<EP_004>
<EP_004>
シュツルムブリンゲンを入手してから、士郎の生活は全く変わった。
朝の稽古をした後、ダンジョンに潜るのは変わっていないのだが、潜る階数が全く違うのだ。
圧倒的な防御力を持つ魔導鎧に身を包み、桁違いの破壊力を持つシュツルムブリンゲンを振るえば中層の敵など一撃で粉砕できるのだ。
深層に出てくるモンスターが変化する魔晶は貴重で高価で取引される。
毎日、深層まで行って大量の魔晶を持ち帰ってくる士郎は、どんどん借金を減らしていった。
「どうだ、士郎。身体に不調は無いか?」
いつものようにダンジョン帰りに哲也の部屋で診察を受けていると、哲也が話しかけてくる。
「全然、問題ないッスよ」
ケロリとした表情で士郎は答えてくる。
(あれだけの魔導鎧を着ながら、シュツルムブリンゲンを振り回して、このマナ量ってバケモノだな)
士郎の身体の中のマナ量が極めて少ないことに、哲也はあらためて驚いてしまう。
また、出会った頃からガタイの良かった士郎であったが、最近はますますガタイが良くなってきたようにも思える。
「にしても、お前、ますます身体がデカくなったんじゃないか?」
診察が終わり服を着ている最中の士郎に哲也が声をかける。
「そうっスね。魔導鎧もシュツルムブリンゲンも重いッスからね。筋トレは欠かせないッス」
そう答える士郎の身体は鍛え上げられた鋼のようで、Tシャツの胸元は分厚い胸筋で今にもはち切れんばかりに盛り上がっていた。肩から腕にかけては隆々とした筋肉が鎧のように連なり、その力強い存在感を際立たせていた。
(まったく、なんて筋肉だよ。ボディビルダーも真っ青だぜ)
士郎の身体を見ながら、哲也はそんな感想を抱いてしまう。
「師匠、飯でも食いに行かないッスか?」
服を着終えた士郎が哲也に提案してくる。
「奢りか?」
「イイっスよ。今日は結構稼げたんで、いつも診てもらってるお礼に奢るッスよ」
そのまま、哲也とともに探索者御用達の居酒屋へと向かった。
大剣を背負った士郎が入ってきても、店では誰も驚かない。
店の中には完全武装のパーティが何組も酒を飲んでおり、店内は騒がしかった。
二人はカウンターに座り、士郎はチキンステーキを頼み、哲也は焼き鳥と酒を頼む。
「魔導鎧とシュルムブリンゲンは置いてきても良かったんじゃねぇか?」
運ばれてきた酒を飲みつつ哲也が士郎に聞く。
「魔導鎧もシュツルムブリンゲンも重いッスから、持ち歩くだけでも、良いトレーニングになるんスよ」
完全武装を苦にも感じない様子で食事を食べながら士郎は答えてくる。
「でもよ、どんだけ身体を鍛えても、結局はマナの量には勝てないんだしよ、意味無くねぇか?」
「そんなこと無いッス。健全なマナは健全な肉体にこそ宿るものッス。師匠も少しは鍛えたほうが良いと思うッス。力こそパワーっス。Yeah!」
士郎は右腕を突き出し力こぶを見せつけてくる。
「マナに健全もクソもあるかってぇの」
爽やかな笑顔に白い歯を見せて語る士郎に、哲也は呆れながら酒を呷っていく。
「ま、<つくば>じゃ、完全武装で出歩くぐらいが丁度よいのかもしれねぇけどな」
店の中を見回し、哲也はそんなことを呟く。
<つくば>の実力者である哲也と新進気鋭の士郎の取り合わせにチラチラと目線を送ってくる者はいたが、何事もなく食事は進んでいった。
「大変だ!街中で暴れてるヤツがいる!誰か、取り押さえてくれ!」
二人の食事が終わろうかという時に、頭から血を流した男が一人店に飛び込んできた。
