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異世界から戻ったら再会した幼馴染から溺愛される話  作者: 一優梨


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真白の使命

王都の中心である、かつて栄華を極めた王城は、その原形をとどめていなかった。

黒い靄が城壁を覆い、空には裂け目のような魔力のうねりが走る。

そして、王はもはや人間ではなかった。


王は巨大な生物と融合していた。

人の形を失い、うごめく無数の黒い触手が床を這い、異臭を放つ。

その中心に、かろうじて王の面影を残した何かが、うすら笑いを浮かべていた。


「勇者ども。我が力の礎となれ」


低く、地の底から響く咆哮が、空気を震わせた。


「ふたりとも、いくぞ!」


僕は何発もの魔法を撃ち込みながら、剣を構えたオルフェンと走って王へと距離を詰めていく。

レミーユが後方で詠唱を紡ぎ、視界が光に満たされた瞬間、僕たちは地面を思い切り蹴って跳び上がった。


至近距離で一斉に攻撃を叩き込む。

轟音が響き、眩い光の中で王の姿が飲まれていった。


地面に着地し、光が薄れていく。

そして目に飛び込んできた光景に、僕は息を飲んだ。


王だった“それ”は、なおも触手をうねらせながらゆっくりと前進してくるだけ。

こちらの全力を、ただ霧でも払うように受け流していた。


「そんな……全然効いてない!」


レミーユが声を失い、オルフェンも剣を握る手を強く震わせている。


「ましろ!!後ろ!!!!」

「う、わっ!」


オルフェンに言われてかろうじて身をひねる。

触手の先端が頬すれすれをかすめ、黒い軌跡が床に残った。

触れた部分の石は腐食し、音もなく崩れ落ちていく。


——触れたら終わる。


その事実が背筋を氷のように冷やした。


さらに複数の触手が地面を突き破って襲いかかる。

防御する暇などない。ただ避けるだけで精一杯だった。

息が荒くなり、冷や汗がたらりと地面に落ちた。


「間に合ったか」


 どこかで聞いた声が、瓦解した玉座の間に響いた。


「真白ッ!!」


 アレンが飛び込んできて、僕のすぐ前に立ちはだかる。

 その直後、黒い疾風のような魔力が王へと奔った。

 

 魔王だ。


ーー来てくれたんだ!


絶体絶命の中でほっと胸を撫で下ろす。


 ふたりが息を合わせたように同時に攻撃を仕掛ける。

それは洗礼された動きで、お互いのことを知り尽くしているからできる技のようだった。


 闇を切り裂く一閃。

 大地そのものを震わせる衝撃波。

 魔王の力とアレンの剣技が重なり、王の巨大な身体へ容赦なく叩きつけられる。



 だが、王は少し呻き声を上げただけで平然としている。


「……効かないな」


 魔王が恐ろしく冷静冷静な声で言った。


「一体どうすれば」


「まともにやり合えば叶わない。弱点さえわかれば、話は別だが」


 「弱点……。」


ーーー核みたいなものがこの怪物にもあるとしたら。


 脳裏に、あの書庫で読んだ一文がよぎった。


 ——すべての問題は魂を束ね、王の力に固定している核である。



 心臓が跳ねた。


(まさか、あの魔法陣……)


 王の足元に広がる禍々しい紋章。

 沸々と沸騰しているように泡が出てきてははじけ、

 燃え尽きられず残った魂のように、形のないものが苦しげに蠢いていた。


 これが王の力の根源だ。


 僕は仲間だけに聞こえるように言った。


「少しの間でいいから、王の動きを止めてくれ!!」


 四人が同時に頷く。


「任せて!」

「時間は稼ぐ!」

「真白、絶対死ぬなよ!」

「お前を守るのが俺の役目だ」


 レミーユの最強魔法が放たれ、

 オルフェンが触手を斬り払い、

 アレンが正面から王を抑え込み、

 ノクトの黒い魔力が触手全体を縛りつける。


 四人がかりでようやく、

 “王だったもの”の動きを封じた。


「今だ……!」


 僕は魔法陣に向かって駆け出した。

 近づくにつれ、胸が締めつけられるように苦しくなる。

 黒い魔力が魂の悲鳴のように渦巻いている。


 手を伸ばした瞬間、

 その中にかすかな声が混じった気がした。


 ——たすけて。


 どこかで聞いた懐かしい声にハッとする。


「ごめん。苦しかったよね」


 僕は震える手を魔法陣にかざした。


「いま、みんなを解放するから」


 使い慣れた攻撃魔法ではなく回復魔法で、魔法陣の魂を浄化していく。

 “魂を癒す”ための魔法。

 それが、自分にできる最善の手段だ。


「どうか、安らかに——」


 

