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<EP_001>

「士郎。お前、明日からパーティに来なくて良いぞ」

魔晶都市<つくば>にある安居酒屋で須藤雄大は向かいに座っていた生田士郎に向かって言い放った。

雄大に唐突にパーティからの追放を言い渡された士郎は目を見開いた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ、雄大。どういうことだよ?」

「どういうことも無い。そういうことだ」

士郎の言葉に雄大はとりつく島もない様子で無表情に言った。

「いや、納得いかないよ。なぁ、大介、昇太、お前らも何か言ってくれよ」

士郎は同じテーブルに座っていたパーティの仲間にも声をかけるが二人とも何のアクションも起こさなかった。

「士郎。もういいだろ?お前のお守りに俺たちは疲れたんだよ」

うろたえる士郎に雄大は静かに穏やかに話しかける。

「お守りって何だよ!」

雄大の言葉に士郎は声を荒げてしまう。

「だってそうじゃねぇか。そりゃ最初はお前の身体能力は高かったよ。でもな、今じゃ圧倒的に俺たちのほうが上だ。それに、お前、最近じゃモンスターの一撃を受けただけで瀕死じゃねぇか」

「そうだな。今日もミノタウロスの一撃を受けただけで気絶してたしなぁ」

雄大の言葉を受けて、昇太も言葉を継いでしまう。大介は二人の言葉に大きく頷いていた。

「ちょっと待ってくれよ。でも、ちゃんと火球の杖を使って支援してるじゃないか」

士郎はなおも反論しようとした。

「確かにな。でも、それだけだ。お前が俺たちがモンスターの攻撃を引き止めてる間に火球の杖で支援してくれてるのは事実だよ。でもな、お前に攻撃が向かないように俺たちは必死に止めてるってのが事実なんだ。最近じゃ、火球の杖の威力じゃ、大したダメージにならないことも多い。だからな、俺たちはもう疲れたんだよ」