店の外からは女性の悲鳴と獣のような咆哮が聞こえてきた。
男の言葉に士郎がいち早く反応する。
「どうしたッスか!」
「わ、わからねぇ。ダンジョンから出てきた男が苦しそうにしゃがみ込んでたから、声を掛けたらよ、いきなり殴りかかってきたんだ。頼むよ、まだ、おっかぁがいるんだ」
「わかったッス。大将、お代はここに置いとくッスよ。師匠、行きましょう!」
そう言うと、懐の財布から一万円を引き抜くとカウンターの上に置き、立ち上がる。
「おい、士郎。止めとけって。俺は行かねぇぞ」
そう告げる哲也を置いて、士郎は店の外へと駆け出していった。
「ちっ、面倒くせぇ」
そう言うと、哲也も渋々と立ち上がり、店主からお釣りを受け取ると懐にしまい、士郎の後をついていった。
士郎が駆けつけた時には、道の真ん中に男が立っており、中年の女性の頭を掴みながら、咆哮をあげていた。
掴まれている女性は頭から血を流し、ぐったりとして動いていなかった。
「止めるッス。その女の人を離すッス」
士郎は背中からシュツルムブリンゲンを引き抜き、男と対峙する。
男の全身には獣のような剛毛が生えており、目は血走り、口からは大きな牙が飛び出しており、手には大きな爪が生えていた。人間というよりは獣人に近い風体だった。
大剣を構えながら近寄ってくる士郎をみとめると、獣人はボロ雑巾のように女を投げ捨て、士郎へと咆哮をあげつつ襲いかかってきた。
獣人の攻撃を士郎は大剣で受け止める。
獣人を間近で見た士郎は、獣人の着ている鎧が見知ったもので、獣人の顔にどことなく見覚えがあることに気づいた。
「え?もしかして雄大?」
攻撃を防がれた獣人は飛び退ると、四つん這いになり完全な獣の様相で唸り声を挙げた。
「雄大!?止めろよ。俺だよ、士郎だよ!」
士郎の呼びかけにも雄大は答えず、そのまま襲いかかってくる。
「止めてくれ、雄大!」
襲いかかってくる雄大を、士郎はシュツルムブリンゲンと魔導鎧の障壁で弾き返していくが、雄大は何度も襲いかかってくる。
「雄大!これ以上やるなら、俺も黙ってないぞ!」
雄大との距離が離れると、士郎はシュツルムブリンゲンを正眼に構えた。
襲いかかろうとする雄大を、士郎は奥歯を噛み締め、しっかりと見つめた。
(ごめん、雄大……)
そう、士郎が心の中で謝罪した瞬間、獣と化した雄大が飛びかかってきた。
「きぇぇぇぇぇっ!!」
士郎は裂帛の気合とともにシュツルムブリンゲンを上段に振り上げ、飛びかかる雄大に向かって振り下ろした。
雄大に当たる瞬間、士郎は握りを変え、剣の腹で雄大の頭部を全力で叩く。
「はぁぁぁぁっ!」
地面に叩き落された雄大に向かい、一歩踏み込むと、今度は横薙ぎに振り、剣の腹で雄大の横っ面を全力で殴打した。
大剣による殴打を喰らい、雄大は地面に倒れ、動かなくなった。
そこへ哲也が追いついてきた。
「終わったみてぇだな」
周りを見渡し、哲也は呟く。
すると、哲也の後ろから、店に飛び込んできた男が飛び出し、倒れたままの中年女性の元へと駆け寄る。
「おっかぁ!おっかぁ!」
男の声にも女性は反応を示さずにぐったりとしたままだった。
「先生!おっかぁを、おっかぁを助けてくれ!」
男は哲也の顔を見ると必死の形相で助けを求めてきた。
(ちっ、面倒くせぇ……)
男の懇願に、哲也は顔をしかめるが、ここでは何もできない。
「おい、俺のアパートに連れてきな。ここじゃ、何もできねぇよ。おい、士郎。帰るぞ」
そう言うと哲也は素早く踵を返した。
男も中年女性を背負って哲也に続いていく。
