ゲーム
有馬からLINEで送られてきた地図を頼りに歩いて向かう。
実家はご近所で、昔からよく知っている家だ。でも今は、アパートで一人暮らしをしているらしい。
有馬は、僕がバイトしているカフェによく来る。
そのカフェは最寄駅から一駅で着く場所にあり、仕事先も近くだと聞いていた。
だから家も自然とその辺りだと思い込んでいたのに、
地図に示された目的地は、電車で三駅も先だった。
それにしても、誰かの家に行くなんて初めてだ。
菓子折りとか、持ってくるべきだったのかな。
今さら手ぶらで後悔しても遅い。
考えているうちに、もうアパートの前まで来てしまった。
あいつの部屋は、確か202号室だ。
ドアの前に立った瞬間、妙に胸が詰まる。
深呼吸する間もなく、躊躇を振り切るようにインターホンを鳴らした。
「月島、来てくれてありがとな。上がって」
「こっちこそ、誘ってくれてありがとう」
休日だというのに、有馬は外に出る時と変わらない身なりをしていた。
ちゃんとしているんだな。
僕も一応は気にするけど、有馬みたいにきっちり整えようとはしない。
家の中に足を踏み入れると、広さのわりに、家具らしいものがほとんど見当たらない。
視界に入るのは、ベランダに続く大きな窓と、深緑のカーテンだけだった。
がらんとした、殺風景な空間だ。
引っ越して来たばかり、という表現が一番近い。
それでも普通なら、どこかにダンボールの一つや二つは転がっていそうなのに。
「なんもない」
つい口からこぼれてしまい、有馬の方を見る。
有馬は少し恥ずかしそうに、頬を掻きながら言った。
「布団敷いて寝るだけだし、家具とか模様替えは難しくてさ。よくわかんないからこんな感じなんだ」
「ご飯食べる時はどうするんだよ、テーブルがないんじゃ床で食うとか?」
「台所で立ったままフライパンから直で食べてるよ」
「なるほど、その手があったか」
「俺のことはいいからさ、今日はこれを一緒にやりたくて誘ったんだ」
奥の部屋から、有馬が二つの箱を抱えて出てきた。
床に箱を置き、有馬は一つを自分の前に置き、もう片方をこちらに差し出す。
「開けてみて」
言われた通り箱を開封する。中には、三つの機器が収まっていた。
「ヘルメットみたいなのと、輪っかが二つ。これでどうするんだ?」
「これはね、VRだよ。ゲームをするために使うんだ」
有馬も自分の箱を開け、同じ装置を取り出していく。
「VRって、あの……!」
確か十年前にもニュースで見た記憶がある。
ただ、その頃はまだ開発段階で、家庭用として出回っているものは少なかった。
名前くらいは知っていたけれど、まさかこんなところで実物を見るとは思っていなかった。
当時気になってはいたが学生では手の届かなかった物を目の前にして心が躍る。
けれど勝手に触っていいものか分からず、有馬のほうを見た。
「これ、僕が触っちゃっていいの?」
「いいよ。俺も一緒にやるから」
そう言って、有馬は慣れた手つきでヘルメットを持ち上げる。
「これは頭に装着して、こっちはこの部分を持って握って」
言われた通り、ヘルメットのような装置を頭に装着し、両手にハンドルを握る。
視界の端で、有馬も同時に装置を装着したのがわかった。
次の瞬間、目の前に起動画面が浮かび上がった。
暗転していた視界が一気に明るくなり、まるで近未来に放り込まれたみたいで、思わずテンションが上がる。
次の瞬間、ゲーム画面へと切り替わり、巨大な建物の内装が映し出された。
剥き出しのコンクリートの壁に見上げても先が霞むほどの高い天井。自分の体を確認すれば冒険者のような軽装備をしており、歩くたびに硬い地面がコツコツと鳴りその音が建物内に反響して聞こえる。
――ゲームの世界に入り込むって、こういうことか。
横を見ると、僕と同じ軽装備の有馬のアバターが立っていた。
かと思えば僕の周りを駆け足をしてみたり、ジャンプをしている。
僕も基本の動作を試しながら歩き回り、床に落ちている宝箱を掴んでみる。
