや義父が……』


 庶務が彼女へ電話を取り次ぐ。

彼女はしばらく無言で頷いていたが、目を赤く滲ませ受話器を置いた。

心配そうに見守る庶務の気遣いに彼女は会釈をすると、震える足で上司の元へ行った。義父の死期を判断した担当医が、義母へ家族を呼ぶよう伝えたのだ。電話の向こうで義母は泣き崩れていた。3日間の有給休暇を許可された彼女は、同僚へ事情を話し不在中の業務引き継ぎを済ませると着の身着のまま義父が入院する病院へ向かった。電車を乗り継いで4時間の道のり。単身赴任の夫とは到着駅で待ち合わせた。

 4日目の朝、業務開始1時間前に彼女は出社した。

手土産を持って関係者へ挨拶廻りをする為だ。表情は打って変わり晴れ晴れしている。なぜなら昨日の昼過ぎ、危篤状態だった義父が奇跡的に回復したのだ。担当医はあまりの驚きと喜びに何度も何度も祝福の言葉を述べていた。彼女だけその日のうちに帰路へ着き、翌朝仕事場へ向かった。

ちょうど山場を向かえていて、緊急でなければ休暇を取れない状況だったのだ。


 「はい、まず有り得ない回復だと担当医がおっしゃってました」


 彼女は嬉し泣きで顔を紅く染めながら、上司と部署の全員へお詫びと共に近況を伝えた。一通り挨拶を済まして席へ戻ると、隣には同僚ではなく見知らぬ女性社員が働いていた。


「今日から1週間だけ代理で入りました。よろしくお願いいたします」

「あ、はい。こちらこそ……」


 彼女は状況を飲み込めずに戸惑う。

さて代理人はとてもおしゃべりな人だった。


「ねぇ、聞いてます?あの人の事」

「……はい?」

「あなたの同僚よぉ! 酷いのよ、あの人ぉ」

「……え?何か?」


 悪口が嫌いな彼女が眉間にシワを寄せると、代理人は耳元で囁いた。


「あの人ね、あなたが義理のお父さんの事で急に3日間休んだのをボロクソ言ってたのよ。

『義父くらいで休むなんて自分勝手だ。実の親でないのだからそこまでする必要が無いのにどうかしている。単にサボりたいだけなんじゃないの?常識外れもいいところよ。最悪な人だね』

って。あなたが帰宅した直後から言い出したんだけど……そしたらね~」

「そしたら……?」


 代理人の話しにショックを受けていた彼女は、次の言葉に複雑な思いに駆られる。


「昨日のお昼頃ね、あの人が一番大好きだった従姉妹が急に亡くなったの。

小さい頃からとってもとっても仲が良かったらしくてね。それがねぇ、笑っちゃうのよ! 家からの電話があった後にね、今度は自分がワンワン泣いてるのよぉ。あれだけあなたの事を言っておいてねー、酷いもんだね~。

でもだからってねぇ、1週間も休む人っている? ホンッと、あなたの事を言えないわよね~。

”天罰”が当たったんじゃないかって皆で言ってたのよぉ」


代理人は意地悪っぽく笑った。

 一週間後、同僚は職場へ戻ってきた。

同僚の泣き過ぎて赤く腫らした目がどれほど哀しいものかを彼女の心を突き刺さすほど伝えていた。しかし周囲の目は、彼女が同僚に対してどんな反応を示すか興味津々だ。嫌らしいことこの上なく、2人が喧嘩になるだろうと楽しみにしている気持ちが見え隠れしていた。ところが、彼女が特に怒る事も毛嫌いする事もなく、少しの間いたわった後、いつものように業務を遂行したので、周囲は面白くなさそうな溜め息をついた。

平静を装ってはいたが彼女は周囲の反応を敏感に察し、奥底で暗い思いを閉じ込めていた。争い事が苦手だった彼女は、いつものように業務を遂行し、淡々とその日を過ごした。だがその後、彼女は身に覚えの無い罪を着せえられる。


*


 ある日、彼女は同僚から泥棒遭いされた。

突然の事にポカンとしたが、全く身に覚えがない。

驚いて目を白黒させていると同僚は激しく彼女を責め立てた。


「あなたが私のポーチを盗んだって分かってるのよ! あれを手に入れるが大変だって知っていて盗ったでしょ! あなたって本当に最低ね。どこへ隠したのよ!冗談じゃない!」

「……あたし盗んでないけど? あなたの物、触りもしないし。 第一、なんでそんな事言うのか理解できない」

「白々しい。この別室での仕事が始まってから無くなったのよ! あなたと私しかいないんだから、盗るのはあなたしかいないでしょ!? だいたいあなたは偽善者だから、そうやって私に嘘をつくんでしょ」


 更に、彼女が自分に対して嫌がらせをしていると決めつけ、散々酷過ぎる言葉を吐き続けた。そして、次の一言が彼女を愕然とさせた。


「誤解しない為に言ってあげるけど、仕事だから、私はあなたと普通に話しをしてるのだけなの。 笑顔だからって勘違いしないでよ」


 彼女は、同僚と二人三脚で互いに協力しあってきたと思っていた。

それだけに彼女の心境は計り知れないほど傷ついた。

だが、同僚は更に彼女へ追い討ちを掛ける。


「それから私の電話番号、今すぐ削除してくれない? あなたが私の番号を登録してること事態、凄く嫌なのよ。私はもう、あなたのは削除してあるから」


 頭の中が真っ白になる中、彼女はそれでもなんとか同僚へ言い返した。


「あたしはあなたの物を盗んでいないから。盗む理由もないし。

それに、この部屋は他の部署と共有だし、たまたま今は私達だけだけど、たいてい誰かがいるじゃない……濡れ衣も甚だしいよ!」


 同僚は彼女の言葉を鼻先であしらい、彼女を『悪』と決めつけたまま言った。


「あなたが私に嫌がらせしているのを知らないとでも思ってるの? あなたが義理のお父さんの事で私に ”逆恨み”しているくせに」

「逆恨み?」


 同僚の言葉に彼女の心がプツッと切れ、今まで自分でさえも聞いた事のない太い声が喉の奥から出た。怒鳴りたい気持ちを押さえている為かもしれない。


「じゃぁ、あなたに最初で最後の忠告をしてあげる……。

他人に心無い酷い事をすれば、必ずその報いが自分自身に返ってくるものだから、あなた……自分の考え方を改めなさいよ」


 同僚は彼女の言葉を鼻で笑い、「それはあなた自身の事でしょ?」と切り捨てた。


 1年後、彼女は出産を機会に退職した。

仕事との両立よりも育児に専念する時間を優先したかった。

やがて彼女は3人目を授かり、臨月間近のお腹を抱えてやんちゃな2人の子供に手を焼いていた。


「ねぇ……なんだか変な電話なんだけど、代わってくれるかい?会社の人だって言うんだけど、泣きながら話しているから何言ってるかわからないんだよ」


 祖母が固定電話の子機を持ってきた。

彼女は首を傾げながら受け取ると受話器に耳を当てた。

しばらく無言で聞いていた彼女だったが


「電話番号、間違えてませんか?」


 と一言言ってそのまま切った。


「誰だったんだい?」

「さあ?」


 電話の相手は元同僚だった。 

どうやらここ数年、彼女の知らぬ所でいろいろ手酷い天罰が当たり続けているらしい。

助けを求めて電話してきたと分かったが、彼女には何も関係の無い事だ。



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