アンノウン7
森の中、薄暗い東屋の下。私の首筋にじっとりとした汗が浮かぶ。
「面接……?」
「ああ、身構えなくて良いぜ。書類選考と一次面接はもう抜けてるからな」
「書類を提出した覚えがないんだが……」
「へへ、言ってみたかっただけだ」
けらけらと笑う彼から敵意は全く感じられない。しかし、心臓の鼓動は収まるところを知らなかった。まるで内部に手を入れられ、内臓を撫で回されているかのような気持ち悪さが身体を這いずる。
いてもたってもいられず立ち上がろうとした瞬間、少年の声が飛んだ。
「動くな」
途端、足に入れていた力が一気に抜けた。脱力というよりも、金縛りに近い。頭では動かそうと努力しても動かない、あの不可思議な感覚が全身を襲ったのだ。
ぐらりと傾きかけた身体を、いつの間にか傍に寄っていた二十六木の手が支えてくれる。
「強度はそれなりだな。ま、耐久系はこのポンコツに任せりゃ良いから最低限で良いか」
少年はぶつぶつと呟き続けた。
「問題は、補う力……知識はあるに越したことはない。かなり偏っちゃいるが、都合は良い。見抜く力は……まあ普通よりは上。運は……あぁ、いいね。運は良さそうだ」
「な、何の事だ……?」
私が疑問の声を上げるなり、彼は「はっ」と鼻で笑った。
「まぁ、アリだな。おい、喜べレン。合格だ」
「あの、本格的に巻き込むつもりはないんだけど……」
「ほざけ。テメェ一人じゃ世界が終わる方が早ぇわ」
「おい、いい加減説明してくれ!訳が分からん!」
思わず声を出すと、その途端、身体の硬直が一気に解けた。二十六木に預けていた身体を起こし、頭を押さえる。
少年はそんなのお構いなしといった様子で、意気揚々と宣う。
「あぁ、じゃぁ哀れな新入には、まずオレ様の名を呼ぶ事を許してやろうじゃねぇか」
「……ロス、と言ったか」
少年は満足そうに頷く。
「そうだ。ロス・ルーマー。それがオレに付けられた名だ。お前も名を名乗れ」
「……二ノ宮鈴子だ」
名乗られた以上、名乗らねばなるまい。渋々口を開くと、ロスはまた口元を三日月型に曲げて笑った。
「これでお前はオレと縁が結ばれた訳だ。ひひひ、ザマァねぇな」
「なぁ、二十六木、本当になんなんだコイツは」
いい加減話が通じないと判断し、隣に座る二十六木を見る。彼は彼で困ったように眉尻を下げ「いやぁ……」と言葉を濁すばかりだ。
「そのポンコツから聞いただろうが、オレはお前たちの言う所の神ってやつだ。敬わねーと、呪ってやるからな。発言には気をつけな」
「敬うというのは、こちら側に尊敬の気持ちがあってこそだろう。呪うぞと脅すのは神のすることなのか?」
私が言葉を打ち返してやれば、ロスはケラケラと楽しそうに笑い、「良いの連れてきたじゃん」と満悦そうだ。
「えっとー……何から説明すれば良い? 二ノ宮さん」
「そうだな。とりあえず何でこんな訳の分からないのを連れて来たのかの説明は欲しいな」
笑い転げているロスを指差す。二十六木は苦笑を強めながら「そうだよね」と諦めたように説明を始めた。
「ロスは、俺を呪った神様なんだ。でも、ロス側にも一応事情があってね。俺達は協力関係を組んで、彼方者の対処に当たってる」
「彼方者の対処……?」
彼は頷く。
「ロスが言うには、なんだけど、ここ最近ひどく彼方者が増えてるらしいんだ」
「数で言えば、100年前の5000倍くらいだな!」
「5000倍!?」
「あ、ロスの話は一旦無視して良いからね」
話が進まないと判断したのか、二十六木にしては辛辣な発言が繰り出される。
「増えすぎた彼方者は、今はもう犇めき合うレベルでそこかしこにいるんだけど、どうやらロスと他の神様が協力して、人の住む世界から隔離してくれてるみたいなんだ。その隔離するための世界もひとつじゃなくて、……何だろう、監獄みたいな感じで管理されてるみたいなんだよね」
「一つの部屋に、一人、みたいな感じか?」
「そうそう。結託でもされると困るからって。でも、ここ最近数が増えすぎて、今いる神様だけだとちょっと管理が難しくなってきたらしいんだ」
「このままオレ達の許容量を超えたら、バケモンが世界に大放出されて、人の世は一巻の終わりってこった」
ようやく説明らしい説明を入れたロスの声。だが、改めてロスを見てみると、どこから出したのかポテトチップスの袋を開けようとしている。
「それで、それまで彼方者が自然消滅するまで放置してた神様達が、数十年前からそれぞれの方法で彼方者への対処をし始めたんだって」
「対処というのは……、彼方者を倒す、という事なのか?」
「それも一概には言えないっぽいんだよね。彼方者の特性によっても違うみたい。妖怪で話が通じる相手なら協力要請したり、幽霊なら成仏させないといけなかったり、でもヤバい奴は倒したり、とか」
やってる事が警察みたいだな、神様。
ロスは二十六木の説明を特に否定する事なく、「だりぃよなあ」と言いながらポテトチップスを貪り食っている。
「ロスは、そういう彼方者の中でもヤバい奴らの対処が担当らしいんだけど、……」
と、そこで二十六木が項垂れた。
「これの対処が本当に難しくてさぁ……」
「テメーが上手くやりゃ、さっさとオレが食って終わりだっつーんだよ。それをいつまでもぐだぐだ、ぐだぐだと……」
「ま、待て。ちょっと待て。彼方者の管理は神様の……ロスの仕事なんだろう? 何で二十六木君が巻き込まれているんだ?」
2人の視線が私に刺さった。一瞬の沈黙。何かまずいことを聞いただろうか。
二十六木君は、秘密結社に所属しているわけでも、特殊な家の出でもないと言っていた。付き合う義理はないように思えるが。
短い沈黙を最初に破ったのは、口にポテチを放り込んだロスだった。
「オレがコイツにかけたのが、そういう呪いだからだ」
「そう、その呪いもよく分からん。一体どういう事なのだ? ロスと共に仕事をしなければならない、という呪いなのか?」
「いや、少し違うな。オレがコイツに呪いをかけて、コイツがそれを解くためには、オレの手伝いをしなけりゃならないって話だ」
「ならそもそもどんな呪いを、どうして二十六木君にかけてるんだ」
ふとロスが押し黙った。顎をくいと上げ、二十六木を示す。本人に聞け、という事だろうか。
私が視線を移すと、二十六木は至極困ったように眉尻を下げた。
「あー……と、……呪いの内容は、俺もロスも話せないんだ。内容を知らない人に、こっちから言葉で言っちゃならないって……」
「伝播しかねないからな。ま、でも……お前が勝手に察する分には構わんぜ。ヒントなら出せる。お前は一回それを見てるはずだ」
私は押し黙る。
そう。ここに至るまでに、全く心当たりがないわけではなかったのだ。
昨日、私の脳裏に焼き付いた光景。ずっと不可解だった光景が『呪い』という文言に結び付かなかっただけで、あれは神の成せる技でしかないだろう。
「……『不死』……か?」
じゃりじゃりとポテトチップスが咀嚼される音が響く。二十六木はやはり困ったように笑っていて、しかし否定はしなかった。




