冤罪婚約破棄の後、なぜか不器用な恋が始まりました
冤罪による婚約破棄騒動は、数日後に真実が明らかとなった。
事件は収束し、王太子との婚約は解消。
そして──
侯爵令嬢であるエレオノーラと、伯爵家三男のハルト。
家格の差こそあれど、急成長を遂げるハルトの商会が評価され、二人の婚約は正式に認められることとなった。
「改めまして──これからはよろしくお願いします」
ドレスの裾を摘み、カーテシーをするエレオノーラ。
その姿に、ハルトは頬をかきながら照れくさそうに笑った。
「……堅苦しい挨拶は苦手でさ。俺なりのやり方で、よろしくって言わせてくれ」
そう言って差し出された手に、
エレオノーラは驚き──それでも、そっと握り返した。
それから二人は、度々会うようになった。
侯爵家の庭園で散策していたとき、
石につまずきかけた彼女を、ハルトが素早く抱き寄せる。
心臓が、ドクンと跳ねた。
「あ、ありがとうございます……」
頬が熱い。
見上げると、ハルトはふっと身体を離し、
「ヒールだと危ないよな。気をつけて」
と手をひらひら振って歩き出す。
──王太子の隣にいた頃、こんなふうに抱き寄せられたことは、なかった。
その優しさに、胸の奥が……なぜかざわついた。
数日後──エレオノーラは初めてハルトの“職場”を訪れた。
急成長を遂げている商会は活気に満ち、人々が忙しなく動いている。
エレオノーラが興味深くその様子を眺めていると、従業員の一人がハルトに気づき──サッと走り寄ってきた。
「ハルト様!ちょうどよかった!ここ、どのように改良すればいいか悩んでまして!」
エレオノーラは目を見張る。
いつも軽口を叩くハルトなのに、従業員の口から出る「ハルト様」は、明らかに尊敬と信頼に満ちていた。
ハルトは用紙を受け取り、目を通す。
真剣な眼差し──その横顔から、なぜか目が離せなかった。
少しずつ、少しずつ……心に積み重なっていく。
気づけば、もう戻れないほど深く、
エレオノーラの胸にはハルトが入り込んでいた。
胸が苦しい。
そばにいるだけで、鼓動が速くなる。
……離れたくない。もっと──そばにいたい。
けれど、ハルトの態度は変わらない。
優しいし、助けてくれるし、大切にしてくれる。
でも──掴めない。
彼はいつも飄々としていて、距離の取り方がわからない。
(彼にとって私は……ただの政略結婚の相手?)
(こんなに好きになってしまったのに……どうして、彼の心はわたしに向いてくれないの?)
胸の奥に押し込めていた想いが──耐えきれず、あふれ出す。
エレオノーラの瞳から、一筋の涙がこぼれた。
庭園でお茶をしていたハルトは、突然泣き出した彼女にぎょっとして立ち上がった。
「ど、どうした!? 何かあったのか?」
後ろの椅子がガタッと倒れる。
エレオノーラの涙は止まらない。
淑女として、人前で泣くなどありえないのに。
(でも……どうしても、止められない……)
嗚咽をこぼす彼女に、ハルトは戸惑ったまま手を伸ばす。
その指先が彼女の髪に触れかけた、その時。
「ハルト様は、私のこと……どう思っているんですか?」
伸ばしかけた手が、小さく跳ねて止まった。
涙で濡れた紫の瞳が、春の光を受けて揺れている。
「私ばかり……好きみたいで……」
ハルトの黒い瞳が、大きく見開かれる。
「……苦しいの」
エレオノーラは、そっと瞼を伏せた。
一筋の風が通り抜け、ハルトの焦茶の髪をふわりと揺らす。
庭園を撫でるような、やわらかな風だった。
──ハルトは意を決し、そっと彼女を抱き寄せる。
エレオノーラの金糸のような髪が、肩で震えた。
「……泣くなよ」
低く掠れた声。
「君に泣かれるのは──嫌なんだ」
指先に力がこもる。
「俺だって……ちゃんと、好き。……だからさ」
顔を上げると、ハルトは困ったように笑った。その頬が、ほんのり赤い。
──エレオノーラは目を見開き……それでも涙は止まらない。
「……ああっ。もう!」
再び強く抱きしめると、そっと彼女の頬に口づける。
「これ以上はムリ! 恥ずすぎて死ぬ!!」
耳まで真っ赤なハルトに、
エレオノーラの表情はふっと和らいだ。
春の風が、優しく二人を包んでいた。




