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なびドットコム

作者: きら☆

 近野こんの千速ちはや――次世代を担う高校三年生。容姿端麗、妖艶ようえん美貌びぼうのため男子たちの視線は誘蛾灯ゆうがとうに近付く虫の如く、半自動的に千速に集まってしまう。スーパーモデルとも甲乙付け難い肢体。しかし全人類共通の抜群過ぎる美貌を持つ千速を嫉視する輩も現れる。男子たちからは寵愛なる精神を以て優遇を受けつつも、その反面女子たちからの嫌がらせが執拗に行われていた。そう、千速の余りある美貌……これは罪なのだろうか?

 困難らしい困難にも相見えた経験もない深窓令嬢の千速にとっては、女子からの嗜虐的行為は身体面よりも精神面の衝撃が大きかった。季節が移り変わるごとにエスカレートしていくいやがらせ。それに凌げるほど千速の精神は強く出来ていない。

 懊悩おうのうし続けた挙げ句、千速はある決心をした。

 死のう。

 結論を導き出してからの千速の行動は迅速だった。夢遊病患者のようにふらつく足取りで淡々と屋上に向かい、フェンス越しに下界を俯瞰した。真下はアスファルト。高さも申し分ない。即死は免れないだろう。

「もう、疲れたよ」

 呟いた千速の表情かおはもう生気を失い、死人と差異がない。

 千速は緩慢な動きでフェンスをよじ登る。

 あと一歩踏み出せば、全てが終わる。イジメも何もかも。

 人生も。

 夢も。

 全部、終わる。

 それなのに、その一歩が踏み出せない。

「近野先輩……? なにしてるの?」

 逡巡する千速に男の低い声を捉え、心臓が破裂する錯覚を覚えたほど鼓動が高鳴った。いや、むしろそのまま破裂してしまえば一思いにこの世と決別することが出来たのに――千速は渋面を作りつつ、声が聞こえた方向に振り向く。

 見たことのない顔だ。見た上では2年生ぐらいだろうか? 中性的な顔立ちをした心優しそうな男子生徒だ。服装が詰め襟ではなく、ブレザーとスカートならば女としても通用するだろう。

「……ただ、眺めていただけ」

「それじゃあ、僕と同じですね」

 軽やかな足取りで近付いてくる少年は手慣れた動きでフェンスをよじ登ると、千速の隣に腰掛けた。その一連の身のこなしようは一朝一夕で習得できる業とは思えない。おそらく彼はこうして「純粋に景色を見に来る」常習犯なのだろう。

「……わたしの名前、なんで知っているの?」

「近野先輩は僕たち2年生の中では有名人ですよ。校内一美人って。いやー、僕は幸せ者ですよ。近野センパイと夕日を眺められるなんて」

「……そう、なんだ」

 どうやら自分は意外にも有名人らしい――千速は無意識的に笑みを湛えていた。

「あはは」

「なにがおかしいんですか?」

「別に!」

 不思議と気持ちが昂揚してきている。さっきまでうじうじ悩み悶えていた自分がバカらしく思えてきた。

 今なら、何でもできる。

「ねぇ、キミ!」

 千速は身体をずりずりと移動させ、少年と密着した。

「わたしと付き合おうよ」


 ☆


「………」

「ね、おもしろいでしょ? 我ながら自分の文才にほれぼれしちゃうよー。さぁ、もういいよね? 忌憚きたんのない感想を訊かせてちょうだい」

 そう呟いたのはロッキングチェアにもたれ掛かり椅子を揺らすという高校三年生とは思えぬ幼稚的な行動を堪能している近野千速であった。双眼までべったり落ちた前髪の眼鏡の更に奥で瞳を輝かせ、向かい合う青年の返事を待っていた。

 近野千速――人生の岐路きろまっ最中にいる文芸部部長の悲愴ひそうな高校三年生。自ら散髪したという髪は個性的な形で纏まっており、前髪に到っては鼻先にまで触れている。総合的かつ客観的に千速の容貌を評価するならば、近寄りがたい存在だ。しかし社交的な性格から老若男女問わず交友の幅は広い。

