表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
循環の理  作者: 生クリーム王子
第一章 辺境の少年

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/11

第10話 陰謀の影

 フォートリッジから王都に戻る馬車の中で、僕たちは疲れ切っていた。

 三日間の戦い。

 命のやり取り。

 初めて経験する、本物の戦場。

 それは、訓練とは比べ物にならない重さだった。

 レインは、窓の外をぼんやりと見ている。彼の目には、まだ戦場の光景が焼き付いているようだった。

 エリシアは、腕を組んで目を閉じている。疲労を隠そうとしているが、その顔色は良くない。

 セレナは——相変わらず、静かに本を読んでいた。でも、ページをめくる手が、時々止まっている。

「みんな、大丈夫か?」

 僕が、声をかけた。

「……うん」

 レインが、力なく答えた。

「大丈夫……だと思う」

「私は平気よ」

 エリシアが、目を開けた。

「ただ、少し疲れただけ」

「そう」

 僕も、正直なところ限界だった。

 体の疲れもあるが、それ以上に——心の疲れが大きい。

 人を傷つけた。

 殺しはしなかった。でも、多くの兵士を無力化した。

 それが、正しかったのか。

 他に方法はなかったのか。

 考えれば考えるほど、答えは出ない。

「エリオ」

 セレナが、本から顔を上げた。

「自分を責めないで」

「……分かってる」

「分かってないわ」

 セレナは、本を閉じた。

「あなたの顔に、書いてある。『もっと良い方法があったんじゃないか』って」

 図星だった。

「でもね、エリオ。あれが、最善だったのよ」

 セレナは、真剣な目をした。

「あなたの判断で、多くの命が救われた。王国軍の兵士も、町の人々も。そして——私たちも」

「でも——」

「戦争に、完璧な答えなんてないわ」

 セレナの声は、三百年の経験を感じさせた。

「どんな選択をしても、誰かが傷つく。それが、戦争なの」

 彼女は、窓の外を見た。

「大切なのは、その中で——できる限り、被害を少なくすること。あなたは、それをやった」

 その言葉が、少しだけ心を軽くした。

「ありがとう、セレナ」

「どういたしまして」


 王都に到着したのは、夕方だった。

 街は、相変わらず賑わっていた。

 まるで、戦争など無縁のように。

 でも——よく見ると、違う。

 街角に、兵士の姿が増えている。

 人々の表情にも、不安の色がある。

 戦争は、まだ遠いが——確実に近づいている。

 学院に戻ると、アーウィン院長が待っていた。

「お帰り、諸君」

 院長は、僕たちを執務室に招いた。

「フォートリッジのダリウス隊長から、報告を受けた。諸君の活躍、見事だったそうだな」

「ありがとうございます」

 僕たちは、頭を下げた。

「魔導兵器三基を破壊し、敵の侵攻を食い止めた。学生の身でありながら、立派だ」

 院長は、満足そうに頷いた。

「だが——」

 彼の表情が、曇った。

「これは、始まりに過ぎない」

「始まり……ですか」

「ああ。ゼフィロスは、本格的な侵攻を準備している。フォートリッジの戦いは、偵察のようなものだった」

 院長は、地図を広げた。

 王国とゼフィロスの国境線が、赤い線で引かれている。

「王国議会は、明日緊急招集される。全面戦争を宣言するかどうか、議論されるだろう」

「全面戦争……」

 レインが、息を呑んだ。

「そうなれば、徴兵が始まる。若い男たちは、みな戦場に送られる」

 院長は、僕たちを見た。

「諸君にも、選択肢がある」

「選択肢?」

「このまま学院で学び続けるか——それとも、軍に志願するか」

 院長は、真剣な顔をした。

「正直に言おう。諸君の実力は、既に並の魔法使いを超えている。特に、エリオとエリシア——お前たちは、戦場で大きな力になる」

「でも、僕たちはまだ学生です」

 僕が、言った。

「学ぶべきことが、まだたくさんあります」

「その通りだ」

 院長は、頷いた。

「だから、強制はしない。お前たちの意志を尊重する」

 彼は、窓の外を見た。

「ただ——知っておいてほしい。この戦争は、普通の戦争ではない」

「普通じゃない?」

「ああ。情報部が調べたところによると——」

 院長は、声を潜めた。

「ゼフィロスの背後に、何者かがいる」

「何者か……?」

「詳しいことは分からない。だが、ゼフィロスを裏で操っている組織があるらしい」

 院長の目は、険しかった。

「その組織の目的は——単なる領土拡大ではない。もっと大きな、何かだ」

 僕は、セレナと目を合わせた。

 彼女も、同じことを考えているようだった。

 世界の転換期。

 五千年ごとの、滅びと再生。

 その裏で、誰かが糸を引いているのか?

