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異世界から戻ったら再会した幼馴染から溺愛される話  作者: 一優梨


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24/52

平穏

 歩いていくと、道は徐々に森へと入り、木々の影が濃くなっていった。

国境を越えるまでにいくつか魔獣の巣があると聞いていたが、ここまで魔物の姿は見られない。

そんな僕の油断を嗅ぎ取ったかのように視界の端で茂みが動いた。


 最初に現れたのは、子犬ほどの大きさの魔獣だった。

 毛並みはどす黒く、背中には棘のような突起が幾つかついている。牙を剥いて威嚇するその魔獣はこちらへ跳びかかってきたその瞬間、オルフェンの剣が閃いた。


「ふん、こんなものか」


オルフェンが剣についた魔獣の血を慣れたように振り払う。

 魔獣は地面に倒れピクリとも動かなくなった。

 僕もあれから訓練で何回か魔獣を倒したことがあるがまだ殺生をするということに心はついていかない。

これが、昔から危険と隣り合わせで生きてきた人間と、平和に生きてきた人間の差なんだ。


 その後も、小型の魔獣が道の脇や茂みから何度か姿を現したが、アレンとオルフェンが次々と仕留めていった。

 僕も何度か魔法を放ったけれど、攻撃が届くより前に二人の攻撃によって敵が倒れてしまう。


「なんだか……思ってたよりも楽だな」


 思わず漏らした僕の言葉に、アレンが肩をすくめた。


「ここはまだ王都の警備が届く範囲だ。そんなに危険な魔物は出ない。本当の戦いは、この先の山を越えてからだな」


 日が傾くころには十数体の魔獣を倒していた。

誰一人傷つくこともなく、国王から支給されたポーションの出番もない。


「今日はここで野営しましょう。明日からが本番ですわ」


 レミーユが祈りの呪文で簡単な結界を張り、焚き火がぱちぱちと音を立てた。


「レミーユやオルフェンは貴族だけど、野宿は大丈夫なの?」


僕は要領よく食事の準備を始める二人に聞いてみる。


「騎士団で遠征に行ってたから野宿なんてしょっちゅうだったよ。地面が柔らかいだけでも今日は上等だ」


「私は野宿自体は初めてですけれど、神殿に仕えていた頃は各地を巡っていましたから、嫌いではありませんわ。ただ……虫だけは、ちょっと」


「ほう、聖女様でも虫は苦手か」


「む、虫は神の御業の一つではありますが、だからといって顔の上を歩かれるのは別問題です!」


 レミーユがむっと頬を膨らませると、オルフェンが吹き出した。


「ははっ、そんな顔もできるんだな。貴族の宴よりこっちのほうが性に合ってるかもな」


「まあ、ワインもドレスもない分、気楽ですわね」


 僕はそのやり取りに思わず笑ってしまった。


夜風が吹き抜け、草の香りと土の匂いが混ざる。

 空を見上げると、夏の大三角形もオリオン座もない。

見たことのない星の配置が瞬いていた。


「陛下のご加護が、明日も私たちと共にありますように……」


 僕と同じように星空を見ながら呟くレミーユの言葉に、アレンの指先がわずかに止まった。

 焚き火の光が、彼の横顔をちらりと照らす。

 その影に宿る憂いに、なぜか僕は胸の奥がざわついた。


 





気づけば、焚き火は白い灰を残して静かに消えていた。


 ……あれ、いつの間に寝てたんだろ。


 ぼんやりとまぶたを開けると、空は淡いオレンジ色に染まり始めていた。

 森の向こうから太陽が顔を出す寸前で、夜の冷気と朝の温もりが入り混じった、独特のひんやりとした空気が肌に触れる。


 寝返りを打つと、すぐ横でアレンが剣を研いでいた。


「おはよう。……ちゃんと眠れたか?」


「うん、ぐっすり寝たよ。アレンは早いね。もう起きてたの」


「俺はそんなに寝なくても動けるんだよ。見張り交代してからは少し寝たしな」


 刃に朝日が反射して、一瞬だけきらりと光る。

 

少し離れた場所では、レミーユが水筒を手に祈りの動作をし、澄んだ水を汲み上げている。

 オルフェンは薪を組み直し、火打石を鳴らしていた。


ーーー僕が一番ゆっくりと寝ていたみたいだ


慌てて起き上がり、沢で顔を洗って目を覚ます。

顔を拭きながら戻ると、オルフェンがパンをちぎり、僕に差し出した。


「ほら、お腹が減ってると動けないよ」


「ありがとうございます!」


僕は受けとってそのパンにかぶりつく。

 固めのパンだったけれど、外の空気の中で食べると妙に美味しい。


「今日は山道だ。昨日とは比べものにならない魔獣が出る。気を引き締めろよ」


「はーい、って、うわっ!」


 アレンに言われた矢先、片足がずぶっと沈みこみ体が右に大きく傾く。

見下ろすと、僕がちょうど足をついた場所は土が雨を吸いすぎてぐちゃりと柔らかく、脛辺りまで飲み込まれてしまった。


「だから言っただろ、気を引き締めろって」


そう言いながらアレンが僕に手を差し出して引き上げられる。


「いや、それは魔物の話で。これは地形で」


そういうとアレンはおかしそうに笑った。


「数日前雨が降ってるからな。真白にとっては魔物よりこっちのが敵かもな」


「そんな敵、倒しようがないんだけど……!」


 泥沼を進むたび、足が泥に捕らわれ、靴の中までじわりと水が染み込んでくる。

 歩くたびにずしりと重くなって、たった数歩なのに息が上がった。

それでも懸命にみんなの後ろをついていく。


ーーーなんでこんな歩きにくいのに、僕よりみんな平気そうなんだ


「もうちょっとで人里まで出るぞー。頑張れー、特に真白ー」


アレンが前方から声を飛ばす。

 僕は慌てて体勢を整えたけれど、呼吸がもう荒い。


 足場の悪さのほうがよっぽど体力を奪っていく。


ーーーーはぁ……はぁ……魔獣が出るよりキツくないか、これ……?