「…………」

 千速とは違った固定式教室用椅子に非の打ち所無い姿勢で座る青年は、思考の読めない表情で綴じられたA4冊子をパラパラとめくり、近野千速著「タイトル未定」を速読していた。

 精悍せいかんな顔立ちをしている好青年は2年生。級友の女子に数回愛の告白をされた経験を持つ猛者だが、有無を言わせない力強い眼光と無愛想な性格が仇となり、友達と呼べる友達がいない。受けた告白も無情に切り捨て、彼女も不在。

「近野先輩」

「なになに?」

「何故、自身を主人公にしているのですか?」

 千速は胸腔きょうこう部位に突起物が突き刺され、肉をえぐり取られる感覚を覚えた。自分を何故主人公にしたか? そんなのは決まっている。

 ――現実逃避!

 校内屈指の無神経で知れ渡る千速も先輩の威厳が降下することを恐れ、声には出せず終い。

「あれだよ……感情移入しやすい、からかな?」

 本音に代わって出てきた台詞はまことしやかに美化された台詞。それでも心の内では本音高らかに宣言し、不敵な笑みで少年を見据える。

 その笑みをどう捉えたか、青年は声音を変えず淡々と言葉を吐き出した。

「架空の自分を主人公にすれば、その分現実とのギャップに気が滅入りますよ」

「……はぁ」

「読んでいて痛々しく思えました。これでは読み手側を辟易させる小説です」

「…………はぁ」

「それに物語の展開が単調過ぎます。一部のニーズには反響を受けると思いますが、この手の設定は男子には忌避きひされる場合が多いですよ」

「…………もうちょっと、こう、差し当たりのない台詞で、それとなく示してほしかったりするわたしなんですよ……」

「その他にも、基本的な語彙力ごいりょくの不足、読解不能の文字、意味をはき違えている単語、それに――」

「で、でもさ! 最終的にはうまく纏まっているでしょ? たぶん全作品中でこれほどうまく書けた小説はないよー」

 その台詞は本気だ。千速は今まで創作した物語の中では会心の出来だと確信していた。

 ちなみに千速が書いた小説は全十作。さらなる子細を述べるならば合計原稿用紙1000枚以上にのぼる。

「確かに、最後の展開は意表を突かれました」

「でしょでしょ! いやー、文才が無くともそこら辺はわたしの構成力で補っているんだよー」

「僕は誉めたつもりはありません。暴走ストーリ展開に意表を突かれただけです。脈絡のない構成の上、残り数行で新たな人物が登場するなんて誰も予想できませんよ。しかも理由も記さず、突如出てきた男と駆け落ち。近野センパイは何を書きたいのですか?」

「……えーっと……ハッピーエンドで終わる感動ドラマティック恋愛物語……かな?」

 思いも寄らぬ辛辣な指摘に千速は声を濁さずにはいられなかった。

「……これでは受賞以前の問題です。原稿用紙を破られたって文句は言えませんよ」

「うっ……そこまでヒドかったかな?」

「無料で配布したとしても、僕は受け取りません」

 容赦ない言葉に意気消沈する千速。

「わたしってさ……あれなんだよ。誉められて伸びるタイプ、みたいな? あはは……」

 贖罪しょくざいの笑顔を見せる千速を、少年は感情の読めぬ瞳で威圧するように見据え、携えるA4用紙を机上に放り投げた。そして椅子下の鞄からハードカバーを取り出し、読み老け始めた。千速の存在など彼の視界から意識的に遮断されていることだろう。

 そんな無節操な少年の装いに千速は嘆息し、ロッキングチェアと共に文芸部員以外使用厳禁ロッカーに移動する。収納力には期待出来そうにないロッカー内部には、千速――いや、文芸部存続に関わる重要な備品が保管されているのだ。

