第6話 学院の日常と秘密
入学式は、学院の大広間で行われた。
新入生は全部で三十人。試験を通過した者たちだ。
広間の壇上には、院長と数人の教師が並んでいる。
「新入生諸君、入学おめでとう」
アーウィン院長が、厳かな声で語りかけた。
「諸君らは今日から、王立魔法学院の一員だ。ここで学ぶ三年間で、諸君らは真の魔法使いとなる」
院長の声が、広間に響く。
「魔法とは、力だ。しかし同時に、責任でもある。この力をどう使うかで、諸君らの未来は決まる」
彼は、一人一人の顔を見渡した。
「学院の理念を忘れるな。『全ては巡り、学びもまた循環する』。諸君らが学んだ知識は、いつか次の世代へと受け継がれる。その責任を、心に刻みなさい」
新入生たちが、一斉に頭を下げた。
僕も、深く頭を下げた。
循環——
その言葉が、また胸に引っかかる。
僕の人生そのものが、循環している。
それに、何か意味があるのだろうか。
入学式の後、新入生はクラス分けされた。
一クラス十人。全部で三クラスだ。
僕は、Aクラスに配属された。
教室に入ると、既に何人かの生徒が座っていた。
窓際の席に、エリシアがいた。相変わらず、一人で窓の外を見ている。
「エリオ! こっち、こっち!」
レインが手を振っている。彼の隣の席が空いていた。
「ありがとう」
僕は、レインの隣に座った。
「同じクラスになれて良かったね」
「うん、心強いよ」
教室を見渡すと、他の生徒たちも入ってきていた。
ほとんどが貴族の子弟だろう。立派な服を着て、自信に満ちた表情をしている。
そして——一人、妙な雰囲気の少女がいた。
後ろの席に座っている、黒髪の少女。
年齢は僕たちと同じくらいに見えるが、どこか大人びた雰囲気がある。
そして——彼女は、じっと僕を見ていた。
視線が合う。
彼女は、微かに微笑んだ。
その笑みには、何か——知っているような、意味深な雰囲気があった。
「あれ、セレナ・ノクスだよ」
レインが、小声で言った。
「セレナ?」
「うん。噂では、どこかの没落貴族の娘らしい。でも、詳しいことは誰も知らない。試験の時も、ほとんど目立たなかったけど——なぜか合格してる」
セレナ・ノクス。
その名前は、記憶にない。
あの未来で、彼女に会ったことは——
いや、待て。
記憶を探る。
戦場で——いや、その前。
学院に——いや、僕は学院には行かなかった。
でも、この名前……どこかで……
「では、授業を始める」
教師が入ってきた。
痩せた体格の、鋭い目をした中年の男性。
「私は、マーカス・ブレイド。魔法理論を担当する」
彼は、教壇に立った。
「まず、基本中の基本から確認しよう。魔法とは何か。誰か答えられるか?」
何人かの手が上がった。
エリシアも、手を上げている。
「では、アーデンフェルト」
「魔法とは、魔力を用いて自然法則に干渉し、現象を引き起こす技術です」
「正解だ。では、その『自然法則』とは何か。ヴァレンス」
突然指名されて、僕は立ち上がった。
「え、えっと……循環の理、です」
「ほう?」
マーカス教師が、興味深そうに僕を見た。
「循環の理、か。具体的に説明してみろ」
「はい。この世界の全ての現象は、循環しています。水は蒸発して雲になり、雨となって地に降り、再び川となる。生命は生まれ、成長し、死んで土に還り、新しい命を育む。魔法は、その循環の流れを理解し、少しだけ手助けすることで——」
「十分だ」
マーカス教師が、手を上げて僕を止めた。
「よく理解している。その通り、魔法の本質は循環だ。この基本を忘れる者は、真の魔法使いにはなれない」
彼は、黒板に円環の図を描いた。
「今日から学ぶのは、この循環魔法の理論だ。火、水、風、土——四大元素。それぞれが、どのように循環しているか。そして、その循環にどう干渉するか」
授業が始まった。
内容は、僕が村長から学んだことの復習のようなものだった。
でも、より体系的で、理論的だ。
そして——新しい知識もあった。
「循環魔法には、五つの段階がある」
マーカス教師が、黒板に書いた。
「第一段階、『観察』。循環を感じ、理解する。第二段階、『同調』。自分の魔力を循環に合わせる。第三段階、『干渉』。循環に小さな変化を与える。第四段階、『制御』。変化を維持し、望む結果を得る。そして——」
彼は、一旦言葉を切った。
「第五段階、『創造』。新しい循環を生み出す」
ざわめきが起きた。
「第五段階……それは、伝説の領域では?」
誰かが呟いた。
「その通り」
マーカス教師が、頷いた。
「第五段階に到達した魔法使いは、歴史上でも数えるほどしかいない。だが——不可能ではない」