 僕は祈るように呟き、

 あふれる魔力をすべて魔法陣へと注ぎ込んだ。


 黒い魂たちが震え、ゆっくりとほどけていく。


 ほどけた光が人の形を結びはじめ、

 そこには、あの村の、この世界で最初に出会った人たちの姿があった。


 ミランダさん。レオ、ロラ。

 店で声をかけてくれた人たちまで、皆が微笑んで、僕に向かって手を振っている。


 胸の奥がぎゅっと痛んだ。

 この世界での最初の思い出は、全部この人たちだった。


 あの村で僕の世界と同じ言葉を話して人は、きっと僕と同じように王によって連れてこられた異世界人。

 そうじゃない人は王に異議を唱えた者たちだったのだろう。


 どれほど苦しかっただろう。

 どれほど怖くて、悔しくて、悲しかっただろう。


 そんな人たちが、あの日、僕を王都へ送り出したとき、いったいどんな気持ちで見送ってくれたんだろう。


 考えた瞬間、喉が熱くなった。


 それでも僕は、彼らの魂を解放できたのだと思うと、心に静かな安堵が広がった。

無数の光が天へと昇っていった。


「みんな、ありがとう」


柔らかな光が放たれる。

 その光は、禍々しい魔法陣を包み込み、やがて崩壊させた。


 その瞬間、王の動きがぴたりと止まった。

次いで、肉体の奥から何かが暴れ出すように、びきびきと嫌な音が響く。


「……ぐ、あ……あ……っ――」


 王の喉から、悲鳴とも雄叫びともつかない声が漏れはじめた。


「ウガアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 それは怨嗟か絶望か、周囲の空気を震わせるほどの絶叫だった。


「なぜだ……! なぜ私がこんな目に……っ!

 私は……世界を……支配するはずだったのに……!!」


 触手や肉体は灰になって崩れ落ち、最後の残滓が風に飲まれて消えた。


 空を裂いていた闇も、王の消滅に呼応するかのように元通りに閉じていく。


 すべてが静まり返ったあと、嘘のように静寂に包まれた。


僕は膝をつき、肩で息をした。

魔力がもうほとんど残っていなかった。


「……終わった、のか?」


 アレンが剣を下ろし、荒い息のまま笑った。

 レミーユもへたり込み、オルフェンは胸を撫でおろす。


 

「おまえ、本当によく頑張ったな!」


 オルフェンが、僕の肩を軽く叩いた。

その声に応えるように、僕も笑った。


魔王もアレンも、疲れ笑いを浮かべて頷いた。


やっと、この世界を本当の意味で救えた。

みんなと一緒に、誰一人欠けることなく。


その光景があまりに幸せで、温かさに満たされていく。


その時だった。


 視界の端が、ふっと滲む。

 最初は疲れのせいだと自分に言い聞かせた。

 でも、何度瞬きしてもいつまで経っても治らない。


 手を見ると、指先が、薄く透けていた。


「は?」


ーーー嘘だろ。僕の体はどうなってるんだ。


透け始めた指先は僕の意思なんか関係なく、この世界から消えようとしていた。

指から手に手から腕にどんどん侵食していく。


消えていく身体に段々と不安が大きくなる。


「真白?どうしたの?」


レミーユが僕の様子に気づいて心配そうに寄ってくる。

僕は思わず両手を後ろに隠した。


 オルフェンも振り向く。

「おい、顔色が、いやその腕、腕が消えてるぞ」


 オルフェンが駆け寄ろうとして、息をのむ。


 アレンが目を見開き、唇を噛みしめる。

 レミーユが僕に手を伸ばしたが、触れることはできなかった。


 僕は遅すぎるくらいに理解した。


もっとみんなと笑って、喋って、一緒に平和な未来を歩けると思ったのに、元の世界へ帰される。

僕の使命がこの世界を救うことで果たせたなら、もうここにいる意味はないのだ。


僕の意志なんてなかったみたいに、世界が僕を強制的に引き剥がす。



 そんなの、いやだ。

 まだみんなといたい。


 ここに、いたい……!