「やっぱ、文芸部たるもの執筆用具がないとねー」

 ロッカーに保管されている物――旧型ワープロ5台と無地のA4判横用紙が見積もって千枚。もちろん千速のいう執筆用具とはワープロのことである。

 千速はワープロ一台を膝の上に置き、再びロッキングチェアごと移動をし、矩形の机を隔て向かい合うような位置につけた。

「気を取り直してと……うん……まず、主人公設定を考えなくちゃね」



 近野千速、誕生日を迎えたばかりの今をゆく十八歳。

 将来の夢は小説家。

 文才は、無いに等しい。

 彼女が小説を書くようになったのは文芸部に入部してから。

 小説家を目指し始めた経緯は、小さなこと。

「ねぇ、タッちゃん」

 脳内麻薬の分泌を活性化させ物語の概要を思案する千速だが、ワープロ画面は一向に埋まる気配はない。やむを得なく作業を中断し、向かい合う少年に呼び掛けた。

「その呼び方はやめて下さい」

「だが、断るー。あ、うそ、ごめんね」

 気弱な少年少女ならは倒してしまいそうな凶悪な剣幕に千速は慌てて弁解した。普段は無感情を装っている少年だが、名前を貶されると怒りをあらわにするちょっとした厄介者である。

 もちろん、千速に少年を貶したつもりはない。ただ注意力が緩慢なだけだ。

 千速は咳払いで誤魔化し、

「えー、拓海たくみくん」

 少年――拓海の名を呼んだ。

「前々から訊こうと思ってたけど、拓海くんは小説書かないの?」

「去年は一度、書きました」

「それって……文芸部発行の校内雑誌のこと?」

「ええ」

「そうじゃなくてさ……あれだよ。個人的に賞を応募するとか、しないの?」

 千速が小さく呟くと、拓海はクスリと表情かおほころばせた。めずらしい。

「物書きで食べていけるほど、僕には文才がありません」

 その台詞は皮肉だろうか?

 千速は知っている。拓海は類い希なる才能に恵まれていることを。

 去年、校内で校内雑誌を発刊する際、千速ひとりでは規定の枚数に届かず、拓海に応援を頼んだときのことだ。その時に拓海は秘めたる才能をの片鱗をあらわにした。

 ワープロと睨み合うと同時に拓海の表情は豹変。鬼気迫るものがあった。躊躇が見られないタイピング、魔法のように文字で画面が埋め尽くされる。その経過を覗いていた千速は感嘆のあまり、呆然と言葉を失った。

 完成された物語は原稿用紙百枚分の陳腐な恋愛物語。拓海が意図的に題材を恋愛にしたのではなく、千速に渡されたプロット紛いのたかだかB5用紙半分の構成を忠実に再現したのだ。

 次元が違う。率直にそう思った。

 ストーリーの薄さを補う文脈、言い回し、人物たちの感情表現。全てが千速を上回っている――いや、一介の高校生の実力を超越している。

 毎年百部のみ印刷の校内雑誌が初めて増刷という偉業を達成したのも全て拓海の働きがあったからだ。女子生徒からの反響は尋常ではなく、男子からの反響も「男でも読める恋愛小説」として上々。もちろんのことながら校内雑誌には千速の書いた文面も記載されていたはずなのだが、それについては誰一人触れなかった。けなされるよりかは幾分マシだろう。

 こんなことから、千速は完成された実力を持つ拓海が小説を書かない理由を前々から疑問に思っていた。

「そんなことないよ! だって去年の校内雑誌、拓海くんの書いた物語。すごい人気だったじゃん」

「あれは『素人にしては上手い』程度の批評ですよ。書店に並べられ、僕の素性を一切しらない人が立ち読みしたならば冒頭で元の位置に戻されます」

「必要以上に自分を……あれだよ、そう、卑下! 必要以上に自分を卑下しない!」

「聞きかじりの言葉を無闇やたらと使うのは自分の寡聞さを暴露しているようなものです。却って無知に見えますよ」

 口論では拓海が数十枚も上手だ。付け所のない正論のみを淡々と簡潔に述べてくる。小説を批評して貰うときは非常に助かるのだが、普段の他愛ない会話までもその饒舌が発揮されてしまうのが玉に傷。

「いいよ、別に……。わたしが学年随一のバカだってことなんてみんな知ってるよ……。千速が進級出来たのは裏金払っているからだー、って噂も蔓延しているからね……。拓海くんが課題を手伝ってくれなかったら、今頃のわたしは無職の子だったよ」