士郎は倒れた雄大と哲也の背中を交互に見た後、意を決して雄大を肩に担ぐと、哲也の後を追っていった。
アパートに着くと、哲也は四畳半の部屋に入り、杖を腰に差し、白衣を羽織って出てくる。
中年女性は畳の上に寝かされ、息はしているものの、顔は青ざめていた。
そこへ、雄大を担いだ士郎も入ってくる。
「なんだよ、そいつも連れて来たのかよ。面倒くせぇ」
士郎の肩に担がれた雄大を見て哲也は嫌そうな顔をした。
「士郎、とりあえず、そいつは鎖で縛っとけ。その上でテメェが見張っとけよ」
そう言うと、哲也は左手で杖を触り、右手で女性の頭を触る。
(魔力治癒)
哲也が念じると、右手が光り、女性の中に少量のマナを注入していく。
女性の顔に赤みが差し、呼吸が安定するところでマナの注入を止める。
「おい、ここでは、これが精一杯だ。後は、ちゃんとした病院に連れていけ。もし、暴れ出したら、ふん縛って、俺のとこに連れて来い。治療費は、特別にタダにしてやる。早く行け!」
心配そうに見つめる男に哲也がそう告げると、男は女性を背負い、アパートから出ていった。
「さてと……」
男が出ていくと、哲也は鎖で縛り上げられ、畳に寝転されている雄大へと目を向ける。
「師匠!雄大も救って下さい。お願いします!」
士郎が土下座をして頼んでくる。
哲也は雄大の脇にしゃがみ込んで、じっと見つめると立ち上がった。
「士郎。諦めろ。そいつはもう無理だ」
「そんなぁ…師匠にしか頼めないんス。治療費はなんとかするッス。だからお願いするッス」
士郎は泣きそうな顔で哲也にすがるが、哲也は困ったような顔で答える。
「無理だ。そこまで異形化しちまったら、俺には手に負えねぇよ。そんなヤツのマナを吸い取ったら、俺が異形化しちまうぜ。残念だが、諦めろ」
哲也は困った顔をしながら、キッパリと言い切った。
「そんなぁ…雄大は…雄大は友達なんス…だから、だから、お願いします。助けて下さい」
士郎は畳に額をこすりつけ、泣きながら訴えてくるが、哲也にはどうしようも無かった。
泣きながら、土下座を続ける士郎を見下ろしながら、哲也は困り果ててしまう。
(お願いしますって言われてもなぁ……)
哲也の目に士郎の背中に担いだシュツルムブリンゲンが目に入った。
(もしかしたら……)
哲也の頭にあることが閃いた。
「わかった。とりあえず、何かはしてみよう」
「ホントっスか!」
哲也の言葉に、士郎の顔が輝き、顔をあげる。
「士郎。シュツルムブリンゲンを構えろ」
「え?」
哲也の意外な言葉に士郎は戸惑ってしまう。
「いいから、構えろ!」
「は、はい!」
哲也の鋭い言葉に、わけがわからないが、士郎は立ち上がってシュツルムブリンゲンを構えた。
哲也は右手に杖を持つと、杖先を雄大に当てる。
(魔力吸入)
哲也の念とともに杖先が光り、哲也の身体にマナが入ってきた。
哲也はそのまま左手でシュツルムブリンゲンの刃を触った。
右手から入ったマナが左手から大剣へと吸い込まれていく。
哲也は右手から左手へ身体の中をヘビが這っていく感覚に襲われ、不快感に苛まれたが、我慢していく。
そうこうしていると、雄大の身体から全身を覆っていた剛毛が抜け落ち、牙もみるみる小さくなっていった。
杖先の光が消えると、そこには人間の姿に戻った雄大がいた。
杖先の光が消えると哲也はその場に座り込み全身をさする。
「うぅ…気持ち悪かった……二度と止んねぇぞ……」
先程まで駆け巡っていた不快感に哲也は愚痴をこぼす。
