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<EP_002>

「おい、ガキ!起きろ!」

哲也は鎖に縛られたまま、起きようとしない士郎をゆすった。

見た目に変化はなくとも、起きれば暴れ出す可能性があったため、鎖はそのままにしておいた。

哲也にゆすられた士郎はゆっくりと目を覚ます。

「え?なんだこれ?」

男に殴られたことは覚えているが、目を覚ますと知らない部屋にいて、身体は鎖で縛られている。

士郎はわけがわからず、身悶えした。

「暴れるな。このバカ」

身体をくゆらせ続ける士郎を見て、哲也が声をかける。

その声で士郎は哲也の顔を確認した。

「あ、あんたは!」

「ほぉ、俺を知ってるみてえだな」

自分を見て驚く士郎に哲也はニヤリと笑う。

「ああ。あんたは闇医者の秋月哲也先生だろ?<つくば>で知らない者はいないッスよ。あんたがいるってことは、ここは……」

驚きながらも士郎は身体をくゆらせ周りを確認していく。

「ああ。ここは俺の部屋だ。路上で倒れてたお前を運び込んで治療したってわけだ」

「あ、ありがとうございます」

床に寝転んだ状態で士郎は素直に礼を言う。

「どうだ?身体におかしなところはないか?何かを壊したいとか、ダンジョンに行きたいとかの衝動があったりしないか?」

哲也の問いに、士郎は首を振った。

哲也はいつでもマナ吸収が可能なように注意しながら士郎の鎖を解いていく。

鎖から解かれた士郎は身体のあちこちをさすりながらも居住まいを正した。

(特に目も充血してねぇみたいだし、どうなってんだ?)

哲也から見る士郎は、どこにでもいそうなガタイの良い青年にしか見えなかった。

「おい、ガキ。ちょっと服を脱いでみろ」

服で隠れた部分に変化があるのかと思い、哲也は士郎に命令する。

「えぇっ……」

命じられた士郎は、まるで乙女が身を隠すように手で身体を覆う。

「安心しろ。俺にそのケはねぇよ。早くしろ!」

スラム街の実力者に命じられ、士郎はしぶしぶと服を脱いでいく。

士郎の引き締まった筋肉質の身体が露わになるが、哲也はそんなものに興味は無い。

身体中に暴行された時の痣はあるが、特に目立った変化があるわけではなかった。

ただ一つ、士郎の身体の喉元の部分に黒い石のようなものがあるだけだった。

(なんだこりゃ?ボディピアスってわけじゃないだろうし……)

哲也は不思議そうに石を見つめた。

「あ、あの……」

胸元をじっと見つめられ、士郎は恥ずかしくなってしまう。

「ああ、もういいぜ。悪かったな。服を着ても良いぞ」

哲也の言葉に士郎はいそいそと服を着始める。

そんな士郎を眺めながら、哲也は考えてしまう。

(どうなってんだ?あの石のせいか?)

そう考えた哲也は士郎へ声をかけた。

「おい、ガキ……お前、名前はなんて言うんだ?」

「え?」

哲也の問いに士郎はキョトンとした目を向けてくる。

「名前だよ、名前。いつまでもガキじゃ座りが悪いだろが」

士郎の態度に哲也は声を荒げる。

「あ、士郎です。生田士郎…」

哲也の苛立ちを感じ、尻すぼみになりながらも士郎は名乗った。

「士郎か…おい、士郎。その喉元の石はなんだ?ファッションなのか?」

哲也が喉元を指しながら聞くと、士郎は服を着直しながら答えた。

「ああ、これッスか?これは以前ダンジョンに潜った時に首飾りを見つけて、掛けてみたら身体に埋まっちまって取れないんスよ」

あっけらかんとした士郎の答えに哲也は考え込んでしまう。

(魔導具なのか……あれのせいなのか?)

