訓練
「こいつ、本当に戦えるのか?足手纏いになんじゃねーの」
そうアレンに言われたのは、仲を深める目的で皆で集まって朝食を食べていたときのことだった。
そう思われてるんじゃないかとは思っていたけれど、まさか、面と向かって言われるとは。
しかも他のメンバーも揃っているところで。
悲しみよりも驚きの方が勝つ。
それにアレンの言っていることは悔しいけれど事実だ。
今の僕は確実に足手纏いだ。
オルフェンさんの計らいで王宮魔術師から応用を学んでいるとはいえ、練習ばかりで全く実践を積んでいない。
戦いにおいては初心者で、三人との実力差は歴然だった。
彼らはいつだって出発できる準備が整っている。
それを僕が足止めしている状態だ。
この国にとって異世界人は世界を救うと言われている。
勇者パーティーに異世界人が加わるのは決定事項。
だから僕が加わらなければこのパーティーはいくら実力者が集まったところで意味をなさないらしい。
いつまでも待たせるのは申し訳ないので僕抜きで行ってください!とはならないのだ。
それに魔王討伐が向こうの世界に帰るための使命なのだとしたら、その使命を果たさなければ僕の魂は消滅するかもしれない。
僕はフルゥが言っていたことを思い出して寒気がして身体が震えた。
そんな僕に様子にオルフェンさんやレミーユさんはアレンに言われたことで傷ついてると思ったのか「気にするな」と笑いかけてくれた。
最初の印象とは違ってとても暖かい人たちだ。
この二人とはなんとかやっていけそうで安堵する。
でも、戦いに備えてどんなに焦って練習しても、結果はすぐに出ない。
努力で埋めるには、時間が必要なんだ。
冷静に着実に魔法を極めていくのがいちばんの早道だ。
そう頭ではわかっていても、気にしてないと思っていたアレンの言葉が胸の奥でずっと引っかかる。
三人と並ぶには、魔法ができるだけじゃダメだ。
もっと戦いのために動けるようにならなきゃ。
「オルフェンさん、僕に戦い方を教えてもらえませんか」
僕はナイフとフォークをテーブルに置き、食事を口に運ぶオルフェンさんをみる。
彼は二十八歳。貴族出身。かつては騎士団の副団長を務め、勇者パーティー加入を機にその座を降りたという人物だ。
今も騎士団の稽古に顔を出し、頼りにされる技量と信頼を持っている。
所属はしていないが、力量は折り紙つきだ。
オルフェンさんは口元をナプキンで優雅に拭いて答えた。
「いいよ。ただし、厳しくするから覚悟してね」
僕が頼むと、彼はあっさりと承諾してくれた。
穏やかな笑みを浮かべるオルフェンの長い髪が、肩でさらりと揺れる。
その仕草ひとつにも気品があった。
優しそうなお兄さん。
それが僕の中のオルフェンさんの印象で、中性的で整った美人の顔立ちは、筋肉隆々の騎士団員とはどうしても結びつかない。
もしかしたら優しく指導してくれるんじゃないかと思っていたけれど、それは甘い考えだった。
騎士団の元副団長という肩書きは、伊達じゃない。
その日から、毎日、厳しい稽古が始まった。
オルフェンの主戦は剣だが、場面に応じて魔法も組み合わせる戦い方を好む。
僕は剣は振らないけれど、魔法を駆使して戦い、相手の動きを読み、間合いを見極める感覚を覚えながら、応用魔法の精度を磨いていった。
呪文を唱えれば、本当に狙った形が生まれるようになってきた。
相手の動きを読んで、冷静に次の攻撃を判断できるようにもなった。
少しずつだが、確かな手応えがあった。
「突っ立ってるな!急所を狙われるぞ。敵の死角に回り込め、そこから打て!」
オルフェンの声に合わせて、僕は走る。息が上がり、視界に滲みができる。
それでも指示に従い、魔力でシールドを張り、光を撃ち込む。
模造刀が振られるたび、防御の厚みを試される。
立ち止まれば即座に叩かれる。反撃に容赦はない。
スパルタのようだが、これは命を守るための稽古だ。
汗が目に滲み、土の匂いが鼻を突く。
僕は何度も倒れ、何度も立ち上がった。
「今日はここまでにしておこう」
足がもつれて尻もちをついたところで、オルフェンがようやく笑ってそういった。
空を見上げるともう、夕焼けで橙に染まっていた。
部屋に戻り、傷だらけの腕や足を消毒する。
血が滲んでいるところは念入りに。放っておくとばい菌が入りそうだ。
打撲は冷やすんだっけ、温めるんだっけ。
保健で習ったはずだけど、思い出せない。
まあ、いいや。どうせそのうち治る。
レミーユに治してもらうのもありだと思った。
でも、アレンがどれだけ怪我しても回復魔法を受けているところを見たことがない。
僕だけが頼むのは、どうしても気が引けた。
とはいえ、全身擦り傷とあざだらけで、寝返りを打つたびに息が漏れるほど痛む。
――あ、そうだ。
自分で治せばいいんじゃないか。レオの傷を治したことがあるじゃないか。
僕、回復魔法使えるんだ。
思い立ったらすぐ行動。
傷口に手をかざし、そっと魔力を流し込む。
キラキラした光が傷を包み、みるみるうちに痛みが引いていく。
その時だった。
「……コン、コン。コン、コン。」
窓の外から、小さく、でも急かすような音がした。
回復魔法を止め、ゆっくり窓に近づき、そっと開けた。
途端に、
「うわっ!」
何かが、すごい勢いで飛び込んできた。
反射的に身を引く。
床に転がっていたのは、小さな石だった。
――石?
