第5話 王都の試練
王都アルディアは、想像以上に巨大だった。
馬車が城壁の門をくぐった瞬間、目の前に広がった光景に、僕は息を呑んだ。
石畳の大通り。何階建てもある建物。行き交う無数の人々。色とりどりの看板。馬車や荷車が行き交い、商人たちの呼び声が響く。
「すごい……」
思わず、呟いた。
グレイスフィールド村の人口は三百人。それが僕の知っている世界の全てだった。
でも、ここには——何万人もの人がいる。
「初めて見る光景だろう?」
村長が、微笑んだ。
「王都の人口は、約十万人だ。王国最大の都市だ」
「十万……」
想像もつかない数字だった。
「驚くのは、まだ早いぞ。これから、もっと驚くことになる」
村長の言葉通り、馬車は街の中心へと進んでいった。
建物はどんどん立派になり、通りも広くなる。そして——
「あれが、王城だ」
村長が指差した先に、巨大な城が見えた。
白い石造りの、荘厳な建築物。無数の塔が天を突き、旗がはためいている。
「そして、あれが——」
城の隣、少し離れた場所に、もう一つの大きな建物があった。
「王立魔法学院だ」
三つの尖塔を持つ、青い屋根の建物。
壁には、魔法陣のような模様が刻まれている。
「お前が、これから学ぶ場所だ」
僕は、じっとその建物を見つめた。
記憶の中では、僕はこの場所に来たことがない。
でも、今——僕はここにいる。
未来は、確実に変わっている。
馬車は、学院の正門前で止まった。
「さあ、着いたぞ」
村長が、馬車から降りた。僕も続く。
正門は、大きな鉄製の門だった。門の上には、学院の紋章——円環に囲まれた杖の図柄——が掲げられている。
「循環の紋章だな」
村長が、紋章を見上げて言った。
「この学院の理念は、『全ては巡り、学びもまた循環する』だ。師から弟子へ、弟子がまた師となる。知識が永遠に循環していく」
循環——
その言葉が、また心に引っかかった。
僕の人生も、循環している。
死んで、戻って、また生きて。
これも、何かの意味があるのだろうか?
「エリオ、行くぞ」
村長に促されて、門をくぐった。
中庭に入ると、そこには既に多くの人がいた。
僕と同じくらいの年齢の少年少女たち。みんな、入学試験を受けに来たのだろう。
でも——明らかに、僕とは雰囲気が違う。
きらびやかな服装。整った髪。堂々とした立ち居振る舞い。
貴族の子弟たちだ。
僕は、村で作った質素な服を着ている。髪も、自分で切った不揃いなもの。
場違いな感じがした。
「気にするな、エリオ」
村長が、僕の肩を叩いた。
「魔法学院は、実力主義だ。身分や家柄は関係ない。お前の実力を見せればいい」
「……はい」
でも、周囲の視線が気になる。
何人かの貴族の子供たちが、僕を見て囁き合っている。
「あの子、すごく質素な服ね」
「田舎者かしら?」
「まさか、本当に受験するつもり?」
嘲笑するような声。
胸が痛んだ。
でも——
僕は、ここで引き下がるわけにはいかない。
強くなるために来たんだ。
過去の自分より、ずっと強く。
「受験者の皆さん、こちらへどうぞ」
学院の職員が、声をかけた。
「これから、入学試験を開始します」
試験会場は、学院の大講堂だった。
天井が高く、壁一面に本棚が並ぶ、荘厳な部屋。
受験者は、全部で五十人ほどいた。
前方の壇上に、三人の教師が座っている。
真ん中にいるのは、白髭を蓄えた老人。学院長だろうか。
「ようこそ、王立魔法学院の入学試験へ」
老人が、重々しい声で話し始めた。
「私は、この学院の院長、アーウィン・グレイソンだ」
ざわめきが広がった。
アーウィン・グレイソン——その名は、僕も聞いたことがある。
