あーまーちゃん
私の名前はエリザベス・フォン・グラッセ。
聖都イシュタルパークから馬車で数日ほど南下したところにある、ごくごく小さな領地を治めるサラリーマン貴族の家の子です。
私にはひとつだけ悩みがあります。
みんなは私のことをエリザベスと呼ばずに、ミス・アーマー、あーまーちゃんと呼ぶのです。
その理由は…。
幼いころ、屋敷の片隅にあった納屋で遊んでいた際、埃をかぶっていたフルプレートヘルムを興味本位でかぶったのが運の尽き。ぴかっ!とまぶしい光に包まれた後、漆黒のヘルムと私は一体化したのでした。
カース属性のそれはどんなにもがいても脱げず、腕の良い防具職人や、はたまた力自慢の方まで総動員しても…ヘルムと私は分離されることはなく、おはようからおやすみまで、いや、お風呂も夢の中も私とヘルムは一心同体。
もしも、時をさかのぼれる魔法が存在するのなら…あの時、無骨なヘルムを見て一瞬でもかっこいいと思った私を引きとめるのに使うのでしょう。
外に出るのは嫌なのですが、勉強だけはしなさいと言われしぶしぶ屋敷を出たところで…。
村の悪ガキ共が私の目の前に立ちふさがります。
「あーまーちゃんだ!よろいがうつるぞ!にげろやにげろ!」
のろいとよろいがかかった高度なオヤジギャグです。たぶん彼の保護者が言ってたのでしょう。
彼らは私を散々馬鹿にした後、その辺で拾ってきた棒切れでヘルムをガンガンと叩くのです。
無駄に高性能なこのヘルムはどんな攻撃にもびくともせず、加えて叩かれても中には一切響きません。
その防御効果は全身に及び、投げつけられた石はほぼ十割の確率で投げた相手に跳ね返ります。
さすがのろいのよろい。
お屋敷には三日に一度くらいのペースで、私に怪我をさせられたといってその子の親が怒鳴り込んできます。
聖都からの通達で、最近少しだけ税率を上げたのも影響しているのかもしれません。いわゆる逆切れでしょうか。
逆切れが高じて無謀にも私に切りかかった子供の父親は、跳ね返った剣で着ていた服をまっぷたつにされ、全裸で逃げ帰りました。
道端で私を見つけ、息子の仇!と足蹴にしようとした人は振り上げた足がもつれてそのまま後ろに倒れ、いつのまにか積んであった肥料の山に頭からつっこみました。
さすがに気味が悪いと思ったのかついに両親からも見放され、十歳になると半ば強制的に修道院に入れられました。
お屋敷から馬車に揺られ、深い森をいくつも抜けてたどり着いた先にあったのは、半分ほど朽ちた…教会でした。
私を見た中年の小太りシスターは咄嗟に神に祈り始め、話が出来たのはその日の遅い時間になってから。
翌日、皆の前で紹介された私は、鋼鉄の修道女というありがたくないあだ名をもらい、家の事情で修道院に押し込められた貧乏貴族の子達から嫌がらせを受けるようになりました。
「アイアンシスターさん、ちゃんと前が見えてますの?」とわざとぶつかってくる子や、水の入ったバケツを落とされたりと…。
私にぶつかった子は修道服が一瞬でびりびりに破れ、教会に祈りを捧げにきていた村の人たちに貧相な体をさらすことになり、バケツを落とした子は、跳ね返ったバケツで頭に大きなコブを作ったり。
神の家であろうと、のろいのちからは衰えるどころか、ますますパワーアップをしたようです。
ある晩、教会の鐘楼の掃除を命じられて登ったものの、脆くなっていた手すりもろとも地面に落下。結果的に地面に大きな穴が開いただけで、かすり傷ひとつ負いませんでした。
そのとき、運悪く下を通りかかった盗賊の一団を衝撃波で壊滅させましたが、単なる事故です。
盗賊団にかけられていた報奨金が教会に振り込まれ、おいしいものが食べられるようになりましたが、だれも私の仕業だとは思っていないようです。
去年の冬、村長さんの家が火事になり…気がつくと私は火の中に飛び込んでいました。今でもあんな無茶をした理由はわかりませんが、取り残されていた子供はみんな無事でした。
子供たちには口止めをしたのですが、子供の絶対は全く当てにならないですね。黒騎士さまが現れたとうわさ話が流れましたが気にしないことに。
季節は移り変わり、修道院に来て三年ほどたったある日。
「りんごーん りんごーん」
この世の終わりを告げる鐘が数回鳴り響き、空から恐怖の大魔王(半裸の変態おじさん)が降りてきました。
「ふはははははははh!」
それが放った黒い玉は近くにあった岩山を吹き飛ばし、その先にあった荒地をちいさな湖に変えました。あの山は山賊の徘徊する交通の難所でしたので皆が邪魔だといってましたし、おまけに作物の育たない荒地が巨大なため池に変わり、最近水不足に悩んでいた農家の喜ぶ顔が見えそうです。
「われはきょうふのだいおう!このつまらないせかいをほろぼすためにやってきた!」
世界を滅ぼせる力を持つという変態が、どうしてこんな辺鄙な村を襲ったのかはわかりません。まぁ変態ですし。
その変態はいけにえを差し出せば一人につき十日だけ、世界を滅ぼすのを待ってくれるといいます。
たぶん嘘です。彼は戯れに人を試したのです。