これ、もし頭に当たってたら……。
背筋が冷たくなる。
拾い上げると、細い紐で小さな紙切れが括りつけてあった。
紙は雑に破られ、慌てた殴り書きでこう記されていた。
『かいふくまほうをつかうな』
文字から伝わる切迫感に、身体が凍りついた。
なんで、僕が回復魔法を使ったことを知っている。
僕を誰かが見ている?
それに、これ、前にも誰かに。
僕はハッとして窓を大きく開けて身を乗り出した。
「フルゥー、いるのー?」
読んでみても返事はない。
暗闇の中を目を凝らしてみても、フルゥの姿はなかった。
フルゥだったら、会いたかったな。
この屋敷は王族のもので、フルゥがここに来ることはないとわかっている。
でも、僕と離れている間もフルゥは僕を見守ってくれてるのかもしれない。
そう思うとなんだか心強かった。
小石と紙切れを部屋の隅に置いて布団に入る。
もう寝ないと、明日の稽古に身体がついてきかなくなりそうだ。
僕は蝋燭の火を息で消し、ゆっくりと瞼を閉じた。
夜が明けて、王都の訓練場には朝露の匂いが残っていた。
土の上には昨日の剣戟でできた跡がくっきりとついている。
毎朝、この練習の跡を見ると、僕が昨日どれだけ頑張ったか実感できて、今日も頑張ろうと思えるんだ。
僕はその中心に立って、目を瞑り、深く呼吸をした。
僕はこの世界で生き残る。
誰かに守られてるだけじゃ、自分の未来は切り拓けない。
視線を横に向けると、少し離れた場所でアレンが稽古の準備をしていた。
彼が慣れた様子で剣を振るっているのを何度か見たことがある。
その動きは、小さい頃から勇者候補として鍛えられたもので、簡単に真似できるようなものではなかった。
アレンの強さは現騎士団長にも劣らないのだとか。
その鋭い動きに、見学していた兵士たちが歓声を上げていた。
同じように素振りをしていたオルフェンさんと目が合い、にっこりと微笑まれる。
大きな目をクシャリと細める笑顔は愛嬌があって老若男女を魅了するものだったけど、僕は意味深な感じがした。
すると、オルフェンはいつもの調子で言った。
「じゃあ、今日の模擬戦はアレンと真白くんだ」
「えっ!」
びっくりして思わず声が出る。
僕の隣で、アレンも眉をひそめていた。
「なんで俺が」
「もともと君が真白くんを足手纏い扱いしたからだよ」
「いや、あれは……」
「いい機会だろう?真白くんもずいぶん成長した。試してみたらどうだ」
続けざまにオルフェンさんがにやりと口元を歪めた。
「それとも、勇者様は負けるのが怖いのかな?」
「馬鹿なこと言うな。開始十秒で勝ってやる」
挑発に乗せられてアレンは剣を片手に、スタスタと外へ出ていった。
僕はその様子に苦笑しながらも、小走りでその背を追った。
広場の真ん中。
アレンと僕は十数歩離れた場所に立った。
彼の剣は朝日に照らされて光っている。僕の手には魔力が集まり、薄い光が滲んでいた。
「準備はいい?」
オルフェンさんの声に僕は小さくうなずいた。
「始め!」
号令と同時に、アレンの姿が消え、次の瞬間、目の前に現れた。
速い。反応する間もなく剣が振り下ろされる。
咄嗟に防御魔法でシールドを張るが、衝撃が重くのしかかり、体が後ろへ吹き飛ばされた。
勢いのまま後ろに倒れないよう足に力を入れて体制を立て直す。
「もう終わりか?」
アレンは口元に笑みを浮かべ、わざと僕を見下ろすように言った。
その顔を見るとどうしようもない悔しさが腹の底をかき回す。
あの眼、あの余裕、あの表情。
僕にはないものをアレンは持っている。
今までの僕ならそれに怯えて黙って耐えていたかもしれない。
でも、もう違う。僕は変わるんだ。
ーーーーくそっ!!絶対に負けない!!!!