彼の視線が、一瞬エリシアに向いた。
そして——なぜか、僕にも向いた。
「この中にも、いつかその域に達する者がいるかもしれん」
昼休み。
僕とレインは、学院の食堂で昼食を取っていた。
「循環魔法の授業、難しかったね」
レインが、スープをすすりながら言った。
「でも、エリオはよく分かってるみたいだったね。村の先生、すごい人だったんだ」
「うん、村長は本当に優れた魔法使いだった」
「『鋼鉄のギデオン』だもんね。僕も、そんな人に習いたかったな」
レインは、羨ましそうに笑った。
「でも、ここには優秀な先生がたくさんいるから。これから、がんばろうね」
「うん」
食事をしていると、向かいの席にセレナが座った。
「……こんにちは」
彼女が、静かに挨拶した。
「あ、こんにちは」
レインが、驚いて答えた。
セレナは、じっと僕を見ている。
「エリオ・ヴァレンス、だったわね」
「う、うん」
「あなた、面白い魔力の流れをしているわ」
「え?」
「まるで——何度も同じ道を歩いてきたような、洗練された流れ」
彼女の言葉に、僕は息を呑んだ。
それは、院長が言ったのと同じ言葉だ。
「どういう……意味?」
「さあ? ただ、興味深いと思っただけ」
セレナは、微笑んだ。
その笑みは、謎めいていた。
「あなたとは、これから色々話すことになりそうね」
そう言って、彼女は自分の食事に集中し始めた。
僕とレインは、顔を見合わせた。
「変わった子だね……」
レインが、小声で言った。
僕も、頷いた。
でも——心の中では、警戒していた。
彼女は、何かを知っている。
僕の秘密に、気づいている?
それとも——
午後の授業は、実技だった。
訓練場で、火魔法の練習をする。
「では、順番に火球を放ってみろ。制御力を見る」
実技担当のフェリックス教師が、指示を出した。
生徒たちが、次々と火球を放つ。
ほとんどが、標的に当てられた。でも、制御が甘く、火球が途中で消えたり、逸れたりする者もいた。
エリシアの番。
彼女は、一瞬で完璧な火球を作り出し、標的の中心に命中させた。
爆発音。標的が粉砕される。
「完璧だ。さすが、アーデンフェルトの血筋」
フェリックス教師が、感心した声を出した。
そして、僕の番。
深呼吸をして、集中する。
魔力を集め、火球を作る。
エリシアほど大きくはないが、制御は完璧だ。
放つ。
火球は、まっすぐ飛んで——標的に命中した。
「ふむ、良い制御だ」
教師が、頷いた。
でも——何か物足りない。
僕の火球は、標的を焦がしただけだった。エリシアのように、粉砕はできなかった。
魔力の差、か。
やはり、基礎的な魔力量では、彼女に敵わない。
でも——
魔力量が全てじゃない。
そう、自分に言い聞かせた。
夕方、授業が終わって寮に戻る途中、僕は図書館に立ち寄った。
学院の図書館は、巨大だった。
三階建てで、無数の本が並んでいる。魔法書、歴史書、自然科学の本——あらゆる知識がここに集まっている。
僕は、魔法理論のセクションに向かった。
特に、時間魔法について知りたかった。
僕の能力——死ぬたびに12歳に戻る——それは、時間魔法なのか?
それとも、何か別の現象なのか?
本棚を探していると——
「時間魔法を探しているの?」
声がして、振り返った。
セレナが、立っていた。
「どうして——」
「あなたの目を見れば分かるわ。何か、時間に関する秘密を抱えている目」
彼女は、本棚に近づいた。
「残念だけど、時間魔法の本は、ここにはないわ」
「え?」
「時間魔法は、禁呪に指定されているの。一般の図書館には置いていない」
セレナは、僕の隣に立った。
「でも——秘密の図書館なら、あるかもしれないわね」
「秘密の図書館?」
「ええ。学院の地下に、禁書庫があるの。そこには、危険な魔法の本が保管されている」
彼女は、小声で言った。
「時間魔法の本も、そこにあるはずよ」
「どうやって、入るの?」
「簡単じゃないわ。特別な許可が必要。それか——」
セレナは、意味深に微笑んだ。
「夜中に、こっそり侵入するか」
「それは——」
「冗談よ」
彼女は、くすくすと笑った。
「でも、もしあなたが本気で知りたいなら——方法は、あるわ」
「教えてくれるの?」
「ええ。だって——」
セレナは、僕の目を見つめた。
「あなたは、特別だから」
「特別?」
「そう。私には分かるの。あなたは、普通の人とは違う。何か——時の流れから外れた存在」
彼女の言葉に、背筋が凍った。
時の流れから外れた——
それは、まさに僕のことだ。
死んで、過去に戻った。時間を遡った。
彼女は、本当に知っているのか?