村のはずれにある集会場に村人全員が集まり、緊急会議となりました。世界の危機だというのに村レベルで集会というのもおかしな話ですが、聖都に救援を求めようと進言しても私のようなのろわれ子のいうことなど誰も聞きません。
集会場に集まった人の中に老人や孤児院子を差し出せとわめくおろか者もいましたが、どこかのだれかに速攻で沈黙させられました。
うっかり手が滑ったのです。私の。
殴った勢いで外に飛び出した私は、空に浮かぶ変態に呼びかけます。
「大魔王よ、わたしが一人目のいけにえだ。煮るなり焼くなり好きにするがいい!」
皆がいる集会場からなるべく距離をとり、変態を挑発します。
大魔王はいやらしい笑みを浮かべると、特大の火の玉を用意して私にめがけて投げつけました。
私が犠牲になれば、だれかひとりはすくわれる。なぜそう思ったのか…。
火の玉は私の目の前で霧のように消えました。
大魔王からいやらしい笑みが消え、怒り狂ったように魔力の渦を私にぶつけます。
私には平原に吹くそよ風ほどにしか感じられませんでしたが、私の周りを残してあたり一面が消し飛んでしまいました。
村の人は全員集会場にいるので人的被害はないはずです。吹き飛んだ教会は建て直すいい口実になるでしょう。
「き…きさま!もしかして光の戦士か!」
私を見つめる変態の目が、くわっ!と見開かれました。
「いいえ、私はあーまーちゃん。のろいのよろいに魅入られた、ただの女の子」
気がつくと、手には一振りの豪華な金色の大太刀が握られていました。
それは水鳥の羽のように軽く、その力は一振りで地面を割るほど。
どこから飛ばされてきたのか、地面に刺ささった大きな姿見を見た私は驚きました。
その姿見には、黄金色に輝く全身よろいを纏った私自身が映っていたのですから。
ついにのろいの力が全身に及んだのでしょうか…。
「あれだけ大口を叩いた大魔王のくせに、私ののろいすら破壊できないなんて!」
気がつくと私は空高く飛び上がり、大魔王を袈裟懸けに斬るつもりで大太刀を一閃!。
光の牙が変態を飲み込み、何故か腰布だけが真っ二つに切り裂かれた大魔王は断末魔と共にどこかに飛ばされます。
あまり見たくないものがご開帳され、まばゆい光があたりを埋め尽くし、私の意識はそこで途切れたのでした。
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「あーまーちゃん!」
せっかく気持ちよく寝ている私を、誰かがゆさぶります。
「うーん…」
今度は私の顔をぺたぺたと触る…さわる?
「な…ない!のろいのヘルムが!」
がばっ!と起き上がると、目の前に五歳くらいの女の子が。よく見ると背中に羽が生えています。誰なのでしょう。
ついでに周囲を見渡すと、私は村の広場に倒れていたらしく、ばらばらになってしまっていた村の建物が全部きれいに直っていました。
「あーまーちゃん。ありがとう!あなたのおかげでにっくき魔王を退けられたわ」
「どういうこと?」
「ええっとですね…今から大体千年位前に…」
「よろいのおねーちゃーーーん!どこーーーー」
村の子供達の声がだんだん近くに…。
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あの時、私の目の前に現れた羽の生えた少女。彼女はよろいの精霊と名乗っていましたが、そのまま修道院になじんで、今では私の妹分として活躍しています。ちなみにだれも羽の事は言わないのですが…。
ヘルムの力はのろいではなく、よろいが見初めた者がそれを身に纏える時まで守るための力だったと聞かされたときは、脱力して一日寝込みました。
事件から一週間ほど過ぎたころ、大勢の騎士がやってきました。
大魔王が暴れていた際、遠く離れた聖都からもその様子が見えたというのです。
しかし、村は平和そのもの。村人の説明を聞いても騎士の反応はいまひとつ悪かったです。
そして…やっとヘルムから開放された私は、あまり変わらない生活を送っていました。
初めて素顔を見た村の人たちの反応は…。想像と違っていたのか、皆一様に固まって…その日を境にいやがらせはぱったりと無くなりましたが、今度はやたらとつきまとう女の子が。
私にくっついていてもいいことはないでしょうに。
もうひとつ変わった事と言えば、私が望めばいつでも光り輝く黄金騎士の姿になれる事くらい。
無敵の黄金騎士に変身して、村を荒らす魔獣や盗賊団をしばき倒しては報奨金をもらい、孤児院に寄付をする日々を送っています。もちろん自分の住む修道院にも。
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よろいの精霊の言う、千年続いていたという黄金騎士と魔王の戦いは、魔王の封印という形で一旦終わりました。
いつ何時、第二、第三の魔王が現れてもおかしくありません。そのときにはまた語るとしましょう。
私の名前はエリザベス・フォン・グラッセ。
皆は私のことを、親しみをこめて「あーまーちゃん」と呼びます。