 拓海はこれ以上訊く必要性が無いと悟ったのか、千速のぼやきを黙殺し、ハードカバーに視線を落とした。

「小説を書かず、ハードカバーを読みふけるのに日を費やす拓海くんに問おう。なにゆえキミはこの文芸部に入部したのかね?」

「入学当時、僕は昇降口にひとりいるところを近野先輩に拉致同然の行いで半強制的に部室まで引き連れられた挙げ句、入部してくれと哀願もとい泣き脅しされたのが全てです。少なくとも自発的な入部ではありません」

「……そぉだっけ?」

 表情を崩しながらも、千速は拓海入部の一部始終を明確に記憶していた。

 一年前――当時の文芸部部員数は千速ひとり。元々顧問も部費も無かった同好会同然の部活だったので、ひとりでも部員がいる限りは廃部にならない。そのことから千速は積極的な部員募集もする気もそれほどなかった。

 しかし放課後の部室で女一人というのはあまりにも面白味に欠けるシチュエーション。一人きりの部室で千速は自分のむなしさに気付いてしまった。ああ、このままでは残り2年足らずの高校生活を一人で過ごすこととなる。それはあまりにも惨め、寂しい。今の現状を打開しなければ。卒業式で「あれ、千速ってひとりでなにやってたの?」と級友に訊ねられてしまう。そして全てを知った級友はこう言うに違いない。「……そんな高校生活もありだよ」。なんて惨め! 哀れ! そんな事態は回避するためには手段を選んではいられない!

 末期ともいえる被害妄想にとらわれた千速の行動は迅速だった。入学式を終えた新入生を昇降口で待ち伏せ、有望そうな人材がいれば有無を言わさず引き入れるつもりで張り込んでいた。

 中学生の初々しさを残す新入生達。千速は獲物を見定める猛禽類のような鋭い目つきでひとりたりとも見逃さず観察していく。

 その三百近くに登る生徒の中、千速が目を付けたのが拓海であった。

「近野先輩こそ何故、僕を入部させたんです?」

 過去を追憶していた千速は、拓海の呼び掛けにハッと現実に戻る。

「……わたしはねー、こう見えても人間を見定める鑑定眼を備え持っているの。拓海くんを見た瞬間ビビって電撃が全身に走ったね。この子はわたしの後継者にふさわしい! ってね」

 そう言い、千速は過去を再び振り返り始めた。

 ………

 ……

 …



 ぽかぽか。

 ふわふわ。

 ほのぼの。

 ゆらゆら。

 一年生の千速はいわゆる美少女にカテゴライズされる人間だった。センスを疑われる眼鏡も当時は未使用で、コンタクレンズを愛用していた。髪の手入れもそれなりにこだわりを持ち、ましてや自分で散髪するなどの奇行にも走っていない。

 千速は自分という人間が好きだった。

 適当に生きて、適当に遊んで、適当に結婚をして、適当に社会の波に揉まれる。

 文芸部に入部したのも友達の誘いが始まりだ。入部直後に誘ってきた張本人が退部してしまったのも今となっては笑い話だ。千速は笑って友達の退部を受け入れた。

 小説らしい小説を読んだことのない千速が最初の壁に衝突したのは、文芸部唯一の活動、校内雑誌発刊だった。文才は愚か、小説の書き方ひとつ解らない。そんな逆境の中、千速は先輩方の助言と適当に参考文献を読みあさり、どうにかそれっぽく見えるよう纏めて見せた。

 それが根本的なきっかけだったのだろう。

 それからの千速は暇があれば、物語の構成を組み立て、執筆して、職員室の印刷機を無断使用して、生徒たちに無料配布していた。しかしその時はまだ漠然と書いていただけ。小説家を目指すつもりは毛頭なかった。