「考える時間をやろう」

 院長が、立ち上がった。

「明日の夕方までに、答えを聞かせてくれ。軍に志願するか、学院に残るか」

 僕たちは、執務室を出た。


 その夜、四人で寮の談話室に集まった。

「どうする?」

 レインが、最初に口を開いた。

「軍に志願するか、しないか」

「私は、志願する」

 エリシアが、即答した。

「フォートリッジで、私は知った。私の力は、人を守るために使うべきだって」

 彼女は、拳を握った。

「学院で学ぶことも大切。でも——今、戦場で必要とされているなら、行くべきだ」

「僕は……」

 レインが、迷っていた。

「怖いよ、正直。また、あんな戦いをするなんて」

 彼は、震える手を見つめた。

「でも——エリオが行くなら、僕も行く。一人にはしたくない」

「レイン……」

「それに」

 レインは、無理に笑顔を作った。

「僕たち、チームだろ? チームは、一緒に戦うものだよ」

 セレナは——しばらく黙っていた。

 そして——

「私は、あなたたちについていくわ」

 彼女は、僕を見た。

「エリオが行くなら、私も行く。観測者として——そして、友達として」

 三人が、僕を見ている。

 決めるのは、僕だ。

 でも——

 答えは、もう決まっていた。

「僕は、志願する」

 僕は、三人を見た。

「この戦争の裏に、何かがある。それを突き止めなければ——本当の平和は来ない」

 それに——

 記憶の中では、この戦争で多くの人が死んだ。

 リーシャも、村のみんなも。

 それを防ぐためには、戦争そのものを止めなければならない。

 裏で糸を引いている組織を、見つけ出さなければ。

「じゃあ、決まりね」

 セレナが、立ち上がった。

「明日、院長に伝えましょう。私たち四人は——」

「王都防衛魔法師団に志願する」

 僕が、言葉を継いだ。

 四人で、拳を合わせた。

 これから、本当の戦いが始まる。


 翌日、僕たちは院長に志願を伝えた。

 院長は、複雑な表情をしていた。

「……そうか。覚悟は決めたか」

「はい」

「分かった。推薦状を書こう」

 院長は、羽根ペンを取った。

「お前たちは、特例として『王都防衛魔法師団』第三分隊に配属される」

「第三分隊……?」

「ああ。エリート部隊だ。最も危険な任務を担当する」

 院長は、僕たちを見た。

「隊長は、ヴィクター・アッシュフォード。若いが、優秀な指揮官だ。お前たちの力を、最大限に活かしてくれるだろう」

 彼は、推薦状を書き終えた。

「明日、軍本部に出頭しろ。そこで、正式に入隊手続きをする」

「はい」

「それと——」

 院長は、立ち上がった。

「お前たち、必ず生きて帰ってこい。いいな?」

 その声には——教師としての、温かさがあった。

「学院は、いつでもお前たちを待っている」

「ありがとうございます」

 僕たちは、深く頭を下げた。


 その夜、僕は一人で手紙を書いていた。

 リーシャへの手紙だ。

『リーシャへ

元気にしてる? 僕は、王都で無事にやってるよ。

実は——僕、軍に志願することになった。

戦争が始まりそうなんだ。

心配させて、ごめん。

でも、これは僕が決めたことだから。

リーシャや、村のみんなを守りたい。

そのために、僕は戦う。

必ず生きて帰るから。

約束する。

それまで、待っていてくれ。

エリオより』

 手紙を封筒に入れて、封をした。

 明日、郵便局から送ろう。

 リーシャは、何て言うだろう。

 心配するだろうか。

 怒るだろうか。

 それとも——

 ああ、会いたい。

 彼女の顔が見たい。

 笑顔が見たい。

 でも——今は、会えない。

 戦いが終わるまで。


 翌日、僕たちは軍本部に出頭した。

 王城の隣にある、石造りの巨大な建物。

 中は、軍人たちで溢れていた。

 みんな、忙しそうに行き来している。

 受付で、推薦状を見せると——

