高校生4
悩みながらも日々は否応なく流れていく。
朝は決まって母さんを見送って、電車に揺られ、有馬の背中を遠目に見ながら登校する。
靴箱を開ければ嫌がらせの跡があり、相手は昨日の女子たちだろうか。
まだ、飽きてくれないみたいだ。
そんな繰り返しの中で少しずつ息苦しさが積み重なっていった。
そして、ある朝。
登校してきたところ、廊下で誰かの怒鳴り声が聞こえた。
聞き間違いじゃなければ佐藤の声だ。
いつも温厚な佐藤があんなに大声を上げるなんて何事だ。
慌ててドアを開けると、ちょうど佐藤と目が合った。
「……真白」
佐藤の表情は怒りに歪んでいて、それでいてどこか悔しそうだった。
彼の視線の先、僕の机の中には教科書が散り散りに切り刻まれた状態で押し込まれていた。
ノートもページが破かれて無惨な状態だ。
一瞬、頭が真っ白になる。
けれど涙も怒りも出てこなくて、ただ冷めた気持ちでその光景を眺めていた。
――ああ、ついにここまでやるんだ。
授業が始まる前に、僕は机に背を向けて教室を出た。
近くの書店にでも行って新しい教科書を調達しよう。
売っているかわからないけれど、もう、それしか思いつかなかった。
僕のものがなくなっていく、出鱈目な噂話が伝染していく。
大したことじゃない。
そう言い聞かせていたけれど、敵意の籠った人の態度に、積み重なる嫌がらせに確実に体力を奪われていく。
速足で歩いて涙で視界が滲む。
袖で乱暴に拭ってとにかく走った。
もう心はグチャグチャだ。
近くの書店に入り、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
教科書売り場まで行くと、新しくできた大型の書店だからか、ダメにされた教科書をみつけることができた。
全部手にとってレジに行く。
これを買ってーーー、またあの学校に行くために?
そう思うと気が進まなくなるが、教科書はどうせ必要になるし、買ってから考えよう。
会計を済ませてもう家にでも帰ろうかと足を踏み出すと、なぜか有馬が後ろに立っていた。
僕のことを追いかけてきたのだろうか、汗だくで息を切らしているけれどその目は冷ややかだった。
「逃げるの、いい加減にやめろよ!」
苛立ちを抑え込んだ低く押し殺した声。
僕はその姿を見た時、胃の奥がぎゅっと縮んで、冷たいものがせり上がってくる。
今1番会いたくない相手だ。
決めつけたくはないけれど、どうしてもこいつが主犯なんじゃないかと疑うのがやめられない。
「・・・お前がやったんだろ」
「は?」
「どうせ、教科書もお前が指示してやったんだろ!」
僕は声を震わせながら前に一歩踏み出す。足が震えているのが自分でもわかる。
「はあああ?ふざけんなよ!!!!俺がやるわけないだろ!!!!」
「嘘だ!みんなお前を慕ってる!だからお前が嫌いな僕をみんな何してもいい存在だって思っているんだ!そうなるように仕組んだのはお前じゃないか!!!!」
「ちがっ、俺は、そんなつもりは、」
「僕は、僕には有馬がわからないよ!そんなに僕が嫌いなら関わらなければいいだろ!なのになんでいちいちいちいち文句言ってくるしさ、顔を合わせれば馬鹿にしてくるし!それなのに、いざという時は助けてきてさ。そういうの汚いんだよ!」
「もう、疲れた。これ以上僕に関わらないでよ。十分楽しめたんじゃないか?」
「嫌だ!俺じゃない!周りの奴らが勝手に勘違いして、それだから、俺、焦って「信じられないよ」
こいつの言葉なんか聞きたくない。
僕は有馬が再び口を開く前に、踵を返して走りだす。
重い教科書が入った袋を抱えながらなりふり構わずに。
「おい、待てって言ってんだろ!」
名前を何度も叫ばれようが、怒鳴られようが、僕はもう見向きもしなかった。
強がっているつもりだった。でももう我慢の限界だ。
足元の白線が揺れている気がする。
握りしめた袋の角が掌に食い込む。
そして、有馬から少しでも離れたくて、無我夢中で走り続け、公道へと足を踏み出す。
「っ真白!!止まれ!!!!」
背後から聞こえた悲痛な声に、つい振り向いてしまった。
何故だか驚愕した様子でこちらに駆けてくる有馬がそこにはいた。
こっちにくるな。名前を呼ぶな。
普段は怠らない信号の確認をこの時はしなかった。
赤に変わった信号に気づかないまま横断歩道へ足を踏み出す。
「あぶない!!!!!!」
その瞬間、耳をつんざめくようなクラクションが鳴り響き、目の前にはヘッドライトの白い光が視界いっぱいに広がっていた。