そう考えてみるも答えは出ない。

哲也が考えている間に士郎は服を着終えた。

服を着終えた士郎を哲也は床に座らせると、左手で杖を触りつつ右手を士郎の頭に置く。

(時間差で出るかもしれねぇからな。一応、少しは吸収しておこう)

そう思い士郎からマナを吸収しはじめる。しかし、あれだけ注入したというのに、士郎からマナはほとんど吸い出せなかった。

(どういうことだよ?)

哲也はわけがわからなかった。

哲也が首を捻っていると、士郎が恐る恐る声をかけてきた。

「あ…あの……」

士郎の声に哲也は考えを中断し、そのまま右手を出す。

「ああ、もういいぜ。治療費は1万円にまけてやるよ」

そう言って、出した右手のひらを激しく動かす。

しかし、士郎は眉をハの字にして、泣きそうな顔で哲也を見上げるだけだった。

「あ、あの…財布は取られてしまってて……」

士郎の言葉に哲也は苦虫を噛み潰したような顔になる。

「なんだよ、一文無しかよ」

そう言って、改めて士郎を眺めると、腰に差した杖が目に留まる。

「じゃあ、その杖で勘弁してやるよ。ほら!出しな」

そう言って、再び士郎の前に右手を突き出した。

士郎は杖を大事そうに身体の前に抱え、首が千切れんばかりの勢いで首を横に振った。

この火球の杖は、明日からのダンジョン探索に絶対に必要なものなので、渡すわけにはいかなかったからだ。

「ちっ、しゃーねーな。いいよ。今回だけは特別だ。ただにしてやるから、とっとと帰れ!」

士郎の様子に哲也は顔をますますしかめたが、諦めて士郎を家に帰るように言い放った。

(帰る?どこへ?)