 すぐに案内された。

「第三分隊の執務室へ、どうぞ」

 長い廊下を歩いて、一つの部屋の前に着いた。

 扉をノックする。

「入れ」

 中から、若い男の声がした。

 扉を開けると——

 部屋の中央に、一人の男が立っていた。

 二十代半ば。

 黒い髪に、鋭い目。

 軍服を着こなした、精悍な顔立ち。

「お前たちが、学院から来た四人か」

 男は、僕たちを見回した。

「若いな。本当に、戦えるのか?」

「戦えます」

 エリシアが、即答した。

「証明してみせます」

 男は、エリシアを見て——小さく笑った。

「気に入った。自信がある奴は、嫌いじゃない」

 彼は、手を差し出した。

「俺は、ヴィクター・アッシュフォード。第三分隊の隊長だ」

「エリオ・ヴァレンスです」

 僕は、握手をした。

 力強い、握手だった。

「エリシア・アーデンフェルト」

「レイン・ヴァルディス」

「セレナ・ノクス」

 一人ずつ、自己紹介をした。

 ヴィクター隊長は、頷いた。

「よし。じゃあ、早速だが——任務を伝える」

 彼は、地図を広げた。

「お前たちの最初の任務は、偵察だ」

「偵察……ですか」

「ああ。ゼフィロスの首都、ザフィリアへの潜入偵察だ」

 ザフィリア——

 敵国の首都。

「目的は、二つ」

 ヴィクター隊長は、地図の一点を指した。

「第一、敵の軍事力の調査。第二——」

 彼は、真剣な目をした。

「ゼフィロスを操っている組織の正体を探ること」

 やはり。

 軍も、背後の組織に気づいている。

「危険な任務だ。失敗すれば、捕虜になるか——死ぬ」

 ヴィクター隊長は、僕たちを見た。

「断ることもできる。どうする?」

 僕は、他の三人を見た。

 エリシアは、迷いなく頷いた。

 レインは、震えながらも——頷いた。

 セレナは、静かに微笑んで——頷いた。

「やります」

 僕が、答えた。

「四人で、必ずやり遂げます」

「よし」

 ヴィクター隊長は、満足そうに笑った。

「気に入った。お前たち、使えそうだ」

 彼は、別の書類を取り出した。

「出発は、三日後だ。それまでに、準備をしろ」

「はい」

「それと——」

 ヴィクター隊長は、声を潜めた。

「この任務は、極秘だ。誰にも話すな。家族にも、友人にも」

 彼の目は、真剣だった。

「情報が漏れれば、任務は失敗する。そして——お前たちは、死ぬ」

「分かりました」

 僕たちは、頷いた。

「よし。じゃあ、解散だ。三日後の朝、ここに集合しろ」


 執務室を出ると、レインが大きくため息をついた。

「敵国への潜入偵察だって……本当に、大丈夫なのかな」

「大丈夫よ」

 セレナが、彼の肩を叩いた。

「私たちには、経験がある。フォートリッジでの戦いを、乗り越えたじゃない」

「でも、あれは防衛戦だった。今度は、敵地に乗り込むんだよ」

「確かに、危険ね」

 エリシアが、冷静に言った。

「でも、誰かがやらなければならない。なら、私たちがやる」

 彼女は、決意に満ちた目をしていた。

「この戦争の裏に、何があるのか。それを知らなければ、本当の敵は倒せない」

 その通りだった。

 表面的に戦っているだけでは、戦争は終わらない。

 根本的な原因を——背後の組織を、突き止めなければ。

「三日後か……」

 僕は、空を見上げた。

 青い空。

 平和な空。

 でも——この空の下で、戦争が始まろうとしている。

 そして、僕たちは——その真実を探るために、敵地に乗り込む。


 その夜、僕は禁書庫にもう一度忍び込んだ。

 セレナと一緒に。

「もっと情報が欲しいんだ」

 僕は、セレナに言った。

「背後の組織について。世界の転換期について」

「分かったわ」

 セレナは、禁書庫の奥へと進んだ。

 そして、ある棚の前で止まった。

「これよ」

 彼女が取り出したのは、古い羊皮紙の束だった。