「セレナ、君は——」
「今は、これ以上言えないわ」
彼女は、指を唇に当てた。
「でも、いつか話す時が来る。その時まで——お互い、秘密を守りましょう」
そう言って、セレナは図書館を出て行った。
僕は、その場に立ち尽くした。
彼女は、何者なんだ?
そして——僕の秘密を、どこまで知っているんだ?
その夜、寮の部屋で一人、考え込んでいた。
学院に来てから、まだ一日しか経っていない。
でも、既に多くのことが起きた。
エリシアとの再会——いや、記憶の中での再会。
レインという新しい友人。
そして、謎めいたセレナ。
それに、時間魔法の存在。
僕の能力は、時間魔法なのか?
それとも、何か別の——
コンコン。
ドアをノックする音がした。
「はい?」
ドアを開けると、レインが立っていた。
「やあ、エリオ。ちょっといい?」
「うん、どうぞ」
レインが、部屋に入ってきた。
「実は、相談があるんだ」
「相談?」
「うん。明日から本格的に授業が始まるけど——僕、ちょっと不安で」
レインは、珍しく真面目な顔をした。
「みんな、すごく優秀じゃん。特にエリシアとか。僕、ついていけるかな」
「レイン、君だって十分優秀だよ。試験、合格したんだから」
「でも、平凡だよね。魔力値も300ちょっとだし。エリシアは780だよ? 比べ物にならない」
レインは、ベッドに座り込んだ。
「王都育ちだから、魔法の基礎は習ってた。でも、本格的に学ぶのは初めてで……正直、自信ないんだ」
僕は、レインの隣に座った。
「レイン、魔力量が全てじゃないよ」
「え?」
「大切なのは、どう使うか。制御力、応用力、そして——創造力」
僕は、村長の言葉を思い出しながら言った。
「確かにエリシアは強い。でも、それは彼女の才能だ。君には、君の強みがあるはずだ」
「僕の、強み……」
「まだ分からなくても、これから見つければいい。焦らなくていいよ」
レインは、少し表情が明るくなった。
「……ありがとう、エリオ。なんか、楽になった」
「どういたしまして」
「君、優しいね。辺境出身だからって、全然驕ってないし」
「驕る理由なんて、ないよ」
「いや、あるよ。君、すごく上手いもん。魔法の制御、完璧だった」
レインは、立ち上がった。
「よし、やる気出てきた! 明日からがんばろう!」
「うん、一緒にがんばろう」
レインは、部屋を出て行った。
一人になって、僕は窓の外を見た。
夜の学院。静かで、美しい。
でも——この平和が、いつまで続くのか。
六年後、戦争が始まる。
それまでに、僕は何ができるのか。
強くなること。
仲間を作ること。
そして——時間魔法の秘密を知ること。
もし僕の能力が時間魔法なら、それを理解すれば——もっと上手く使えるかもしれない。
戦争を止められるかもしれない。
全てを救えるかもしれない。
でも——
セレナの言葉が、頭に残っている。
『時の流れから外れた存在』
それは、祝福なのか。
それとも、呪いなのか。
翌日から、本格的な学院生活が始まった。
朝は魔法理論の授業。
昼は実技訓練。
午後は、選択科目。僕は、魔法陣学と錬金術を選んだ。
毎日が、充実していた。
新しい知識を学び、魔法の腕を磨く。
クラスメイトとも、少しずつ打ち解けていった。
レインとは、よく一緒に訓練した。
彼は水魔法が得意で、僕は火魔法が得意。互いに教え合いながら、成長していった。
エリシアは——相変わらず、一人でいることが多かった。
授業では圧倒的な実力を見せるが、休み時間は一人で本を読んでいる。
誰も、彼女に近づこうとしない。
才能がありすぎて、逆に孤独になっている。
僕は——声をかけるべきか、迷っていた。
記憶の中では、彼女は戦場で死んだ。
一人で、誰にも看取られずに。
それを変えたい。
でも——どうやって?
