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異世界から戻ったら再会した幼馴染から溺愛される話  作者: 一優梨


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22/52

真白とアレン

「真白、逃げんなよ」


有馬が苦しそうに言う。


なんで、ここは異世界なのに。

あいつはいないはずだろ。


僕は目の前にいる有馬を無視して周囲を素早く見渡す。

見慣れた屋敷も王都の街もない。

ここはどうやら僕のいた元の世界のようだ。

僕の服装を見ると、学ラン姿で鞄と重い荷物を抱えていて、いかにも学校の帰りと言ったところだ。


いつ元の世界に帰ってこれたんだ?

まだ何も使命を果たせていないし。

魔王だって倒してないのに。


僕は混乱しつつ、目の前の人物に向き直る。


よりにもよってこいつに会うなんて最悪だ。


有馬は僕のことが嫌いだ。

他の人には愛想を振り撒くくせに、僕だけにはいつもヘラヘラとして、揶揄って楽しむ悪魔のようなやつだ。


けれど、目の前の有馬は初めて見る表情をしている。

怒っているのに辛そうで、水の中を溺れながらも、必死に足掻こうとしているように見えた。


ふと、有馬が僕に手を伸ばしてくる。

僕は反射的に退いて、逃げるように走りだす。

その動きは僕の意思じゃない。

身体がプログラミングされているかのように勝手に動いていた。

真昼間の賑やかな街中で爆走する。

この光景には既視感があった。


有馬が後ろから何か一生懸命に叫んでいる。

よく耳を凝らしても靄がかかって聴き取れない。

立ち止まりたくても止まれない。


足は勝手に走って走って走り続ける。


途端に視界が光に包まれた。

状況を頭で理解する間もなく、大きな何かに衝突された。

激しい痛みに思わず顔を歪めた。

この痛みは無事ではいられないな。


そう悟って死を覚悟した僕は、目を覚ました。

ふわふわの布団に包まれ、見慣れた屋敷の天井が目に入る。


ーーー夢、だったか


安堵したのも束の間、夢にしては妙にリアルだった。


いや、これは、夢じゃないな。


実際にこの世界に来る前に起こったことだ。

そう理解した途端、心臓が嫌な音を立てる。

忘れ去っていた過去の記憶が鮮明に蘇り、欠けていた記憶の歯車が動き出す。


有馬の冷たい声、軽蔑を含んだ眼差しにクラスの連中が面白がって同調していたっけ。

あの学校で人気者の有馬に嫌われていた僕はいじめの標的にされ、

どうして嫌われたのかも、何が悪かったのかもわからないままいじめに耐える日々が続いた。

限界だったところに、有馬がさらに追い討ちをかけようとやって来て、それで必死に逃げたんだ。

あの時、僕はどうすればよかったんだろう。

思い出した瞬間、胸がぎゅっと締めつけられるような悲しさに襲われる。


……そして僕は、飛び出した。

公道に。光の中へ。


──衝撃。

骨が軋む音。

世界が裏返るみたいな浮遊感。


あれが、僕の最後だった。


結局、僕は逃げたんだ。あの時も、今も。

逃げてばかりの僕に、生きる資格なんてあるのかな。


長いため息と共に涙が溢れる。


苦しいだけの思い出なんて、忘れたままで良かった。

戻ってくるなよ。


魔物に襲われそうになった恐怖とそんな時に自分が死ぬ場面を思い出してしまった悲しみの中で

とてもじゃないけどこのまま眠る気にはなれない。


しばらく天井を眺めていたが、ゆっくり起き上がってベッドから降りた。


扉を開け、外の空気を吸いにバルコニーへと出た。


ひんやりとした夜風が髪を揺らし、頬を撫でていく。

赤い月明かりが、静かな王都の街並みをやわらかく照らしていた。

静寂の中で、少しずつ心が落ち着いていくのを感じる。


その時、背後から誰かがやってくる気配に気づいた。

僕はゆっくりと振り返り、目をぱちくりさせる。

月明かりに照らされた赤茶色の髪が見えて思わず声をかけた。


「……アレン?」

「真白?お前も眠れないのか」


寝巻き姿のアレンは、普段の子供っぽい感じが抜け落ちていて妙に大人っぽく見えた。


「そうだよな、今日魔物も本番での戦いも初めてだったんだ」


「うん、それもなんだけど、ここに来る前のことを少し思い出しちゃって」


僕がハハッと乾いた笑いをこぼして頭を掻けば、アレンが小さく息を呑んだ。


それから僕の横に来て並んで夜風に当たる。

肩が触れるほど近いわけじゃないのに、心細い夜にそばに誰かがいてくれるだけで不思議と心が軽くなる気がした。

アレンがため息をつき、やがて口を開いた。


「俺も、色々考えちゃってな」


「アレンも?なんか、意外だ。なんでも正直に話すから、悩みなんて、無いのかと」


寝起きということもあって頭がそんなに働いていないのか思ったことがそのまま口に出た。


ーーーでも、意外だなんて失礼だったよな


怒らせていないかと、アレンの顔を横目に見ると。


「意外か?俺だって一応人間なんだぞ」


そういってアレンは苦笑していた。


夜風がふたりの間を抜けていく。

しばらく沈黙があって、アレンは視線を街の明かりに向けたまま、ぽつりとこぼすように口を開いた。


「……俺さ、小さい頃からずっと大切に思ってる人がいるんだ」


「大切な人?」


「うん。年上で、優しくてなんだろ、落ち着くんだよな。笑った顔が、好きでさ」


アレンが照れくさそうに頬を掻く。

普段あんなに強気なのに、こういう話になると急に歳相応に見える。


「他の誰に言われても平気なのに、その人に怒られたら一日中気にするし、褒められたら嬉しくてまた褒めてもらおうって躍起になるんだ」


アレンのまつげがかすかに震える。

 