王国最高峰の魔法使いの一人。光魔法の大家。
「本学院は、王国の未来を担う魔法使いを育成する機関である。故に、入学には厳格な試験を課す」
院長は、一人一人の受験者を見回した。
その眼光は鋭く、まるで全てを見透かされているようだった。
「試験は三つの段階から成る。第一、魔力測定。第二、実技試験。第三、面接だ」
院長は、手を挙げた。
すると、部屋の奥から職員が、大きな水晶球を運んできた。
「まず、魔力測定から始める。この魔力測定器に手を当てれば、お前たちの魔力量が可視化される」
水晶球が、台の上に設置された。
「基準値以下の者は、その時点で不合格となる。順番に、前に出なさい」
受験者たちが、緊張した面持ちで並び始めた。
僕も、列に加わった。
最初に測定を受けたのは、金髪の貴族の少年だった。
彼が水晶球に手を当てると、球が青く光った。
「魔力値、320。合格だ」
教師の一人が、記録を取った。
少年は、満足そうに頷いて戻った。
次々と、受験者が測定を受けていく。
ほとんどが、250から400の間だった。
たまに、200以下の者がいて、その場で不合格を言い渡されていた。
そして——ある少女の番になった。
彼女は、長い銀髪を持つ、整った顔立ちの少女だった。
服装から見て、高位の貴族だろう。
彼女が水晶球に手を当てると——
球が、まばゆく光った。
青を超えて、白に近い光。
「魔力値……780!?」
教師たちが、驚愕の声を上げた。
ざわめきが、会場を包んだ。
「780だと!?」
「信じられない……」
「あれは、エリシア・アーデンフェルト様だ。伝説の魔法使い、レオンハルト・アーデンフェルトの孫娘……」
囁き声が聞こえる。
エリシア・アーデンフェルト。
その名前は、僕も聞いたことがある。
いや——記憶の中で、知っている。
あの未来で、彼女は——
戦場で出会った、味方の魔法使いだった。
圧倒的な魔力で、敵を薙ぎ払っていた彼女。
でも、最後の戦いで——彼女は、命を落とした。
僕の目の前で。
「次」
職員の声で、我に返る。
エリシアは、涼しい顔で席に戻っていった。
その横顔を、僕はじっと見つめた。
彼女を、今度は死なせない。
そのためにも、僕は——
「次、お前だ」
気づけば、僕の番になっていた。
壇上に上がり、水晶球の前に立つ。
深呼吸をして、手を当てた。
球が、光る。
青い光。でも、それほど強くはない。
「魔力値、420」
教師が、記録した。
「合格だ。次」
僕は、席に戻った。
420——平均より少し上、といったところか。
エリシアの780には、遠く及ばない。
でも——魔力量が全てじゃない。
大切なのは、それをどう使うかだ。
第二の試験、実技試験が始まった。
受験者は、五つのグループに分けられた。
僕のグループは、火魔法の試験から始まることになった。
「では、順番に前に出て、火球を放ちなさい」
試験官の指示で、一人ずつ火魔法を披露していく。
ほとんどの受験者が、拳大の火球を作り出した。
中には、うまく制御できず、火花を散らすだけの者もいた。
そして——エリシアの番。
彼女は、手を前に伸ばした。
一瞬の集中。
そして——巨大な火球が現れた。
人の頭ほどもある、真紅の炎。
それが、標的に向かって放たれ——
轟音と共に、標的を粉砕した。
会場が、静まり返った。
「……完璧だ」
試験官が、呟いた。
「十三歳でこの制御力とは……」
エリシアは、何事もなかったように席に戻った。
やがて、僕の番が来た。
前に出て、標的に向き合う。
深呼吸。
魔力を集める。
火の循環を感じる。
そして——
僕は、火球を放った。
エリシアほど大きくはない。でも、制御は完璧だ。