「『世界循環の記録』——観測者たちが、何千年にもわたって記録してきた、世界の歴史」

 セレナは、羊皮紙を広げた。

 そこには、古代の文字で——膨大な記録が書かれていた。

「五千年前の滅び。一万年前の滅び。一万五千年前の滅び——」

 セレナは、次々とページをめくった。

「全て、同じパターンよ。文明が繁栄し、ある時点で——突然、崩壊する」

「突然?」

「ええ。戦争、疫病、天災——理由は様々だけど、結果は同じ。文明の大半が、失われる」

 セレナは、一つの記録を指した。

「でも、共通点がある」

「共通点?」

「その度に——ある組織が暗躍している」

 セレナの指が、ある名前を示した。

『オブリビオン』

「オブリビオン……?」

「忘却、という意味よ」

 セレナは、真剣な顔をした。

「この組織は、何千年も前から存在している。そして——文明が転換期を迎えるたびに、暗躍してきた」

「目的は?」

「世界の破壊——いいえ、正確には『リセット』」

 セレナは、別のページを開いた。

「彼らは、世界を一度滅ぼして、新しく作り直すことを目指している」

「なぜ、そんなことを?」

「分からないわ。彼らの思想は、謎に包まれている」

 セレナは、羊皮紙を閉じた。

「でも、一つだけ確かなことがある」

「何?」

「彼らは、今回も動いている。ゼフィロスを裏で操り、戦争を起こそうとしている」

 セレナは、僕を見た。

「そして——その先に、世界の滅びがある」

 僕は、拳を握った。

 オブリビオン。

 世界を滅ぼそうとする組織。

 それが——今回の敵なのか。

「ザフィリアで、その証拠を見つけなければ」

 僕は、決意した。

「そして、彼らの計画を止める」

「ええ」

 セレナは、頷いた。

「でも、気をつけて。彼らは、強大よ。何千年も生き延びてきた組織なんだから」

「分かってる」

 僕は、禁書庫を後にした。

 三日後——

 僕たちは、敵地に乗り込む。

 そして、真実を暴く。

 世界を救うために。


 出発の前日。

 僕は、もう一度リーシャに手紙を書いた。

『リーシャへ

これから、少しの間、連絡が取れなくなる。

危険な任務に行くんだ。

でも、心配しないで。

必ず生きて帰る。

君に会うまで、僕は死ねない。

だから——待っていてくれ。

エリオより』

 手紙を封筒に入れて、郵便局に預けた。

 これが——最後の手紙にならないように。

 そう、祈りながら。


 出発の朝。

 四人は、軍本部に集合した。

 ヴィクター隊長が、待っていた。

「揃ったな」

 彼は、小さな袋を四つ、僕たちに渡した。

「これは、変装用の魔法道具だ。姿を変えることができる」

 袋の中を見ると、小さな指輪が入っていた。

「それをはめて、魔力を注ぎ込めば——別人の姿になれる」

「便利ですね」

「ああ。だが、魔力を使うから、長時間は持たない。一日が限界だ」

 ヴィクター隊長は、地図を広げた。

「ザフィリアまでは、馬で三日だ。途中、いくつかの町を経由する」

 彼は、赤い線で経路を示した。

「町では、変装を使え。絶対に、正体を明かすな」

「了解しました」

「それと——」

 ヴィクター隊長は、僕を見た。

「エリオ、お前がリーダーだ」

「え?」

「フォートリッジでの報告を読んだ。お前の判断力と指揮能力は、群を抜いている」

 彼は、僕の肩を叩いた。

「三人を、頼んだぞ」

「……はい」

 重い責任が、肩に乗った。

 でも——断れない。

 僕が、やらなければ。

「じゃあ、行け」

 ヴィクター隊長が、敬礼をした。

「幸運を祈る」

 僕たちも、敬礼を返した。

 そして——馬に乗って、王都を出発した。

 敵地へ。

 真実を探すために。

 四人の、危険な旅が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