ある日の午後、選択科目の魔法陣学の授業で——
「今日は、循環魔法陣について学ぶ」
ヴィクター教師が、黒板に複雑な図形を描いた。
「魔法陣とは、魔力の流れを可視化し、制御するための道具だ。特に循環魔法陣は、魔力を永続的に循環させることができる」
彼は、図形の各部分を指しながら説明した。
「この円は、魔力の流れを表す。この三角形は、三つの要素——入力、変換、出力——を表す。そして、この中心の円は——」
ヴィクター教師は、中心の小さな円を指した。
「核だ。魔力の源であり、終着点でもある。ここが、循環の要」
僕は、じっとその図を見つめた。
循環——
入力、変換、出力、そして再び入力へ。
永遠に続く流れ。
それは——僕の人生と同じじゃないか?
生きて、死んで、戻って、また生きて。
永遠に循環する。
「エリオ・ヴァレンス」
突然名前を呼ばれて、我に返った。
「はい?」
「お前、何か気づいたか? 顔に書いてある」
「え、いえ、その……」
「遠慮するな。思ったことを言ってみろ」
僕は、立ち上がった。
「循環魔法陣って——人の人生にも似ていませんか?」
「ほう?」
「人は生まれて、成長して、死ぬ。でも、その経験や知識は次の世代に受け継がれる。それも、一種の循環じゃないかと」
ヴィクター教師は、興味深そうに頷いた。
「面白い見方だ。その通り、魔法の理論は、人生の理にも通じる」
彼は、黒板に別の図を描いた。
「人の一生も、魔法陣で表せる。生まれるという入力、生きるという変換、死ぬという出力。そして——」
彼は、図の端に矢印を描いた。
「その魂は、再び循環する。転生、輪廻——それも、循環魔法の一種と考えられる」
転生——
その言葉に、僕の心臓が跳ねた。
「先生、その転生魔法って——実在するんですか?」
「理論上は、存在する」
ヴィクター教師が、真剣な顔で答えた。
「だが、実際に成功した例は——公式には、ない」
「公式には?」
「非公式には、噂がある。古代の魔法使いが、転生魔法を完成させたという。だが、それは禁呪だ。時間と魂に干渉する、極めて危険な魔法」
時間と魂——
僕は、息を呑んだ。
それは、僕が求めている答えじゃないのか?
「その魔法の本は、どこに——」
「禁書庫だ」
ヴィクター教師が、即答した。
「だが、生徒が入ることは許されていない。特別な許可が必要だ」
やはり、禁書庫。
セレナが言っていたのは、本当だった。
僕は、そこに行かなければならない。
自分の能力の秘密を知るために。
その日の夜、僕は決意した。
禁書庫に、侵入する。
危険だ。見つかれば、退学になるかもしれない。
でも——知らなければならない。
僕が12歳に戻った理由を。
この能力の正体を。
そして——これが一度きりなのか、それとも何度も繰り返されるのか。
深夜、寮を抜け出した。
廊下には、誰もいない。
足音を殺して、図書館へと向かう。
図書館の扉は、鍵がかかっていなかった。
中に入ると、暗闇が広がっている。
魔法で、小さな光を作り出す。
そして——図書館の奥、地下への階段を探す。
セレナが言っていた。禁書庫は、地下にあると。
本棚の間を進んでいくと——見つけた。
壁に、小さな扉がある。
近づいてみると、扉には魔法陣が刻まれていた。
鍵の魔法陣だ。
簡単には開かない。
でも——
僕は、魔法陣学を学んでいる。
この魔法陣の構造を分析すれば——
集中する。
魔法陣を観察し、魔力の流れを感じる。
入力、変換、出力——
そして、核。
核を見つけた。
そこに、自分の魔力を送り込む。
カチッ。
扉が、開いた。
やった——
「感心するわね」
背後から、声がした。
振り返ると——セレナが立っていた。
「セレナ!?」
「やっぱり、来ると思ったわ」
彼女は、微笑んでいた。
「あなた、本気なのね。時間魔法の秘密を知りたいって」
「君、ずっと僕を——」
「見ていたわ。興味があったから」
セレナは、扉の前に立った。
「一緒に行きましょう。禁書庫は、危険よ。一人じゃ、無事には帰れないかもしれない」
「でも——」
「心配しないで。私も、知りたいことがあるの」
彼女は、扉を開けた。
暗い階段が、下へと続いている。
「さあ、行きましょう。答えを探しに」
僕は、一瞬迷った。
でも——ここまで来て、引き返せない。
頷いて、セレナと一緒に階段を降りた。
暗闇の中、二人の足音だけが響く。
そして——階段の底に、もう一つの扉があった。
禁書庫の、入り口。
ここに、答えがあるかもしれない。
僕の人生の、秘密が。