火球は、まっすぐ標的に向かい——
中心に命中した。
爆発。標的が焼け焦げる。
「……良い制御だ」
試験官が、頷いた。
「次」
僕は、席に戻った。
他の受験者たちの視線を感じる。
田舎者だと侮っていた者たちが、少し見直したような目をしていた。
実技試験は、火、水、風、治癒の四つの分野で行われた。
僕は、全てにおいて平均以上の成績を収めた。
特に治癒魔法では、試験官から高い評価を受けた。
「十三歳で中級の治癒魔法を使えるとは……どこで学んだ?」
「村の魔法使いに師事しました」
「村の? ……ふむ、良い師を持ったようだな」
試験官は、何か記録していた。
そして、全ての実技試験が終わった。
五十人いた受験者のうち、ここまで残ったのは三十人。
最後の関門、面接だ。
面接は、一人ずつ別室で行われた。
待合室で順番を待っていると、隣に座っていた少年が話しかけてきた。
「君、すごいね。治癒魔法、完璧だった」
振り向くと、穏やかな顔立ちの、茶色い髪の少年がいた。
「ありがとう。でも、君だって水魔法すごかったよ」
「ああ、あれ? まあまあってところかな」
少年は、気さくに笑った。
「僕はレイン。レイン・ヴァルディス」
「エリオ・ヴァレンス」
「エリオか。よろしくね」
レインは、手を差し出した。僕は握手する。
「君、どこから来たの?」
「グレイスフィールド村っていう、東の辺境の村だよ」
「へえ、辺境から。大変だったろう、ここまで来るの」
「まあ、三日かかったけど」
「僕は王都育ちだから、そういう苦労はないな。でも、辺境から来た人のほうが、根性ありそうだ」
レインは、からかうように笑った。
でも、嫌な感じはしない。
むしろ、親しみやすい雰囲気だった。
「君、魔法を誰に習ったの?」
「村の元冒険者に。ギデオン・クロウフォードっていう人」
「ギデオン……聞いたことある名前だな。もしかして、『鋼鉄のギデオン』?」
「え?」
「昔、有名な冒険者がいたんだよ。防御魔法の達人で、『鋼鉄のギデオン』って呼ばれてた。まさか、その人?」
「……多分、そうかも」
村長の過去について、僕はあまり知らなかった。
でも、有名な冒険者だったのか。
「すごいね。そんな人に直接習えるなんて。君、相当期待されてるんじゃない?」
「そんなことないよ」
「謙遜しない、しない。君の実力、見てたから。絶対合格するよ」
レインは、自信満々に言った。
「僕も合格するつもりだけどね」
その時——
「エリオ・ヴァレンス、面接室へどうぞ」
職員が、僕の名前を呼んだ。
「じゃあ、がんばって」
「うん、ありがとう」
僕は、面接室へと向かった。
面接室には、三人の教師が座っていた。
中央には、院長のアーウィン・グレイソン。
「座りなさい」
院長に促されて、椅子に座る。
三人の教師が、じっと僕を見つめている。
緊張で、背筋が伸びた。
「エリオ・ヴァレンス、十三歳。グレイスフィールド村出身」
院長が、書類を読み上げた。
「推薦状によれば、一年前に魔法の訓練を始めた、と」
「はい」
「一年で、この実力……どう説明する?」
院長の目が、鋭く僕を見た。
どう答えるべきか。
正直に——いや、全てを正直に話すわけにはいかない。
「……努力しました」
「努力、か」
院長は、少し笑った。
「努力だけで、一年でここまで到達できると思うか?」
「いえ、その……良い師に恵まれました」
「ギデオン・クロウフォード。確かに、優れた魔法使いだ。だが、それでも一年は短すぎる」
院長は、身を乗り出した。
「エリオ・ヴァレンス。お前には、何か秘密があるな?」
心臓が、跳ねた。
見抜かれている?
でも——何を?
