子供心と大人の心
私が小学生の頃のお話です。
その日、私は学校がお休みだったのでお散歩をしていました。
「すみません。少しお願いが」
不意に声をかけられて私は振り返りますと中年の女性が立っておりました。
「あぁ、やっぱり丁度いい」
「丁度いい?」
「あなた。今、幾つですか?」
「え?」
「いいから。答えてください」
失礼な人だなぁって思いました。
無視して歩き去っても良いのですが、女性の顔は青くおまけに微かに震えています。
体調が悪いのでしょうか。
体調が悪いのに何故こんなことをしているのでしょうか。
……とはいえ、その『こんなこと』が何なのか私には分からないのですが。
いずれにせよ、私は些細な気まずさと言うか、あえて言葉にするのか良心のようなものに負けてしまいました。
「十歳です」
「十歳かぁ。まぁ、少し大きいけれどこの年齢じゃ、あまり変わらないでしょうね」
「何の話ですか?」
女性は私に何も教えてくれません。
代わりに無言で私の手を引くとそのまま五分ほど歩いた場所にあった小さな社の前に連れてきました。
「ねえ。お願い。あの神様の前で謝ってくれる?」
「謝るって何をですか」
「いいから」
「いいからって……」
意味不明な言葉に混乱した私の反応は自然なものなはずでした。
しかし、私の問を聞いた途端に女性はいきなり態度を豹変させます。
「いいから! 早く謝ってきなさい!」
強い言葉。
それに驚いた私は何故怒られたのかも分からないまま半べそになりながら社の前へ行き、意味も分からないままに謝りました。
「ごめんなさい」
学校がお休みの。
それでいて午前中のことでした。
まだ早い時間だったと思います。
私と女性しか居なかったと記憶しています。
だから、この話はきっと夢を見ていただけだったのだと思います。
『お前に罪はない』
でなければ、誰も居ないところから声なんて聞こえないはずですから。
その声を聞いた私はどこかほっとして踵を返します。
背後には何故か電柱に隠れていた中年の女性が恐々と顔を覗かせながら尋ねてきます。
「許してくれた?」
「……分かりません」
素直に伝えました。
私が何をさせられていたのか、そして誰が答えてくれたのかも分かりませんでしたから。
すると女性は青かった顔に僅かに赤みを戻して私の頬を強く平手打ちをして言いました。
「この役立たず!」
言うが早くその人は駆けて行ってしまいました。
ただ、去り際に女性が口にしていた言葉ばかりが記憶に残ります。
「大丈夫。絶対お母さんが何とかしてあげるから――」
この瞬間。
私は何となしに自分がどのようなことに巻き込まれかけていたのかを悟りました。
けれど、それに怒ろうとしても目の前に女性の姿はありません。
それを止めようにも目の前に女性の姿はありません。
だから私は足早に家に帰りました。
まだ携帯なんてなかった時代ですから、私は連絡網を見て学校のクラスメイト全員に連絡をしました。
あくまで不審者に注意、とだけ。
*
数日後。
社の近くの道路で母親と女の子が車に轢かれて死んだと聞きました。
幼い私は一瞬、点と点を線にしかけましたけれど。
結局それはやめました。
ただ大人になったあとに思うのは。
怒りに触れて当然の所業であったな、と。
本当にそれだけです。