歯を食いしばり、手を前にかざす。
「〈ライト・アロー〉!」
光の矢が雨のように降り注ぎ、アレンの剣によって弾かれる。
攻撃が読まれてるのか、アレンの動きに迷いがない。
一撃ごとに確実に僕の攻撃をかわし、防御を削ってくる。
何度も防がれ、何度も剣を振り翳され、それでもアレンは止まらない。
僕は息が荒くなり、肺が焼けるように熱くなる。
それでも、足を止めるという選択肢はなかった。
「ほら、もう諦めろよ。お前は——」
「足手纏い、でしょ!」
遮るように言った。
アレンが一瞬、目を細めた。
お互いに一歩も引かないまま空気が張り詰めた。
負けたくない。
誰かのためじゃなく、僕自身のために。
「〈ウィンド〉!」
足元に風を巻き起こす。
アレンの動きについていけないのなら風を利用してついていけるようにすればいい。
アレンの剣を紙一重で避け、背後へ回り込む。
敵の死角を取れ。流れを読むんだ。
僕は光を掌に集め、至近距離で放った。
これだけ近ければ避けるのは難しいはずだ。
眩い閃光が走り、アレンが目を細める。
その隙を狙って、さらに二発。
アレンのシールドを砕く音がした。
「っ、やるな……!」
アレンが小さく笑う。
次の瞬間、彼の魔力の高まりを感じた。
「〈ブレイズ・ストライク〉!」
地面がひび割れ、火の奔流が一直線に走る。
僕は咄嗟に〈アクア・ウォール〉で防御した。
蒸気が爆発のように立ち上がり、その霧で視界が悪くなる。
ーーー気配を探せ、相手の気配を
真白な視界の中で、剣の影が迫る。
「くっ……!」
ぎりぎりで避けたが、肩を掠められた。熱い。
それでも、僕は引けない。
「〈ライト・スフィア〉!」
手のひらに光を収束させ、再び至近距離で放つ。
アレンの剣がそれを弾いた。
火花と衝撃音に耳鳴りが響く。
僕は、もう余力はほとんど残っていなかった。
それはアレンも同じだろう。
地を蹴る。
先に動いたのは僕だった。
魔力の残滓で作った光の刃を突き出す。
だが、アレンの剣がそれを弾き返す。
そのまま勢いに負けて僕の体は後方に倒れ、剣の先が喉元で止まった。
土の上に二人分の荒い息だけが響く。
「そこまで」
オルフェンさんの声が、ようやく届いた。
ーーー負けた
でも、不思議と心は晴れやかだ。
アレンが静かに剣を下ろす。
僕は地面に手をつきながら、笑った。
「十秒どころか、十分はかかったね」
息を整えながら明るい声で言うと、アレンが一瞬黙り、そして小さく吹き出した。
「そうだな。お前、思ったよりやるじゃねぇか」
「ありがとうございます」
アレンは少しの間、僕を見て、それからふっと目を逸らした。
「悪かったな。足手纏いとか言って」
「気にしてません」
「いや、気にしとけ。次は俺が負けるかもしれねぇし」
その言葉に、思わず笑みがこぼれた。
訓練場を舞い上がった砂が金色に輝いている。
その光の中で、僕たちの影がゆっくりと重なっていった。
「次は、勝ちます」
「上等だ、真白」
風が吹き抜け、二人の髪を揺らした。
その瞬間、見間違えたのかもしれない。
朝日の中、勇者の横顔が、少しだけ優しく見えた。