「秘密……ですか?」
「そうだ。お前の魔力の流れを見ていると——まるで、何度も同じ道を通ったかのような、洗練された動きをしている」
院長の言葉に、僕は息を呑んだ。
何度も同じ道を——
それは、まさに僕のことだ。
二度目の人生。同じ訓練を、もう一度やっている。
「お前は、もしかして——」
院長が言いかけた時、隣の教師が口を挟んだ。
「院長、あまり詮索するのは……受験者に失礼かと」
「……そうだな」
院長は、身を引いた。
「すまない。老人の好奇心だ」
彼は、書類を閉じた。
「エリオ・ヴァレンス、お前の実力は認めよう。合格だ」
「本当ですか!?」
「ああ。入学式は三日後だ。それまでに、寮の準備をしておきなさい」
「ありがとうございます!」
僕は、深く頭を下げた。
そして、部屋を出ようとした時——
「エリオ」
院長が、呼び止めた。
「何か、困ったことがあれば、私のところに来なさい。お前には、何か特別なものを感じる。それが何なのか、まだ分からないが——いつか、話してくれる日が来ることを願っているよ」
その言葉の意味を、僕は測りかねた。
でも——
「……はい」
とだけ答えて、部屋を出た。
待合室に戻ると、レインが待っていた。
「どうだった?」
「合格した」
「やっぱり! おめでとう!」
レインが、手を叩いた。
「僕も合格したよ。これから、同級生だね」
「良かった」
僕は、心から安堵した。
知り合いが一人でもいると、心強い。
その時、待合室の扉が開いた。
入ってきたのは——エリシアだった。
彼女は、僕たちをちらりと見て、それから無言で隅の席に座った。
「あれが、エリシア・アーデンフェルトか……」
レインが、小声で言った。
「すごい人だよね。魔力値780なんて、学院の歴史でも上位だって」
「……そうみたいだね」
僕は、エリシアを見た。
彼女は、窓の外を眺めている。
その横顔は、どこか寂しげに見えた。
記憶の中の彼女も——いつも、どこか孤独だった。
圧倒的な才能のせいで、誰も彼女に近づけなかった。
そして、彼女は一人で戦い続けて——最後は、一人で死んだ。
今度は、違う。
今度は——
「エリオ?」
レインの声で、現実に戻る。
「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「そっか。まあ、疲れたよね、試験。僕ら、これから宿に戻るけど、君は?」
「僕も、村長が手配してくれた宿に泊まってる」
「じゃあ、明日また会おう。入学式の前に、王都を案内してあげるよ」
「ありがとう」
レインと別れて、僕は宿に戻った。
村長が、待っていた。
「どうだった、エリオ?」
「合格しました」
「そうか! 良かった!」
村長は、僕の肩を叩いた。
「よくやった。これで、お前は王立魔法学院の生徒だ」
「村長のおかげです」
「いや、お前の実力だ」
村長は、嬉しそうに笑った。
その夜、僕は一人で考えていた。
合格した。
ここから、新しい人生が始まる。
記憶にない、未知の人生が。
でも——目的は変わらない。
強くなること。
戦争を止めること。
そして、大切な人たちを守ること。
六年後の未来を、変えること。
窓の外を見ると、王都の夜景が広がっていた。
無数の明かり。
この街のどこかに、未来の敵がいるのかもしれない。
未来の味方も、いるのかもしれない。
そして——世界の秘密も。
循環の理。
院長の言葉が、頭に残っている。
『何度も同じ道を通ったかのような』
もしかして——僕のことを、知っている?
いや、まさか。
でも——
分からないことが、多すぎる。
なぜ僕は、12歳に戻ったのか。
これは、一度きりなのか。
それとも、また死んだら——
考えるのを、止めた。
今は、目の前のことに集中しよう。
学院での生活。
新しい出会い。
そして——力をつけること。
未来は、まだ白紙だ。
僕が、これから描いていく。




