#3 “スケベ”ダケド!?
“アサ・ブライアン”――私の異母姉。
彼女は数えきれないほどの令嬢を引き連れ、その中の一人を撫でる。それはまるで、大型犬を愛でる貴族のような佇まいだ。彼女はこの国では珍しい白髪をくるりと指に絡ませると、聖母のような笑みを浮かべる。
「わたくしの姉が、貴方に失礼なことをおっしゃったみたいですね」
この噂はまだ広まっていないはずだ。私は手汗を握りしめると、周りを見渡した。彼女が少し大きめな声を響かせたせいか、様子を伺うようにこちらを見ている令嬢が、ちらほら見受けられた。
ここは否定したほうがいいのだろうか、自分の保身のためにも。
後々「先に喧嘩を売ったのは私だ」と広まってしまっては、それこそ私の身が危ない。有名貴族の“妾の子”な上に、婚約破棄八回の私が「ヨル(省)への嫉妬で、先に喧嘩を売ったのw」と噂が流れれば大変だ。
“人の噂は倍になる”ということわざがあるくらい、いろいろとヤバい。
「いえ、わたくしが先に喧嘩を売ってしまいました、すいません(早口)」
彼女の周りにへばり付く取り巻き令嬢たちは『まあ、嫉妬からね。皇子を取られてしまったもの』と納得するように首を振り始めた。あまりに一斉に首を垂れ始めたので、今度こそ飼い慣らされた大型犬に見えてしまう。
「おまえら、静かにして」
あの落ち着いた雰囲気を醸し出していた彼女からは、考えられないほどの声の荒げようだった。すると、取り巻き令嬢たちは、しゅんと一気にしおらしくなった。彼女は微笑みながらも「よし、あとでお見合いの相手を探しておきますね」というと、令嬢たちはまた騒がしくなった。
「いや、なに嘘をおっしゃってるのですか。彼女をかばうためですか?」
私を試すような眼差しを向け、彼女はわざとらしく肩を竦めた。
そして一人の令嬢の身体のラインに沿う細身のシルクドレスをつまみ上げ、次いで私の質素なドレスへと視線を移すと、困ったように顔を曇らせた。
「あと、また会うときはブライアンの名に恥じない身なりで。よろしくね」
そうして、彼女はたくさんの令嬢に囲まれたまま、食堂を出て行った。
◇ ◇ ◇
それから、なん十分かが経った。
ひとり肩を落としていると、食堂の中に威勢のいい声が響き渡った。そこには、完ぺきとは言えない編み込みを肩の所で揺らし、安物のはんぺんの下に色褪せた粗布の衣を着た人物がいた。
「アーメス様ああ、来てたんですね」
この少女の名は、メトレート。以前は、下町の仕立て屋で叔父の手伝いをしていたんだとか。しかし、金銭上の問題で売り飛ばされ、この宮殿にやってきたという。
小動物のようなかわいさがあるが、私にしつこく付いてくるところが少々ウザい。
いまは、十五ー十六ほどの年齢らしい。貧乏だったためか、自分の誕生日や年齢すらも覚えていない。
「アーメス様は、今日もお美しいでおられますね」
あと、言葉が扱いきれていないのが惜しい。本当は、私よりも可愛いし性格もいいのに。なんでも“お”を単語の先頭に持ってくれば何とかなるだろう、という考え方だ。
さっきから、めっちゃ肩掴んで揺らしてくる。私、今落ち込んでるからハイテンションなの辞めて!?
ちなみに、彼女が私に懐くようになったのは、“婚約破棄”されたあの日からだ。宮殿に売り飛ばされ、初めて出席した宴で――“妾の子”でありながら、必死に婚約の場に立つ私の姿に心を奪われたらしい。
ついでに言えば、どうやら私の容姿も気に入ったようだ。
「貴方、ほどお美しいお方であれば、ご婚約もできるのでは?」
「仮に“お美しい”としても、妾の子なら駄目なの!」
彼女はぼさぼさの髪を乱暴に梳くと、「あっ」と声を上げた後にこう言った。
「私、紹介できる人ならいますよ、“スケベ”だけど」
「……ふーん、意外とやるじゃん……。…………、“スケベ”ダケド!?」