 入学から一年が経ち、千速も二年生となった。

 文芸部の先輩たちは卒業をし、文芸部は千速ひとり。

「ちょいと、そこのキミ。文芸部に入らないかな?」

 人気が無くなり閑散とした昇降口。

 そこにハードカバーを脇に挟む中学生の面影を残す少年が外履きを取り出しているところに千速は声を掛けた。

「いやさー、いまの文芸部ってわたしひとりな訳なんだよー。寂しいのよ、寂寥の思い? 哀愁を漂わせる可憐な少女? まぁ、とりあえずそんな感じでさ、入部してみようよ。新しい道が開けるかもよー」

 少年は訝しげにこちらの様子を観察してくる。

「遠慮しておきます」

「ちょいと待ったぁ! 部員はわたしひとり。キミが入部をすればふたり。ほら、綺麗な先輩と部室でふたりっきり。男の子にとっては理想のシチュエーションだよ。ムーディー気分が味わえる可能性も無くはないけど、多分無いからあんまり期待しないでね」

「興味ないです」

「だから待ったぁ! あれだよ、えーっと、今ならわたしの新入部員歓迎会として、学食で好きな物奢ってあげるよ! 盛大にやろうね! って思ったけど、金銭面の都合上、高い物は遠慮してほしいです。ラーメンで我慢してね……け、けど、あそこのラーメンおいしいんだよ! 食堂のおばちゃんたちが培ってきた秘伝のスープがどうのこうので、すんごくおいしんだよ!」

「僕は帰ります」

「ダメ」

 一度決めたら成し遂げるまでやめない、それが千速だ。

 断固たる決意を持った千速には理屈も理論も通用しない。頑なに帰宅しようとする少年の腕を強引に絡め取り、部室まで拉致。無愛想な少年はさすがに辟易している。

「はい、ここにクラスと名前を記入してね」

 満面の笑みで入部届けを差し出す。

「……具体的に何をする部活なんですか?」

「小説を書く! 読む! それだけ! なんて素晴らしい部活だろうかー。春を2回迎えるころにはキミは部長だ。進学するなら有利だぞー。偏差値アップだ」

「……帰ります」

 出入り口たる扉に向かう少年を千速は俊敏な動きで先回りし、扉の前に立ち塞がる。

「ここは先輩の顔を立てるつもりで入部しようよー。青春の非合理的活用は勿体ない。限りある時間を有意義に過ごすためには文芸部に入るべきなのだよ!。あーゆーおーけ?」

 それから三時間の口論の末、先に折れたのは少年だった。筋を通して啖呵を切る少年に対し、千速は脈絡も何もない、めちゃくちゃな論理を説いていたのだ。根気の強さが千速最大の勝因である。

 渋々といった表情で少年は入部届を記入し、

「さようなら」

 と、最低限の挨拶をすませ、颯爽と部室から出て行った。

 千速は記入された入部届を手に取り、ざっと目を通す。

「拓海くん……ね。良い名前だなー」

 誰もいない部室で千速はひとり呟いた。

 それから半年の歳月が過ぎた頃。

 文芸部、唯一の活動が間近に迫っていた。

 校内雑誌発刊である。

「拓海くん! お願いします! なんでもいいので小説じみた物を原稿用紙百枚分書いて下さい!」

 文才とは無縁の千速にとっては校内雑誌発刊は不可能に近い。去年は五人の先輩と分担したので千速に嫁せられた部位はわずか原稿用紙十枚。それでも千速は苦しみ抜き、先輩たちの助演と二ヶ月の時を要して完成させることができたのだ。

 規定枚数は100枚以上。たけしの挑戦状をクリアする方が容易に思える。

「何故ですか?」

 そもそも拓海には校内雑誌発刊の件については一切説明をしていなかった。そのような余計に面倒な活動があると知れば、拓海が退部する可能性をかんがみて言え出せずにいたのだ。しかし追い詰められた千速に背に腹は代えられない。

