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異世界から戻ったら再会した幼馴染から溺愛される話  作者: 一優梨


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10/17

異世界

目を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、見慣れた部屋の天井じゃなかった。

太陽の光が目に刺さって、思わず目を押さえた。

掌の下からは、ふかふかとした土の感触と、草の匂い。

その柔らかさが、余計に現実味を帯びていく。

そう、代わりに広がっていたのは、雲ひとつない蒼い空と、風に揺れる一面の草原。

遠くを行く馬車の車輪がきしむ音、聞いたこともない鳥の鳴き声が鼓膜を震わせる。

周りを一通り確認するが、見渡す限り大自然ばかりで、人通りも全くなく人工的なものといえば馬車が通るように一部草が刈られた通り道のみ。


ーーーここはどこだ?


冷たい汗が背を伝う。

手のひらがじっとり濡れている。

まるで、何かから逃げてきた後みたいだ。


「……さっきまで、僕は何してたっけ?」


頭を抱えるが、霧のかかったように思考が空回りする。

確か、鈴やんと佐藤たちと仲良くなって、学校の帰りにゲーセンに行って、それから、それから、どうしたっけ?

そこから先の記憶が真っ白に抜け落ちてしまっている。

どうして、僕はここにいるんだ?


胸の奥がきゅっと締めつけられる。

何か大切なことを、忘れてしまっている気がする。


ふらつく足に力を込め、どうにか立ち上がった。

改めて辺りを見回すと、空の端にオレンジ色が滲み、影が長く伸び始めていた。

もう日が暮れ始めている。

知らない場所で1人で夜を迎えるのは危険だ。

それに僕は今なにも持っていない。

万が一、人と出会えても身分証がないし、記憶もないから明らかに不審者扱いされる。

また、野生の動物と遭遇しても身を守るものない。

額に冷や汗がたらりと垂れる。



――動かなきゃ。自分の命を守るために。


さっき、馬車が向かって行った方向を頼りにいけば、人里に辿り着けるかも。

ぎこちない足取りで、でも確実に歩き出した。

ただ、それだけが僕に残された道だ。


それにしても車や自転車が普及されているのに、どうしても馬車で移動するんだろうか。

オシャレ好きとかロマン好きの人なのかな。

移動手段が馬車なんてテレビで取材されそうなのに。

ここは僕が住んでいた場所より遠く離れたところなのかな。


もう何時間歩いているのかわからない。

空腹で足は棒のように重く、喉はひりつくように乾いている。

耳に届くのは、草を揺らす風と、時折鳴く鳥の声だけ。

それが余計に、自分がひとりきりで取り残されたようで胸が締めつけられた。


――誰か、いないのか。


そんな心細さに呑まれかけた時だった。

遠くの闇に、ぽつりと灯りが浮かんでいるのを見つけた。

同時に、人の笑い声が風に乗って微かに届く。


「……っ!」

それは、夢の中で差し伸べられた手のようだった。

息を呑んだ瞬間、足が勝手に動いていた。

ーーー誰かいる!人の気配がする!