 心がどれほど叫んでも、身体はどんどん透けていく。


 手を伸ばしても、仲間の手には触れられない。


「……帰されるんだ、僕。元の世界に帰るんだよ。」


諦めたように言うと、魔王を含めた四人の目が見開かれる。


「そんな!!」「だめだ、行くな!」


「今までありがとう。別れを惜しんでもらえて、そう言ってもらえて、嬉しいよ」

 

仲間の悲痛な声に僕は無理やり口角を上げてみせた。

その表情に、みんなが静かに息をのむ。


どんなに望んでも、それは僕にはどうしようもできないことだった。


 アレンが一歩近づき、僕の背中に腕をそっと回した。

 抱きしめられているのに、触れられている感覚がない。


「真白……おまえがいなくなるなんて、そんなの……つらすぎる」

 

彼はぎゅっと拳を握った。


「まだ一緒にいられると思ってた。おまえがいなきゃ困るんだよ。……でも、でも、向こうの世界にも、おまえを待ってる人が必ずいる」


アレンは唇を震わせ、それでも無理やり笑ってみせた。


「その代わり、絶対元気でいろよ。向こうの世界でも」


胸の奥がじんわりあたたかくなって、息が詰まる。


「……うん。でも、アレンもどうか元気でいて」



「アレン……。アレンはいつも本音で話してくれるから、僕も本音で話すことができて、それに救われてたよ。戦いの時も、僕がヘマしても、守ってくれてありがとう」


僕が言うと身体がそっと離れ、潤んだ瞳でニコッと笑った。



 レミーユが震える声で言う。


「いくらなんでもはやすぎるわ。なんで、真白くん」

 

オルフェンは、悔しそうに目を伏せた。

突然の別れに気持ちがついていかないのは皆同じだ。


「レミーユも、僕が戦いに怯えている時にずっと励ましてくれてありがとう。オルフェンさんも、僕の戦いの練習に付き合ってくれてありがとう。諦めずにこの世界を救おうと思えたのは支えてくれた二人がいたからだよ。」


「私たちも、真白がいなかったらずっと操られたままだった。」



魔王が眉を寄せ、低い声で呟く。


「運命は、時に残酷だな。やっと平和を取り戻したというのに連れて行くのか。私も、もっとおまえと話したかった」


みんなの顔を順番に見る。

 その顔が、どれも優しくて苦しそうでたまらない。

もう、僕の下半身は完全に消えてしまった。


「みんな、本当にありがとう。僕を仲間にしてくれて。この世界で過ごした時間は一生の宝だ」


 レミーユが涙をこぼし、

「やめてよ……もう会えないみたいに言わないで」と声を震わせた。


 僕の輪郭は、さらに薄くなっていく。


「大丈夫。絶対に、また会える。そんな気がするんだ」


 アレンがそう言うと、オルフェンが小さく微笑んだ。


「……ああ。俺もそう思う。どんな形でも、きっとまた会える」


 アレンが言葉を絞り出す。

 僕の胸があたたかさでいっぱいになる。


「みんなも……どうか、元気で。離れても、ずっと、大事な仲間だから」


 光が強くなり、全身が完全に消えていく。


 レミーユが泣きながら手を伸ばす。

 ノクトが静かに見守り、

 オルフェンが涙を堪えながら目を細め、

 アレンが最後まで僕の名前を呼んだ。


 僕は笑った。

 痛いほど、幸せで。


「——必ず、また会おう」


 その言葉を残して、世界が真っ白に溶けていった。






お待たせしました。

次回、ついに朔と真白の再会になります。


ここまで物語を追ってくださった皆さま、

根気強く、そして温かく読んでくださり、本当にありがとうございます。


どうか最後まで見届けていただけると嬉しいです。

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