 校内雑誌の歴史について少年に説明をする。

「……ということで、書いて欲しいんだな……」

「何でもいい、と言われると僕も書きにくいです。物語の概要ぐらいは近野先輩が考えて下さい」

 一刀両断で拒絶されると予想していた千速は拓海の快諾に動揺を隠せない。

 気紛れでも嬉しい。

 千速は注文通りに拓海に書いてもらう物語のプロットらしき物を即興で作りあげた。


 舞台    どっかの私立高等学校

 主人公   高校二年生の美少年

 ヒロイン  主人公を心の中で慕う後輩


「……解りました」

 わずか三分で仕上げられた物語。拓海は何か言いたげに千速をしばらく見詰め、結局は何も言い出せず、溜め息を吐き出した。

 たった三行の概要。

 それを想像力の働く限り膨らませ、膨らませ、拓海は淡々とワープロ画面を文字で埋めていく。迷いのないタイピングは今でも千速の網膜に焼き付いている。時折、悩む動作も見せたが、しばらく経つと再び魔法のようなタイピングでキーボードを叩く。もしかすると彼は悩んでいたのではなく、ただ休憩していただけかもしれない。

 一方の千速もただ呆然と覗いていたわけではない。千速にも原稿用紙十枚分のショートストーリを作る役割を担っていた。拓海に感化され、俄然やる気も溢れ出す。

 しかし止めどなく溢れるやる気も実力の足しにはならない。

 見る見る内に物語を進めていく拓海。

 二百文字埋めた時点で苦悶する千速。

「あのー、拓海くん?」

「なんです?」

「どうやったら、拓海くんみたいに滞りなく文章が書けるのかな……? コツとかあるの? やっぱり、才能とか?」

「……僕に文才なんてありませんよ」

 その瞬間ときの拓海の表情はいつになく大人びた雰囲気を醸し出していた。無機質な表情に哀愁を漂わせている。

 ちょっとだけ千速は胸の鼓動が高鳴った。

 ――格好良い……。

「……拓海く――」

「出来ましたよ。近野先輩」

「えっ……?」

「小説の完成です」

 完成した小説は注文した原稿用紙百枚の規定を超え、百十枚に達していた。それが素晴らしい出来だったのは言うまでもない。

 読み終わったころ、千速は涙を流していた。

 ――わたしもこんな小説が書きたい――

 きっかけは文芸部。

 スイッチは拓海。

 小説家の卵、近野千速の誕生である。

 ………

 ……

 …



 気付けば千速は小説に没頭する日々を送っていた。使い捨てコンタクトレンズも面倒になり、幼き時代に使用していた眼鏡に変え、おしゃれにも無頓着になった。ここ一年は服も未購入、美容院にも行っていない。男子からの視線も恋人対象ではなく、良い友達に格下げされた。

 拓海も拓海で千速の急激な容貌の変化に、一縷の興味も示さない。

「近野先輩は何故小説家を目指しているんですか?」

「ふっふーん。知りたい? 知りたい? しょうがないなぁ、教えてあげようではないか」

 拓海が文芸部に入り、二度目の夏を迎えていた。彼も当初に比べれば格段に口数が多くなっている。やはり、先輩としての威厳ある行動が拓海の性格に影響をあたえたのだろうか。

 千速は陽気な考えで脳内を満たし、拓海の眼前へと移動する。

「超えたい人がいるの」

 嘘偽り、着飾りもない真実の言葉だ。

 拓海よりも多くの人を感動させる小説を書きたい。

 ひとりでも多くの人に幸せになって貰いたい。

 その為には拓海を超えなければならない。

 無理かもしれない。不可能かもしれない。

 現実逃避と言われても良い。バカだと貶されても良い。



「わたしは、小説家になるのだ!」

 私は一体どこでミスを起こしたのか? コメディ要素無の生真面目な文章を書こうとしていたはずだ。なのに何故こうなってしまったのか? おそらく私の脳がラヴコメしか書けないように構築されているのだろう。泣きそうです(笑)

 半年ほど小説を書いているが今だ「あらすじ」の書き方が把握できていません(笑)

 今回、「なびドットコム」を書くにあたって、私はテキストエディタを使いました。いやー、使い勝手の良さにびっくり。ただそれだけです。すみません。なんのひねりもありません。


 どうでもいいですが、本文に出てくる「たけしの挑戦状」は初代ファミコンゲームのことです。私にはクリア出来ません(笑)



 では、失礼しました。

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