もつれそうになる足を叱咤し、残った力を振り絞って走り出す。

視界が滲むのは、きっと月明かりのせいじゃない。


たどり着いたのは、歴史の教科書でよく見る茅葺き屋根や石垣の素朴な集落だった。

とある建物だけ明かりが灯り、人で賑わっている。

僕は残りの力を振り絞って扉を置けた。


僕が扉を開けた瞬間、賑やかだった店内が一瞬にして凍りつく。

だけどもうそんなのどうだっていい。

僕の体力はもうとっくに限界を超えていた。


「ごめんなさい……お水を、一杯ください」


乾いた喉で必死に声を絞り出す。

店の女将さんらしき女性が驚いた様子で、急いで一杯の水を手渡してくれた。

僕はそれを一気に喉に流し込む。

重たく鉛のようだった身体が少しだけ軽くなった気がした。


「あ、ありがとうございます」


僕はほとんど涙目でお礼を言った。


女将さんはまだ困惑しつつも椅子を引いてきてここに座りなと促してきた。

酒の匂いと、焼いた肉の香ばしい匂いが鼻をつく。

額から落ちる大量の汗を拭いつつ、周りの人たちを見て驚いた。

人々の着ている服は中世ヨーロッパの民族衣装に近いものだ。

 僕の服装だけが、まるで別の世界のものみたいだった。

安心していたところにまた不安が押し寄せてきた。

店の客と思われる大柄のいかつい男たちが怪しむように見てきていた。

数十の視線が一斉に突き刺さり、僕の目に再び涙が浮かぶ。


「なんだ、坊主」

奥でジョッキを持っていた男が、胡乱げに僕を見上げた。


「旅人か? にしちゃあ格好が妙だな」


「え、あの‥‥」


動揺して思うように声が出せない。


そんな僕を別の男がくすりと笑う。


「どこの村から来た?」

「いや、あんな服見たことねえぞ」

「盗賊の斥候かもしれん」


僕は今、ワイシャツにズボンという学校の制服をきている。

ざわざわとした空気が、不安をさらに煽る。

どう答えればいいかわからない。

もし、余計怪しまれるようなことを言ってしまったら、僕はここを追い出されて本当に死んでしまうかもしれない。

震える身体で必死に言葉を探していると、カウンターの奥から呆れ顔の女将さんが出てきた。

白い布で頭を覆った、ふくよかな体型のいかにも女将といった風貌だ。


「まあまあ、みんな怖がらせるんじゃないよ」

女将は僕に近づくと、ふっと柔らかい笑みを浮かべた。

「この村の連中はみんなピリピリしてて困ったもんだよ。お前さん、顔色が真っ青じゃないか。腹も減ってるんだろう?」


差し出されたパンを、僕は震える手で受け取った。


「ありがとう、ございます」


女将さんの優しさに胸がじんわりとして、思わずうつむいた。

視界が滲んで、涙が溢れそうだった。

人前で泣くなんて情けない。

こんなの夢ならさっさと冷めて仕舞えばいいのに。

パンの端をちぎって口に入れると、乾いた喉を通る感覚が妙にリアルで、夢じゃないことを突きつけられる。

ここは本当に、僕の知ってる世界じゃない。


「ところで、坊主、お前どっから来たんだ。ここに辿り着くには必ず魔物が潜む森を通らなくちゃいけない。素人が、それも子供が簡単に通れるような道じゃないんだ。それをこんな夜中に武器も持たずに1人で来たっていうのか」


最初に声をかけてきた大柄の男が険しい顔で尋ねてくる。


「えと、僕、本当に何も知らなくて。気づいたら原っぱの中にいて歩いたらこの店に辿り着いて。なんで原っぱにいたのかも思い出せなくて、すいません」


「よくわかんないが、記憶喪失か……」


誰かが神妙な声で呟いた。


「やっぱ怪しいなぁ。スパイかなんかじゃないのか」


僕に詰め寄る男たちにひっと身体を強張らせると、女将さんが僕を庇うようにして立ってくれた。


「よしなよ、子供相手にそんな詰め寄るんじゃないよ」


「でも、警戒するに越したこたないぜ」


僕が思うのもおかしいけれど、その通りだ。

どんな素性がわからない怪しい人を招き入れるなんて普通はしない。

女将さんの人が良いから変なのに巻き込まれないかと男たちも心配しているんだというのがわかる。


「武器も何も持たない子が悪さなんてできやしないさ。それよりあんた、宿はあるのかい?お金は?」


言われた通り、僕は目が覚めてから何も持ってなくて身一つでここにきた。


「あ、ありません。……どっちらも」


「そうかい。あんた名前は?」


女将さんの穏やかな声に、パンを飲み込むのも忘れて固まる。


「……ま、真白です」


「マシロ?」

彼女は少し首を傾げて、優しく笑った。


「変わった名だね。まあいい、マシロ。しばらくここにいな。外は夜だし、あんたみたいな子が出歩いたら何が起きるかわかんないよ」


「いいんですか?」

思わず顔を上げる。


「当たり前だろ。困ってる子を放っとくほど、うちも冷たくないさ」


その言葉に、胸の奥がぐっと熱くなった。

喉の奥まで出かかった「ありがとう」が、涙でうまく出ない。

泣かないように必死に耐えるけれど、ポロポロと溢れる涙が止まらなかった。

こんなに泣いたのっていつぶりだろう。


女将さんがそんな僕を見て僕の頭を乱暴に撫でた。

少々痛いけど安心する。

男たちはこぞって肩をすくめてため息をついた。


「女将さんがいうなら俺らは従うしかねえな。おい坊主、ここのもんに悪さをしたらただじゃ置かないからな」


僕は高速で首を縦に振った。


店の隅の席に案内されると、木の椅子がぎし、と鳴った。

まるでどこかの演劇の舞台の上に放り込まれたみたいだ。

ここにいる自分が、やっぱり場違いで、浮いている。

でも、それでも今だけは、少しだけ安心できた。


女将さんが奥に戻っていくのを見送りながら、僕は胸の奥で小さく息をついた。

パンを握る手が、まだ震えている。

それでも、ほんの少しだけ力が戻った気がした。


落ち着いたら、考えなきゃ。

どうして僕はここに来たのか。

どうすれば、帰れるのか。


けれど、頭の中に渦巻く疑問のひとつひとつが重たくて、

今はただ、焼きたてのパンの温もりを握りしめることしかできなかった。









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