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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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仕事を全部押し付けて妹と浮気していた夫を、捨てました

作者: 茨木野

【☆★おしらせ★☆】


あとがきに、

とても大切なお知らせが書いてあります。


最後まで読んでくださると嬉しいです。

 ペンの走る音だけが、静寂に包まれた書斎に響く。

 私、メリッサは今日も一人、山積みになった書類と格闘していた。

 窓の外はすでに漆黒。夫であるダリは「領地の視察」と称して朝から出かけたきり、戻る気配はない。


「……メリッサ様。少しお休みになってくださいまし」


 ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 執事のセバスチャンが、湯気の立つ紅茶をそっとデスクの端に置いた。琥珀色の液体が、ランプの光を反射して揺れている。


「ありがとう。でも、休んだばかりよ」


「前回の休憩から、もう十二時間も経過しております」


「そう……」


 こめかみがズキリと痛んだ。

 十二時間。そんなに時間が経っていたのか。集中していたというよりは、終わりの見えない激務に時間の感覚が麻痺しているのだろう。

 私はペンを置き、カップを手に取った。温かい陶器の感触が、冷え切った指先をじんわりと温める。

 一口含むと、極上の茶葉の香りと共に、蜂蜜の優しい甘さが口いっぱいに広がった。


「メリッサ様。陛下に奏上すべきです」


 セバスチャンの声は、いつになく低く、鋭かった。


「なにを?」


「当主が仕事を放棄し、その責務のすべてをメリッサ様に押し付けているという、この異常な現状をです」


 ダリと結婚して三年。

 その間、この伯爵領の運営はすべて私が行ってきた。予算管理、陳情の処理、領民への対応。

 夫は今セバスチャンが言った通り、その間ずっと外に出ている。私の妹、システィと共に。


 バンッ!

 不躾な音と共に、重厚な扉が開かれた。


「ただいま帰ったぞ」


 酒の臭いをプンプンと漂わせ、ダリが部屋に入ってくる。

 彼は私とセバスチャンを交互に見ると、不愉快そうに鼻を鳴らした。


「誰が他の男を入れて良いと許可した? なんだ、浮気してるのか? そこの執事と」


「滅相もございません」


 セバスチャンが静かに頭を下げるが、その瞳の奥には冷ややかな光が宿っている。


「いいか? お前は俺のモンだ。俺に許可なく男を作るなんて許さないからな」


「分かっております」


「ならいい。俺は寝る」


 机の上に積み上がった未決裁の書類の山を見ても、彼は何一つ反応しない。

 まるでそれらが風景の一部であるかのように、無関心を決め込んで去っていく。

 この人は、領地がなぜ回っているのか、今の現状を何一つ理解していないのだ。


「あーん、ダリ様ぁ。今日は楽しかったですぅ~」


 廊下から、甘ったるい猫なで声が響く。

 妹のシスティだ。私のような地味な女とは違い、愛嬌だけで生きているような可愛い女。

 そもそも、なぜ既婚の姉の嫁ぎ先に、妹が入り浸っているのか。

 いつも思う。思っていた。

 そう、その日の夜までは。


          ◇


 夜明け前。

 屋敷の廊下は冷え込み、素足に伝わる冷気が全身を粟立たせる。

 私は静かに廊下を歩いていた。

 すると、夫の寝室の方から、耳障りな嬌声と粘着質な音が聞こえてきた。


 扉が、少しだけ開いている。

 足元には一枚のお札が落ちていた。魔術の知識がある私には、それが何であるかすぐに理解できた。

 簡易的な防音の術式だ。だが、魔力切れで効果を失っている。

 隙間から中を覗く。


 ああ。

 獣だ。理性を失った獣が二匹、絡み合っている。


「…………」


 一瞬で全てを理解した。

 妹は、夫と浮気していたわけだ。

 なるほど。本当に、救いようがない。

 目頭が熱くなるかと思ったが、涙は一滴たりとも零れなかった。私の心はとっくに枯れ果てていたらしい。

 代わりに湧き上がってきたのは、氷のような冷徹な怒りだった。


「セバスチャン」


 呼ぶと同時に、闇の中から影が音もなく現れる。


「ここに」


「魔道具を」


「手配済みです」


 セバスチャンから手渡されたのは、映像と音声を記録する魔石だ。

 いやに用意周到だ。思えば、彼は昔から私の危機には必ず備えている男だった。

 私は魔道具を受け取り、魔力を流し込む。

 淡い光が、部屋の中の醜態を克明に記録し始めた。

 これで、もうおしまいだ。


          ◇


 後日。

 早朝の冷気が残る屋敷の前庭に、素っ頓狂な悲鳴が響き渡った。


「どういうことだっ!?」

「どういうことなの、お姉様!?」


 屋敷の外には、下着姿のまま放り出された元夫と元妹がいた。

 二人は昨夜も獣のような交尾に耽っていたらしい。そこをセバスチャン率いる使用人たちが踏み込み、文字通り叩き出したのだ。


「あなた方は、もうこの屋敷には住めなくなりました」


 私はバルコニーから二人を見下ろす。


「どういうことだと聞いている!」


「あなたからは伯爵の地位を剥奪。領地と爵位はそのまま、私が継ぐことになります」


「何を馬鹿な! 伯爵は俺だぞ!?」


「いいえ。これを見なさい」


 私は王家から届いたばかりの羊皮紙を、ひらりと放り投げた。

 紙は風に乗って、ダリの足元へと落ちる。


『貴殿の長年にわたる領地経営の放棄、及び公序良俗に反する不貞行為は、貴族の品位を著しく損なうものであると判断する。よって、本日未明をもってダリ・フォン・ベルンシュタインの爵位及び全財産を没収し、これを元妻メリッサへ委譲するものとする。国王裁可済み』


