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勇者参陣ⅱ ~ Peshe the Braver‼

 ――――その演出の通り、ワイナは目が離せなかった。視線を縫い付けられているといってもいい。


 異常さに、というのもある。


 いったい、何が起こっている?


 死んだはずのペシェが生きていて、それがどうしてこんなおかしな状況になった?


 考えられる可能性としては、想術。


 スポットライトも。カーテンも。早着替え(へんしん)も。


 損傷修復も、身体強化も、環境改変も。


 そして『自分が今ここにいること』を周囲に知らしめ、ひとところに注視を集めるTANKとしての圧倒的な才能も。


 すべてペシェの持つ傲慢なまでのリビドーの産物なのだ。


 だが、あまりにも規格外すぎる。ここまで大掛かりで、大げさで、外連味に満ちた無駄の多い演出を組み込むような術師には、今まで出会ったことがない。また発生した魔術的現象が多岐にわたりすぎていて、どれが本命の能力だかまるでわからない。


 第一、生え抜きの強者と呼んで差し支えないベルペラを一撃で排除するこの奇獣を、まるで道化師ピエロのふざけあいや客いじりのようにおちょくり回せるだなんて到底受け入れがたい。


 前提として想術とは、想術師個々人の欲望や願望を反映するもの。自身の曲げられない哲学や矜持、主義主張に思想、そして性癖が色濃く投影され、それが効力や発動条件にも関係してくる。


 こうした特徴を持つ想技術に対し、細かな制約の設定や、後付けの終生誓願によって調整を施す行為に、ワイナたち想術師は『術を編む』というスラングを使っている。


 ディティール、すなわち術の性質や演出に凝れば凝るほど、そのぶん消費する術者の生命エネルギーたる錬成魔力バイタルマナをはじめとしたリソースは増大していく。魔力マナ熱量カロリーを定量的な対価として発動するものがほとんどの遵法シロ魔術に比べ、想術はさらに各々の抱えた原初的な衝動と欲動を燃料として扱うため、きわめてリソースの消耗が激しい。そして何より心的な高揚テンションに基づくぶん不安定だ。ゆえにこそ、想術師たちは再三の注意を払って術を編む。


 多くの場合は単純な基本性能、つまり探求師においては迷宮探索という任務の完遂に直結する破壊力や継続性、発動安定性に主眼を置いて術が構築されるが、ここまで演出面に比重を傾けておきながら性能を十全かそれ以上のレベルにまで術を編み上げるなど至難の業、正気の沙汰とは思えない。中には特定の演出を取り入れることを誓願としているケースもあるが、そんなものは例外中の例外だ。


 火球で敵を攻撃する術を編むとして、大多数は殺傷能力を高めるために高温の炎を具現化できるようにしたり、あるいは確実に着弾させられるような操作性と追尾能力を持たせるはずである。炎で不死鳥をかたどってみせたりするのは、まさに趣味の領域でしかない。


 神業にも等しい綱渡りのような調整で術を編まれているか、あるいは人間を大きく逸脱するレベルで、術者本人のエネルギーリソースが天文学的規模で膨大かつ莫大であるか、もしくはその両方か。



 だがペシェは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「さあ、お手を。勇者ブレイバーワイナ!」


 歩み寄ってきたペシェの手が、満身創痍のワイナの前に差し出された。


 ペシェの握力は予想以上に力強い。手を握りしめられた途端、ずきんと心臓が跳ねた。手と手を通じて、はちきれんばかりの気力を注がれたようだ。ぐいと腕を引かれると、身じろぐことすらままならなかったはずの体が自然と立ち上がった。


 足元は多少ふらつくが、動けはする。胸の痛みと圧迫感も改善していた。瘴気の腐臭は跡形もなくかき消え、あたりには春風のもたらす若草と花々の芳香が漂うばかりである。ペシェ自身からも、かぐわしい薔薇のフレグランスが香ってきた。


 蹴り飛ばされた奇獣が、唸りをあげながらもぞもぞと体勢を立て直す。表皮がごぼごぼと有機的に蠢き、ふたたび筋肉をはじめとした体組織を発達させつつあった。もう一回り膨れ上がった巨体が、破裂しそうなくらい膨張した一対の眼球が、途切れることのない敵愾心を叩きつけてくる。


「ここでご覧になっていてください」


「しかし」


 刀を取ってせめてもの加勢を願い出るも、ペシェはそれを片手で制した。人差し指を立てて、こちらを諫めるようなジェスチャーをしたかと思うと、おもむろに手首を一回転。


 そこには、あの時の――――散髪を強行した際に手渡したはずの――――ロリポップ(棒付き飴)の先端が、ワイナに向けられていた。


「|傷ついた者を背に戦うのが勇者です《貴方はそこで、ただこの小生の活躍を見ていればいい》。今しばらく、お休みくだされば、わが友(キャマラッド)


 爛々ときらめく深紅のペシェの瞳は、薪をくべられ続ける炉窯のようだ。


 |今、こうしているのが愉しくて仕方がない《水を差してくれるなよ》。


 紳士的を絵に描いたかのような物腰は極めて柔らかいが、有無を言わせぬ圧力のようなものも同時に感じられた。飴を受け取ると、ワイナはそれ以上の発言を控えた。


 納得を得られたことを察し、ふたたびペシェはにっかりと破顔した。


 そうして彼女は、荒れ狂う奇獣のほうへと向き直った。ゆっくりと歩きだし、腰のベルトに提げていた鞘から剣を抜く。


「さて、ロウランちゃん! もしも言葉が交わせたならば、互いに歩み寄ることもありえたでしょう! しかしながら、この場において小生たちは、雌雄を決さねばならぬ一対の野性の闘士!」


 彼女の左手に握られたのは、禍々しい渦状の彫刻が彫り込まれた漆黒の剣。


 この状況を招いた元凶の一端ともいえる呪具、ケバルライである。左手に集約された魔力が弾けた。


「生憎と我が真なる姓名、風にさらわれ名乗る名札すら持ち合わせてはおりませぬ。然れども、礼を失すは仁義に悖るというものでございましょう!」


 一瞬、金属同士がこすれあうぎちりとした音がしたかと思うと、手にした黒剣が、飴細工のように伸長していく。




――――英雄 英傑 ますらお 国士


――――たたえることばは 星の数


――――同胞とものためなら 死ぬるも辞さず


――――その勇ゆえに剣を抜き その愛にのみ生きる者


――――夢見た小生わたしに しばしのいとま


――――なってみせよう まことの勇者




 ケバルライの変貌は、倍ほどに変貌した刃渡りだけに留まらない。稲妻めいて剣に滞留するペシェの傲慢なまでに強力な活性魔力は、パン生地でもこねるかのように、剣の見てくれをいじくりまわしはじめた。




 名もなき流しの流れ者。


 なればこそ。今の小生わたしは――――華やぎの勇者ペシェ・ザ・ブレイバー




「その本能に刻みましょう、目覚めし小生の勇名を! ハハハッ、フフフフッ、ヒャアーーーーッッハッハッハッハァ!!」




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