雄大の言葉に大介も昇太も大きく何度も頷いていた。

「待ってくれ。俺も困るんだよ。まだ、借金も返しきれてないし。今、パーティから外されたら困るんだ」

士郎は必死になって雄大に訴えた。しかし、雄大は困った顔をしながらも静かに首を振った。

「士郎。お前の事情は理解してるつもりだよ。今まではダチってことで見逃してたんだが、もう限界なんだ」

雄大は穏やかに、しかし毅然と言い切った。

「雄大……」

雄大の態度と、それを聞く二人の反応に、士郎は決定が覆らないことを知り、がっくりとうなだれた。

「士郎。お前に預けておいた火球の杖は餞別代わりにお前にやるよ。じゃあな」

そう言うと雄大は立ち上がり士郎へと手を出してきた。雄大に従い二人も立ち上がる。

「士郎。今までありがとな。上手く借金が返せるといいな。じゃ、元気でな」

士郎は雄大の言葉にうなだれたままよろよろと立ち上がり、差し出された手を力なく握り返した。

雄大は士郎の手をしっかりと握り返してくる。

雄大の後に差し出された二人の手を同じように握り返していく。

別れの握手を交わすと、雄大たちはそのまま会計を済ませ居酒屋を出ていった。

士郎は一人残されたテーブルで俯いたまま自分のグラスをじっと見ていた。


居酒屋を出た士郎はとぼとぼと<つくば>の路地を歩いた。

士郎の頭の中はこれからのことでいっぱいだった。


士郎は小さな工務店を営む両親の元に生まれた。小さい頃から体格に恵まれた士郎は、父の勧めではじめた剣道でメキメキと頭角を現していった。

士郎が地元の私立高校に進学した頃、父の工務店が倒産した。

父は多額の借金を抱え、金策に走り回ったがどうにもならなかった。

そして、士郎の父は借金返済のために魔晶採集の仕事を始めた。

ダンジョンから帰って来るごとに、優しかった父は粗暴になり、母や姉に手をあげるようになっていった。

そんな生活が一年も続くと、母は短大を卒業した4つ年上の姉とともに父や士郎の元を去ってしまった。

そして、姉と母が去った後には、父もまた、ダンジョンに行ったきり帰ってこなくなってしまった。

家族を失った士郎は高校を辞め、アルバイトで食いつなぐ生活をしなければならなくなった。

そんな生活では借金など減ることもないし、食べていくだけで精一杯であった。

そんな中、バイト先でたまたま働いていた中学時代の同級生である雄大に誘われ、士郎もまた魔晶採集の仕事をすることになったのだ。


魔晶――――。<つくば>のダンジョン内のモンスターが変化した石である。

魔晶はエネルギーを与えると増幅する効果をもっており、次世代のエネルギーとして注目された。

ダンジョンは<つくば>にあるダンジョンゲートを抜けて行くことになる。

ダンジョンゲートは数年前に突如として栃木県小山市に出現した。

危険なモンスターの巣窟であるダンジョンを日本政府は封鎖した。

しかし、封鎖をすれば場所を変えてしまうダンジョンゲートを日本政府は「魔晶研究のため」と称して監視対象とした。

魔晶はダンジョン内でしか採ることができないため、人々は危険なダンジョンへと次々に潜っていくのだった。


士郎は<つくば>の路地を俯いてトボトボと歩いていると肩に何かが当たったような気がした。

しかし、今後のことで頭がいっぱいの士郎は気にすることもなる歩き続ける。

すると、士郎は後ろから肩を叩かれ、呼び止められた。

「おい、兄ちゃん。人にぶつかっておいて、その態度はねぇんじゃねぇか?」

振り向くと男が怒りの形相で立っていた。その時になって、初めて肩がぶつかったのだと知った士郎が謝ろうと頭を下げた瞬間、士郎の顔に男の拳がめり込んだ。

男は痩せぎすで170センチも無いであろう体格であったが、190センチを越え、かなりの体格を誇る士郎をいとも簡単に吹き飛ばしていた。

男は地面に這いつくばった士郎を蹴りあげる。

男のつま先が腹に突き刺さり、士郎は息ができなかった。

その後も男は士郎を容赦のなく踏みつけ続けていく。

そんな光景には慣れているのか、周りの人間は気に留める様子も無かった。

やがて男は動かなくなった士郎から財布を取り上げると、唾を吐きかけ、そのまま立ち去っていった。

「ま、待って……」

士郎は這って男の後を追おうとするが、身体の痛みのため気絶した。

道に倒れた士郎に対して気に留める者は誰もいなかった。


「ったく、なんで金持ちってのは長生きしたがるかね……」

黒塗りのベンツの後部座席にゆられ、よれよれの、もはや白衣とは呼べないほど薄汚れた、白衣を着た秋月哲也は独りごちた。

哲也はマナ中毒専門の闇医者である。

とある事件で、日本の裏社会の首領とされる毒島玄道を哲也は治療したことがある。

玄道はステージⅣの癌に侵され、その治療のために魔晶薬を飲んだ。癌の根絶はできたものの、酷いマナ中毒の症状に苦しみ、それを哲也が救ったのだ。

玄道の回復は日本の上流層に瞬く間に広まり、病に侵された富裕層は魔晶薬を買い漁ったのだ。

それにより、富裕層にもマナ中毒は広がっていくため、玄道を通じて哲也がその治療のために駆り出されることになったのだ。

この日も、マナ中毒になった経済界の重鎮を治療し、<つくば>へ帰って来る途中であった。

(クソがっ…マナ治療は金になるのは良いんだけどよ、こう頻繁じゃ、使う場所がねぇぜ。俺はビールでも飲んで家でダラダラしてぇんだよ!)

それなりの頻度で来る玄道を通じた依頼に、哲也は苛立ってしまう。

玄道の依頼により、哲也の

(ちくしょう、あのジジイ…あんなに強い魔晶薬を飲むんじゃねぇよ。これじゃ、明日にでもマナ抜きにダンジョンに潜らねぇと、俺の身体がもたねぇよ……)

哲也は右手を見ながら、全身を駆け回る不快感に顔をしかめた。

そんなことを考えていると、車が止まった。

「おい、どうした?」

哲也が運転手に声を掛ける。

「秋月様。少々、お待ち下さい」

そう告げると、運転手と助手席の男が車から降りていく。哲也も車を降りる。

<つくば>には似つかわしくない黒塗りのベンツが止まったことで、良からぬことを考える輩が集まろうとしていたが、後部座席から降りた哲也の姿を見ると、踵を返していった。

