第五幕:崩壊と選択
炎は静かに広がる。
紙が焼ける音。
インクが歪む匂い。
積み上げてきたすべてが、形を失っていく。
理論も。
数式も。
失敗も。
成功も。
すべてが、同じ灰になる。
ライアンはそれを見つめていた。
止めようとは思わなかった。
それでいいと、知っているからだ。
エリクサーは完成している。
そして同時に。
完成してはいけないものだった。
最後の一滴は、すでに体内にある。
熱が巡る。
細胞がざわめく。
老いは巻き戻され、損耗は修復されていく。
だが。
それだけだ。
記憶はそのまま。
罪もそのまま。
理解も、そのまま。
何一つ、消えない。
ライアンは、ゆっくりと立ち上がる。
外では、崩壊が始まっていた。
水晶の塔が軋む。
街に張り巡らされた結晶が砕ける。
命を吸い上げられていた人々が。
静かに、倒れていく。
終わりが、戻ってきた。
世界に。
本来あるべき形で。
ライアンは外へ出る。
夜明けが近い。
空はまだ暗いが、わずかに光が滲んでいる。
その境界に立ちながら、彼は思う。
自分は何をしたのか。
何を壊したのか。
何も救えなかったのか。
――違う。
ひとつだけ。
取り戻したものがある。
終わり。
すべてのものが持つべき、終着。
それを、世界に返した。
それだけだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
遠くで鐘の音が鳴る。
誰かが、終わりを告げている。
あるいは。
始まりを。
ライアンは歩き出す。
どこへ向かうのかは、決めていない。
だが。
もう、迷いはなかった。
永遠はいらない。
完全もいらない。
救済ですら、望まない。
ただ。
限りがあること。
終わること。
失われること。
それを受け入れる。
それが。
人間だ。
朝日が昇る。
世界は、何事もなかったかのように光に包まれる。
だが。
もう二度と、同じではない。
ライアンは振り返らない。
燃え落ちる塔も。
崩れゆく王国も。
すべてを背に。
歩いていく。
終わりのある世界へ。
自分自身の終わりへ。
静かに。
確かに。
その足で。




