小学生
ある日の休み時間。
「真白ちゃーん!」
突然名前を呼ばれ、嫌な予感がする。
振り向けば案の定、朔が近づいてきていた。
僕は心の中で「げっ!」と呟く。
見た目は美少女、中身はヤンキーという言葉がぴったりの朔が僕の腕を引っ張って無理やり僕を椅子から立ち上がらせる。
「ほーら、さっさと行くぞ!」
「は?なんでだよ。1人で行けばいいだろ」
手を振り解こうと乱暴に抵抗すれば、掴まれた腕に余計力が込められて、鋭い痛みが走った。
こんな華奢な身体のどこにそんな力があるんだよ。
悔しくて仕方がなかったが、どんなに抵抗してもこの手を離してもらえることはなかった。
朔はあれから一種の嫌がらせとして僕のことをちゃん付けで呼ぶ。
最初はやめろといっていたが、今ではクラスの全員が朔を真似してちゃん付けで呼ぶようになってしまったから諦めて好きに呼ばせるようにしている。
「待てよ、真白は今僕たちと話してたのに・・・」
友達の不満そうな声が聞こえるが、朔は構わず僕をさっさと引っ張ってあっという間に教室から連れ去られてしまう。
廊下に出て、階段を降りて、その間お互い無言のまま。
「朔?どこまで行くつもりだ?」
「いいから黙ってついてきて!特別に相手してやるっ!」
ーー特別にって・・・別に頼んでないんだけど
自分勝手な朔に不満を抱きつつ、こんな上機嫌?な朔をみるのも珍しい気がして、今回だけは言われた通りに黙って後をついていった。
賑やかな校庭に出て、靴を履くよう促される。
まだ、朔がなんで僕を連れてきたのかわからない。
とりあえず歩き出した朔についていくと、すでにサッカーで遊んでいる子たちのところで止まった。
そして、僕を置いたままサッカーの輪に入って遊び始めてしまった。
「えっ!?ちょっと、僕サッカー苦手だよ!」
朔は僕の話を全く聞いてくれない。
しかも、朔と仲のいい子達ばかりで僕は殆ど話したことも遊んだこともない。
流石に知らない奴がいきなり入ってこられても困らせてしまう。
なんとなく気まずくなって教室に戻ろうと踵を返した途端、
「真白ちゃん!朔に連れてこられたんだろう?一緒にやろうよ!」
何かを察したのか朔の友達は「大勢の方が楽しいから」と僕をサッカーに入れてくれるみたいだ。
嫌がらずに受け入れてくれるなんて、なんて優しい。
なんの説明もなく連れてくるような朔とは違って、友達の方はみんな優しくて安心した。
といっても、休み時間は教室にいることの方が多いから運動は得意でも不得意でもなく普通くらい。
運動神経抜群軍団の中で足を引っ張ってしまわないだろうかと不安だったが気づけば夢中でボールを追いかけていた。
「真白ちゃんって結構サッカー上手いじゃん!これからも俺らと一緒に遊ぼうぜ」
クラスでも朔と特に仲が良い1人が僕の肩に腕を回して言う。
自分では苦手だと思っていたサッカーを上手な人に認めてもらえたような気がして、胸が温かくなる。
嬉しさのあまり自然と笑顔になったその瞬間。
ドンッ。
横から強烈な衝撃が肩にぶつかった。
肺の奥の空気が一気に押し出されるように苦しくなり、さっきまでの嬉しさもどこかに散っていった。
身体がよろけ、視界が傾きかけたところを、咄嗟に隣の子が支えてくれなかったら地面に倒れ込んでいたはずだ。
「っ……ありがとう」
必死に体勢を立て直しながら礼を言う。けれど、ぶつかった張本人、朔を見れば、彼はこちらを一瞥もせず、何事もなかったようにボールを追いかけていた。
(偶然ぶつかった・・・・だけだよな)
それからというものの朔の動きはどこか荒っぽかった。真白が別の子とパスを回すのを見ると、朔はすぐに割り込んできて、ふざけて腕を押したり、小さく突いたりする。
そのちょっかいは冗談めいているようで、でもどこか感情の制御が効いていない。真白が一歩引いた瞬間、力の入れ方が悪くてバランスを崩してしまった。
「うわっ」
足を滑らせ、膝から土の匂いがする。ヒリヒリする痛みが走り、膝に赤く血がにじんだ。周りが一瞬で静まり返る。
「っ……バカ!なんで転ぶんだよ!」
怒鳴りながら、真っ先に駆け寄ってきたのは朔だった。
慌ててポケットから取り出したハンカチを、不器用に膝に押し当てる。
「いって……」
僕が小さく声を上げると、朔は眉をひそめて押さえる手を少しだけ緩めた。
「……じっとしてろ」
朔の声は荒っぽいのに、押さえる手は妙に優しかった。
それが心配からなのか、罪滅ぼしからなのか、僕には分からなかった。