「すご……ちゃんと、掴んだ時に感触がある」
「本当だ!すごいな」
横からも、はしゃいだ声が聞こえてきて、思わず突っ込む。
「有馬、何回かこれで遊んだことあるんじゃないの?」
「いや、遊ぶのは初めて」
――てことは二人とも初見か。
そうわかった瞬間、気持ちが浮き立つ。
同じところで足を止めて、同じものに驚いて、同じように声を上げている。
並んで一緒に楽しむ感覚が、じわじわと心地よく広がっていった。
手元のハンドルに付いたボタンを押すと、攻撃が出る。
有馬と息を合わせて敵を倒し、クエストをいくつかクリアしていった。
「月島、上見て!」
「え、上?ははっ、どこ貼り付いてんだよ」
視線を上げると、有馬が建物の壁をよじ登り、高い位置に張り付いている。
ぎゅっと壁にしがみついている様子は蝉みたいでちょっと面白い。
「月島も登ってきてよ。ここからの眺め、最高だぞ!」
言われるまま両手を使って壁をよじ登る。
建物の頂上まで到達すると、座る動作のボタンを押して屋根の上の有馬の隣に腰掛けた。
視界が開け、夕焼けに染まった街並みが一望できた。
異世界にいる感覚とはいっても、あの世界とはまったくの別物だ。
近未来的な建物と広い草原が入り混じり、ところどころ日本を模したのか、鳥居や桜も見える。
「なあ、月島。どうだった?楽しめた?」
「……まあ、悪くはなかったかな」
そう返しながら、内心では自分でも意外なくらい満たされているのを自覚していた。
結構、存分に楽しんでしまったと思う。
――有馬のおかげだな。
口に出すのは照れくさいから心の中だけに留めておく。
「てか、なんで僕を誘ったんだ?他にゲームを一緒にやってくれる友達なんてたくさんいるだろ」
「いないよ。それに、月島とやりたくて買ったんだもん。こんなふうに、月島と一緒に喋って笑っていられるのがさ、奇跡みたいで嬉しいんだ」
照れくさいことを平然という有馬に恥ずかしいようなむずがゆい感情がこみ上げてくる。
でも相手は僕より8年分生きた記憶に差があることを忘れてはいけない。
本音と建前くらい分けて言える大人だ。
「ふーん。そんなに言うんだったらさ、今日泊めてって言ったら泊めてくれるの」
そう言って有馬の顔を覗き込む。
正しくはアバターの顔だから表情は全く読めないけれど。
どうせこう言ったら困って断られるだろう。
「もちろん大歓迎だよ!一緒の布団でもいいなら泊まってく?」
花が咲くような笑顔が返ってくる。
そんな反応は想定外だ。
本音を引き出すためのちょっとした意地悪のはずだったのに、さらっと受け入れられた挙句、「夕飯はウーバーでいいよね」とどんどん話を進めていくので焦って止める。
「あ、いや。今日はいいや」
「そう?」
ゲームを終了してヘッドセットを外すと、耳の奥に残っていた電子音がすっと消えた。
現実の部屋に戻った感覚に、少しだけ名残惜しさを覚えながら、僕はVR機器を箱に戻し、有馬に手渡す。
「ありがとう。楽しかった」
有馬はそれを受け取って、いつもの調子で笑った。
「またやろうね」
なぜだか有馬が帰り支度をする僕の後ろをついてくる。
やっぱり泊まらせてとか図々しいこと言った挙句、断ったから怒っているんだろうか。
「帰るなら駅まで送っていくよ」
「は?いいよ。もう成人男性だし。帰り道くらいわかるって」
そう言い切ったはずなのに、有馬は玄関までついてきて、なおも当然みたいな顔をしている。
「危ないよ。ほら、外真っ暗だし」
その一言で、胸の奥に溜まっていたものが一気に溢れそうになる。
――これ以上優しくされるとまずい
「だから、いいって言ってるだろ」
靴を履きながら、語気だけが少し強くなる。
こんなの自分らしくない。
視線が合わせられない。
顔を上げたら、今どんな表情をしているか分からなかった。
ドアを開けると、冬の空気が一気に流れ込んでくる。
「……じゃあ、また」
そう言い捨ててほとんど逃げるみたいな勢いで、外に出た。




