蘇生後症候群ⅱ
あらゆるリソースに厳しい制限がかかる迷宮探索の前線において、最小限のコストで死亡者の復帰を可能とした『緊急蘇生術』の発明は、探求師の生還率を飛躍的に高めた。高度な省力化と儀式の簡略化が施されたそれは、治癒術師個人に求められる知識や力量が可能な限り抑えられた応急措置の究極形であり、発表当初は喝采をもって人々に受け入れられた。一人の死が探索計画を左右していた時代が、この術の登場をもって終焉を迎えたのである。
しかしながら施術後に『蘇生後症候群』と呼ばれる諸症状によって、蘇生者が心身の安定を崩すケースが少なくなかった。それでも野ざらしの死体でいるよりましであり、こうした後遺症はむしろ油断を戒めるペナルティとして受け入れられている部分があった。
現場において必ずしも『緊急蘇生術』が正しく発動するとは限らない。
治癒術師の習熟度やコンディション、魔物の発する瘴気の影響、施術を受ける者の体質など、術の発動と効能を左右する要素は無数に存在する。
蘇生が失敗すれば、遺体の体組織は魔術的干渉不和を起こし発火炎上、純白の灰となって崩壊する。
こうなれば現場での対応はまず不可能である。可能な限り遺灰を地上に持ち帰り、より確度の高い正規の蘇生儀式を執り行うことでしか蘇生は望めなくなってしまう。
ひとたび遺灰と化した者は、より一層重篤な『蘇生後症候群』に苛まれることになる。身体部位の欠損や一部体組織の石灰化、多臓器不全などを併発し、探求師稼業どころか日常生活が困難になることも少なくない。
そうした後遺症を負うことになってなお、生活のために探求師を続ける者がほとんどだった。すぐれた探求師とはすなわち、『想術』なる類まれな才覚を有しながら、市井の堅実な生活からはじき出された社会不適合気質の日陰者である。多くの場合は迷宮での危険な探索活動のほかに居場所はなく、一攫千金の夢を掴むことができなければ、文字通り灰となって地の底深くに埋没していくほかにない。
緊急蘇生術の普及は、迷宮に携わる者の危機管理能力の欠如をまねいた。
「人類はついに迷宮の脅威を克服した」という誤解からなる心理的な参入ハードルの低下に伴う志望者の増加もあったし、一時的な死と蘇生を前提とした浅慮で拙い行軍計画で迷宮に潜行するケースも目立ち始め、探求師全体の基礎的な能力低下が嘆かれるようになった。
迷宮攻略を依頼する大手企業や資本家としては、探求師が広く代替の利く豊富な人的資源となったのであれば、一人あたりに割く報酬を渋るようになるのは当然であった。ただでさえ手厚いとはいえなかった危険手当や保険金は削りに削られ、反面で迷宮から相応の見返りを持ち帰れなかった際の違約金ばかりが大きく膨れあがっていく。物騒な稼業からの足抜けなど生半可な探求師ではかなわず、多くの組合や傭兵が尻に火のついた無茶苦茶な自転車操業を強いられるようになった。
確かに緊急蘇生術は探索中の死亡率を減少させたが、探求師たちの生命の価値を著しく貶める結果をもたらしたのである。
そして、蘇生後症候群罹患者に何より多くみられる症状が、記憶に関する不可逆的な障害だった。
探求師にとって記憶とは、そして死地で培ってきた経験とは、まさしく命と比肩する財産である。迷宮での記憶と経験の質が探求師の真価を定めるといっても過言ではないとされる界隈において、しかし緊急蘇生術を剣呑な劇薬と評価できる者は、今なおそう多くないというのが現状だった。
「つまり……どゆことですか」
「つい最近脳みその中身ぜんぶこぼしてきて、そのことを自覚できてない可能性だってある。それが有利に運ぶ立場の人間もいるはずってこと」
ちらりと、ベルペラの瞳がワイナのほうへと向けられる。次いで、ペシェからの視線も。
「例えば……他人様に言えない何かをしでかしたあとに自殺して、共犯者に術を使わせて死体を灰にする。わざと遺灰から蘇生して記憶飛ばせば、少なくともそいつは自白で余計なボロは出さなくなる。一介の探求師に紛れて、完璧な被害者ヅラを決め込むことだってできる。アタシの言ってること、理解できる?」
―――—俺が、聖剣獣《ハンマー野郎》を呼んだって言いたいのか?
ワイナが反論を口にする間もなかった。出自不明の『想』を纏ったいわくつきの黒刃は、ベルペラの華奢な手指からまっすぐ投げ放たれた。




