戸惑い
目を覚ますと、家の中で微かな物音がした。
ぐっすり眠れたから昨日よりもだるさが抜けて、熱も体感的には下がったみたいだ。
それより問題は物音の方だ。
ーーー誰かいたっけ?
ゆっくり起き上がって足音を立てないように階段を降り、恐る恐るキッチンを覗く。
トントンと包丁とまな板が触れ合う音、味噌汁の匂い。
――あ、有馬。
そういえば昨日バイト先から送ってきてくれたんだ。
僕に気づいた有馬は近づいて、顔を覗き込んできた。
「起きたか。あ、ちょっと待て」
そう言って額に手を当てられ、それからはっとしたように言う。
「熱、測ってねぇな」
体温計を持ってきて、無言で脇に差し込まれる。
「なんで、まだいてくれてるの。普通夜だったら帰るでしょ」
「俺がいたかったから」
「そんなに家事がしたかったの?」
「うん、手伝いがしたかったかな」
「変わってるな」
「月島はさ、困ったらいつでも呼んでいいんだよ、俺のこと」
有馬の真剣な表情にどう受け取ればいいのかわからなくなる。
ーーー困ったらって、便利なものだらけのこの世界で困ることってそんなにないけどな
測り終えると数値を確認して、ほっと息を吐いた。
「熱は下がったみたいだな。でも、まだ病み上がりだから、無理しないで。今日はゆっくりしてて」
有無を言わせない口調で、布団をかけ直される。
そのままキッチンへ戻っていく背中を見送りながら、ぼんやり考えた。
――有馬って、こんなに世話好きだったんだ
しばらくして朝食が運ばれてくる。
まだだるさの残る身体で、もそもそと箸を動かす間にも、
有馬は洗濯機を回し、掃除機をかけ、手際よく家の中を整えていった。
僕一人だったら、体調のこともあって家事はほとんどサボっていた。
洗濯物は溜まり、床には埃が残ったままだったはずだ。
その様子を眺めながら、僕は言葉にできない違和感と、
妙な安心感を同時に覚えた。
すべて終えると、有馬は時計を確認して靴を履く。
「じゃ、仕事行ってくる。何かあったら連絡して」
いつのまにか交換してしまった連絡先。
扉が閉まる直前、僕は何も考えずに口を開いた。
「……いってらっしゃい」
一瞬、有馬がこちらを振り返った気がした。




