Ⅰ
4月27日
4月も終わりに近づいている。
窓がない生活にも慣れてきた。
週末は外に出られるから息抜きもできた。
日記も軌道に乗ったようで、順調に続いている。
この施設には外国の子供が多く暮らしているらしく、巡回中に何度か出くわした。
皆髪や目の色が様々だったが、一貫して表情がないのが気になる。
あれだけ出くわして声すら聞かない。
一体何故彼等はいるのだろうか‥‥。
ーー
ー
夜の巡回は恥ずかしながら怖い。
夜は廊下を照らすのは常夜灯の薄緑色だけで、懐中電灯一つだけとは何とも頼りない。
「昔っから肝試しは苦手だったよなぁ」
ブツブツ呟きながら果てしない廊下を歩く。
不意に小さな物音が聞こえた。
音がした方を見ると、「生物管理室」の扉が開いている。
「生物管理室」は国内生物の標本が多数保管してある場所‥だったはず。
「行きたくねぇ‥」
とはいえ仕事だから仕方ない。
恐る恐る部屋を覗いた。
「子供?」
ホルマリン漬けの生物の棚の前に子供が一人佇んでいた。
食い入るように生物の瓶を見つめている。
こんな時間に子供が一人でいるのはよろしくない、よな。
部屋に入ると子供は俺に気づいた。
「‥‥‥だれ?」
たどたどしい言葉が部屋に小さく響く。
今まで見てきた子供たちと同じ、表情がまったくない。
年齢は6歳くらい。茶色の癖っ毛に薄緑色の丸い瞳。肌は透き通るように白い。ヨハネス人だ。
患者服は大きすぎるのか裾を引きずっている。
少年は答えを待つようにじっと俺を見ている。
「俺は警備員のレビ」
「れ、び?」
「そう。君は?」
「にあ」
「ニアか。ニアはここで何をしてるんだ?」
「これ」
白く細い指は真っ直ぐにホルマリンの瓶に囲まれた水槽を指した。
水槽だが、水は入っていない。
ドールハウスの家具が並べられ、ガラス越しに少女がこちらを見ていた。
薄紅色の長髪はシルクのヴェールのように肩にかかっている。瞳は一見金色に見えるが、よくよく見ればうっすら虹色の光をたたえていた。
何よりも特徴的なのは
背中から生えている小さな羽だ。
羽虫のような羽がダイオードの蒼い光を受けて輝いていた。
「‥‥フェアリー?」
あまりの美しさに思わず呟いてしまう。
「ふぃおね‥」
下からの声に顔を向ける。
ニアは静かに、されど愛おしそうに彼女を見つめていた。
「この子、フィオネっていうのか?」
「ううん。ぼくがよんでるだけ」
おはなしできないから
とニアは付け足した。
フェアリーはさっきと変わらない。
恐らく精巧な模型なのだろう。
「もう、いく‥」
小さく呟いて、ニアは振り返った。
「ばいばい、れび」
「お、おう」
衣ずれの音をたてながらニアは部屋を後にした。
俺も部屋を出ようとする。
一瞬水槽に目をやった。
「っ!?」
笑ってる!?
再び目をやるとフェアリーは無表情になっていた。
「気のせい‥‥だよな」
無理矢理納得させ、今度こそ部屋を後にした。