哲也の言葉に士郎はそんな考えに至る。

既に実家は売り払っていて、済んでいたアパートは解約し、今はパーティの皆と共同生活していた。しかし、パーティからは追い出され、財布も無い。

士郎には帰る場所すら思いつかなかった。

「帰るって、どこに帰れば良いんスか!」

そう、言葉を吐き出すと士郎はポロポロと涙を零しはじめた。

「おいおい、泣くことねぇだろ。家に帰れば良いだけじゃねぇか」

泣きだした士郎を面倒そうに見ながら、フケを飛ばしつつ哲也は頭を掻く。

「帰る家なんて無いッス」

泣きながら士郎は声を出す。

「帰る家が無いってどういうことだよ?」

哲也が尋ねると、士郎は泣きながらこれまでの経緯を話始めた。


「ふむ。そういうことか……」

士郎の話を聞き、哲也は思案する。

このまま士郎をスラム街にほうり出してもよいのだが、寝覚めが悪いことこの上ない。

幸い、今の哲也には士郎一人ぐらいなら養えるだけの蓄えはあるが、士郎のために使うのは嫌だった。

「士郎。お前の事情は良くわかった。とりあえず、今日はここに泊まって良いぜ。ただし、明日から働き口を探してとっとと出ていくこと。わかったな」

「ありがとうございます」

哲也の思いもかけない言葉に士郎は土下座をして感謝した。

「明日は、朝一でダンジョンに潜って稼いでくるッス」

士郎の言葉に哲也の顔は険しくなった。

「あ?ダンジョン?そんなとこに行かずにまともに働け。生きて帰れる保証もねぇとこに稼ぎに行くんじゃねぇよ!」

哲也は思わず叱りつけてしまう。

「でも、元ダンジョン探索者なんてどこも雇って貰えないッス」

士郎の反論に哲也も黙り込むしかなかった。

ダンジョンを探索し、魔晶を見つけてきたものは、多かれ少なかれ、体内に蓄積されたマナの影響によって暴力的になることが常だった。

だから、元ダンジョン探索者となれば、まともな会社なら雇うはずがないのだ。

しかし、士郎の話とこれまでのことを考えれば、哲也は士郎がダンジョン探索するのは自殺をしに行くのと同じだと思った。

「なぁ、士郎。良く聞いてくれ。お前の話を聞く限り、お前がダンジョンに行くのは自殺行為だ」

「どうしてッスか?」

キョトンとした顔の士郎に哲也が説明してやる。

「これは俺の推測なんだが、お前の身につけた首飾りのせいで、お前はマナを吸収しにくい身体になっちまったんだ。マナを吸収できないお前がダンジョンに潜るのは無理だ」

「え?なんでですか?」

哲也の説明に士郎はわけがわからないといった顔を向けてきた。

「いいか、士郎。マナってのはダンジョンのモンスターを倒したり、魔導具を使ったりすると身体に蓄積されていくものなんだ。マナが蓄積された身体は強化され、力を強くしたり、モンスターの攻撃に耐えられるようにしていくものなんだよ。お前のガタイは立派だが、あくまで人間レベルのものでしかないんだ。だから、マナを溜められないお前はどこまで行っても人間レベルの肉体でしかないんだ。そんなお前がダンジョンに潜ってモンスターを討伐し魔晶採集をしていくなんてことは無理なんだよ」

「そんなぁ…じゃあ、俺はどうしたら良いッスか?借金だって返さなきゃいけないのに…」

哲也の説明に士郎は絶望のあまり、再び泣きそうな顔になる。

「泣くんじゃねぇよ。借金は地道に働いて返すしかねぇだろ」

再び泣き出しそうな士郎に哲也は困った顔をする。

(借金か……俺も昔は借金返済のためにダンジョンに潜ったもんなぁ……俺はたまたまマナ吸収の杖やマナの剣を入手できたから良かったけど、その幸運がコイツにもあるとは限らんしなぁ……)

哲也が困って黙ると、士郎はついに嗚咽を漏らし始めた。

(マナ吸収の杖を入手できたとしても、マナが溜まらないんじゃ魔力破(マナ・ブラスト)は撃てないしなぁ…マナ吸収で多少は攻撃を防げはするだろうけど……ん?待てよ……)

哲也はあることを思いつき、スマホを取り出すと電話をかけた。

「おい、魔導屋。俺だ……ああ。お前のとこにあるクソ厄介な鎧、あれ、まだ残ってるか?……そうか。その買い手が見つかったぞ……ああ、大丈夫だ。あれにピッタリのバカが見つかったんだよ。だから、今すぐ持って来い……代金?そいつにツケで払わせりゃ良いだろ……ああ、俺が保証してやる……金は今は持ってないから少しはディスカウントしてやれ……うん?どうせ売れないで困ってたんだろ?だったら売ってやればいいじゃねぇか……儲けは折半でな…ああ。じゃ、待ってるぜ」