毒島一家のバックがある哲也は<つくば>内ではかなりの有名人となっているからだ。

哲也が車の前を見ると、道の真ん中に男が倒れているのが見えた。

(ちっ、ガキが…かわいそうによ……)

<つくば>では道端に死体があることが日常茶飯事ではあるものの、倒れている男は若く高校生ぐらいに見えた。

「秋月様。今、片付けますので」

そう言うと運転手と助手席にいた男が倒れている男を道端に寄せようとした。

車のヘッドライトに照らされた男の胸は動いており、まだ生きているようであった。

「ちょっと待ってくれ」

哲也に呼び止められ、運転手たちは動きを止め哲也を見てくる。

「そのガキを俺のアパートに運んでくれ」

哲也の指示に男たちは訝しんだが、哲也の命令に従い、倒れていた男を後部座席に押し込む。

そのまま車に乗り込み、哲也とともに黒塗りのベンツは走り出した。


「さて、始めるか……」

哲也はアパートに運び込まれた男―――士郎を見下ろして呟く。

士郎の身体を鎖で縛り上げると、左手で腰に差してあった杖を白衣の上から触り、右手で士郎の頭を触った。

哲也の右手が淡い光を放つ。

(うん?意外に治らねぇな……)

マナ注入で士郎の傷が治っていかないことを哲也は訝しんだ。


マナ――――魔晶に込められた力を科学者たちはそう名付けた。

マナはダンジョンのモンスターを倒したり、魔導具を使うことで、倒した人間や使った人間の中に蓄えられていく。

人間に蓄えられたマナは身体能力を強化し、身体を治す効果がある。

魔晶薬を使うことで病気が治ったりするのは、この効果のためである。

しかし、溜まりすぎたマナは人間の精神にも作用し、攻撃的になり、ダンジョンに潜りたい衝動に駆られるという負の側面も持っていた。

マナの身体強化は外見にも現れることがある。

マナの蓄積が増えすぎた人間はマナ中毒者と言われる。

哲也の持つ杖、マナの杖吸収・改は以前の事件で入手したものだった。

マナ吸収の杖は触った相手に蓄積されたマナを哲也の身体に移し替える効果がある。

マナの放出は以前の杖では光弾として放出するだけであったが、マナ吸収の杖・改では哲也の体内のマナを触った相手に移し替えることもできるようになった。

マナを移し替えることで、相手の傷を治すことも可能になったのだ。

哲也はこれを”魔力治癒(マナ・ヒール)”と呼んでいた。

ただ、マナを移し続ければ、相手は、当然、マナ中毒になってしまう。

そうなったら、今度は適度にマナを吸収してやれば良いのだ。

哲也の持つ、マナ吸収の杖・改には吸収したマナの蓄積の負担を半分にするという改造が施されている。しかし、放出する際は吸収した時と同じだけの効果が現れる。

今日の経済界の重鎮への治療で哲也の身体は限界までマナを蓄積していた。

だからこそ、怪我をした士郎を運び込ませ、士郎に魔力治癒(マナ・ヒール)を施すことで自身に溜まったマナを士郎に移し替え、自身の身体の負荷を軽減するための行動だった。


哲也はマナを士郎にどんどんと移していく。

しかし、外見にマナ中毒の症状が出るほどの量を注入しても士郎の身体にはマナ中毒の症状が見られなかった。

(どういうことだ?見た目以上に傷が深いのか?)

どれだけマナを注入しても士郎にマナ中毒の症状は見られなかったため、哲也は訝しみながらも、さらに士郎へマナを注入していった。

結局、哲也の身体に蓄積されていたマナを全て注入し終わっても、士郎の身体に変化はほとんど見られなかった。

(なんだってんだ、このガキの身体は?常人なら二回はマナ中毒で暴れてる量のマナだぞ)

マナの注入を終えても、倒れたまま動かない士郎を見て哲也は首を捻った。



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