「でも、勇者の印が出てから急に王都に連れてこられて……ちゃんと別れも言えなかった。あれからもう五年だ」


アレンは手すりに指を添え、ぎゅっと握りしめる。


「なんかさ、苦しいんだよ。離れてるだけなのに、胸の奥がずっと落ち着かない。会えない間に、俺がいなくても平気になってたらどうしようって思うと、怖くなる」


そこでアレンは一度目を閉じた。

まるで、その人の姿を思い浮かべているみたいに。


「俺がこんな気持ちになるのは、あの人だけだよ。他の誰でも、駄目なんだ」


その声には、切なくて甘くて、どうしようもないほど真剣な想いが滲んでいた。


「……アレン、その人のこと、本当に大事なんだね」


僕がそう言うと、アレンは一瞬だけ目を細め、ふっと笑った。


「……ああ。今でも、そいつだけだよ」


口元は穏やかに笑っているのに、目は切なさを帯びていた。

一途に誰かを想ってやまない人の顔。

それが、こんなにも綺麗で苦しいものだと、僕は初めて知った。


胸の奥が少し締めつけられる。


ーーーその人に会ったこともないのに、自分が何か言っていいのだろうか。


そんな迷いが一瞬だけよぎった。


けれど、目の前で自分の気持ちを絞り出すみたいに語るアレンを見ていたら、何も言わないほうが不自然に思えた。


「僕、その人のこと何も知らないけど……、アレンがそんなふうに想ってるのを見るときっと……」


言葉が途中で少し揺れる。


「きっと、その人はアレンと一緒にいたら、すごく幸せなんじゃないかなって思うよ。だって、こんなふうに誰かを一途に想える人、なかなかいないよ」


アレンがゆっくりとこちらに視線を向ける。

驚いたような、どこかくすぐったそうな表情だった。


「そう、思ってくれるのか」


その声がほんの少しだけ温かく聞こえて、僕の胸にも静かに波紋が広がっていった。


「そうだよ!魔王討伐なんて早く終わらせてさ、その人に早く会いに行こう。大丈夫!僕オルフェンさんも頷くくらい結構強くなったし、いつでも出発できると思う!」


「ふふ、今日はあんなに魔物にビビってたのにか?」


「あっ!それは、初めて魔物をみたから!次は絶対にビビらないって」


「あはは、うん。ありがとう真白」


僕はアレンが声を出して笑う姿にほっとした。


「それで真白はどうしたんだ?よければ聞かせてくれないか」


せっかく笑ってくれたのに、僕の話をして、また気分を落ち込ませてしまうのではないか。

でも、最初はあんなに僕を警戒していたアレンが過去のことを打ち明けてくれた。

だから、僕も自分の気持ちを打ち明けたい。

言いかけて、喉の奥で言葉が引っかかる。

この世界の人に、向こうの世界のことを全部話していいのか。


少し息を吸って、覚悟を決める。


「僕は向こうの世界で、嫌われてたんだ。全員に、じゃないけど……だんだん、居場所がなくなっていって」


アレンが黙って頷く。その視線が、続きを促すようで、少しだけ心が軽くなる。


「味方でいてくれる人もいたんだけどね。それでも、耐えられなくて逃げたら、事故にあってて。こっちに来た時には、その記憶が思い出せなくなってたんだ」


言いながら、自分でも驚くほど手が震えているのがわかった。


「でも、さっき夢を見て、思い出しちゃった。事故に遭う瞬間を。そのまま死ぬみたいな感覚で、もう、息ができなくなるくらい怖くて、それで、眠れなくなった」


そこまで言うと胸の奥にずしりと重さが落ちて、言葉が止まった。


しばらく沈黙が続いたあと、アレンが低い声で言った。


「……そっか。そんなこと、ひとりで抱えてたのか」


夜風がふたりの間をすり抜けていく。


「無理もねぇよ。向こうでそんなことがあったら、怖くならないほうがおかしい」


アレンはそう言って、ゆっくり夜空を見上げた。


「真白は今、生きてる。ここで。向こうの世界でどうなってるかなんて、わかんねぇ。けど──」


アレンは僕のほうをまっすぐ見て言った。


「こっちの世界でのお前を見てるのは、俺だ。魔法の練習して、料理して、必死で俺たちに追いつこうとして。ちゃんと笑って、ちゃんと悩んで……生きてる」


その言葉が、まるで胸の奥に灯りをともすみたいに、静かに染み込んでいく。


「生きて、話してる。それだけで、お前は十分だよ」


アレンがふっと笑う。強がりでも慰めでもなく、本気の笑顔だった。


僕もつられて笑った。

泣きそうなくらい嬉しくて、怖くて、でも、救われて。


消えかけていた自分が、この世界でようやく輪郭を取り戻した気がした。


「……アレン。僕ね」


アレンがゆっくり振り向く。


「戻らなきゃいけない場所があるのになんでだろう。なんか、少しだけ戻りたくないって思っちゃった」


そこまで言って、僕は唇を噛む。

理由までは言わない。

言えない。


アレンは驚いたように目を丸くして、それから静かに言う。


「戻りたくないなら、ここにずっといりゃいいんだよ」


優しい声だった。







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