 震える手でそれを読んだダリの顔から、みるみる血の気が引いていく。


「り、理解しましたか? 陛下も、貴方のような無能な馬鹿には、貴族としての地位も権利も与えないと仰っているのですよ」


「な、なにそれぇ! それじゃダリってただの顔が良いだけのクズじゃん!」


 システィが金切り声を上げた。


 それを今頃見抜けないなんて。姉妹揃って、男を見る目がなかったということか。いや、私の目は今日覚めたけれど。


「なに貴方、自分は関係ないみたいな顔をしているのですか?」


「は?」


 システィが間の抜けた顔で私を見上げる。


「貴方は貴族を一人、没落させたのです。王国貴族を堕落させた罪は重い。貴方は北の果てにある修道院送りですって。一生、雪と神への祈りの中で過ごしなさい」


「なにそれ! なんであたしがそんな目に遭わないといけないわけー!?」


「たった今理由を述べたばかりなのだけれど。本当に愚かな子」


「さようなら、二人とも」


 私が背を向けると、背後から無様な懇願の声が聞こえてきた。


「ま、待ってくれ! 待ってくれよメリッサ! 誤解なんだぁ! 俺はお前を愛しているんだ!」


「誤解ってなによ! 地味姉よりあたしの方がイイって言ってたのにー! 嘘つき! 詐欺師!」


 システィがダリの髪を鷲掴みにし、爪を立てる。

 ダリは悲鳴を上げながら、システィを力任せに突き飛ばした。


「うるさい! お前が誘惑したからだろうが!」

「はぁ!? あんたが金持ちだから付き合ってあげたのよ! 無一文の男なんてゴミよ、ゴミ!」

「なんだと貴様、もう一度言ってみろ!」


 二人は下着姿のまま、泥の中で取っ組み合いの喧嘩を始めた。

 髪を振り乱し、互いを罵り合う姿は、まさに彼らにお似合いの喜劇だった。

 私はセバスチャンに目配せをし、冷たく扉を閉ざした。


          ◇


 それから数日後。

 私は正式に女伯爵として、執務室で働いていた。


「ハニー、どうしたの?」


 入ってきたのは、上質なスーツに身を包んだセバスチャンだ。

 そう、私はあれからすぐに彼と再婚した。長年支えてくれた彼こそが、真のパートナーだと気付いたからだ。


 私は読んでいた新聞を一瞥し、パサッと机の上に置いた。


「馬鹿がよそで馬鹿やらかして、鉱山送りになったそうだわ」


 新聞の片隅には、小さく記事が載っていた。

 『元伯爵、賭博場でイカサマ騒ぎを起こし逮捕。莫大な借金返済のため、魔石鉱山の強制労働施設へ収監』

 劣悪な環境と魔獣の襲撃に怯えながら、泥水をすすって死ぬまで働き続ける場所だ。

 システィの方も、修道院への移送中に脱走を図り、現在は指名手配されスラム街へ逃げ込んだらしい。あの派手好きな彼女が、汚濁にまみれて生きていけるとは思えない。


「これで馬鹿の顔を見なくて済みますね」


 セバスチャンが私の背後から優しく肩を抱き、耳元で囁く。


「全くだわ」


 私は彼の胸に頭を預けた。

 伝わってくる温もりと、逞しい鼓動の音。

 以前のような孤独な寒さは、もうどこにもない。

 

 彼は私の頬にそっと口づけを落とすと、いたずらっぽく目を細めた。


「さあ、仕事はこれくらいにして、今日こそゆっくり休みましょう。……十二時間とは言いませんが、朝までたっぷりと」


 私は頬を赤く染め、小さく頷く。

 これからは、この温かい腕の中で、本当の幸せを噛みしめて生きていくのだ。



【おしらせ】

※1/9(金)


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― 新着の感想 ―
「ハニー」さえ無ければ…
三年はちょっと長い気がします。 セバスチャンは多分有能なので元伯爵の不倫はすぐに気付いたと思います。 にもかかわらず放置したのは、最高のタイミングを狙っていたのではないかと穿った見方をしてしまいます。
セバスチャン、クールなイメージから一転ハニーで印象がガラッと変わってしまった・・・ 恐らくメリッサと婚姻を結べて浮かれてしまっているのでしょう。 面白い作品で楽しませて貰いました。
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