電話を切ると、哲也は泣いている士郎に話しかける。

「おい、士郎。今、お前にピッタリの魔導具を紹介してやる。だから、泣くな」

哲也の言葉に、涙と鼻水でグチャグチャになった顔で士郎は哲也を見上げた。


しばらくすると、哲也の部屋を大きな箱を背負った男が訪ねてきた。

哲也は男を部屋に招き入れる。

「おう、魔導屋。早かったな」

「ええ、秋月先生のご依頼ですから、超特急でお届けさせて貰いますよ」

男は揉み手をしながら笑みを浮かべて哲也に話しかける。

「買い手はこちらの坊っちゃんでよろしいのですかな?」

「ああ、そうだ。ただ、今は金が無いから、ローンで頼む」

「へぇ、承知しました。つきましては、こちらにご記入を」

そう言うと男は書類を何枚か差し出してくる。

そこには目が飛び出る程の金額が書かれてあった。

「ちょ、ちょっと、秋月先生。俺、こんなの払えませんよ」

あまりの金額に士郎が抗議の声を挙げるが、哲也は声を荒げて答える。

「うるせぇ!テメェがダンジョンに潜るにはこうするしかねぇんだよ!黙って、書類にサインと押印をしやがれ!」

<つくば>の実力者である哲也に一喝され、士郎はしぶしぶ書類へサインした。

「へへ、毎度あり。じゃ、秋月先生。これからもご贔屓に」

そう言うと、男は箱を置いて部屋から出ていった。

男が去った後、箱を指差して士郎が尋ねる。

「先生。これって何ですか?」

「おう、開けてみろ」

哲也に促され、士郎が箱を開けると、そこには一着の全身鎧が入っていた。

「着てみろ」

「はぁ……でも、俺には少し小さい気が……」

「大丈夫だ。魔導防具ってヤツはな、装備者に応じて形を変えるものなんだよ。だから着てみろ」

そう言われ、士郎は鎧を取り出し、身につけていった。

哲也の言う通り、身につけていくと少し膨張した感じに見え、全身に身に着けたときには、あつらえたかのようにピッタリのサイズに変化していた。

「わ、ホントだ」

鎧の変化に士郎がビックリしていると、哲也は隣の部屋に行って一振りの剣を持ってくる。

「おい、士郎。そのまま、ちょっと外に出ろ」

そう言って士郎をアパートの外へと連れ出した。

アパートの前の道路に士郎を立たせると、少し離れた位置に哲也は立ち、剣を構える。

「え?え?え?」

いきなり剣を構えた哲也に士郎はうろたえる。

「士郎、絶対に動くなよ」

そう言うと哲也は剣を振った。

哲也の振った剣は銀色の軌跡を描き、銀色の軌跡は光刃へと変化し、士郎に向かっていく。

士郎は突然のことに立ちすくんでしまうが、哲也の放った光刃は士郎の目の前で見えない障壁にぶつかったように砕け散って消えた。

「え?え?え?」

あまりの光景にわけがわからず士郎は呆然とするだけだった。

「よし、戻ろうぜ」

その結果に満足した哲也は士郎に部屋へ戻るように促した。


「先生、これ何ですか?」

部屋に戻った士郎は鎧を指差しながら哲也に尋ねる。

「ああ、そいつは強力な魔導鎧だよ。どうだ、気分が悪くなったりしてないか?」

「いえ、特に何も感じませんけど……」

「そうか。そりゃ良かった。とりあえず、鎧は脱いどけ」

哲也は笑みを浮かべるが士郎には何がなんだか分からなかった。

「いいか、士郎。お前にぶつけた、俺のマナの剣は中層のモンスター程度なら真っ二つにできる程の威力を持っているんだ。そいつをお前にぶつけたが、結果はお前が見た通りだ。てことは分かるよな?」

鎧を脱ぎながら、哲也の説明に士郎の顔が輝いた。

「もしかして、コイツを着ればダンジョンに安心して潜れるってことですね!」

「そうだ。本来なら、その魔導鎧は着ただけでマナ中毒を引き起こしかねない程、マナを蓄えさせる代物なんだが、マナの溜まりにくいお前にとってはお誂え向きの防具だろ?攻撃が効かないなら、あとはお前の火球の杖でダメージを与えていけば良いだけさ」

「あ、ありがとうございます!」

士郎は感動して深く頭を下げた。

「いいってことよ。その魔導鎧は買い手もつかずに魔導屋の倉庫に眠ってたんだ。在庫が売れて魔導屋も喜んでるだろうよ。じゃ、今日は寝ようぜ」

そう言うと、哲也は冷蔵庫からビールを取り出すと、隣の部屋へと歩き出す。

隣の部屋への襖に手をかけた哲也は振り向く。

「いいか、士郎。間違っても、この部屋から何か盗もうとしたり、バックレたりするんじゃねぇぞ。俺のバックには毒島一家がいるんだからな。逃げたりしたら、地の果てまで追いかけてケジメを取らせるぜ。わかってるな」

ドスを効かせた哲也の言葉に士郎は心底震え上がった。

「じゃ、おやすみ」

哲也はニヤリと笑うと、そのまま部屋へと入っていった。


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