選択
昼下がりのカフェはやけに騒がしかった。
年末年始の年越しムードで学生は学校が休みの日らしく、
普段は来ないような若者の声が、テーブルの間を行き交い、店内はやけに賑やかだった。
「月島、久しぶり。元気してた?」
鈴やんが約束した通り佐藤を連れてバイト先まで来てくれた。
伝票を手にしたまま、二人のいる席へ向かった。
鈴やんは十年経ってもそんなに見た目が変わらなかったが、佐藤は身長がぐんと伸びて幼さの残っていた頬の丸みがなくなってシャープで大人びた輪郭になっていた。
隣で鈴やんがストローを噛みながら、佐藤に「相変わらず顔色悪くね?」と遠慮なく言っていた。
「失礼だな。普通だろ」
そう返す佐藤に思わず「それが普通じゃないんだって」と鈴やんと同時に笑った。
話題は仕事、バイト、共通の知人の噂話。
どれも問題なく答えられるし、会話も途切れない。
なのに、どこか他人事みたいに言葉が耳を素通りしていく。
「最近、有馬とよく一緒なんだろ?」
佐藤は何気なく聞いたつもりなんだろうけど、ドキッとした。
「まあ、たまに」
なんとか当たり障りなく答えるので精一杯だ。
なんで二人は有馬のことに言及してくるんだろう。
僕の知らないところで、三人は仲良くなったんだろうか。
そう思うと嫉妬が渦巻くように湧き上がる。
「たまにって言う割に、この前並んで歩いてるところ見かけたぞ。お前らめちゃくちゃ仲良くなってるじゃん」
そう言われて少しだけ心が晴れた。
佐藤の目から見ても僕らは仲良しらしい。
今はちょっと距離を置かれているけれど。
あの後、僕は結局なにも言えずに家に帰った。
あんなに感情的な有馬を見たのは初めてで、僕がなにを言っても意味がないように思えた。
こんなに有馬のことを想っているのに、有馬は僕から離れるために好きだと言った。
その事実に胸が締め付けられる。
僕はどうしたらよかったんだ。
言いようのない喪失感に襲われ口を噤んだ。
そんな僕を佐藤と鈴やんは不思議そうに見ていた。
「たまには月島もこっちに遊びにこいよ。観光ならおすすめの場所に連れてってやるから」
「それいいな!気分転換にもなるだろうし、いつでも待ってるから」
気を使わせてしまったみたいだ。
だけど、この誘いは正直嬉しいと思った。
「ありがとな」
カウンターの方を一度だけ確認する。
そろそろ戻らないといけない時間だ。
二人が帰った後、閉店間際まで働いて、駅までの道を一人で歩く。
スマホを見てもここ最近は毎日欠かさず送られてきていた有馬から短いメッセージの受信はない。
前までは「おはよう」とか、「今なにしてる」とか、何気ない言葉が続いていたのに。
帰宅すると、部屋の電気がついていた。
朝消し忘れて家を出てしまったのだろう。
「ただいま」
誰もいないのはいつものことなのに、外よりも寒く感じるのは気のせいだろう。
もう、2週間も有馬に会えていない。
一日中働いた疲れもあって、おもむろにベッドにダイブした。
夜中、目が覚めた。
喉が渇いて、身体の向きを変えた拍子に、額や頬にふわふわした何かが当たる。
毛布かと思ったけれど、枕元に置いて寝た覚えはない。
違和感を覚えて、スマホのライトで枕元を照らした。
モノだと思っていたけれど、赤みがかった茶色で丸くなるように寝息を立てているそれは、明らかに生きている。
一気に眠気が吹き飛んだ。
どこからか野良犬が入り込んだのかと思った。
しかし、よくよく見るとそれは、とても可愛らしい、生まれたての鹿のようなフォルムをしていた。
背中には、小さな翼が生えている。
見覚えのあるその姿に、息を呑んだ。
「……フルゥ?」
声に出した瞬間、懐かしさが溢れてくる。
「う?うあー、ひさしぶり、真白」
フルゥは眠そうな目を前足で擦りながら微笑んだ。
その笑顔は、何も変わっていない。
異世界でも、いつもそうやって名前を呼んでいた。
「どうして……ここに」
すると、フルゥは少しだけ。
「真白に会いにきたの」
その一言で、言葉が詰まる。
僕はぎゅーっとフルゥを抱きしめた。
「へへへ、くるしいよ」
「でも、なんで僕に会いにきてくれたの」
僕はフルゥを離して代わりに頭を撫でる。
また、向こうの世界が危機に瀕しているのだろうかと僅かに不安になったが、フルゥの陽気な感じからしてそれはない。
「真白は世界を救ってくれたのに、強制的に戻されちゃったでしょ。だからフルゥは真白をもう一度向こうの世界に呼び戻そうと思ってきたの」
驚いて、撫でる手を止めた。
また、急な話だ。
「フルゥね、真白がまたこっちに来れるように色々頑張ったんだよ!今からでも戻ろう!」
自信満々なフルゥ。
褒めて欲しそうにキラキラした目で僕を見る。
でも、僕はすぐに答えられなかった。
「もう一度あの世界に行けるかもしれないんだ」
「うん!うれしいでしょ」
「嬉しいよ、異世界がすごく恋しかった」
戻ってきてすぐ、これを言われたら、飛びついていたことだろう。
戦いを共にした三人のことを特別に思っていたし、また会えるのなら会いたい。
向こうの世界は僕を必要としていた世界で、役割を与えられていた場所でもある。
一方でこの世界は僕がいてもいなくても、何事もなく回っていく。
「でもね、僕はこっちで生きていくよ」
フルゥはぽかんと口を開けたまま動かなくなった。
しばらくして気を取り直したように僕に詰め寄る。
「なんでなんで、真白があの世界にずっといたがってたの知ってたよ。フルゥはずっと見てたんだ。」
ーー確かに向こうにいたときはそうだった
「有馬がいたから、こっちの世界のことも悪くないなって思えるようになったんだ。」
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こっから全部有馬への愛にしたい
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有馬といる時だけは異世界のことを考えなかった。
触れたら離したくなくなるあの温かい手。
有馬といると胸が高鳴って、有馬から向けられる好意は心地よかった。
だから有馬から離れていくなんて、考えたこともなかった。
事故に遭ったり、異世界に行ったり、戻ってきたり。
僕の人生に「当たり前」なんて一度もなかったはずなのに、
有馬だけは例外だと、勝手に信じていた。
そばにいることに甘えて、
有馬の背負う後悔の重さを、
僕はまともに見ようとしなかった。
そのことに気づいた今、僕には向き合うべきことが見えた。
「異世界には行かない。」
僕が固く決心して言うと、フルゥは少し黙ってから小さく笑った。
「真白が選んだ世界なら、無理に引き戻したりはしないよ」
フルゥは僕の腕の中で、もう一度だけ身を丸めた。
有馬のいる、この世界を、僕は選んだ。