雄大の姿が人間に戻ると、士郎はシュツルムブリンゲンを手放し、雄大を揺り起こす。
「雄大!大丈夫なのか!」
「あれ?士郎?ここは?って、うわっ、なんだこれ?」
目覚めた雄大がわけもわからず騒ぎ立てる。
「うるせぇな。士郎に感謝しろよ、ガキが。おい、士郎。治療費は50万で我慢してやる。そのガキにしっかり支払わせろよ」
騒ぎ立てる雄大に、哲也は苛立ちを隠さずに鋭い目を向ける。
「わかったッスよ、師匠。ありがとうございました」
雄大の鎖を解きながら士郎は笑顔で士郎に感謝する。
鎖を解かれた雄大は、目の前にいるのが魔晶医師秋月哲也なことに気づき、居住まいを正す。
「秋月先生。ありがとうございました。治療費は必ずお支払いします」
雄大はそのまま畳に額をこすりつけ礼を言う。
「おう、支払いは早めにな」
そう言うと、哲也は隣の部屋へと引っ込んだ。
「ふぅ……緊張したぜ……」
哲也が見えなくなると、足を崩した雄大に士郎が尋ねる。
「雄大、いったいどうしたんだい?大介や昇太は?」
士郎の問いに雄大は顔を曇らせ、瞑目し、息を大きく吐いた。
「二人とも死んじまったよ……」
雄大の声に士郎も顔を曇らせ俯いた。
「そう……」
ダンジョン探索は常に死と隣り合わせだ。わかっていたはずだが、友人の死に、あらためて痛感する。
「モンスターハウスに突っ込んじまってな。そのうち、同士討ちが始まっちまってよ。気づいたら、とんでもないモンスターが誕生しちまいやがったんだ。なんとか倒せたけどよ、生き残ったのは俺一人だったんだ……」
「そう……」
哲也とともにシュツルムブリンゲンを入手した時のことを思い出し、士郎は黙り込んだ。
「モンスターハウスの魔晶を拾ってたとこまでは覚えているんだけど…気づいたらここにいたんだ……」
「そうか……でも、雄大だけでも無事に帰ってこれたんだから良かったよ」
そう言うと、二人の間に沈黙が訪れ、共通の友人の死を悼んだ。
しばらくの沈黙の後、雄大は士郎に居住まいを正して向き直る。
「士郎。虫の良い話だとは分かってるけど、もう一度、俺と組んで貰えないか?この通りだ」
そう言うと、雄大は畳に額を付けるように頭を下げた。
士郎は、そんな雄大を悲しげに見てしまう。
「すまない、雄大。それはできないよ。俺はもう魔晶医師の弟子で助手なんだ」
士郎はすまなさそうに、しかし、キッパリと言いきった。
「そうか……」
そんな士郎の言葉に雄大は全てを悟り、顔をあげた。
「ごめんな、雄大。でも、雄大はずっと友だちだよ」
「ああ。魔晶医師の助手が友達だなんて光栄だぜ」
そう言って握手を交わす二人の目には、お互いに涙が浮かんでいた。
「おいおい、俺は助手にも弟子にもした覚えはねぇぞ」
そんな中、哲也が隣の部屋から出てくる。
「それにな、士郎、友達と思うなら、たまには探索に同行してやれ。それに雄大と言ったか?勝手に連れていって良いぞ。士郎は別に弟子でも助手でもねぇからな」
哲也は素気なく言い放つ。
「そんなぁ…師匠…」
そんな哲也の態度に士郎は眉をハの字にしてしまう。
「それから、雄大。お前、ホントに何も覚えてないのか?どうやって地上に戻ってきたのかとか」
哲也は、眉を潜め、鋭い目つきで見ながら雄大に尋ねる。
「え、ええ。何も…」
「そうか……」
雄大の答えに哲也はますます眉を潜めてしまった。
(なぜ、コイツは重度のマナ中毒者のくせにダンジョンに潜ろうとせずに、街で暴れてやがったんだ?何かがおかしいぜ……)
考え込みながら、哲也は得体のしれない寒気を感じていた。




