彼方者―あっちもの―4
「あのー、申し訳ないんだけど」
部室の時計が17時半を指す。夕焼けが西から窓を貫き、私たちの足元に長い影を落とすのだ。
「どういう事なのか、改めて説明してもらう事ってできる?」
そんな私の足元では、二十六木廉が長い足を投げ出して座っている。その右手首には手錠の片輪がかかり、もう片輪は私の座る椅子の足にかけられていた。
かけたのは勿論私だが。
「というか、そもそも何?この手錠……?」
「新聞部の先輩の置き土産」
「どうなってんの新聞部……」
それは私もそう思うものの、あるものは使ってやれの精神だ。先輩方が何に使ったのか定かでない手錠は、それなりに頑丈で、彼をここに拘束しておくにはうってつけである。縄で縛ると誰かがここに来た時に言い訳がしにくいが、この手錠ならば簡単に隠せる上、私がこの椅子からどきさえすれば解放自体は容易だ。
「単純だよ、二十六木君。君がしらばっくれるから、話が進まないなと思ってこうしている訳だ」
「しらばっくれるも何も、俺は何にも知らないって」
私は無言で手に持っていた携帯端末を操作する。紛れもない彼の声が流れるが、二十六木廉は相変わらず困ったように眉尻を下げるばかりだった。
「私だってこの動画がなければ夢だったと断じていたかもしれん。だが、実際に証拠が残っている」
「だから、それは俺の声じゃ……というか二ノ宮さん、なんか口調変わった?」
「癖なんだ。動画を撮る時や新聞部の活動中は、この口調の方がそれっぽいからな」
「ツッコミどころの多い人だなぁ……」
ぼやく男子にずいと顔を寄せ、私はこれ見よがしに眉間に皺を作って見せる。こうして凄んで見せるのは、もう何度目だろうか。放課後になってすぐ彼を部室まで有無を言わさず引っ張って、そこから彼は一度も口を割ろうとしない。
「君が話をするまで、私はここを動かないぞ」
「そんなこと言われてもなぁ」
ポリポリと頭をかきつつ、二十六木は大きな欠伸をかます。脅しは全く効果がない。しかし彼が力づくで解決するそぶりも見せない。こちらが折れるか、時間切れを狙っているのだろう。だが、そうは問屋が卸さない。
「いいのか?このまま夜になっても私はここにいるぞ」
「その前に見回りの先生が来ちゃうでしょ」
「残念だったな。今日は新聞部の記事作成の為と、予め先生に19時までの部室申請をとってある」
「そんなドヤみたいな顔されても……」
「19時となれば、外はもう暗い。もう一度『アレ』が呼べる訳だ」
ふと、彼の半開きの目がさらに細まった。けれどそれを誤魔化すようにして、ため息をつき、ゴロリと横になって目を閉じ始める。
「なぁに、アレって」
「噂だよ。これは見た事があるか?」
ぴらりと私は彼の前に紙を一枚突きつける。月に一度新聞部の出している学内広報誌だ。全4ページの可愛らしい規模のものだが、部全体でそれなりに力を込めて作ってある。その中の3ページ目1番端にあるスペースを示し、私は何度か指を叩きつけた。
「狐の窓だ。知っているな?」
『オカルト検証中!』とタイトルのついた枠は、私が担当するコーナーである。その中に書かれた文言、狐の窓を指し示すが、二十六木廉は「知らないよぉ……」と眉尻を下げて返すばかりだ。
「自身の両手の指を組んで作った菱形の隙間の事だ。おまじないのようなものでな。その隙間から、普段は見えないものが見えたり、異世界をのぞいたりできるらしい」
「へーぇ、そうなんだ」
彼の反応を見るに、どうやら本当に知らないようだ。私は記事を自分に向け、一度じとりと彼を睨んでから、読み上げた。
「東棟校舎の大鏡の前でその狐の窓を作り、隙間から自分を見た後、東側の廊下を見る。そうすると、理科室から抜け出してきた人体模型と出会う事ができる」
噂だ。それも、生徒の間で面白おかしく言い伝わる、眉唾物の。
だが、私のこの部における仕事は、校内の噂やオカルト関係の話の検証及び解明。東校舎の大鏡はこの学校内におけるホラー要素の塊で、在校生ならば一度は目にした事があるものだ。
「人体模型って、……何だかすごく出来の悪い七不思議みたいだねぇ」
ほのぼのとした口調。普段はそう返されても、否定されても、さして気にならない。幽霊やオカルトなど、娯楽程度に遠巻きに楽しめばいいものだと、私自身もそう思っているからだ。
実際そのスタンスで作っているオカルトコーナーはそれなりに好評で、QRコードで添付している解説動画もそれなりの再生数を叩き出している。
「アレは!」
しかし、今日ばかりは私の声のボリュームが上がらざるをえない。
「アレは、人体模型なんかじゃない!噂は本当だった!その上で目撃者は見間違ったんだ!」
「見間違い?」
そうだ。昨日、私は確かに見た。狐の窓を作り自分を鏡越しに覗き、東側の廊下を見た。けれど何も起こらないと踵を返した。
その西側廊下の先に、アレはいた。
「……確実な事は言えん。だが、……もう一度確かめる必要がある」
付き合ってもらうからな、と腕を組めば、二十六木廉は心底嫌そうにため息をついた。