オルフェンさんはアレンはまだしも、なんでレミーユさんまで息を切らさずに進んでいた。

レミーユはスカートを少しつまみ上げながら、慎重に足元を見ている。


「確かに魔獣と戦うより足にきますわね。ぬかるみで踏ん張るのって、意外と体力を使いますから」


「それにしても真白、ずぶずぶで歩く姿、ちょっと笑っちゃうな。山道の洗礼ってやつだね」


「この歩き方は《《お相撲さん》》の《《四股踏み》》を意識してるんです!この世界にはないから!独特かもしれませんが」


「ほら、文句言ってないで進め。まだ中腹にも着いてねぇぞ」


「ひ、ひぃ……」


 踏むたびにぬちゃり、と嫌な音がして、靴の重さがどんどん増していく。

 汗が額を伝い、腕も脚も早くも悲鳴を上げ始めていた。


 そして気づく。


ーーー魔獣……全然出てこないな


 いや、出てきてもらっても困るんだけど。


 むしろ魔獣より、この山道のほうがよっぽど人間を殺しにきてる気がする。


「真白、大丈夫?ペース落とそうか?」


 レミーユが心配そうに振り返ったが、オルフェンが首を横に振る。


「ここは油断すると本当に滑るから止まるより、一定のリズムで歩いたほうが安全だよ」


「……はい。頑張ります……!」


 ぬかるんだ斜面を登るたびにふくらはぎが焼けるように痛み、肩にかけた荷物がずしりと重くなる。


 魔王討伐の旅。

 命懸けの戦いが待っている。

そう覚悟していた。


 だけどまさか、敵が泥だなんて聞いてません。



ようやく山道を抜け、露店の並ぶ広場までたどり着いた。

足元の泥がまだ靴や衣服にこびりついているままだと動くたびに重さを感じるし、布に染み込んだ水分が肌にべちゃっとくっついて気持ち悪い。

僕は真っ先に風魔法で泥を払う。 

ついでにみんなのも。

衣服についた泥も、染み込んだ水も綺麗に乾いてすっきりした。 


「おお、さすがだな真白」


アレンが満足そうにいう。

レミーユやオルフェンも「ありがとう」と小さく笑った。


露店がずらりと並ぶ広場は朝の光を浴びてにぎやかだ。

香ばしい焼き菓子の匂いや、野菜や果物の色とりどりの並びが目に飛び込んでくる。

道行く人々の笑い声や呼び声が混ざり、山の静けさとは違った、人里ならではの活気があった。


「さあ、少し休憩していくかい?」


オルフェンさんが言うと、僕は全力で首を縦に振った。



各々自由に露店を回ることになり、僕は真っ先にいい匂いのしたパンが並べられている露店の前まで行った。

なんて言ったって僕はまだ成長盛り。

焼きたてのパンを目の前にすればお腹の虫も黙ってない。

値段を見て財布を取り出そうとすれば


「真白、それは旅人価格だ。三倍ふっかけられてる」

とアレンに止められた。


「三倍!?」

目を丸くして驚くと、店主はスッと視線を逸らした。

慌てて手を引っ込め、僕は少し俯く。

確かに、旅人相手に少し高めの値段が設定されているのはよくある話だ。


その横で、レミーユが穏やかな微笑みを浮かべ、柔らかい声で店主に話しかける。


「少し、値段を戻していただけますか?」


その一言だけで、店主は少し戸惑う。

こんなにはっきりと言われるとは思っていなかったのだろう。


レミーユはゆっくりと一歩近づき、手を優しく添えて値札を指す。


「旅人だからといって、不当に高い値段で売る必要はありません。お客様が喜ぶための品なのですから、本来の値段でお分けいただければ、皆が嬉しいはずです」


店主は視線を泳がせ、仕方なさそうに値札を元に戻した。

レミーユは満足そうに微笑み、手を軽く下ろした。


さすが、聖女だ。

本当に、落ち着いていて、優しくて、でも言うべきことはきちんと言える。

旅の仲間で心から尊敬できる人がそばにいることが嬉しい。


「ありがとうレミーユさん」


「いいのよ。真白が美味しそうにしてるのを見たら、私も食べたくなってきたわ」


そういってレミーユも店主からパンを買っていた。


僕はホクホク顔で焼きたてのパンに齧り付いた。

ふわふわとした食感でバターの香りが鼻をくすぐる。


その間、オルフェンは屋台の隅で串焼きを五本も平らげていた。



「今日はこの村で夜を過ごすことにしよう」


オルフェンが通りがかったお爺さんに声をかける。


「この近くに宿はありますか?」


「ああ、少し歩いたところにたくさんあるよ。この辺りは旅人がよく来るからね」


お爺さんは親切に道を教えてくれた。


僕たちはその道をたどって宿の並ぶ通りへと向かった。


夕暮れの中、灯りがともった木造の宿がいくつも立ち並び、どこからか温かなスープの匂いが漂ってくる。


一軒の宿に入り、四人それぞれが部屋を借りることになった。


荷物を置いた途端、全身の力が抜ける。


僕は何も考えず、そのままぐっすりと眠りに落ちた。








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